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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
4/32

田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)4

「え、じゃああの話嘘だったの!? ひどいよ!」


「というかお前がアホなだけやろ」


 ゆで卵を食べながら、馬鹿を見る目で相席を願ってきた旅行客の少女にハッキリと告げた。


 何でも、仲村の紹介でウチの店に来たらしいが、その時にあることないことを吹き込まれて「合言葉使えば裏メニューが出る」だのなんだのとそそのかされたらしい。


「別に合言葉とか使わんでも、メニューを言えば優翔兄ちゃんなら何でも作ってくっどね。まあ、カレーくらい普通にあるばってん」


「え? そうなのか」


 実夏夜の言葉に驚いてこちらを見てくる仲村に対して頷いた。


「ドラマの影響でな。『あるよ』が言いたいらしい」


「ああ、キムタクのヤツか」


「え? 何ソレ何ソレ?」


 仲村は納得するが、旅行客の方は食いついてきた。……今ので分からないか、普通?


「『HERO』だよ。キムタクの検事やっているヤツ」


「??? え? 何ソレ? ヒーロー? キムタク? ニチアサのやつ?」


「……マジかお前」


 はてなマークを浮かべて聞き返してくる旅行客に対して、俺たち三人は本気で困惑する。


「ほら、アレ、ちょっと古いから」


「「あ~~~……」」


 実夏夜のフォローの言葉に半ば納得しかける俺と仲村。だけど、『HERO』知らないって結構どうかと思うが。キムタクの代表作の一つだぞ? それに昔といっても数年前くらいに続編と映画があった作品だから知名度はそこそこあるぞ。


 有名作を知らないってことに信じられない思いだったが、まあ、タイトルだけ知らないだけで、観れば案外『あ、これか』っていうかもしれない。


 そう納得して刺身を摘まむと旅行客はこちらをジッと見つめてくる。いや、正確には俺ではなく、刺身の方にだが。


「ねえ、それって何?」


「カンパチ」


「かん……ぱち…? パチ? お魚のお刺身だよね?」


 カンパチを知らないのか、マジマジと俺と刺身を見比べてくる。


「食えば?」


「え、いいの?」


 興味深そうに見てくるので食べるように勧め、小皿を取って醤油を垂らしてそれ渡す。旅行客は驚いた顔でそれを受け取った。


「いいよ、別に。折角優翔兄ちゃんがどっかの誰かさんのためにば捌いてくれたとに、食えんって言うし」


「美味しいっすよ。この島といったら魚っていうくらいだし」


「ああ、美味いぞここの魚は」


「お前が食っとらんとやろが! お前(わん)のための刺身ぞ、これは」


 流れで同意してくる仲村にだけは突っ込んでおく。


 シャ、と箸を構えて「では、遠慮なく……あ、ありがたく、いただきま、いただくで、ござる」と緊張して変な言葉使いになりながら恐る恐るといった調子で刺身を摘まむ。


「しょ、しょうゆって、ど、どれくらいかければいいのかな?」


「はあ? いや好きにしろ」


 なぜか醬油の適正量を求められた。


 恐る恐るといったプルプルといった手の調子、刺身を醤油に付け方に迷っているのか、それとも箸を上手く使えないのか、それでもよく分かんない、という気持ちが見て取れる動作で醤油皿に二度三度と付けてから口へと運んでいく。


「わあ、美味しい! プリプリしてる!! 何これ!?」


「カンパチ」


 冷静に答えると「カンパチ!」とオーバーリアクションで子供のように喜んでみせる。離れた席から「真理愛!」と怒鳴り声も響き、途端に大人しくなる。


 そうめんを啜りながらの様子を眺めて、ウチのチビ達と同レベル、……いやもう少し大人しいぞ、と思っていると隣にいた実夏夜も全く同じことを口にしていた。流石兄弟。


 カンパチの刺身が気に入ったのか、パクパクと箸を進める。ん~~、と感極まった、こんなに美味いものは食べてたこともないというような幸せそうな顔する。


 そんな刺身くらいで大袈裟な。


「あ、そういえば皆の名前ってなんだっけ? 私は梶田真理愛」


 思い出したように今更ながら名前を訊ねてくる旅行客こと梶田真理愛。


 そのことに関しては正直助かった。実はさっきからずっと気になっていた。いや別にコイツに好意とかそういうのがあるわけじゃない。純粋にいきなり同席してきた奴に対してどう呼んでいいのか分からないから困っていたって意味だ。他意はない。


