田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)6
気が進まないまま杉田の後を付いていき、途中いつぞやで見かけた杉田の友人と連れ違って杉田の機嫌が露骨に悪くなかった。前の時も思ったがどうやらあの三人組と喧嘩中みたいだ。
まあ、色々と言えた義理ではないが、俺としては気持ちがわかる反面、同時にあの程度ですんでいるなら少しだけ羨ましいとも思う。当事者じゃないためどの程度仲が悪化しているのかは知らないが、それでも傍からみれば俺よりかはマシと思えた。
たぶん友達がいない、と思われる梶田はそこらへんのこと汲みすることができず、無神経にも聞こうとするのを俺が止めておく。
せっかく仲良くなったのに、変な感じで仲を壊したくない。友達との喧嘩なんて二度とごめんだ。
梶田を適当に相手をしつつ、黙って歩く杉田の後ろを追う。
しばらく歩くと海岸に降りる階段を見つけて杉田は降りていく。だいぶ古い階段だった。今にも崩れそうなボロボロな足場、一つ二つ飛ばしで降りないといけない箇所すらある。不安定さが否めない。
「おっと、っぶねえな。他に降りられる場所ないのか?」
足場を踏み外して、急な落差で頭、というか全身がグラッとしたが何とかこけることなどなく、下の段で踏ん張れた。あぶねえ、落ちたら岩盤、砂浜でなくゴツゴツとした岩の地面なのだ。踏み外して落ちたらガチで大怪我を負うのは間違いない。
「危んかけん気ぃ付けろ」
「言うのが遅せえよ」
「見ればわかると思って」
「そうだけどよ」
「お、わ、った、た、た」
「うおい!? お前バカバカ倒れんな倒れんな! 無理無理無理!!」
俺と同じ場所辺りで踏み外したのか梶田が片足となって前後に大きく揺れて、バランスを取ろうとする。それを見て俺は梶田の方へと両手を出して、こっちくんな、とブンブン振って倒れそうな梶田を拒絶する。
なんとか持ち直して、倒れることはなかった。安堵の息を漏らす俺に、「えへへ、ごめん」と笑いながら詫びてくる。
もうすでに下まで降り切っていた杉田が俺たちの様子を見上げながら「もうそこ半分くらいやけんジャンプした方が怪我せんぞ」と野生じみたこと抜かしてくる。
なんだこの野蛮人。下は砂じゃなくて岩だぞ? 衝撃で足を痛めて、下手したら折れたりヒビが入ったりしたらどうしてくれる?
自慢じゃないが子供の頃友達と階段で遊んでいて四段跳び降りに失敗して思い切り捻って大泣きしたことがある俺だぞ。それ以来怖くて、階段は絶対降りるときは飛ばさないし、上る時すら本当に急いでいる時だけしか二段飛ばしかしなくなったんだぞ。
情けなくも俺としては結構なトラウマ案件を蘇って今すぐにでも殴りかかろうかと思ったが、まあ、俺は大人なので変に殴って腕を痛めたくないのでよしとしてやる。殴る時は殴っている側も痛いというし。
「よ~し……!」
「よ~し、じゃあねえよ! やるな!」
お前それ絶対失敗するパターンのノリだろうが! 足を軽く屈伸運動をして落ちる準備をしている梶田の行動に対して俺は全力で止めた。
不満そうな顔をされるが、そんな顔をされる言われはない。絶対お前失敗するだろうが!
