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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
9/32

田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)9

 言ってしまえば話自体はそこそこ書けていた。何というか、展開自体はあーだこーだと悩ませながらも書き綴ってきたことで形としてなっていた。詰まっていた後半戦も何だかんだ進行して気が付けば終盤の戦いの中に入っていた。


 やっぱり書き続けること自体は間違いなかったのか。


 このまま問題なく進めることができたなら、八月中にできあがる。生まれて初めて小説を一冊が出来上がる。


 一冊を書き上げることができるという明白なゴールを感じ取って、今日一日で沈んでいた心は一気に弾んだ思いになる。


 クオリティとか今一先ず考えないで、完成させること自体を意識する。そうすれば、そうすれば俺は一歩進むことができる。自信だとか勇気だとか、そういう何かが確実に俺の中に出来上がるはずだ。


 投げ出さずに逃げ出さずに書き続けた努力の結果が形になる。そのことが何よりもうれしくて堪らない。


 出来上がったら俺は感動して泣くんじゃあないのか、と笑みを零しながら俺はペンを走らせていた。


「夕弌兄ちゃん!」


「オワットト!!?」


 部屋の外の妹の柚樹から声をかけられて、思わず奇声を発してしまった。


「なん、びっくりさせんな!!」


「いや、普通に話しかけただけやん、そがん驚かんでも……。小説書いてんの皆知っとっとばい」


「うっせえ、バカチュン!」


 ジト目で呆れたようにモノを言ってくる生意気な小学生の妹にキレるが、兄の怒声を適当に流しながら続ける。


「お客さん来てるよ」


「誰? どこんおじさんとおばさん?」


 夏だから親戚の誰かがやってきたのかと思ってそんな風に聞き返す。それにしては外から車の音とかしなかったが。けれど柚樹は「いや、そうじゃなくて」と否定する。


「夕弌兄ちゃんの友達。えーと、最近引越してきて一緒に遊んでいる男の人と、あと可愛い女の人」


「……ああ、仲村と梶田か。遊べんって言ったとに」


 店で別れたのにアイツら来たのか。大方梶田が空気を読まずに追ってきたのか。付き合いが短いが、あのアホ娘は深く考えないで勢いだけで突っ込む所があるバカチュンやけんね、全くアヤツがイチバン。


 あ~、と面倒くさいと思った。今日は何だかんだで執筆自体をやりたいと気持ちが強まっているから、どうしても相手する気にはなれない。


「柚樹適当に『帰れバーカ』って言っといて」


「ひどいなそれ!」


 柚樹とは違う、聞きなれた声が耳には「あん?」と思わず振り替ええた。そこには柚樹の他に梶田と仲村、それに実夏夜も立っていた。


 梶田は今の言葉に対してぷーっとふくれ面をしている。


「帰れバーカ」


「二度言ったな!?」


「あの、夕弌兄ちゃんから『帰れバーカ』って」


「まさかこのタイミングで追い打ち!?」


 ひどいな、この兄妹!? と人ん家に勝手に入ってきては騒がしい梶田。俺はさりげなく机の執筆中の小説を隠しながら席を立って、梶田達の前に立つ。柚樹は、じゃあ、と自分はここまでと言わんばかりの言葉を残してさっさと女子部屋の方に立ち去る。


「で、なん? 今日は遊べんって―――」


「書いている小説読ませて♪」


「………実夏夜」


「俺じゃない俺じゃない!! 優翔兄ちゃんが勝手に!!」


 実夏夜を睨みつけると俺からの殺気を感じた実夏夜は慌てて弁解する。優翔兄ちゃんか、と呟いて舌打ちする。内緒にしていたのに、アヤツバラしやがった。普段なら殴り殺しにいくのだが、流石に優翔兄ちゃん相手だと敵わない。


 この行きどころのない怒りをどうすればいいのかと拳を握りしめている。と、梶田は興味深そうに部屋を……というよりも家全体を興味深そうにあちらこちらへと眺めている。


 部屋といっても俺の部屋ではなく、子供部屋で俺、実夏夜、犀介、あと今は高校の寮に住んでいる春真という兄が使っている男子部屋だ。春真が消えたことでだいぶ部屋に広さが出たが、それもあと数日で帰ってきて狭くなると考えると億劫だ。


 アヤツが一番兄弟の中で傍若無人の我儘やろうだから。それに小説のことなんで何度馬鹿にされたことか。


 春真のことを思い出しつつ、部屋を一望した梶田が感想を呟いた。


「なんか、……田舎の家って感じだブボッ!?」


 何となくムカついたからアイアンクローを喰らわせる。


 女兄弟がいる家庭のため俺は何の抵抗もなく、女相手だろう殴る蹴るといった暴力行為に躊躇いがない。家では喧嘩は日常茶飯事で女だろうと容赦はしない。一応、男相手よりも加減しているつもりではあるが。


「痛い痛い痛い!」


「なんしにきたんだお前は」


「夕弌君のしょうせ、つうう~~~! 痛い痛い痛い痛い!! 離してまず離して!」


 俺の手にタップして、参った、の梶田。俺の指先は同い年に比べて短い、と言われる掌だが、梶田の頭は丁度いい感じに収まり、その小さな頭はコイツが如何に脳が足らないのかがよく分かる―――あれ?