 というか最初に名乗れよ、と思いつつ俺達も答えた。


「……杉田夕弌」


「弟の実夏夜です」


「俺は仲村恭和」


 俺達もそれぞれ名乗る。


「三人って付き合いは長いの?」


「いや結構最近」


「こうやって一緒に喋って飯食うのも初めてだし」


 俺と仲村が答えると、「え、そうなの?」と梶田は意外そうな顔をする。


 出会ったのは一、二週間くらい前に偶然会って、その夜にもう一度この店で再会した。その後は昨日一昨日くらいにこっちに引っ越してきたと顔を合わせにきて……と。出会って間もないし、こうやってゆっくりと話すのも初めてだ。


「そうなんだ、か~な~り、仲良さそうだから長い付き合いだと。あ、でもそっか、仲村君って私と一緒で旅行客だもんね」


「あ、俺旅行客でもねえぞ」


「なんですと!?」


 仲村の言葉に梶田が仰天する。


 どういうことだと聞いてみると、どうやら会話の中で連れ違いがあったらしく、梶田は引っ越してきた仲村を旅行客だと勘違いしていたらしい。


「君って嘘ばっかじゃん。嘘つきなんだね。駄目だよ、嘘つきは野望の始まりっていうし」


「それを言うなら泥棒の始まりだろ」


「野望の始まりって、なん、そん、騙し騙し合いで駆け上がっていくドラマみたいなキャッチコピーはなんや?」


 非難の目で見るが、内心では、面白い台詞だ、心の中にメモしておこう、と小説家気どりの俺は面白い台詞として記憶しておく。


「じゃあいくつ? 私十五歳!」


「十四だがもう少しで十五、中三だ」


「あ、じゃあ一緒だ、イエ~イ!」


「ハイハイ、イエ~イ」


 両手を上げてハイタッチの構えを取る梶田に、仲村は適当にノリに合わせる。……こういうところもチビ達と同じノリだ。テンション高めのヤツと思っていいのか、チビ共と同レベルの精神なのかと判断には迷わないな。間違いなくチビ達と同類だ。


 ……十五で、一緒、ってことは俺と仲村とタメの中三ってことになるのか。


 俺が「俺も中三」というと、一緒! と言ってはイェーイとハイタッチ。実夏夜は「俺は中一です」と控えめに言うが「後輩君だ、イエ~イ」とこれにもハイタッチ。ただノリでタッチをしたいだけらしい。


「学校ってどんな感じ? 楽しい?」


「いや、別に。楽しくなかばい」


「……え、そうなの?」


 俺が答えるとさっきまでのイエーイでのテンションはどこへ行ったのやら、素の反応と言わんばかりの調子で聞き返してきた。


「他ん学校とこはクラスがいっぱいあったり、部活動も色々あるやろうけどさい、ここ田舎だから人いねえし、クラスは小学校から中学ば卒業するまでは一緒やし、部活も選べん、というか強制参加やけん楽しくなかぞ」


 クソ田舎特有の悪しき風習を例に出してみる。


「え~楽しそうじゃん、ねえ」


「まだ転入してねえから分からねえ」


 俺の言う事が大したことないと思っているのか、むしろ面白そうだといった調子で梶田は仲村に同意を求めるも仲村は笑いながら適当に流す。


 か~、これだから余所者は。実際に住んでみれば分かるぞ、ここが結構な地獄だと。


 殆どの連中が保育園くらいからずっと一緒で過去の恥ずかしい出来事を何歳になってもネタにされ続けて。何か新しいことに挑戦しようとしても、……例えば俺の小説だ。


 学校にラノベとかでよくある漫研だとかラノ研を創りたいと申請しても普通に無理だと拒否された。漫画とかなら部員集めれば部や同好会ができるみたいな流れになるが現実とは非情で部員を集めれば解決なんてしない。文家系部はいらん、サッカーかバレーのどちらかをやれ、の選択を狭まれる。


