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銀の魔法と赤の世界  作者: 永ノ月
3章 古豪の技師と赤の傍観者
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魔法使いの余命

 良くも悪くも場を賑やかしていたウォーカーが去り、ローグの部屋は静けさが支配していた。


 気付けばローグはもう作業に取り掛かっており、小瓶を片手に術式の解除と再構築をしているようだった。


 邪魔をするまいとサラは静かにソファへと向かい、荷物を置いて横になる。


 念願のベッドとまではいかないが、それは見た目よりも寝心地がよく、雨風を凌げるのだから何の文句もない。


 ――しばらく二人は無言で、魔道具を修理する機械音だけが部屋に響く。

 本来なら静かなのだろうが、この空間ではそれが騒音のようでもあり、また眠気を誘う動物の鳴き声のようでもあった。


 《マギウスクラフト》は機械の生産ももちろんだが、魔道具の命となるのは組み込まれる術式にある。


 魔法を行使するのと術式を組むのは勝手が違う。使うだけではなく、それを何度も起動されるよう回路として作成し、道具に馴染ませる。


 この工程こそが《一般魔法》と《マギウスクラフト》の決定的な違いである。


 ローグは魔法を展開し、それを術式という形に固定している。

 光るマナの粒が彼の周りに集まり、粉雪のように柔らかく彼を包み込む。


 それをソファ越しに見ていると、ローグは口を開いた。


「お前さん、今いくつだい」


 あまりに突飛な質問にサラは怯む。

 女性に年齢を聞くのは……ローグから見ればただの子どもでしかないのか。納得はしたが釈然としない。


「十五だよ」

「まだ人間と変わらないな。で、どれくらい生きるつもりなんだい」

「どれくらい、とは?」


 質問の意図を理解していないのは、サラの表情を見れば一目瞭然だった。

 ローグは重い溜め息を吐き、手を動かしながら続ける。


「魔法使いってのはな、その気になれば千年は生きられる生き物なんだ。今もそれくらい生きている奴はいる」

「せんっ……」


 大きすぎる数字に頭を殴られるサラ。今の彼女には十五年すら長く感じているというのに、その百倍も生きるとなればどうなってしまうのか、想像すらできない。


「そうか。アリアも魔女狩りの前から生きてたから、百は超えてたんだね」

「魔法で身体の老衰さえ抑えてしまえばな。それで、お前さんはどうする」


 サラは考える。アリアは、魔女狩りの誤解が解けるまで生きてほしいと言っていた。

 ……ここで終わってもいいと、本気で思ったことはある。でもそれから、生きていることは苦ではない。


「苦しいときもあるけど、できるだけ長生きはしたいな」

「こんな世の中でも、そう思うのかい」

「……魔女狩りの誤解が解けたとき、魔法使いがいなくなってたら、意味がないからね」


 暗い瞳を落とすサラを横目に、ローグはまた溜め息を吐く。動かしていた手を止めて、サラの方へと向き直った。


「歳を取ると圧倒的に衰えるものがある。それは何だと思う?」

「えっと、身体?」


 サラの安直な答えに、ローグは静かに首を横に振る。


「心だよ。嬉しい、悲しい、憎い、そんな感情がすり減っていって、やがてどうでもよくなる。身体の老衰なんてのは魔法でいくらでも補える。だが心だけは、魔法では治せないんだよ」


 無意識に、サラは自分の胸の辺りを握り締める。

 その感情が何なのか、形容することはできない。切なくもあり、苦しくもある。そんな複雑な気持ちが、彼女を押し潰す。

 震えそうな声で、サラは問うた。


「ローグは、人間が嫌い?」

「嫌いだった、の方が正しいな。家族を人質に取ってまで俺に魔導兵器の開発をさせ、戦争が終われば不要だと捨てられた。そして魔女狩りが始まればお尋ね者、そのせいで俺の家族は殺された。そんな憎しみも、今となってはどうでもいいがな」


 その話に、サラは口を挟めない。

 軽率には同情などできない、どうしようもなく暗く残酷なものだ。


 改めて魔女狩りの凄惨さを思い知らされる、そんな過去を。


「みんな人間を憎んでいたさ。大多数は、今にでも皆殺しにしようとまで言っていた。だがそんな空気の中でも、アリアは頑として人間との和解を提案していた」

「アリアが?」

「ああ。本当に気の強い奴だった。家族を殺されたのは、あいつも一緒だっていうのに」


 ――今まで聞いたことも、考えたこともないことだった。


 あれだけ長い時間を過ごしていたのに、彼女は一度も家族の話を聞いたことがなかった。

 二人の時間が当たり前になっていたせいか、そんなことすらも考えていなかった。


 いや、一度だけサラは聞いたことがある。

 けれど彼女は暗い顔をして「知らなくていい」と流していた。


「アリアも、家族を……」

「だから俺は言い返せなかった。同じ境遇にいるはずのあいつが、どうして建前もなしにあんな思想に至れたのか。……お前さんはきっと、いい師匠に恵まれたんだろうな」


 そうか、とサラは止まっていた呼吸を再起させる。


 もしもサラがアリアではない魔法使いに拾われていたら、こんな人生を歩んでいなかったのだろうか。

 そもそも、他の人に拾ってもらうことすら叶わなかったのだろうか。


「どう生きようとお前さんの勝手だ。けどな、そんな師匠の気持ちは、忘れてやるなよ。何のために生きるのか、ちゃんと考えろ」


 何のために――

 サラは何のために生きているのか、自分の胸に問いかける。

 アリアに望まれたから? 旅が楽しいから?

 きっと今は前者の方が勝っている。アリアの意志を継ぐため、旅に出たんだ。そう再確認する。


「今日はもう寝ろ。疲れてるんだろ」


 はっとして時計を見ると、いよいよ夜も更けてきた時間だ。

 それが目に入った途端、突如として疲れがどっと襲ってくる。


「ありがとう。ソファを借りるね」


 ふらふらとソファに向かい倒れ込む様を見て、ローグは再び小瓶に手をかける。

 瞼が落ちた暗闇の中、サラはぽつりと呟いた。


「私も、アリアのようになれるだろうか」


 ローグは何も答えない。静かに響くマナの擦れ合う音を聞きながら、サラは眠りについた。

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