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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
8/32

田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)8

 目覚めた時、暑さとびっしょりとした汗で服が肌に張り付いた気持ち悪い感触が襲ってくる。部屋の中は煙臭い匂いで満喫していた。煙草ではない。俺は学生だし、親父も吸わない。じいちゃんだけが吸うがわざわざ俺の部屋で吸う訳がない。夜に炊いた蚊取り線香の残り香だ。


 木造建築の如何にも田舎の家といっていい二階建ての家。その二階の一室が俺の部屋に分け与えられた。都会の時はマンションで一戸建てには少し心弾ませて、田舎の部屋らしい畳の小汚さを感じるものだったが、前の部屋よりずっと広い。


 けれど部屋にはクーラーなんてない。扇風機が一台存在している。じいちゃんの話では網戸にしとけばそこそこ涼しい、と家のセキュリティ問題に無警戒にも程があるだろう、そう言い返すと、このクソ田舎に泥棒は、家の中で小遣いをくすねる奴と野菜泥棒くらいしかおらん、と大変平和ボケのあること言われて返すことなかった。


 それで試しに網戸で寝てみたが、これがなんと結構涼しいのなんの、閉め切って扇風機を全快にしていたのが馬鹿みたいに涼しい。何というか部屋全体に風が通ると言えばいいのか、クーラーで冷えた部屋とは違う。


 これなら寝苦しい思いをしないで寝られると思ったが、そう甘くはない。蚊だ。網戸にしているはずなのになぜか蚊が部屋に入ってきて、最初の方は無視していたが、蚊って無視できるもんじゃなくて遠くにいても耳元でプーンと羽音が聞こえて、気になって眠れない。叩き殺そうにもこういう時に限ってうまく殺せないのだ。なんで夜の蚊ってあんなうざいんだ?


 父さんから蚊取り線香を貰って、それを使って眠れと言われたので、それでようやく眠りについたのだ。


 そんな田舎暮らしを満喫している夏の日。引越してから一週間がもうすぐ経とうとしており、七月もそろそろ終わり、八月になろうとしている。ちなみに八月十日が俺の誕生日だ。


 べったりとした汗を流そうと着替えを持って風呂場まで降りていく。時刻はすでに十時へと移り変わろうとしていた。日が昇ったせいか、夜の涼しさはなくなり、熱気で服が汗で張り付いている。


 休日だとこれくらいの寝起きが普通だが、これまでクーラーがキンキンに冷えていたので汗をかくことはなかったが、これからはこれが続くのか。……俺の部屋にクーラー付けてくれないかな? とシャワーを浴びながら愚痴った。


 父さんは「Wi-fiは来週には取り付け工事がくる」と言っていた。なんでもローカルテレビの回線を繋げているから後はWi-fiの機器用のコード繋げるようにすればできるとの話。


 クソ田舎でアニメなんて殆ど見られないと杉田の話だったが、スマホの動画アプリで見るから問題ないと思っていたけど、昨日俺は初めてスマホに通信のギガが存在していて、一定量超えると通信が遅くなってしまう、そして動画アプリとはギガをめっちゃ食ってWi-fiに繋げてないと十全に働かない、ということを知ったのだ。


 だって今までがWi-fiがあって当たり前の住まいだったし、特に意識しないでスマホ使いまくって通信量とか知らんし、基本インドア派の俺には全くと言っていいほど知らなかったのだ。


 最初は田舎だから電波が弱いからよく止まるんだろうな、とか、最初の数日が調子良かったのは、たまたまなんだろうな、と思っていたけど。通知で通信量が云々と出てきた時、なんだこれ? と思って調べてみて、ネットにうまくアクセスできずに、仕方なく父さんに訊ねたら今の話をしてもらえたのだ。


 クソ田舎ってマジ不便。


 シャワーから上がり、居間の方に行くけど誰もおらず、座するタイプの長方形のテーブルの上には冷えた朝餉が置かれたままだった。メニューは白米に焼魚にウィンナー、漬物、インスタントの味噌汁、納豆、生卵が置かれていた。……俺って朝はパン派なんだけど。というか納豆と生卵って俺食えねえんだけど。


 納豆は匂いも味も駄目だし、生卵もTKGとして使えってことかもしれないが俺は生ものが本当に駄目だ。お腹をマジで痛める。というか、これ生卵か?