二人して気を付けながら海岸の岩場まで降りる。
「んじゃあ、水切りでもっすか」
「わざわざそのために来たのか?」
「はい、先生カニを見つけて持ち帰ってもいいですか?」
「ヴァーカ、カニさんだって帰るべき家があるけん。持ち帰るな。人間が持ち帰るとストレスで死ぬけん、命ば弄ぶなっさい! きゃっちあんどりりーす」
「は~い」
「持ち帰るなら貝とかビナ、サザエウニとかその辺にしとけ。お母さんおかずができたって喜ぶけん。ここ岩場の隙間に水のたまり場があるところ結構おるけん」
「はーい」
「臨海学校かなんかここは?」
小学校の臨海学校の先生と生徒なやり取りをすました後、梶田は小さな子供が浸かれるくらいの深さのある小さな岩の隙間にできた水場に行き、「あ、小魚だ」ときゃっきゃっと楽しむ。杉田は岩場から少し降りた砂利でできたところに行き、そこで適当に平たい石を見つけてマジで水切りを始める。それぞれ自由っぷりに動きをみせる二人に言葉を失う。
なんというか……島の子供の遊びって言えばいいのか。
ドラマやアニメとかでは主にこの手で場面、海の島民が遊びって主に釣りとか泳ぎとかあるけど、まあ、梶田はちびっ子が貝殻集めしているポジと考えれば分かるが、杉田の水切りって……、いや別に悪くないけど。
不満ってわけじゃないが、どうせなら折角の海なら地元民の釣りとか潜りとかそういう技能を見たかったと残念な感じがある。
そんなことを思いながら俺も砂利の方に降りていく。
「ッチ、二十六か」
「いや、普通にスゲええ」
水切りの回数が二十六回撥ねたらしいがその結果に眉を顰めていた。
少しだけ荒い海。先ほど船が通った影響かザー、と強い波がやってきて結構水切りをする場としては結構な困難な条件。素人目だがこの状態でも結構いったぞ? 十分凄くねえか?
杉田は次の石を選びながら答えてくる。
「子供の頃、三十いかん奴は仲間外れってあって」
「ああ、あるなそういうの……結構厳しくねえ? この島の子供は水切り選手でも目指しているのか?」
子供の頃の遊び仲間入りの決め事。足が遅い奴は遊びに入れてもらえないとか、ゲームを持ってない奴は一緒に遊べないとかそういう子供の遊びにおける格差社会。この島では水切りがそれだったってことか。それでも結構ハードな数字だと思うが。
「まあ、言い出しっぺは俺やばってん」
「お前かよ」
兄ちゃん達に五十を目指せってそれよりも小さい頃に言われ、て! とのタイミングで新たに石を海へと放った。投球フォームはアンダー……いやサイドスローよりのフォーム。流れは俊敏で型としては相当出来上がっているようにみえる。
先ほどよりも波の荒さは収まっているが、凪ではなく小さなさざめきの中を石は水を切っていく。
一、二、……二十、を超えたあたりで距離が遠のいて目視で確認するのが難しくなった。けれど、何とか追って数を数えてみる。三十………四?
「三十三」
「あ、……三十四かと思った」
一の差だがちゃんとカウントできていた杉田。俺も手ごろな石を拾って放ってみる。杉田に倣ってサイドスローで投げてみるが、石は一回撥ねただけで沈んでしまった。
ありゃ?と半笑い気味で声を漏らしつつ、別の石を拾って投げ直す。今度は撥ねすらしなかった。
「どんまいどんまい」
意外にも優しい言葉を掛けられた。最低限が三十という水切りガチ勢のくせに。三つ四つと何度か続けてみるが三回撥ねるのがせいぜいだ。あれ、五回くらいなら普通に行けるって思ったが案外難しいなこれ。
「なあ、コツとかあるのか」
「ひたすらやる」
「……もうちょいあるだろう? 手のスナップどうのって」
すると、一瞬面倒くさそうな顔になり、足元の石を拾ってそれを俺にみせてくる。それはいわゆる水切りに適した平たい石ではなく、普通のゴツゴツとした石だった。水切り初心者の俺でも円状の開いた石が適していることは知って―――
杉田はいつものサイドスローの要領で石を放った。ポポポポポッ!! と石は碧の海面を切り拓いていく。
「はあ!? マジかあの普通の石ころで十七はいったぞ!」
平たい石ではなくて、普通の石ころでも水切りは二十近く撥ねたことに俺は驚いた。そして投げた本人は何ともないという調子だ。
「最悪平たかやつじゃなくても、平たい部分ば狙ってぶん投げればそうなるぞーい」
投げ方も、と言いながら今度は腕を肩よりも高くしてサイドではなく、豪快なオーバースローの投げ方で放る。回数は十。
「おお、上投げでもいけるのか」
「流石に十越えくらいやばってん。二十も調子いい時くらいでんばってん」
「お前ってマジでプロかなんかなの? この島の子は全員これくらいが普通なの?」
水切りガチ勢の島か……。とんでないところに引越してきたな俺。水切りできないだけでいじめられたどうしよう? 運動苦手なんだか。
そんな不安半分冗談半分の気持ちを抱きながら俺は石を投げようとして止まる。
「ってかコツを教えてくれって言ったのに」
「目で盗まんかい」
言いながら元のフォームに戻して水切りを続ける。見て盗め、ってガチの達人か。とりあえずその投げ方が一番いいということだけわかる。投げ方綺麗だし。
それに選んでいる石も基本平たい石を選んで……って結局平たい石かよ! 何でもいいじゃないのかよ。
内心で突っ込みながらも杉田を見習って水切り続ける。
お、五回いった! 結構うれしい。隣の水切り職人に比べたら端数程度のたった五回だけど、やべえ、なんか超うれしい!