 俺は手を放すと、梶田は俯いて両手で顔を抑えて、う~、小さく唸って涙目でいた。俺は自分の右手の感触を確かめる。帽子だよな?


 梶田は帽子を被っており、目から額を中心に指先は帽子も潰す形になって変な感触がした感じがしたが、あれは帽子がズレた感じだよな……。


 奇妙な感触に違和感を持ちつつも怪しんで手を見つめた。


「どうした? フォークダンスで初めて好きな人の手を掴んだ時みたいに見つめて」


「いや……汗と目汁が汚んくて」


「ひどいな!? ちょ、私女子だかんね!」


 からかい半分で言ってくる仲村の言葉を適当に答えると、復活する梶田。ふんすー、と鼻息をする梶田。ウチのクラスの女子よりも女子力が低そうにみえる。田舎の女子よりも低い女子力の都会の女って……。


 黙っていればただの可愛いとか美人とかの類なんだけど、頭がな……。いわゆる残念美少女枠の梶田だ。


「じゃあ、そろそろ俺は遊びに行くけんね」と影でそそくさと遊びに行く準備をしていた実夏夜はそう残して部屋を立ち去っていく。


 残されたのは俺達三人。顔を見合わせながら……俺は息を吐いた。


「言っとくばってん。みせる気なかばい」


「なんで?」


 きょとんする梶田と、ああやっぱりとする仲村は別の反応を示した。まあ、仲村は色々察してくれてんのか。創作活動において作品を他者へとさらすことがどれだけ怖いことか。


「できてないけん」


「ああ、やっぱりそうなんだ」


「やっぱり?」


 梶田がやっぱりと言われて、今度は俺の方が疑問を宿す。梶田が答える。


「恭和君が言ってた。たぶんできてないだろうって。できていたらちゃんと見せてくれるって」


「最後のは言ってねえ」


 あれ、そうだったっけ? 確か言ったよ~、という梶田と、言ってない、と否定してくる仲村。二人のやり取りを見て、何となく仲村は俺が読ませないと思っていて、で梶田は読みたいという感じなのが伝わってきた。


 二人のやり取りを見ながら考える。少なくともコイツらは、桜美達みたく変に内容をロクに読まずに馬鹿にしてくる奴らではない、……と思う。冒頭を朗読だけして、「意味分かんねえ」の一言で切り捨てるタイプではない。……と思う。


 短い付き合いだが、コイツらも俺と同じでオタクだ。アニメ漫画をこよなく愛するオタク。梶田は俺よりにわか感あるが、仲村なら俺以上にあれやこれやと知っていて気を使えるので読ませるのは別に……。


 少し考える。


 そして苦渋の決断をして、はあ~、とため息を吐いて、俺は自分の机へと戻って書き綴ったルーズリーフを手に取ると、紙を煽るようにして捲って読ませてもいいまでの締めがついている所までを選んで、分ける。


 それをクリアファイルに入れて、元の場所まで戻って「ホレ」と差し出す。え、と言葉を漏らしたのは仲村だった。俺の行動が意外だったのか驚いている。梶田は「お~」と目を輝かせる。


「とりあえず、できている部分でキレのよかところまで」


「うん、ありがとう」


 礼を言ってくる梶田は受け取って、ペラペラと紙をめくって「凄い凄い!」とまるで欲しかった玩具を受け取った無邪気な子供の反応をしている。変に喜んで速読捲りしなくていいから普通に読め、なんか照れるから。


 梶田の反応にまいっていると、いいのか? と仲村が眉のシワを寄せて訊ねてきた。


「まあ、よかよ。お前らなら最初だけ読んで馬鹿にしてくる奴らとは違ってちゃんと目を通してくれそうやけん」


「あ~、はいはい分かる。学校で書いているの見つかったパーティンな、そういう感じの一番最初の文読んで馬鹿にするやつ」


「そがんそがん。……お前も」


「いや、俺じゃない」


 言おうとしたことに対してキッパリと否定する仲村。


 俺じゃない、というその言葉はあっちにいた友達か誰かが同じ目にあったということか。生活自体は大きく違っても都会でも田舎でもオタクの創作活動は人の目につく場所では世知辛い。


 俺も読んでいいか? と訊ねてくる仲村に、バカにせんなら、と答える。


 いつの間にか普通に読み始めていた梶田がこちらを見ては真顔で言ってくる。


「字が汚い」


「……返せ」


「あ、待て待て! 冗談冗談、本当だけど冗談だから!」


「字の汚さのは我慢せえ、気にしととやけん」


「なんでパソコンで打たないの?」


「……お前(わる)はさっきから喧嘩ば打ってとっとか?」


 バキバキと片手で指を鳴らす。梶田はごめんなさい! と慌てて謝ってくる。


 この家にパソコンなんてあるか! 欲しくてもお年玉でしか堪らないお金事業の大家族をなんだと思ってやがる! しかも定期的に上の馬鹿兄貴達に盗み取られるんだぞ!?