 適当な器に割ってみて中身を確認してみると、………あ、いやゆで卵だこれ。


 どうやらお腹が痛めやすいことを考量してくれたらしい。でも考慮してくれるならちゃんと冷蔵庫に入れてほしかった。


 夏場の飯は腐りやすいという。……まあちゃんと朝食の時間に起きてこなかった俺が悪いのだが。


 味噌汁とゆで卵だけを口にして、米を炊飯器に直し、焼き魚などサランラップを掛けて朝食を片づける。


 じいちゃんが引越してきた祝いに知り合いから魚を貰ってきて、刺身にしてくれたんだが、生物は無理って言ったらちょっと傷ついたような怒ったような顔をされて、皿を下げて、ヤバいと思ったが、戻ってきた時「これなら食えっど」ニコッと笑って軽く炙ってきてくれた。あれ旨かったかな。


 その姿が見えない父さんとじいちゃんは仕事なのだろう。子供と違って大人は夏休みはないようなものだ。


 一通り片づけや歯磨きなどを終えて時間を見る。時計は十時二十分を過ぎようとしていた。


 昼は杉田ン家で食うから今の朝食は抑えけど、時間帯的にはもう少し余裕がある。学校に行ってもどうせ待つだけだから直接店の方に向かえばいい。


 大体杉田が店につくのが大体十二時半、ここから店まで歩いて二十分ほどだから十二時くらいにでて丁度いいくらいだ。だから時間はまだ十分にある。


 アニメを見て時間潰すかと考えたけど、スマホは死んでいるので観たくてもすぐに止まるから意味がない。ゲームって気持ちにもならない。仮にゲームを始めたら始めたでやめ時を見失ってしまって、出掛ける気がなくなる。


 漫画やラノベも段ボールから出すって気持ちになっていないので荷物のまま。


 引っ越しの時の荷物は衣服とか日用品といったものなどタンスや棚を片づけたけど、漫画だけは読みたくなったら開けようと思って、段ボールのまま押し入れに閉まっている。TVゲームだけは遊ぶかと思って外に出していた。


 あとは数冊読み掛けのラノベは取り出せるようにバックの中に入れていたが丁度全部昨日読んでしまったので、手持ち無沙汰感が否めない。


 さてとどうやって時間を潰すかな、と考える。


「……久しぶりにあれするかな……」


 何となくそれが頭に過った。父さん達は出掛けていて家には俺しかいない。そして周囲は住宅が立ち並んでいる訳でもないし、お隣さんが五十メートル以上は先というような田舎の家々。しかも少し登った位置にある家だ。人が来ない限りは人通りは全くない。


「その点だけを考えればあっちに住んでいた時よりもマシだ」


 マンションで隣の部屋の礼正から迷惑だ、と言われ、また俺自身も少し恥ずかしく、迷惑がかかると考えていた。だから人気のない場所を探したりとかカラオケボックスを利用したりとその辺で補っていた。


 だが、ここならばあの小うるさい妹どころか誰一人としていない。邪魔されることも邪魔になる心配もない。


 俺は自分の部屋に戻って、押し入れを開けて結局段ボールを開けた。お目当てのものを取り出して、適当に本を選んだ。


 木造古めの学習机とそこには黒の地味な電気スタンドとペン立てにいくつかのペン類が幾つか入れられて、試してみたらまだ幾つかは奇跡的にインクが乾いていないものが数本。最初これらを見た時昭和の浪人生かな? と感想を述べて、父さんから笑われた。