気をよくして水切りを続ける。六回もいけば一回しかならない水切り、石を選び、投げ方も考えて少し変えながらやってみる。
「やべえ、普通に面白れ。この手の単純な遊びって変な中毒性あるよな」
「ああ、十年以上やっても飽きけんね」
「もう達人の域にいる奴の気は知れねえが……ちなみに最高でどれくらいだ?」
「さあ、四十行くか行かんかくらい。途中から見えけんね、三十以降の数は数えとらん。あと、海でしかやらけん。波の影響で途中から勢い無くなるけんね」
ってことはやっぱ五十越えくらいはいけるってことか。だてに達人じゃあねえな。
「漫画とかだと、それだけで野球回で投手とかやるタイプだよな。水切りで鍛えたサイドからのとんでもない変化球投手」
「クレセットムーンもマリンボールも余裕ばい」
「冗談抜きでありえそうだな。両方左投だけど。ガチで野球部?」
「うちに野球部なかばい。サッカー部」
そういえばそんなこと言っていたな。サッカー部なんの。
「お前ってスポーツ万能なのか?」
俺の質問に、普通ばい、と答える。俺はその返答を信じずに、ああ、コイツ普通にスポーツ万能なんだろうな、と内心で確信した。
足速いし、水切り達人だし、体つきとかもしっかりしているし、モヤシで運痴のインドアな俺からみれば十分スポーツ万能マンにしか思えねえわ。
「さっきの奴らもそうだけど、そこそこ体できてねえ? ガッチリというか運動できる奴の筋肉の付き方というか」
さっき通った三人の姿を思い出す。アイツらも結構ガッチしていたような気がする。うち一人はチビだったけどそれでも俺よりかパワーとかありそうだったが。いやそもそもあれって自転車に乗っていたからデカくみえただけか?
三人組のことを思い出していると隣の杉田の水切りの威力が上がったような気がする。……今の四十行ったか? 手をブラブラさせて「たぶん四十いった」と俺と同じ見解を告げる。
「ああ、まあ、アイツらも変わらんよ」
「……喧嘩……してんのか?」
少し(二重の意味で)怯えつつも、踏み込んでいいのかと迷いながらも、もう口から出た以上引っ込めることはできず、そのままできるだけ平然を装って聞いてみることにする。もしそれで空気が悪くなったら撤回すればいいか。
「まあ、喧嘩ってほどじゃあなかばい。喧嘩してもウチ殺せるし」
さりげなく怖えことを言いやがる。
けど、三人と連れ違った時と違ってまだ不穏な空気自体は出していない。まあ、あまり触れてくんなってオーラ自体は出ているけど。
話はここらへんでやめておくか。あまり深入りしてまたキレたオーラ出されても困るしな。
ふぅ~ん、わざと適当な返事をしながら、いい石を探す。……お、これなんて結構いい感じの平たい石じゃないか。これで十越える目指そうと、手を伸ばした時、
「きゃあ!」
後ろから甲高い悲鳴を聞こえてきて、俺たちは振り返る。声の主である梶田が尻もちついてきた。
「どがんした。こけたっか? 気を付けんば」
「いや、戻るなよ。もうちょっと心配しろよ」
それだけ告げると何もなかったように水切りに戻る杉田に突っ込む。「見たところ怪我したようにみえけん大丈夫やろ」とだいぶ冷たい物言いに「それはねえだろ」とドン引きして梶田の所へと行く。
「足元気を付けろ」
「その優しさを梶田にもわけてやれ!」
「怪我する前やけん注意をすっとばい。終わった後だともう注意できん、ただの小言やけん。海で二次被害はガチしゃれにならんけんね」
意外にも的を射たことを言ってくる。と、振り返ってみると遅れて梶田の方に向かってきていた。どうやら戻ったのはどうやら手に残っていた最後の一投として投げたかっただけのようだ。いや、後にしろよ。
