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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
32/32

澄んだ青空よりも嵐の前の曇天の僕ら(オタクども)16

 翌日、朝早く島の港にいた。フェリーが朝一番だったから。これを逃すと昼の便しかないのだ。そうでなくてこの島から出て車で三時間近く移動して、また別のフェリーに乗り継ぐがなくちゃいけない。だから昼便で移動したらあっちの方のフェリーを逃す可能性が高い。


 朝早く出なければとても間に合わない。


(二人に挨拶する暇なかった……)


 車窓に額を押し付けるようにぶつける。ひんやりとしたガラスが伝わってくる。外の景色以外に薄っすらと反射して映る、頬がやや朱色に染まった不細工な顔。


 朝が早かったため、迷惑だと思い二人の元に出向いて挨拶することできなかった。ういは陸上があるし、モカは朝が弱い。


 手の中にあるスマホはモカに繋がるラインを開いていた。ういはスマホを持っていないからグループラインはなく、モカ宛てのみ。さっきから書いては消して、描いては消して繰り返していた。せめてこっちだけでも挨拶しておこうと思ったんだけど……。


『ごめん、今日帰ることになった』『ゴメン、創作活動もうできない』『めんごめんご、体やっぱダメみたい。また会おうね♪』『アイムソーリー、マイフレンド。マイバッグホーム。シーユーアゲイン!』


『この度は誠に遺憾ながら大変失礼としまして――――』


 変なメッセージばかり文字として浮かび上がってくる。……後ろめたい思いが一杯なせいでいつも調子で打てない。というかいつもの調子で打っていいものじゃないから、余計に緊張して言葉を選んでしまう。


 これじゃあ、会って気まずい別れをした方が何倍もマシ……いや、やっぱり無理。それはそれで色々後悔するし、あ、でもこうやって直接じゃなくてラインでするのも何だか……。というかこういうのって普通手紙じゃないか? 本当にラインで良いのかな? 現代っ子だから有り? ええ~、有りな気もするけど、でも思いを伝えるためっていうならやっぱり手書きの手紙の方がいいのかな? モカだけに伝えるメッセってだけでもおかしいし。でもモカのことだからちゃんと空気読んでういにも見せてくれると思うけど……。


 なんだかよく分からなくなってきた。熱がぶり返しそうだ。こんなことで悩んで頭がショートして熱が上がって死にました、なんてオチ笑い話にもなりはしない。というか普通に嫌だ。


 ちなみに私の体調は良好……とは流石に言えない。熱は引いた、といっても熱っぽさが消えたわけじゃない。昨日まで三九度まであった熱は今日計ってみたら三七度だった。やや不調と言ったところか、油断はできない。大人しく寝ていれば特に問題ないが、これから車で長距離移動になる。酔いなどで体調の悪化が影響してくる可能性が高い、十分に注意しないと。薬もちゃんと飲んできた。


 体調面の方はいい。問題なのは……。


 視線を手元に向けては、はぁ~、と深く息を吐くと一時的に車窓のガラスが白く曇るけど、すぐに晴れた。……私の心も晴らしてくれ、と無茶難題を押し付ける。もちろん、車は応えてくれない。


 そんなバカな悩みを抱えているとお母さんが切符売り場から帰ってくる。


「あ、かき氷」


「ええ、これなら食べやすいでしょ? アイスのじゃなくてこういうカップの食べてみたいって言っていたじゃない」


「どこにあったの?」


「そこの切符売り場の売店」


 そう答えてはイチゴ味のカキ氷を私に渡してくれる。


 さらさらとした、消え入りそうな儚げな砕氷の山に甘いピンク色のシロップが降り注がれた、夏の氷菓子はつい数日前に望んでいた食べ物だった。


 そっか。かき氷ってここで買えたんだ……。


 この間、モカと一緒に買いに行こうとして、どこにも売ってないんじゃないのか、って話になったことを思い出す。あの後妥協してラムネにして、更に妥協してサイダーにしたんだっけ。(あれ、スプーンみたいな名前の飲み物だっけ?)その後、ういのことで色々あって―――。


 思い出して、ふっと笑みが零しながら、カキ氷を一口含む。ひんやりとしたイチゴを連想させる甘さが口の中に広がる。「美味しい?」と訊いてくるお母さんは私がカキ氷を気に入ったと勘違いした様子だった。


 それに頷きつつも、目を閉じて私はこの夏の事を振り返る。


 本当にこの夏は色々なことがあった。初めての体験が色々と味わえた夏だった。私一の、これ以上ないくらいのかけがえのないサイコーの夏だった。


 初めて外に出て空気を吸った。肌に太陽の暑さを焼き付けた。大地を踏みしめて走った。この手で色んなものを触れてきた。この口で美味しいもの食べた。泳げなかったけど、海の水に触れることができた。


