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銀の魔法と赤の世界  作者: 永ノ月
5章 知恵の貯蔵庫と満月の夜
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勉学の神が住まう国

「なるほど、この辺りではアルカナ草よりもメダラーダ草の方が多く生えていて、それを食べることで魔力の補給を効率をよくしていると」


 本を閉じ、次の本へと手を伸ばす。


「カルラーク大陸は他の大陸よりも四季がはっきりと分かれているため、多種多様な民族衣装が残っているのか」


 読み終えて一息つくと、また次の本をめくっている。


「大陸南部よりも北部の海水の方が冷たいため、魚の身は締まっていて脂も乗っているため美味……はぁ。ふーん」

『いつまでそうしているつもりだ』


 ドラゴン、現在はサラの首にかかるリューから発せられた念話にはっとし、サラ=メルティアは手に持っていた本を棚に戻す。


 彼女らが足を運んだのは、世界各地の学者が集まる学術都市、ウジタン王国は首都キウワン。

 カルラーク大陸髄一の蔵書量を誇り、国民が共有できる教育設備の充実が見られる。

 通称、勉学の神が住まう国と呼ばれている。


「すまない。これは魔法使いの性みたいなものなんだ」

『どういうことだ』


 本を元あった場所に戻すと、サラは鼻息荒くやや自慢げに答える。


「人間はお腹が空いたら食事を摂りたくなったり、眠くなったら寝るように、魔法使いを突き動かす最大の欲求は知識だ。魔法を扱う上で最低限の知識を必要とするように、あらゆることを知りたい、見たいといった気持ちが先行してしまうんだ」


 なるほどな、とリューは如何にも聞いていなかったような生返事を返す。


 かつてサラとその師、アリアの家にも多くの本があり、植物図鑑などの資料、伝記や詩集などさまざまな種類のものがあった。


 中でもサラは植物関連の本を好み、カルラークに根付く草花は大抵見分けることができる。


「私たちは賢者だなんて呼ばれるけれど、生まれもってそうだったわけじゃない。知りたいと努力してきたから、その結果として賢者となった。この街は、そんな魔法使いたちも愛した、憧れの場所だよ」

『聖地、というやつだな』


 サラは返して目の前の本屋を後にする。

 隣の本屋をなんとか流して、その次の本屋に足が止まる。


「……ここは魔法使いにとっての蟻地獄だな」


 たくさんの店が並ぶ街の中央通りのほかに、小さな本屋がいくつも集まって道の端に所狭しと並んでいる路地、通称本屋通りがある。


 うっかり足を踏み入れたサラは早二時間、道の半分も通らぬ内に経過させていた。

 目的地はその先だというのに、このペースでは一日経っても突破することは難しいだろう。


『いっそ買ってしまえばよかろう』

「できればそうしたいけれど、私は旅人だ。一度読めば満足するのに、わざわざ重荷になるものを買ったりはしないよ」


 そういってまた本屋の出先にあった本を手に取り、中身をめくっている。完全に無意識なのだろうと、リューは突っ込むのを止めた。


 それからさらに数時間、サラたちはようやく目的の場所にたどり着き、一層目を輝かせてその建物を見上げる。


 ――ウジタン王国立図書館。世界最大の本の貯蔵庫にして、世界各地から集められた民間のものから過去の著人が残した記録まで、国の管理下で大切に保管されている。


 ここまでの規模、しかも国民から旅人までもが、申請すれば誰でも閲覧することのできる娯楽施設の一環となっている。


 城を名乗れるほどの巨大な建物は赤のレンガを基調とした造り。

 何度も舗装、工事されているのだろう、その爪痕が建物の歴史を感じさせる。


 そびえ立つ図書館を前に、サラは怯みながらも前へ前へと歩を進めてゆく。


「わ、私は何日でここから出られるだろうか……」

『餓死の方が先だろうな』

「……いや、大丈夫だ。私は遊びに来たんじゃない。知りたいことがあるから、ここに来たんだ」


 頬を軽く叩いて気を引き締め、鬼気迫る表情で入り口を潜る。

 しかし一階には本の姿がなく、受付と小じんまりとした食事処が設けられていた。


 そこには老若男女問わず多くの人が集い、ある者は世間話を、ある者は本を片手にコーヒーを嗜んでいたりと、過ごし方もまたさまざまだった。


 それを横目に見ながらサラは正面の受付に向かい、テーブルを挟んで向かい側の女性に話しかける。


「あの、探したい本があるんだけど」


 眼鏡をかけた大人しそうな女性は、穏やかな笑みでサラの方へ向き直る。


「かしこまりました。えっと、旅の方ですか?」

「ああ。……メリーという」


 口に出すでもなくリューが何か言いたげなのはわかる。が、サラは一旦そっとしておく。

 当の女性は紙とペンを取り出してサラの前に置き、メリーと署名をする。


「貸し出しはできませんが、開館中の閲覧は自由にできます。お探しの本がありましたら、お近くの司書にお声掛けください。不要な荷物はこちらでお預かりしますね」


 満面の笑みで答える女性。対するサラはなんとか笑みで返そうとするが、ややひきつった不器用な笑みが浮かび上がってしまう。


 女性は驚いた。サラの表情からは何を言わんとしているのか考えた後、おそらく笑っているのだろうと解釈し、再びお手本のような笑みに戻る。


 受付を去って階段を上がる最中、リューは問う。


『何故仮名を?』

「念のためさ。もしどこかの国でサラ=メルティアが魔法使いだとバレたとき、ここに来たと判明してしまえば、この施設にも迷惑をかけるかもしれない。アリアも滅多に本名を名乗らなかったからね」


 ヤチヨ村には長く住んでいたらしいが、村民は皆彼女のことを薬屋と呼び、おそらく真名を知っている者はいなかっただろう。


 面倒だな、と理解すると共にリューが嘆息する。

 そうこうしているうちにサラは螺旋状の階段を昇り終え、開けた空間に視線を上げる。


 瞬間、サラは峡谷を覗いたのではと錯覚した。

 ドラゴンが羽を伸ばしても余裕のありそうな広々とした空間。その壁一面には数えきれないほどの本、本、本……中央は吹き抜けになっており、床にはウジタン王国の紋章が描かれている。


 一体どれだけの情報が詰まっているのか、想像するだけで眩暈がするところだが、サラの気分は高揚するばかり。


 冗談で言ったものの、本当に餓死するのではないか、首にぶら下がるリューの不安は増すばかりである。

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