危うげながらも何とか転ぶことなく、梶田の所まで近づく。梶田は痛そうに尻を抑えつけて涙目になっていた。
「大丈夫か?」
「~~~んん、……いた~い!」
悲痛そうな涙声で訴えてくる梶田。それを見てなんて言っていいのか分からずに言い淀み、とりあえず「どこか怪我したのか?」と言葉を発するのが精いっぱいだった。
「……お尻打ったぁ~」
「なんでジゴン打ったん?」
遅れてやってきた杉田が詳細について訊ねてくる。う~~、と唸りながらも、近くの丁度いい岩にもたれ掛かるようにしながら楽な姿勢をとる。その際、チラリと胸元の袖から肌色が見え、奥の方まで見えかけて視線を逸らす。
急なラッキースケベ展開に頬が染まるの感じつつも、太陽が眩しいなという振りで誤魔化す。
「ちょっと岩の間とか見て、カニさんとか貝とか見てたら、ざわざわっていうか、ざー、って感じに虫がいっぱい出て来てビックリした……」
「虫?」
「ああ、アマメね」
「甘くないよ! 痛いよ!」
「違う、アマメや。……フナ虫って言った方がよかか?」
杉田は梶田の聞き取りを訂正する。フナ虫……ってあれか。さっき階段降りる際に壁をざーって走っていた、ゴキブリっぽいやつ。アマメとも言うんだ。へえ~。
確かにあんなのがいきなりザザーと一斉に動いている姿見たら、背筋が凍り付くわな。
よくわかんないけど、たぶんそれ。と虫そのものについてはどうでもよさそうに、ただ痛そうにお尻を抑えている。
「いった~い~。どうすればいい?」
「どがんもせんばい。ジゴ打っただけならしばらく痛かだけやけんそのうち治ど」
「ひでえなお前。もう少し心配してやれよ」
「別に血ぃ出とらんとやろ? 俺がちっさか頃は頭打って血ぃ出たし、実夏夜も腕折ったし、それに比べれば大丈夫やろもん」
「バイオレンス……」
「田舎の海は大体危険に決まっとるどもん。砂浜とかじゃなくて、こがん岩場が普通やし」
駄目だ、もっと危険目に遭っているせいで危険判定がガバガバなところがあるぞ、コイツ。
これが田舎と都会育ちの違いか。都会じゃあこういうところで遊ばないからな。というか外で遊ぶ、アスレチック系が最近ないからな。公園の遊具とかでも子供の頃ほとんど遊んだって覚えないし。外遊具に限らず、そもそも外で遊ぶ文化って消えかけているんだよな。
スポーツとかは、まあ俺はやってないけど、部活とか野外グラウンドがあるからできるんだろうけど、その鬼ごっことかかくれんぼすら授業でしかやったことがないような気がする。俺の場合基本遊びがゲーム機ってこともあるんだろうけど。
そんなことを思っていると杉田は梶田の所まで行き、屈んでから言う。
「言っとくばってん。外で遊びたかって言ったのはお前やけんな。都会が外で遊ぶとかは、そん……カラオケとかゲームセンターとかの意味かもしれんばってん。もうこんクソ田舎は昔ながらやけん、普通に怪我することが前提やけんな。こういうのは覚悟せんばな、分かったか?」
言っていることは厳しくも真面目な話なのに、方言の訛りのせいか、聞いているとものすごく意地悪な問いかけに聞こえる。ドラマの悪役が主人公を脅したりする時の口調にしか聞こえない。
ああ、俺がコイツ怖いと思ってんのって訛りせいもあるのか。言い方が完全に怖い奴の口調だもん。
杉田からの説教というよりも脅迫に似た小言を受けた梶田は顔を落とす。泣きっ面に蜂が刺すみたいな状況だ、また泣き出すか、と俺の方に緊張が走る。
泣くのか? 怒られて厳しいこと言われて、うわ~んって泣くのか? 勘弁してくれないかなそういうの。……ああ、だから女は嫌なんだよ。杉田もそうだけど、こういう我儘な部分があるのがさあ。
嫌な思い出をチラつかせていると、梶田はがばっと顔を上げた。