 それだけじゃない、念願の友達ができた。男の子が二人。最初は怖くて緊張した。断れて、仲間外れにされるんじゃないのかって、不安で一杯だった。でも二人共受け入れてくれた。一緒にいて色んなことを教えてもらった。本当にかけがえのない、忘れられない夏だった。


 終わって欲しくない、夏だったんだ。


 ポタ、ポタ、と大きな雫が零れた。嗚咽が漏れそうになって必死に耐える。握っていたカキ氷のカップを強く握り締めてボッコ、と山成りが崩れて涙と共に落ちる。


「真理愛!?」


 お母さんの驚いた声、だけど私はそれに何も答えない。答える余裕はない。狂い溢れる感情を何とか抑えつけて気を保つ。


 落とした視線の先にあったそれを、零れた涙を受け止めるようにしていたそれを手に取った。


「―――!!!」


 カキ氷を前に置いて、スマホを打ち込んでいく。言葉はまとまらない。伝えたいこと、言いたいことは一杯あった。だから全部打ち込もうとした。


 予測変換がうざい。間違った文になる。それだけで気持ちが焦る。それを消そうとして今度は消し過ぎた。うざい、なんだこの使いにくい四角い箱は!? これが世界一の便利ツールとかありえ―――


 コンコン、とガラスを叩かれた。無視する。


 真理愛、とお母さんから呼ばれた。それも無視する。ゴメン、今忙しんだ、後にして!


 もう一度、コンコン、と叩かれる今度は強い音だ。お母さんからも真理愛顔をあげて、と言われる。「身体は大丈夫」とだけ答える。


 もう一段、強く叩かれる。お母さんから「違う、そうじゃないの! いいから顔を上げなさい」と声を荒げられる。


 ああ、もう、一体さっきから何なんだ!? 今、私はやりきれなかったら死にきれないほどに忙しいのに、そう思ってうい直伝のメンチ切りで、叩いてくる相手をこれ以上邪魔されないよう脅そうと、顔を上げた先にいたのは。


「! うい、もか!!」


 大切な二人の姿だった。


 え、なんでここに? 陸上は? 眠くないの?


 突然の登場に上手く頭が回らない。え、あ、え? と戸惑っていると何もしていないのにシャー、と車窓がなぜか下がる。……お母さんだ。運転席は全席の窓の開け閉めできるから、それで開けてくれたのだ。


 ようやく私が顔を上げて気づいてくれたのか、窓を開けてくれたことに安堵した肩を竦めて、同時に不機嫌そうな顔になる。


「急に帰るとか、お前(わる)のせいで、真面目に陸上する、と吉田とした約束破ったじゃなかや、バレてからになんば言われっか」


「俺もまだ寝ている時間なのに、早起きしなくちゃあいけなかったじゃーねえか、しかもまだ朝飯食ってねえんだよ」


「……え? あ、ゴメン」


 開口一番に二人から予想外の文句を言われて、反射的に謝ってしまった。まだどうしていいのか分からんず目を右往左往させて、カキ氷を手に取って言う。


「えーと、食べる?」


「食べかけはいらねえよ。というか、朝からカキ氷ってどういうことだ?」


 まともな突っ込みで返された。


 まだ熱っぽくて飲み物とお粥を少ししか食べられなかったから。カキ氷は喉通しにいいし……いや、少し零しちゃったけど。


 そんな言い訳めいたことを言いつつ、そんなことより! と無理やり開き直ってみせた。


「なんで、分かったの?」


「今日帰るって知っとけば、帰る船がどれで、どがん時間帯かくらい分かるわい。何年ここにおると思っととっか」


 さぞ当たり前だろうと言わんばかりの台詞だった。言われてみればそうだ。地元民であるういなら定期船の時間くらい把握しているだろうし、人によってどういう用途で使用とするのか傾向を読むくらい朝飯前のことだろう。


 いや、そんなこと今はどうでもいい。聞いておいてなんだが、それについてはどうでもいい。動揺して一番どうでもいいことを聞いてしまった。


 無理矢理開き直ったから考えなしの頭は本題については何も触れてない。というか、この場合って本題ってなんだっけ?


 あ~でもないこうでもないと一人、混乱している様子を見て呆れたのか、はあ~、と息を吐いて、ホレ、とういからルーズリーフをまとめたフォルダーを、「次いで」にとモカからUSBメモリーを渡された。


「これって………」


 受け取ったそれを感慨深くなりつつも、少しだけキュッとした思いになる。


「今出来上がっとる分」


「一本取りだったから、何度か、裏返ったけど最後まで何とか声を充てた」


 私達の作品だった。


 そっか、二人は私がいない間に進めて、ちゃんと完成させて………え、いないの?