 ついでに言うと、そのバレー部も俺らの卒業後かその次の年には完全な廃部になるそうで、サッカー部のみとなるそうだ。女子部の方はバレーとバスケ両方そのままらしいが、男子はサッカー一本となるらしい。ウチの島の過疎化問題は深刻である。


 なぜ、人数が必要とする体育会系の部を存続させて、人数を必要としない文化系の部を潰すのだろう。


 春真という一つ上(年齢的には三つ上)の兄がいるが、春真が中学時代にはパソコン部があったが、中二の時に廃部となった。原因は規定人数に満たなかったため。


 だからパソコン部に規定人数を求めてどうするんだよ? どう考えても基本的に個人作業だろうが。同好会として存続させろよ。


 そんな田舎事情も知らないで、よく楽しいといえるもんだと内心で悪態を吐く。


 俺がそんな闇を燻らせているとは他所に梶田は仲村の方へと話題を変えていた。


「じゃあ、前の学校とかどうなの? 楽しかった?」


「あ~、……楽しかったといえば、楽しかったな」


 目を逸らして仲村は歯切れの悪い曖昧な返答をする。


「部活とか何やっていたんですか?」


「……別に。それよりか梶田はこの島ってなんで来たんだ?」


 実夏夜の質問を逸らすように梶田へと質問を投げかける。


「私? この島って昔お父さんが来たことが会ってね。それで私も一度行ってみたいな~って思って」


「それで来たのか」


「そう」


 ウィンクして頷いてくる。ウィンクで返事してくる奴初めて見た……。


 チラリ、と仲村が視線を梶田から外して俺達の方を……俺たちの後ろ側にあるカウンター席の方へ向ける。カウンター席の方には今梶田の母親と、厨房の優翔兄ちゃんの姿しかないはず。


 一体、何を見ているんだろうかと思って、俺も後ろへと振り向こうとする、が先に仲村は梶田へと訊ねる。


「親父さんはどうしたんだ?」


 あ、そういうことか。見ていたいのはここにはいない父親の所在について考えていたのか。父親の影響で来たが、肝心の父親はどこだ、と言うと梶田は答えた。


「お父さんはもういないんだ。私が産まれたのと同時に死んだって」


「あ、それは……なんか悪かったな」


 訊ねた質問の回答は少し重いものだった。仲村がやってきしまったと気まずくなってすぐに謝罪する。ううん、大丈夫だから、と笑って仲村に気にしてないと気丈に振舞う梶田。「それならいいけど」と仲村も言うが、気が晴れきれていない様子。


「気にすんな、こん島じゃあ毎年じい様とばあ様死んっどっとから」


「いや、そのフォローはおかしいでしょ。あの、すんませんウチの兄貴がバカで」


「そうだよ、そういうこといっちゃあ駄目だよ。命って大事なんだから」


「前もそうだったけど、お前はなんでそんな老人に対しての思いやりがないんだよ……」


 三者三様の総突っ込みを受けた。事実だからしょうがねえだろ、と三人の視線から逸らしつつ呟いてお茶を飲む。


「も~、そういうのやめてよね。死ぬとか簡単に使わないでよ」


 まるで親が子に言い聞かせるように注意してくる梶田に、ハイハイとわるぅござんした、と適当に返事するも梶田は不満そうな顔をしてまだ何か言いたげだった。


「は~い、カレーできたよ。どうぞ」


 割って入るように優翔兄ちゃんがカレーを運んできた。お、待ってました、と俺の事など他所にやって、サッとスプーンを構えて食べ始める。カレーの前では何ものも敵わないようだ。


「辛い~! でも美味い~!!」


 一々オーバーリアクションになりながら、パクパクとカレーを食べる。


「アレだよね~。カレーって……なんか、アレだよね! うん、アレだ! アレな感じとアレな感じがいい感じでと~っても美味しい感じになって、まるでアレみたいだよね!」


「食レポ下手か……」


「アレアレってどれや」


「あはは……」


 いくらテンションは高くても伝えたい言葉は何一つとして伝わってこない残念な語彙力だ。


 仮にも小説家を目指している俺からすると……そうだな。


「あんだろ、カレーの辛みが本来のご飯の甘さを意識させて、より強く両方の旨さが引き立つとか。家のとはまた違う辛みのある店先のカレーとか」


 ……あ、あんまり上手くなった。クソ、俺にも語彙力と表現力が欲しい!