「分かった。ありがとう、今度から気を付ける」
「「はあ?」」
予想が反応に俺たちは二人揃って呆気を取られて開いた口が閉じない。対して梶田は勢いよく顔を上げたことが響いたのか、お尻に手を当てて「いたた」と嘆いていた。
「泣かんやったな。絶対泣くと思っととったばってん」
「ああ、俺も」
意外なことに梶田は泣かなかった。いや、痛みで涙を零しているが。けれど、杉田のヤンキー気迫に物怖じしなかった。驚いている俺達の様子に気付いては反対に不思議そうな顔をしている・
「え、だってさっき言っていたじゃん。夕弌君は声が怖いだけで怒ってないって」
あ、と俺達はまた口を揃える。その言葉は杉田の店で話していた時に言ったものだった。まさかあの時のが今に適しているとは。
なんて言っていいのか分からず言葉を失った俺達に、「どうしたの?」と投げかけてくる。
「……バーカ」
「なんと! バカって言った方がバカなんだよ!」
杉田は呆れたように……負け惜しみのように呟く、その心情を理解をできていない梶田は憤慨する。それにはいはい、分かった分かった、と適当にあしらう。
「血ぃとかはでとらんとやろ?」
「血? あ、うん。見えないけど、たぶん血は出てないと思うよ。痛いけど。代わりに見てくれる?」
「…………」
「あ、駄目! 普通見ちゃあ駄目だよね。あははは」
遅れて自身の失言に気付いて、恥ずかしそうに笑いながら天然で危ない発言を誤魔化す。杉田は何とも言えない嫌そうな眼をしている。馬鹿すぎてついていけないと言わんばかりの酷い目だ。
「悪かとはジゴよっか、頭ん方みたかなゃ」
呆れきったようにはあー、と息を大きく吐き出す。梶田は上手く言い返せずに「あはは、そんなことないよ」と目を逸らして笑って誤魔化そうとする。
「取りあえずそっちの影で休んどけ。見た感じ骨が折れたとかなかばってん。しばらくしたら痛みも引くど」
「骨が折れてないとかわかるのか?」
「骨いっとたっらもうちょい痛がるわ。こけたくらいならせいぜい打ち身くらいやろもん」
経験談からの雑な診察で結果を告げる杉田は、タオルとかあるか? と聞く。梶田が「あ、リュックに」と指を指した。そちらをみると遊ぶのに邪魔にならないようにまた、忘れないためか先ほど降りてきた階段近くにリュックが置いてあった。
杉田は俺に見るとクイっと顎を振った。どうやら俺に取って来いと言っているらしい。仕方なく、杉田の指示に従って俺はリュックを取りに行く。鞄の中は重くはなく一体何が入っているのか、思いながら杉田たちの所まで運んだ。
「……………」
「……………」
「……………」
「……いや、取らんか」
「あ、私?」
杉田のリュックの中からタオルを取れと言われてようやく気付いた反応を取る梶田。いや、俺も実は迷っていた。
というのもタオルが目的だとは分かっていたけど他人の、しかも女子の荷物の中を漁るのはどうかと。男友達なら特に気にせず中身漁ってついでに中身をネタにしたんだが。
意外にも杉田もそこは配慮していた。コイツこの場合って躊躇いなく女子の荷物とか関係なく引っ張り出しそうなイメージがあったけど。
「え~~~、こういうのって気を付かせて取ってくれるもんじゃあない?」
「荷物ん中ば見んなって、姉ちゃんとかがうっさかけんね。そがんとみらん」
ああ、そういうことか。がさつなコイツが配慮できた理由は姉からの教育か。そういえば俺も礼正……妹からそんな感じで喧嘩したことがあってそれで覚えたんだっけ? まあ俺の場合は財布から小遣い抜いた時だけど。
別に気にしないのに、と杉田姉や礼正とは違って女子力の低いことを言いながら、バックの中を漁って水色のタオルを取り出した。
ん? ノート……スケッチブック?