 掃除自体はこの間やったけど古いせいか小汚さがぬぐえない。元々使っていたマンションのものは持って来なかった。


 俺が高校入学で戻るかもしれない、とそれで置いてきた。だからいくつかの荷物もそのまんまだ。


 あっちに戻る、か。


 俺はセッティングしていた手が止めないまま色々なことを思い出し、息をついた。


 ばあさんが死んだことやじいちゃんの介護、父さんたちの不仲、そして俺の学校のこともあって色々と逃げる意味で後先考えずにこの島にやってきたけど、まあ、どん詰まりだ。


 あっちに戻る気があるかどうかと聞かれれば、今のところ戻る気にはなれない。高校進学で戻ったとしても、俺の学校は中高一貫だからもう出た以上そのまま上がるアイツらとは一緒になることない。受験勉強は面倒だが。


 こっちの高校に進学するにしても、こっちではたぶんやりたいことはできないだろう。田舎である以上俺がしたいことは殆どできない。できる道はあっちに戻るしかない。


 けれど、胸の中に強い抵抗感が覚えてならない。今はただ待って、高校入学という時が来て戻るという選択が最善だと理解しているが、でもどうしても、それを選ぶことを躊躇ってしまう。


 近い将来について頭を悩ませながらも、準備自体はできた。と、いっても準備自体は絡まったコード直して機器を配線していくだけなので数分しない内に出来上がる。


 マイクにスイッチを押して、スマホのアプリを起動させる。


 ふぅ~、と大きく息を吸ってから……


「あめんぼあかいなあいうえお、かきのきくりのきかきくけこ」


 発声練習を始める。


 久しぶりに初めて見るが、舌が突っかえることはなく、思い出すようにして慣れた口の動きが働いていく。まあ最初はそれだけなので別に構わない。二回ほど息遣いのせいもあってつっかえたポイントが見えたが一先ず一度目はそれで終了する。


「あめんぼあかいなあいうえお。かきのきくりのきかきくけこ」


 続いて二度目。今度は言い回しを変える。具体的には女性声、あるいはオネエ声を意識した言い回しで言葉を放っていく。続いて三度目に強い爺を意識した。四度目は弱弱しいショタ。五度目はギャルのような舐めた感じ。六度目は……。といった感じ全十通りのパターンであめんぼを詠っていく。


 全て言い終わるとスマホの録音を止めて、準備しておいたキンロのど飴を舐める。普段ならもっと別の炭酸系の飴を舐めるのだが、じいちゃんがおやつに食えと置いていたのだ。味はいまいちだが、効果はこっちの方がよさそうに思える。


 甘さ控えの、なんか少し変な味……柑橘類特融の苦みといえばいいのか、それを舌で転がして口の中に広げていく。好き嫌いが多い俺だが、飴ばかりはどんな味でもちゃんと口にするようにしている。舐めると同時に舌の運動も兼ねているからだ。


 飴を舐めながら、今録れた音声をヘッドホンで耳にする。相変わらず、普段聞きなれた声とは違う違和感のある自身の声を聞き、違和感と羞恥心を覚えるけど、それを耐えながら聞き入れる。


 最初の息遣いで突っかかりを覚えたのが二か所あると思ったが、聞き返してみればもう何か所ある。あと、少し棒読み感がある。二番目以降は演者として発音を意識しているおかげか棒感は消えているように感じるが、所々にくる口の中にある唾音が気になる。そして役柄としてどう演技するかと一瞬止まる間が気になる。


 自身の反省点を上げていきながら、久しぶりにやった手応えを確かめる。もちろん前よりも落ちていることを自覚して、同時に我慢していた羞恥心がぶり返して、体を大きく反って背もたれにもたれかかりって両手で顔を抑えつけて「あ~~~~~!」と唸る。


 今の発声練習や飴を舐めて舌を鍛えることで分かったかもしれないが……。


 そう、俺は声優になりたいのだ。


 最初は一番楽そうな役割だと思った。話を考えたり、絵を描いたり、プログラミングを組んだりはできない。そんでもって消去法……まあ、演者という目立つ役割に惹かれたこともあって俺は声優を目指すことした。まあ、バンド組んで楽器は弾けないけど楽そうで目立つボーカルを選ぶと同じ理由だ。


 最初遊びがてら適当に好きな漫画の声を充ててみたが、その時に初めて自分の声が聴いて、あまりの棒読みと普段発して聞いている自分の声のものと違って聞こえてだいぶビビった。骨伝導って言葉もその時初めて覚えた。