 自分の学のなさに苛立ちを覚えるが、こんな表現でも梶田よりかマシだったためか目を大きく開けたアホ面をした梶田がこちら見ていた。


「おぉ……。そう、それ! そんな感じ!! 私の言いたいことまさにそれ! 君凄いね!」


「別に……普通だっつーの」


 心底関心するといったような梶田に素っ気なく返す。


 普通じゃあ駄目なんだよな。いや、これですらまだ普通とはいえない。もっと、上手く分かりやすく、面白い表現ができなきゃあ意味がない。


 内容もそうだが、俺には表現の下手さがあると読み返す度に痛感する。《BLACK STORY》をこの間一度読み返した。誤字が多く、描写と表現もイマイチ分からない箇所が多く存在した。


 書いている時は気にならなかった、というよりも書いていた時は何かしらの考えがあったはずなのだが、読み返した時何を考えていたのか自分でも謎だった。あの時の俺はなんでこれはイケる! これ考えた俺スゲエー! となっていたのなんだったんだろうか?


 あの、深夜テンションというか、創作時のノッている時の特有の謎の高揚感はなんなんだろう? そして、どうして振り返ってみるとクソ感が半端ないんだ。


「でもさ、家のカレーとか店のカレー、他のところのカレーってなんでこんなに違うんだろうな?」


「単純に作っているヤツが違うからやろ」


「そうだけどさ……」


 仲村の質問にマジレスするが、求めていた回答とは違ったようだ。


 まあ、言わんとすること自体は分からんでもない。だが、それを答える術は俺達にはないのだ。そう、俺達には。俺が上手く表現できないとかの以前に。


「と、いっても俺達(おっだ)って、家のカレーも店のカレーもここの味だからな。他んところでカレーって食ったことなかし」


「そがんね。学校くらいで……友達の家に遊びに行ったりしてご飯とか食べんしねえ」


 ようは他の家の味ってヤツを俺達兄弟は知らない。外で食べる機会がないから。なんで質問自体は分からなくなくとも、それ自体の答えを持ち合わせられないのだ。


「むしろ来る側やけんなゃ。ここって」


「アレ? ここって二人の家のお店なの?」


「今か? 今そんこつに気づいたんか?」


 今更ながら気づいたように呑気に聞いてくるのに俺は驚愕した。


 コイツは今まで何を聞いて、何を見て、俺らと接していたんだ?


 梶田は、いや、ただの常連か何かだと思ってた、とアハハと笑って誤魔化す。そういう風に受け取っていたのか……、いやまあ、その案もなくもないか。そもそも梶田には一言もウチの店だとは言ってなかったか。……それでもそれくらい分かりそうなものなんだけどな。


 ここは俺ん家の店、と改めて伝えておく。


「なんかいいよね、お家が食事処って、毎日のご飯美味しそう」


「残飯処理だぞ」


 飯屋の家は毎日が美味しいものを食べられると思ったら大間違いだ。いや、食べられることは食べられるが……。別に出来立てほやほやのものが食べられるって訳じゃない。ここは店であっても自宅ではない。ウチは店と家は別々に分けている所だ。なので、店の料理は店で出すし、家の料理は家としてそれぞれであるのだ。


 なので、本当なら午前中の陸上や部活、勉強会が終わった後は家の方へと帰る予定だったが、仲村が来たために店にすることにした。ほら、お父さんが店で飯を食わせる約束したからそっちに合わせる方がいいと思って。


 で、実際に食っているのは店のメニューではなくただの残り物。今日の法事か何かに出すための料理の残り物か。


 ここは基本飯屋で居酒屋でもあるが、一番の収入源は俺の見立てじゃあたぶん葬式とか法事に出す時のご馳走類だ。その時の余り物が基本的に我が家の食卓へと並ばれるのが常だ。