開いたバックの中からチラリと細く板状のものが見え、それが見覚えのある色合いからそれがスケッチブックだと見て取れた。
絵でも描くのかコイツ。
「これ濡らすばってんよかな?」
「え、なんで?」
「……お前のジゴば冷やすために決まっとどもん、分からんか?」
馬鹿を見るような目で返す。適当に岩場の水たまりの所に行ってタオルを濡らしてきては、ホレ、と梶田の顔面に放り投げられてまともに顔に受け、「あ、痛っ!」と口零しつつ、杉田を睨んだ。
「何すんの!?」
「キャッチせんか」
「いきなり投げられたらできないよ! でもタオルありがとう!」
憤慨しながらも礼を言う。騒がしくも律儀な奴だ。
貰った濡れタオルを当たってであろう腰と尻部分らしき所に当てようとして、手が止まる。
「これってスカート越しでも意味あるのかな?」
「おっ~、と悪い」
「ん、どうしたの?」
言われてから気づいて俺は梶田から背を向けて気まずい思いになるけど、俺の反応を見てきょとんとする。……お前マジか。
「あっち向けって意味じゃあないのかよ」
「? 」
「杉田コイツそうとうなアホだぞ」
「わかっとる。ばかちゅんやもんね」
「……可愛い言い方するな。ばかちゅんって」
杉田がこれまでで一番可愛い感じの訛りに驚きつつも頭が足りていない馬鹿な娘に対してため息を吐く。
ねえ、と投げかけてくる梶田に「服越しでもよかろもん。冷やしたからならじか当てれれば。俺達はあっちおるけん」と早口でさっき水切りしていた場所とは違う方へと指さした。
そこでようやく意味が理解できたのか、「あ」と声を零して顔を赤くして「ははは、これはお恥ずかしい」とお上品な装って笑って誤魔化そうとする。
「スカート越しに当てるから気にしないで。あんまり遠くいかないで」
「お、おう」
開始すぐに行動が分かれたのに、遠くいかないでくれ、と言ってくる梶田。怪我したりしたら保護者が近くにいないと不安になっちゃう子供か? 結構自分本位のアグレッシブな、人の目を気にしないタイプだと思ったが。
「さっきみたくそこでやって。っていうかさっきから何やっていたの?」
「水切り」
「みずきり? あの、魔法とかで海を分けて道を通るやつ?」
「モーセの海割りじゃあねえ。できるかそんなこと。……石切って言った方がいいか?」
梶田はこう、手で海を分けるようなジェスチャーで一生懸命に伝えてくるので、それに違うと突っ込んだ。伝わっていないから少し考えてから言葉を変えてみる。
この手ものは地域差で言い方が違って伝わらないからもう一つの言い回しに変えてみる。
「石を切るって危なくない? 楽しいのそれ?」
「マジで知らないのか」
言い回しを変えてみても分からないらしい。あ、女子だから水切りを知らないのか? 男の遊びってわけじゃないだろうけど、女子がやるって遊びじゃないだろうし。
「石ばブン投げて、水面を撥ねさせる遊び」
杉田が説明すると、「ああ、あれか、こう、ビシャ、ビシャ、って石が飛ぶやつでしょ」とまたジェスチャーでどういったものなのか伝えてくるのに俺達はそれそれ、と頷いた。名前を知らなかったパターンか。まあ、遊び自体は知っていても名前を知らないってこともあるだろう。その逆もしかり。
「波紋繋げって勝手に呼んでた」
「地味にカッコいいネーミングだな」
そして探せば案外その名前を呼んでいる地域がありそうな感がある。
「私もやりたい!」
「ジゴはどがんしたジゴは?」
「ところでさっきからジゴジゴって言っているけど、それってお尻のこと? というか全体的に言葉変だね」
「まあ、方言やけんね」
今更ながら杉田の言葉に対して言ってくる。杉田はどうでもよさそうに頷くと「へえ~、面白いね。そんなことより」と話題を変えてくる。そんなことよりってコイツ自分から聞いておいて。