 それでこんな感じのトレーニングを始めてだいぶ解消されたのだが、少しサボっただけだいぶ下手くそになったもんだ。ちゃんとまたちゃんとトレーニングしなくちゃあな、と。


「……ま、一番やりたかったことはもう二度とできないんだけどな」


 顔がスッと羞恥が消えて、心が少し落胆したものになる。


 声優を目指そうと思った、きっかけのそれはもう永遠とできないのだ。


 正直声優を目指すこともやめてしまおうかと考えたが、それは気が引けた。いや、半分やめてしまったようなもんだが。


 続けてきたトレーニングを放り出して、声優の養成所とかもない地方の田舎に逃げてきた以上やめたんもんか。


 思い出したように今日やってしまったのは気の迷い。暇つぶしとかいって感傷に浸ってしまった、一種の未練がましい行為で、あるいは一種の確認作業だったかもしれない。


 近い将来、高校は戻るかどうするかと迷った際に一応将来の夢であった声優という職に対しての俺の思いが本物だったのかどうかの確認。


 俺が「なりたい」と思ったあの時の思いは確かに何となくの、楽で目立つ、という単純な動機だったが、これまでの努力自体に真剣さはあったのも事実。声優としての何かをしたわけではなかったが、それでも俺の気持ちにやってきた上では何か変わったような気がする。


 その上で本気で声優をやりたいかどうかを俺は確認したかったのかと思う。


「…………………」


 俺は昨日読み終えた『星国の軌跡~星剣の少女~』というラノベを手に取り、朗読し始める。


 これもトレーニングの一環でラノベか漫画のどちらかを声に出して読むのだ。漫画の場合は台詞回しが続くのでキャラとして台詞合わせの練習としては満足するが、小説だと表現や描写という、いわゆる地の文を読むので逆に棒読みをしない、尚且つどういうべきかを考えながら話すので色々と勉強になる。


 台詞だと前の行に心情が書かれている分、深く表現できる言葉を放つことができるし、地の文自体を棒読みではなく情感という、キャラの台詞としてではなく、物語を進行する上での第三者として魅せる技術がある。


 俺は朗読に打ち込んでいく。一通り終えるとそろそろ出かけるにはいい時間帯だと気づいて、俺は外出の準備をして家を出る。これまた田舎の家特有の家の戸締りに鍵を掛けないという、無警戒にも程があることだったが流石に数日で慣れた。


 俺は歩いて、「海の幸」へと目指した。


 朗読の際、俺は結局の所自身の答えを見つけ出せずにいた。


 太陽は南の島特融の灼熱さで日を照らして、大自然が溢れている、道隣りの森山にはミィーミィー、と泣く蝉の声が嫌なくらいにうるさく、俺の耳へと残してくれた。

海の幸、に到着した際には全身汗がびっしょりとなっていた。店の横には邪魔にならないように見慣れた自転車が二台置いてあることに気付く。杉田達も既にいる。


 俺も自転車の購入をしてもらわないとな、とそんなことを思いながら店内へと入っていく。


 今日は珍しく店内には四、五人の客が存在している。「っらしゃい」と杉田父の声とそれと同時に俺だけと気づいて、「おー、もうおっぞ」と言われて俺は会釈だけ返して、店の奥の席に行く。


 店の奥にある席がもはや俺達の指定席になっていた。そこには杉田兄弟にそれに珍しく梶田までそこにいた。俺は「よ!」と一言掛けるとそれぞれ「おう…」「どうも」「よ!」と返事が返ってくる。


 その時、杉田の奴がなんか元気なさそう…いや、機嫌が悪そうな雰囲気を放っているのを感じ取った。なんかあったのか?