 そのことを実夏夜と替わり替わりに説明すると、仲村と梶田は「はあ~」と二人して嘆息する。


「それにウチは兄弟が多いから飯は常に戦場だし」


「何人兄弟なの?」


「「―――」」


「あ、待てお前ら。折角だし当てて貰おう。何人兄弟か」


 同時に口を開こうとした俺と実夏夜を停止させて、少しからかってやるか、とニュアンスを秘めたニヤっとする仲村。梶田はその提案に「あ、いいね。そういうの面白そう。ちょっと憧れだったんだこういうの」とノリノリで乗っかかってきて俺と実夏夜、交互に見比べてから兄貴の方も見る。そして最後に仲村の方をみると。


「とりあえず、二人は兄弟で、あっちのお兄さんもそう。……で、君は違うんだよね?」


 現状で出ている情報を確認してくる。仲村は悪い笑みを浮かべて、さあどうだろうな、とはぐらかしてくる。


「兄弟かもしれないし、実は親戚って考えもあるぞ。そして俺も実は再婚の子で最近兄弟いりしたかもしれない」


「あ~~~、え~~、でもそういう……。う~~~~~……。ヒントちょうだい!」


「残念、ノーヒントだ」


 親戚説と強引な連れ子説を出されて、もう一度俺達全員をあちらこちらに視線を移して頭を捻り悩みだす。そして諦めたかのように堂々とヒントの要求を寄こしてくるのに対して、仲村は却下して「え~~」と不満そうな悲鳴を上げてくる。


 何人兄弟と聞いているのに対して、親戚云々に関しては別に考えなくてもよいのだ。意地悪問題によくある手法で、関係あるようにみせてよく考えると全く関係ない、情報混ぜて場を混乱させるのだ。それにまんまと引っかかっている。


「せめて再婚かどうかだけ教えてよ!!」


 俺と実夏夜はそれだけはないだろう、と心の中で呆れて突っ込んでいた。


 だが、実際梶田の立場になってみるとありえないだろうことだけど、知らない以上捨てきれないものがあるんだろう。俺が同じ立場だったら絶対にないと切り捨てるが。


 うんうんと唸りながら俺達を見比べ続け考えるアホは答えを決め、自信満々に仲村へと指さして告げてくる。


「分かった、君合わせて六人兄弟だ!」


「残念、俺は兄弟じゃあねえ」


「え~~~!?」


「『え~』じゃあなかろもん。どがん考えてもバレバレの引っ掛けやったろもん。お前(わる)がイチバン」


「うぅ~、……そんな怒んなくてもいいじゃん」


「……いや、別に怒っとらんばってん」


 俺が呆れ果てて突っ込むのだけど、すると梶田は酷く怯えたように目に涙を浮かばせて、フルフルと震える小動物のように震えた声で意見してくる。その予想外の反応に俺は目を丸くする。


 これくらい普通だよな、と二人に視線を送るが、実夏夜は俺と同じように困惑するように「これくらいなら怒ってないよね?」と口にして、仲村に関して「ああ、な~か~し~た」と煽ってくる始末。


 おい、馬鹿、やめろ! 兄ちゃんと梶田の親のいる前でそんなこと言うんじゃあねえよ! 俺が怒られるだろうが!


 自分の娘が泣いているなんて梶田の親は面白くないだろうし、優翔兄ちゃんに関しては女を泣かしたと知ったらガチな鉄拳が飛んでくる。説教というよりもガチめの暴力というタイプの拳だ。俺が泣いて謝っても漏らしても許さずにしばらく殴り続けるのだ。


 カウンター席の方を意識しつつ、こちらの様子に気づいていないかどうか本気で焦る。が、優翔兄ちゃんと梶田の母親は何か話していて特にこちらを気にした様子はない。聞こえてくる内容からして注文した料理の感想っぽいが。