 いつか執筆用にパソコンが欲しいと思っているが、それはいつになることやら。ネット自体とか繋がらなくていいから、執筆だけでもできるだけの古いノートパソコンが欲しいと思いを募らせている日々だ。


「字の汚なさは我慢せえ。あ、あと間違っている漢字あったら、赤でつけといて」


「え、いいの? 」


「おい、コイツにさせたら逆に間違えないか?」


「ちゃんとできるよ!? ひどいな」


「そがんな。じゃあ間違えあったらお前で見といてくれんか?」


「ああ、分かった」


「ちょ、聞いてる! 私もできるよ!」


 無視して話を進める俺達にちょっと、と抗議してくる梶田。いや、だってお前、間違い指摘どころか間違っていない漢字を間違いにしそうじゃん。例えば「自身」と「自信」を間違えそうじゃん。俺は間違えたぞ。『自分自信』とか『自身を持つ』とか逆に書いてしまっているのを読み返した時に気付いたくらいだ。


 できるよ、とうるさく主張してくる梶田に仲村が「文を読んでいる時にあれやこれや指摘個所があると気になるから、するな」という話で梶田の指摘はしないで終わった。


 俺は執筆に集中する、と言うと仲村が気を利かせて、じゃあ俺達も帰るという。梶田は「せっかく遊びに来たのに」とウチの興味深々で不満そうだったが、俺の小説を読み、後に仲村が控えているというので素直に従った。


 二人が帰ると一人部屋に残され、俺は小説の続きを書き始める。


―――最終決戦。組織図書館との対決。数日行動を共にしてロクと名前を与えられた『No/96』は図書館に力によって暴走する。それを止めるべく《黒の魔本》を使うが、《黒の魔本》の異能の力は全てを終わらせるもの。暴走を止めようとして誤って殺してしまうかもしれない可能性が強い。敵だったら躊躇わなかったが、数日の間で情ができたクロヤにとってはそれはできない。どうすれば? ―――


 書きながらも心は落ち着かない。心臓がドキドキとしている。


 もう終わり自体が見えているのに、完成に対しての興奮だけではない。初めて、初めて誰かに読んでもらえることに対して緊張していた。


 囃し立てるのが目的の悪戯心からじゃない。ちゃんと俺の考えた話を読もうとしてくれる、読んでくれる人がいるんだ。その存在がいるだけたまらなくうれしくて、同時に気恥ずかしい。


 嬉しい反面、怖いという気持ちも隠せない。もし俺の書いた話を読んで、笑われたら馬鹿にされたら、……桜美達と同じように反応をされたらと考えると怖くなる。


 誤字とか、業腹だが、表現を指摘されるのは許せる。俺が間違っているからだ。だが、ちゃんと読んでいないであーだこーだと言われるのは心底腹立たしい。ただ馬鹿にして、中傷するだけなら俺は絶対に許せない。


 けれど、中傷とかそういうの一切なく、ちゃんと読まれた上での感想が「面白くない」なら「読む価値がない」とか言われたら、俺は……。


 悪い想像が頭に過ぎってペンが止まる。ふぅー、と息を大きく吐き出して肩の力を抜く。「大丈夫、大丈夫だ」と心の中で唱えて落ち着かせる。


 ふざけた感想だったらまたアイアンクローを食らわせればいい。ちゃんとしたもので、あまり良くない感想を貰っても平常心で「うっせえバーカ」と悪態を付けばいい。


 そう、それが一番正しい対処法だと自分に言い聞かせる。


 読まれることは嬉しいが、でも感想が良いものを貰えるとは俺の中ではなかった。


 もちろん俺の中では面白いものを書けたと思っている。自分の趣味趣向が強いからそう思えるだけかもしれないが、それでも作品としてできているという自信がある。


 だが、これまで冒頭しか書けていない状態の一文だけを読んだ桜美達に冷やかされて、読みもしないで教師から才能がないと否定されたことがトラウマになっていて他人からの評価がひどく怖い。


 親、兄弟からもやるな、とか言われてないけどやんわりと小説じゃなくて勉強しろ、と周りから否定され続けされたから。


 確かに他人から読んで感想をもらうってことはして欲しかった。作家を目指す以上、他人の目は必ず通すことになる。避けて通れない道。むしろ、物書きで避けて通れたら怖い。


 緊張感と不安感が拭い去れないまま俺は進んだり、進まなかったりとするペンを繰り返しつつ、今日という一日が終わった。


 床につく。ベッドなんてない、男兄弟三人が川の字で寝る。


 扇風機にタイマーを掛けてタオルケット被り、眠りにつく。


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