「それ私にも教えて」
「ジゴは?」
「ジゴはいいの!」
覚えたばかりの方言で返しながら立ち上がってケツを叩く。……だからそういうのをやめろって、お前もいい年なんだから。俺達の心中なんぞ知らずに「教えて教えて」と子供のように駄々をこねてくる。
俺達は一度顔を合わせてから互いに頷き合う。そして満面の笑顔になって期待する梶田へと答える。
「「ダ~メ」」
「なんでさ!? 酷いよ、そんなめっちゃいい笑顔で否定するの!?」
想像通りに憤慨する。
「だってお前こけるやろ?」
「尻打ったくらいなら大丈夫かもしれんが、たぶんお前なら顔いく。間違えなくいく」
「そんなことないよ! なんで決めつけるのさ、ひどいよ!」
「ちなみにお前の体育の成績ってどれくらい?」
「………い、いまは体育関係ないでしょ!?」
「明らかに目を逸らして言いよどんだ時点で察してんだろうが」
まあ俺も人に自慢できる成績じゃあねえけど。
「また今度なゃあ」
杉田は小さい子供に言い聞かせるような口調で告げると梶田は、ひどいよ! と不満を漏らす。傍からみれば友達というよりも兄妹のやり取りのように見えてしまう。
う~ん、この三人で例えるなら杉田長男、俺次男、梶田三女(長女)と言ったところか。実際のところ俺は長男、杉田は八男? ……あれ六男なんだっけ? まあいいや。梶田一人っ子。そんな感じの兄弟関係なんだが。
杉田は兄弟が多いからか、あと地元民のこともあってホームグラウンドで俺達より地の利やら島に精通している分リーダー気質みたいなのが発揮しているため、より長男って感じが強いんだろう。
そんなことを考えながら梶田が杉田を引っ張って「私もやりたい~」としつこくせがんでくるのを鬱陶しく思いながらも「離さかんか、岩場じゃなかったやらマジブン投げとるけんな!」と半ギレしていた。
せがむ妹と疎む長男の姿をみて、仕方なく次男である俺が割って入ることにしよう。
「まあ梶田が無事ならいいじゃねえか。あっちは砂利でこっちよりかまだ大丈夫だろ」
「こけて擦りむいたらどがんすっとか」
「こけても濡れタオルとか抑えれば」
「バカちゅん。海水のやつで濡れたやつば傷口に使っても汚かやろもん。冷やすとかならともかく」
「あ、そっか。梶田、バンソーコーとか持ってるか?お前がこけた時のために」
「なん、バンソーコーばバック入れとっとか。賢かなゃあ。こけること分かとって」
「山登るつもりつもりだったから、一応持ってきているけど。というかさっきからひどいな。私がこける前提で話さないでよ!?」
「「こけるだろ」やろもん」
「なんだと、ひどいな!?」
一応、バンソーコーはあるということで梶田も水切りに参戦は決まった。梶田に簡単に水切りのやり方を教えて、手本として杉田が三十越えの魅せては爛々と目を輝かせる。影響されて挑戦してみる梶田。
初球を投げてみると案の定一度も撥ねることはなく、石は海の中へと沈んでいく。「あり、石が悪いのかな?」ととぼける梶田に「お前の腕が悪い」と突っ込む。
二度三度と挑戦し、失敗する梶田を見て俺がやれやれと、手本を見せてやるかと、梶田の隣に立って「よくみとけよ」と石を放る。
三回だった。
「へたくそ」
「お前よりかできているだろうが!?」
「夕弌君よりか下手じゃん」
「達人と比べんな」
互いにライバル意識が芽生えつつ俺達は水切りを投げやった。コーチのように俺達の様子を見届ける水切り達人の杉田は踏ん反ってながら俺達のドングリの背比べを欠伸しながら眺めていた。
「そういえば山登るって、烏頭ヶ岳か? あそこ今登れんぞ」
「うん、登れなかっ、た!」