 な、泣いてないから! と顔を逸らして、目元の涙を慌てて吹き去ってから俺の方を向き直る。


「き、君の声が大きいからびっくりしただけだから。驚いただけ。……怒ってはいなんだよね?」


 まだ少し怯えを引きずった調子で訊ねてくる梶田に、「あ、ああ、怒っとらん怒っとらん」と頷く。


「ほら、夕弌兄ちゃんは言葉が乱暴やけん、知らん人だとビックリさせるけんさ」


 実夏夜がフォローの言葉をかけてくる。それで安心したのか、頬の溜まった涙をそっと拭いてテンションを切り替えた……戻した明るい声色で言う。


「じゃあ、私は何人兄弟だと思う?」


「「「一人っ子」」」


「なんでわかったのさ!?」


 言い当てられたことに驚愕する梶田だが、「なんで、なんで!? なんで分かったの!?」何故言い当てられたのか本気驚いている。


 正直、なんでと言われると……。特に推理的なものでないが、まあ親子二人で店に来ているし、父親は亡くなったなら兄弟が他にいると考えにくいし、と色々と考えられるけど。


 仮にそういう情報とかなくても、俺達三人はそんな深い考えよりも決めてとしたのは、梶田自身の全体的な雰囲気が一人っ子のそれだ。


 そのまま他愛のない話が続く。


 ―――じゃあさじゃあさ、君たちの兄弟は? そういえば正解は? ―――お前が勝手に問題だしたんやろ? 十三人。―――ええええ!! ……あ、ああ……またそうやって騙そうしているんだね。―――いや、本当です。俺と夕弌兄ちゃん、優翔兄ちゃんと他で十三人兄弟―――えええええ!!? 嘘でしょ!? ほんとうなの?―――本当よ、この島じゃあ一番大家族。―――この島じゃなくても俺が今まで出会った中じゃあお前らが最多だよ。―――どんな感じ? 女の子いるの? ってか何番? ―――五男の八番目。―――六男の九番目―――何ソレ!? え、え、え!? 何ソレもっかい言って! もっかい!! にゃんにゃん、…じゃなくて! なゃんなゃんの、…ぷぅー。あ、ごめん! にゃんなゃんの! ……プハハハハ!!!―――なに一人で噛んで笑っとっとか! ほらちゃんと言え、なゃんなゃん―――プハハハハ!! 君もなゃんなゃん言った!!―――いや、明らかにお前に合わせてだけのことだろ……。―――。


 こんな風に梶田が一人で大盛りやがって、俺達も釣られて笑うというか呆れて返ってしまうというか。


 騒がしさ店の中に広まる。他の客が入れたら優翔兄ちゃんに怒鳴られていたかもしれないが、今客がいないでそれはなかった。


 だけど、代わりに。


「真理愛ちょっと……」


「ん? なに?」


 そんな空気の中に梶田の母親がやってきては梶田へと呼び掛けてくる。


 娘の下劣な笑いを注意にでもしにきたのか、と梶田を除く俺達が構える。……いや、普通梶田一人にその緊張が走る場面なんだろうけど、えらい笑い上戸になってしまったためか、母の存在に対して気にした感じはしない。


 やっぱこういう所が一人っ子って感あるよな。というか末っ子?


 けれど、俺達の予想したものとは外れことを梶田の母親は告げてくるのだ。


「お母さん、今仕事の電話が来てね。すぐに借り家の方に帰えらなくちゃいけなくなったの。だから、それ食べたらすぐに帰りましょう」


「えぇ~~~! 今すぐ!?」


 どうやら梶田の母親の方に何かしら仕事でトラブルがあったらしく、それで一端借り家へと戻ってその対応しなくてはいけないらしい。


「そう、今すぐ。……あなたたちもごめんなさいね。それにありがとうね、この子の我儘に付き合ってくれて」


「「「いえいえ」」」


 俺達三人は問題ないと応える。まあ、これくらいの騒ぎは別にな、この店では特に問題ない。夜は居酒屋となった飲みの席の騒がしさに比べれば、俺達の騒ぎなんてただの有名校の合唱部みたいなもんだろ。


 うぅ~、と不満そうに口を尖らせている梶田はチラリと視線をこちらへと送ってくる。いや、なんだよ、別に助け船とか特に何もないぞ。ただ借り家に帰るだけだろ? なんだ帰ったら幽閉でもされるのか?