 一先ず、杉田のことには触れないで俺は席につく。今日は実夏夜の隣に。


 テーブルにはいつものように余りものと思われる雑に素麺、天ぷら、ゆで卵、豆腐の味噌揚げかこれ? たぶんそんな感じの名前は分からないけど、豆腐の味噌っぽいがあるやつ。あと、素麺の具材のようなシーチキンとトマト、キュウリ、が置かれていた。


 俺はまず炎天下を歩いてきたことで乾いた喉を潤すために水を飲んでから、気を使ってくれた実夏夜が素麺のお椀につゆを入れて、箸ともども渡してくれる。俺はそれ貰って素麺と適当に具材を入れて、食事を始める。


 すると梶田が、ねえねえと話を振ってくる。


「流しそうめんって私憧れなんだけど、恭和君はやったことある?」


「いややったことないけど……あ、いや、なんかこんな感じのぐるぐる回るタイプの素麺機器を使った奴はあるぞ。お前が想像している竹を使った水を流すやつはしたことない」


 俺は指をぐるぐると円状の流れを表す。


 一度だけ、あっちにいった頃に家族で外に食いに行った時、うどん屋か何かが夏のキャンペーンで流し素麺の機器があってサーキットのように流れる素麺を食ったことがある。


 その説明をすると「ほへえ~、そんなのもあるんだ」と興味深そうにしていて、実夏夜が「あ、そがんとウチにありました」と思い出したように頷いた。


「え、あるのそれ!? この店に!」


「いや、こん店じゃなくて家ん方に。というか壊れとるばってん」


 あるなら使わせてと言わんばかりの勢いにそれを停するようにして実夏夜がそれがないことを告げると、なんだ残念、と顔を落とす。


「じゃあ、やっぱしたことあったんだね、流しそうめん」


「お前が期待しとんのとは違うやん。あの竹の本格的にやるやつとか。というかそもそも忘れとったんだけや」


 少し苛立ったように返しながらゆで卵を蛇の如く一口ので飲み干す杉田。見慣れたものだが、相変わらず異質な食い方だ。


「ほんとよく、一口で食べられるよね」


「お前二度と真似するなよ」


 梶田の言葉に釘を刺しておく。この間、杉田がゆで卵の食い方をみて、からかい半分であれが正しい食い方だ、って言ったら真似をして喉に詰まらせたのだ。いや、あの時は本当に焦った。マジでやるとは思わなかったし。


 あれ、半分恭和君のせいじゃん、と抗議の目を向けてくるが、それを無視する。


 基本なんでも信じて好奇心で行動を起こすアホな子だから、男なら別に笑い話程度にとどめておくけど、流石に女の子だからな。だからいかに危なくラインの嘘を織り交ぜてから、その失敗をからかうか、絶妙なラインを見抜かないとな、と梶田を如何に上手くからかうか思考を片隅に置いておく。


「それよりか今日はどうする? 昼から」


 素麺を啜りながら話題を切り替える。この三人で昼からツルむのが最近の日課。実夏夜だけが遊んだり、遊ばなかったりと予定次第だ。午前中は杉田達が部活だか陸上だかをやっているので遊べない。ここで昼を食べに来て遊びに行くという流れが基本になってきた。


 まあ、梶田が最初からここで食べに来ているのは今日が初めてだけど。遊ぶっていってもどっちかというと梶田の島巡りに付き合うというような形。杉田が案内して島未経験者の俺達がついていく。で、適当に話したり、遊んだりして夕方頃に帰るみたいな。何気ない時間。


 インドアな俺としては外に出るのはなかなか、しかも買い物とか映画とかの目的を持って歩く訳じゃないからぶらぶらと散歩するだけも結構堪える。けど、案外これはこれで楽しいものだった。


 ぼちぼち島巡りも終わった……といっても歩きの範囲で、自転車を持たない俺と梶田では歩ける範囲でしかない島を巡っていない。杉田も杉田でそれくらいしか案内できないと。島の反対側の方は自分も用がないと行かないからあんまり知らない、と行きたがらない様子。


 なので昨日でこの辺はあらかた回り終わったようなもん。


「じゃあ、泳ごうよ!」


 いつものように、梶田は出会ってから毎日のように主張してくる海で泳ごうと提案してくる。


 俺はいつものように却下だ、と答えた。同時に、ん? とも思った。杉田も口を揃えて言ってくると思ったが、何も言わなかったのだ。


 杉田は水を飲み干して、ふー、とやさぐれて面倒くさそうに息を吐いていた。本当にどうしたんだコイツ?