杉田の質問に梶田は答えながら投げる。相変わらず一度も撥ねることなく、ちゃっぽんと波紋が広がり水面へと沈んでいく。
「なんか土砂崩れでね。あそこだけはちゃんと見たかったんだ、けど!」
「何かあんのか、そこって?」
「なんもなかばい。途中アスレチック広場あるばってん、特になかよ。ただのハイキングコース」
俺の質問に杉田はないと答える。
「そこから見える景色が綺麗だからね。自分の目で見たく、て」
投げるけどやはり梶田の石は一度も撥ねることはなく、水面へと沈んでいくのを繰り返す。
「誰からか聞いたのか?」
次の石を探していた梶田の手は止まって、ううん、と首を横に振ってから、空を見上げた。澄んだ青空が広がり、中心に立つように眩しく日光を放つ太陽の存在感。夏空に言うにはふさわしい空。そこにある一つのはぐれ雲を見つけた梶田はそこを見ながら言うのだ。
「聞いたっていうよりも、昔この島に来たお父さんがその景色の絵を描いたんだ。その絵を見たんだ」
そう告げてくる。
梶田の親父さんってさっき生まれてくる前に死んだとかいう。
俺と杉田と目を合わせて、互いに眉を顰める。つまり梶田のこの島にやってきた理由っていわゆる父親の面影を追ってきた、想う旅行。追悼式みたいなものか。
そしてそれなのに一番の思い出のある場所が今は立ち入り禁止というのはあまりに酷な話だ。
「なあ、その土砂崩れってどれくらいかかりそうなんだ?」
「さあ、よく知らんが八月中には終わるって話やばってん」
「らしいね。私もお盆くらいまでいるけど、行けそうにないっぽい。せっかく来たのに」
ハハハ、と笑う彼女だが、その笑いは今日あった中で乾いていた無理な笑顔にみえた。
何といっていいのか分からない俺達二人は気まずい空気にどう声を掛ければいいのかわからない。杉田もさっきみたくわざと「ジジババ毎年死ぬ」みたいな冗談も言う気にもなれないだろう。
何か話題を変えるか、と思って話題を探して口を開こうとするけど、その前に水切りに失敗した梶田が口を開いた。
「その絵を見つけた時ね、この島が私を呼んでいる気がしたん、だ!」
「「はい?」」
梶田の言葉が理解できずにまじまじと見つめる。梶田は俺達のことは気にせずに新たな石を放ると初めて、石が撥ねて二回三回、……八回と撥ねたのだ。
負けた!?
地味に俺の最高回数の六回を超えられた。こんなアホに俺が、負けた、だと!?
「おお!! ねえ、見た見た!! 今八回いったよ!八回」
やったやったと大喜びする梶田。内心で悔しがっている俺を横に杉田は言ってくる。
「最後のは数えんぞ」
「え、そうなの!?」
そうなの? 俺と梶田は杉田へと注目するとああ、頷いた。
「よく間違えられるばってん、最後のは沈むから撥ねとらんけん数えん。だけん数えて一引けばそれが回数ばい」
そういえば最初の時杉田のを数えていた時って一の差で違っていたっけ? つまり数え自体は間違っていなかったのか。
どちらにしろ。
「でも七回だよね! ラッキーセブンだよ! 七転び八起きってこのことじゃん!」
俺がこのアホに負けたという事実は変わらない。なんて屈辱だ! 同じ運動音痴でもこいつには優っている、という隠れた愉悦感を持っていたのに、ちょっとしたことで越えられたことで激しく動揺する小物キャラのような俺。今までは「小物過ぎw」って馬鹿にしていたけど、初めて共感した。
大喜びするアホは飛び跳ねて喜んでいる、と「あ」と言葉を漏らして、その様子をつられて俺達も「あ」と漏らす俺達。
予想していた通りに梶田はこけて足や膝とか擦りむいたのだった。
梶田自身は平気といったが店へと帰った時、怪我をさせたことで杉田の兄貴に殴られた俺達の方が無事ではなかった。梶田は梶田で、あの梶田母に滅茶苦茶怒られたという。
俺達は小さい子供か。