 視線を向けられて、俺達三人は見合わせる。どうするも何もないよな、とアイコンタクト送り合う。


 梶田は震えた、緊張したような声色で訊ねてくる。


「……まだ一緒に遊んじゃあ、ダメ?」


 俺達に向けた発言なのか、それとも母親に向けたものなのか、……たぶんどちらもなんだろう。


「駄目に決まっているでしょ。ごめんなさい、この子旅行が初めてだから少し舞上がっちゃって」


 梶田の母親は小言を言うと俺たちの方に「この子を構ってくれてありがとう」と礼を言ってくる。「早く食べなさい」と急かしてくる梶田母に、眉を顰めてスプーンでグリグリとした調子でカレーをのろのろと食べる。ウチのチビ共がテレビのチャンネル争いに負けて拗ねた時と同じ反応だ。


「コラ、拗ねないでちゃんと食べなさい」


「拗ねてないもん、ちょっと辛いから食べるのが遅いだけだもん」


「真理愛!」


 梶田母のお小言に顔を背けて、聞く耳を持たない態度でカレーをゆっくりと食べていく。


 俺は梶田のその態度が、チビ共の事を思い出して、その態度に少しイラっとする。そんくらいで拗ねんなよ。と仕方なく、俺は言葉を放つ。


「べ―――」


 ―――別によかろもん。また遊びにくれば。


 と言おうしたけど、先に優翔兄ちゃんが切り出してきた。


「あ、だったら後で娘さん送りましょうか? ウチのバカ(どん)はどうせ昼から暇だし、適当に遊ばせとけば。泊っている所教えてくれれば送りますけん」


 その言葉に、え? と梶田と梶田母はそれぞれ驚いた反応する。


「でも、ご迷惑じゃあ……」


「折角旅行来たのに、何もせんとはつまらんけんですね。島んことも知ってもらいたかし、あ、バカ(どん)だけが心配なら妹もおりますけん、遊ばせますよ」


 優翔兄ちゃんがそんな提案してくる。梶田は不貞腐れた顔がぱあっと明るくなって勢いよく立ち上がる。


「遊ぶ遊ぶ! 私一緒に遊びたい! ねえ、いいでしょうお母さん? 私まだ遊びたい!!」


「真理愛!」


 興奮する梶田に一喝する。梶田母は困ったような顔をする。


「折角のお誘いなんですが、すいません。やっぱりこの子一人にするのは不安で……」


 やんわりと申し出を断る。まあ、旅行先の知らない所に娘を残すのは不安があるのは当然か。別に変なことをする気は全くないけど、梶田母側からしたら知らないヤツらに娘を任せたくはないだろう。


 こんな世間知らずそうなアホな娘なら特に。本人に危機管理の意識が低いために、母親の方が普通以上に尖らせているのだろう。


 ちなみにうちの家庭の立場だった場合、ホームアローン並みに図太い家庭なので平気で残していく。いや、ホームアローンは故意じゃないか。旅行するのに寝坊して慌ただしかったから置いけてぼりにされたのか。


 旅行じゃないけど、子供の頃本島に買い物しに行った時にトイレ行って船の時間に遅れ俺と妹二人置いけてぼりにされた。小さかったから色々と怖くて、連絡手段もなくて、ガチ泣きして船着き場の人に訴えて何とか帰ってこれたが、その時の家族の反応が「お前ら一緒に帰ってきとらんかったか? 帰って来たなり遊びに行ったと思っとったわ」と大笑いしてその日の酒の肴にしやがった。


 なんて家族なんだ、梶田の母親が正直うらやましい。


 その梶田の母親の心配する気持ちが分からない奴が一人。


「私もう小さい子じゃあないんだよ」


 梶田本人は母にそう訴えるが梶田母は眉に皺を寄せて、ため息を吐くようにして答える。


「小さい子以上に不安になるわよ。あなたは」


 分かる、と俺達三人は深く頷いた。


「お母さん。もっとも私を信頼してよ!」


 ちょっとした言い争いになる。その仲裁に再び優翔兄ちゃんが割って入ってくる。


「まあまあ、お母さん落ち着いて」


「まあまあとママのギャクだぞ(ボソッ)」


「プッ……」


「え? どういうこと?」


 仲村にさり気なく零すとツボだったのか、仲村は吹いた。それが聞き取れたのか優翔兄ちゃんの容赦ない拳骨が俺に飛んでくる。梶田にも聞き取れたのか、けれど一連の流れが読み取れなかったのかきょとんとした顔になる。