「なんでさ、ひどいよ!?」


 杉田の現状を知ってか知らずか、梶田はいつもの反応で返してくる。


「ほらあれだ、海にはサメがいて、トルネードのように襲ってきたらどうする?」


「そんな奇異現象起こるわけないじゃん!?」


「起こるんだって! それで毎回毎回起こって、エクスカリバーというチェーンソーでぶっ殺して、親族間の結婚とか恋人とか判定儀式としてはちゃんと一作最後まで生き残ってないと一族の仲間入りできないとか、たとえ死んでも人間やめてサイボークとして生き返るかもしれないだろう? 俺はあの中に生き残るなんて無理だぞ」


「一体何の話!? どこの異世界転生もの!?」


 どうやらシャークネードを知らないようだ。人生の四分の一は損しているなコイツ。……。


「お前な、人生は四分割してあって、ジョジョとシャークネードとセガハードとそれ以外で四つ、人生に必要な大切な四分割でできているんだよ。なあ、実夏夜君」


「え、ハイ?」


「ほら『はい』って。お前よりか年下の実夏夜君だって知っているんだぞ」


 明らかに振られているとも思っていなかった反射的の「はい?」と疑問府だったけど、俺は有無を言わせずに続けた。


 いつもならここで杉田の、夕弌の方に振ると「そうだな」と適当に頷いて合わせてくれるのだが、今日は機嫌が悪そうなために、実夏夜の方に振った。だから自分に来るとは思っていなかった実夏夜の反応が悪かった。


「え、いやそういう意味……」


「そうなの。……え、ジョジョって名前しか知らない。あのムキムキの怖いやつでしょ?」


 地味に衝撃を受けたような顔を落とした梶田。それには実夏夜が声を掛けようとする。


「いやだからそんうぐ!?」


 俺は手を実夏夜の首の後ろへと回してから、肩組むようにして口を閉じさせる。黙ってろ、と年上権威を振るってこくこくと首を縦に振らせて黙らせる。素直で可愛い後輩だ。


「ということで午後からはシャークネード祭りと行こうか。ウチ来ればDVDがあるし、一先ずそれでサメと海が如何に怖いかで、人生の教訓を知るぞ」


「おー! ……あれ? なんかおかしいような。ま、いいか」


 流されて、誘導されていることにちゃんと気づいていないアホな子だ。


 まあ、海の怖さというよりも台風の怖さに近いが。まあ、だんだんファイアネードとかサンダーネードとかそんな感じになっていくから、自然災害が如何に怖いかくらいか伝わるか。個人的に3がお勧めだ。


 そんな感じで本日はシャークネードの鑑賞会で決まったところで、


「あ、悪かばってん、今日はよかわ、勝手にしてくれ」


 と一言断ってきた杉田。何となく予想してきたため、「あ、おう」と頷くだけにしておいた。訊いていいのか迷ったが、俺とは違いに簡単に踏み込んでいく梶田。


「え、なんで? 観たことあったの?」


「いや、観たことなかばってん」


「じゃあ一緒に観ようよ」


「…………」


 梶田の誘いの言葉に杉田は一度考えるようにして黙る。


「今日はやりたいことがあるけん、いいわ」


「やりたいこと?」


 発したのは梶田だったが、俺も内心で同じことを呟いた。杉田の言葉に俺達は引っかかるけど、実夏夜だけが何か知っているような顔をしている。


「夕弌君が誘ってくれたのに?」


「気が変わったん」


 梶田の言葉に杉田はそう返して、「ほら、どかんか」と梶田に席を退くように告げる。しぶしぶといった調子に道を開ける梶田。杉田は自分の食器を下げてから「実夏夜あと頼んだけん、またなゃ」と言って店から出て行ってしまった。


 残された俺達は呆然としつつ、どうしたんだあいつ、と言葉を零すと梶田も頷く。


「どうしたんだろうね? いつもムスっとした感じだけど、今日はいつも以上だったから『あ、これが機嫌悪いんだ』って思ってた」


 他人の気持ちをよくわかってない節のある梶田でも機嫌の悪さ自体は感じ取っていた様子。


「私を誘った時はわりと普通だったんだよ。いつも通り」


「誘った時って?」


「夕弌君が走っていた時にたまたま出会って、それで店に来いって言われて、それできたらあんな感じに不機嫌だった」


 ということは、梶田と別れた後で、その間になんかあったってことか。実夏夜の方を見ると実夏夜は気まずそうな顔をして答える。


「いや、俺の時も夕弌兄ちゃんキレてたんで知らんとです」


 そう答える実夏夜だったが、俺は嘘だと思った。いや正確に半分嘘で半分は本当の事だろう。様子を見てからキレた原因は知らなくても、その事情は察しているというところか。


 杉田の言動を思い出す。やりたいことどうの言っていたけど、それ自体がやりたくないことだったから機嫌が悪いってところか? いや、それなら「やらなくきゃいけないこと」か。「やりたいこと」とは言わないか。……ならやりたいことがうまく進んでいないってことか? それっていったい。


 そんな推理を考えながら、俺達は杉田の機嫌の悪い原因がなんだったのかと首を傾げていると膳を下げている優翔さんが通りかかって話を聞いていたのか口をはさんできた。


「それはアイツ小説書いているんじゃない?」


「「小説?」」


「優翔兄ちゃん……」


 俺達が口を揃えて反応すると、実夏夜が窘めるようにして優翔さんに言うが、優翔さんは気にした様子はなく、続ける。


「よかろもん。別に。夕弌は小説ば書いとっとさい。そっば馬鹿にされっと腹立てとっとやろうたぶん。そっでまえに学校で友達と喧嘩して、教師も殴ったりして、アヤツが一番なゃー。そんでいつまでん脛とっとよ」


 あっからんに話してくる優翔さん。杉田に同情しているのか、苦笑しつつも顔を落としている実夏夜の姿があった。実夏夜自身も予想ついていて、兄のことを慮って俺達には黙っていたようだ。なんて良い弟なんだ、この子。


 それにしても小説ねえ。なんだよ、アイツも俺と一緒だったわけか。俺の場合はもう少し込み入った事情とかあった訳だが。


 似たような境遇を持つ杉田の心情を考えつつも俺は眉を寄せていると、単純アホ娘は目を輝かせていた。


「へえ~、凄いじゃん! 小説書いているって。夕弌君そんなことできるんだ。何書いているんだろう?」


「さあな」


「気にならないの?」


 俺の適当な相打ちをするが、梶田は俺の態度に不思議そうにする。少し考える間を置いてから答える。


「気になるかどうかと言われれば気になるが、正直地雷の予感がする」


「ジライ?」


 意味を理解していないのか、言葉を繰り返す梶田。いや、普通分かりそうなもんだが、何でコイツはそれを察せられない? どんだけ鈍感なんだよ、ギャルゲー主人公かお前は。


「すぎ、……夕弌にとっては触れてほしくないんだろ? 夕弌に限らずこの手の創作活動をしている奴にとって他者からあれこれと言われんのは嫌なもんなの! わかるだろう?」


「え~と、そうかな? 私お絵かきしているけど、途中の絵見られても平気だけど」


「お絵かきは色々違うだろう? 一応聞くけど、それって漫画とか?」


「ううん、風景画とかそういうの。漫画とか模写くらいしかしたことがない。書いたことないや」


「なら余計に分かんねえだろうな」


 何となく絵を描いていることは知っていたが、どうやら漫画寄りものではないらしい。漫画絵と風景とかあるいは何かの一枚絵じゃあ違うものだし、杉田と梶田じゃあ創作者として全然違う方向性なんだろう。まあ、性格面からしても違うし。


 俺は「普通は見られたりすんのは恥ずかしいもんなの」と言う。


「あと、小説書いているタイプで二種類あって、一つは中途半端な状態でも人に承認欲求欲しい奴と、書き切るとかある程度読める段階までまとめてから他人に披露する奴。アイツの性格からして後者だろ」