 隣で実夏夜が「空気読もうよ」と言ってくるのに、打たれた箇所を抑えながら「コレ考えたの優翔兄ちゃんだぞ」と兄弟間で分かるエピソードに苦笑いにする。


「可愛い子には旅をさせろって言いますし、こんなにも言ってますけん、聞いてあげたらどがんですか? 軽くそこらの海を見させるくらい問題なかだろうし、話すくらいならここで話させてとけばよかですし、夕方くらいには送りますよ」


 とフォローの言葉かけるが優翔兄ちゃん。その様子を見て仲村が訊ねてくる。


「お前らの兄ちゃんなんでこんな引き留めんの?」


「女に甘い人だから。困っている女の手を貸したいというのがモットーの一つ。優翔の字って『優しい』だから」


「ああ、なるほど。お前の場合優しさ一番か?」


「俺のは夕方一番だよ。産まれたのが夕方だったからそれで名付けられた」


 以前に名前の漢字自体は教えた気がするが、……まあ、口頭だったから覚えていないんだろう。『ゆういち』って名前自体は漢字がいくらでもあるからな。


「お前の方適当だな」


「十三人もいるとな……」


「俺も実夏夜って名前は夏の夜だし、『実』があんのは『実に熱い夜だった』ってことやけんですけんね」


「しかも生まれたじゃなくて作っ、痛ってえ!?」


 俺、実夏夜、仲村にそれぞれに拳骨が飛んできた。


「バカ(ドン)が。こっちば気にせんか!?」


 凄まれた気迫に圧されて目を逸らす。そして仕方なく、優翔兄ちゃんに合わせて言葉を言う。


俺達(おっだ)も別によかですよ。もう少し話す程度ならここで話しますけん」


 俺の言葉に二人は頷いた。別に昼から用事はないし小説は行き詰ったままだった。中学三年生ってことで受験勉強するという選択肢はない。俺が行くのは静凉か猫野浜の馬鹿高の呉郷俵島から通える所だから。事実かどうか知らんが呉郷俵島出身なら学力関係なく通えるって話だし、勉強は午前中だけで十分。地元を出たいっていう進学組辺りは必死になるだろうけど。


「でもお店の邪魔になるんじゃあ……」


「さっきも言いましたけど店は夜からが本番ですけん、昼間あんま来んとですよ」


 優翔兄ちゃんの説得、そしてお願い、との懇願する梶田の顔を見て、はあーと息を吐いていいわよ、梶田母は折れた。やったー!と喜ぶ梶田。


「じゃあ、すいませんがお願いします。止まってるのは、えーと確か……座敷座の借家で……」


「あ~、はいはい。あそこね。分かりました。白か家、新築とかの旅行者向けの別荘地。夕方頃には送りますけん」


「あ、はい。そこで。お願いします。真理愛いい子にしているのよ。体を無理しないで。大人しく皆さんの言うことをちゃんと聞いて……」


「はいはい。分かった分かった。ちゃんとみんなと仲良くするって。お母さんは急がなくていいの?」


「ちゃんと聞きなさい。あなたは」


「あ、タクシー来ましたね」


 優翔兄ちゃんが車の音を聞き取り、梶田母の小言が止まる。真理愛は「ほらほら」と早く追いやりたいと調子で煽る。「ちゃんといい子にしているのよ」と最後に告げてお代を払って梶田母は去った。


 この島で、この店で、タクシー呼ぶ客初めて見た。普段地元客ばっかで代行者なんて呼ばないし、田舎だから緩いから平気で飲酒運転するし。


「子供扱いで困っちゃう」


「それだけお前ば心配してんやろ」


「ありがたいんだけどね、もう少し大人扱いしてほしい的な複雑な乙女心…的な」


「乙女心じゃなくて子供心じゃあねえ?」


 仲村の言葉に俺は頷いた。だって見るからにお前うちのチビ共と変わらないレベルで不安や心配してしまう雰囲気出ているもんな。梶田の母親の気持ちがよくわかる。


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