「ああ、夕弌兄ちゃんはそっちです。自分で言いよったです」


 思い当たることがあったのか、俺の話に実夏夜が頷いてきた。それに乗っかかり「ほら」と梶田に返す。梶田は「そうなんだ」と唖然としていた。


「まあ、漫画描くにしろ、小説書くにしろ、どがんでんよかばってん。こっちとしてはちゃんと現実ば見てほしかばってんなゃー。お前(わっ)どもんちゃんと将来のことばかんがえどけよ」


 耳の痛いことを言い残されて、優翔さんは仕事に戻っていく。俺は残った言葉に対して眉をしわ寄せて微妙な顔になって小さくため息を漏らす。


 今日はなんだか、……痛い日だな。


「現実? 将来?」


 梶田は梶田で何か思うことがあるのか、小さく呟いていた。


 コイツもコイツで何か悩みでもあるのかね。俺や杉田とはまた違う悩みが。


 付き合いからしてぼっち疑惑のある梶田。具体的に何を抱えているのか分からないが、その辺のことは触れないでおこうと俺は思ったし、杉田もたぶん同じ気持ちだろう。


 この夏の一時的な付き合いでしかないのだから、楽しい時間のみ共有していた。抱えている悩みという闇を干渉し合いたくない。それが俺の暗黙である。たぶん、杉田も同じことを考えているんだろう。でなければ今日ここに来ないで家の方に向かっていただろう。


 学校で嫌なことがあって、俺達の一緒にいれば気分が変わると思ったけど晴れなかったら、帰ったってことか。


 何となく杉田の心情を想像して納得する。


 杉田が放っておいてくれというなら、俺は気が済むまで放っておくことにしよう。別に俺達が何か悪いことしたわけじゃないのだ。気が変わってこっちに合流する気があるなら受け入れる。そうしてやればいいのだ。


 俺はもう仲違いするのはごめんだから。


 細く、遠くを見るような目になる。向けられた視線の先はただの壁、隣の席を遮る置き壁でしかないがそれ捉えている訳じゃなかった。ただ目に映ってるだけの何かでしかない。


 一先ず、飯を食い終えて今日はまたどうするか、と梶田へと聞こうとする。杉田のあの調子につられて俺もなんか気分が削がれてしまった。今日は解散するか、と考えていると梶田が先に口を開いた。


「よし、じゃあ、夕弌君ん家行こうか」


「は? お前話聞いていたか?」


「いや、どんな話書いているか知りたいし」


「聞いてなかったんだな」


 だからアイツは中途半端な状態のものを読ませるタイプじゃないって言っただろう。ともう一度口にするが、梶田は首を横に振った。


「ううん、もしかしたら読める段階まで出来上がっているかもしれないし」


「いや、できてねえだろう。知らんけど」


 少なくとも見せてくれる訳がない、と思う俺だけど、梶田は「ほら、行ってみないと分からないじゃん」と豪語する。と残りの素麺をカッ食らうようにして食べ干そうと、


「ごぼっごほっ!!」


「ほら、無理して慌てて食べるから」


 梶田基本食が細いし、食べること自体遅い。まあ遅い原因は一人あれこれ話しているせいもあるかもしれないが。


 大きく咽せる梶田だったが、それでも早く食べ終わらうと必死になって咽るの繰り返す。落ち着いて食え、と言うが聞かずに、女子の食べ方とは思えない汚い食べ方で間食するのだ。


「ごちそうさまでした。じゃあ、私夕弌君の所行くね! 行ってきます!」


「あ、おい!」


 それだけ告げて、カウンターの所に食器をやって、「おじさんおばさんお兄さんご馳走様でした! 今日も美味しかったですよ、よっ、日本一!」とおだてるような礼を言ってから店を駆け出していくのだ。


 残された俺と実夏夜は顔を見合わせて、どうする? どうしましょう? と互いに訊ね合ってから一先ず素麺を啜る。


「アイツ、お前らの家知ってんの?」


「さあ?」


「行動力の塊の無計画女かよ」


 はあ、とため息を吐く俺と、はははと苦笑する実夏夜は急いで食べ終えて店を出て、アホ女と杉田を追った。


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