「今、出来上がっている分って言った? できてないの?」


「なん、文句あっとか?」


 聞き間違えかと思って聞き返してみると、ういは文句があるようならぶん殴るといつもの調子で言い返してくる。


 てんてんてん、と私は少し考えてふと閃いた。


「あ、そっか。後は私が絵を描き上げるだけって、そういう……」


「いや、マジで最終幕が書いてないぞコイツ」


「なんでさ!? え、普通こういうのって完成させて、『あとはお前だけだ』みたいな空気じゃあ……え、本当に間に合わなかったのか?」


「というか普通に中断したんだよ」


「昨日はお前んち行った後、コイツん家でシャークネード観てたし」


 あっけらかんに二人はそう話してくる。少し呆然とするもののけれど、中断って言葉を聞き、私のせいだと気づいて顔を落とす。申し訳ない思いで一杯になって謝罪する。


「ゴメン。……私が、言いだしたことなのにこうなって。……中途半端で終わって。こういえばまたういに怒られるかもしれないけど。………でも」


 口を開いて続きの言葉言い放とうと、ありがとう、の感謝の言葉を伝えようとしてそれは止められた。


「ハイハイ、そこまで。それ以上続けたらまたういの字先生からありがたい説教を貰う羽目になるぞ」


 モカだった。隣でういが眉間に皺を寄せて、また怒りかけていた。爆発する前にギリギリで止められたため怒鳴るようなことはなかった。


 ふぅーと大きく息を吐いて何とか感情を沈下させたのか、代わって落ち着いた調子で言い直す。


「だから勝手に終わったコツにさせんなゃって。中断って言ったろうがそっばなんで渡したか分からんとか?」


 指を指して私の視線は自然と下がってそれに目を向ける。私達の作品。三人の創作物。未完成の合作。


 これを私に渡されたわけは……、それを意味するのは………形だけでもの餞別の品とし―――


「結末ば絶対に書くけん、いつか絶対こい。そるまで預けとく」


 え? と予想としていた事とは違うことを言われ、聞き間違えかと思い顔を上げると、今度はモカが言ってくる。


「俺も、その声はテスト用なんだよ、本番用に取り直す。もっとうまく話せるようになっとくから乞うご期待」


 モカも茶化した調子で続けてきた。


 二人の態度にようやく言葉の意味が理解できた。


 違った。二人からメッセージは、その本当の意味は。


 ―――絶対創り上げるというもの。


 決して、同情で、苦くも充実した青春を送れたこの夏だけの思い出の品としてじゃなかった。別れを決めたこと餞別の代物ではなかった。


「三人で完成させる」


「誰か一人欠けた状態なら完成させない方がいいんだよ」


 だから。


 私が必ず帰ってきて、また三人で続きやって完成させようという信頼のもの。


 体中の毛が逆立つ感覚に襲われる。止まっていた涙が再び溢れてきて、私は何度も「うん……、うん!」と頷いた。


 プゥー、と場違いに乏しい汽笛が鳴った。フェリーがやってきて港内に入ったことを知らせる音。もう時間はなかった。車のエンジンがかかり、発進の準備が整う。


 別れの時間が来た。


 二人は、じゃあな、またな。とそれぞれ口にして車から離れるけど最後まで見送ってくれる様子だった。


 離れていく姿に締め付けられる思いを覚えながら、涙共々それを我慢して頑張って笑顔になる。最後は笑顔で別れようと思って手を拭い去って、顔を上げる。


 離れた二人の顔を見て。



『もういいのかい?』



 夢の中のお父さんが囁いた。


 ……ああ、本当にやだな。


 こんなこと思っちゃいいけないのに、本当の私は諦める人間のはずなのに。自分でも嫌になる。こんな我儘を抱いちゃいけないのに! この二人の前だとどうしても、それを言ってしまいたくなる。


 ああ、本当にやだな、ちくしょうめ!


「……ちょうだい!」


 思わず声に出していた。この気持ちを抑えきれなかったから。


 二人は「え?」と驚いた顔をしていた。意味が伝わらなかったかもしれない。でも、そんなことを気にしている余裕なんかなくて、私は続けて思いの丈を口走ってしまった。


「我儘なのはわかってる。図々しいのも分かっている。二人が将来の邪魔になることも、もしかしたら叶えられるチャンスを奪うことになるかもしれない! そうじゃなくても他にやりたいことや大切なものもできるかもしれない。頭ではそんなこと分かっているの! でも!!」


 ああ、そうだ、二人にはもっとやりたいことや挑戦したいことまだまだたくさん色んなことが残っているはずだ。才能も力もある二人だ。いつか私の手の届かない所に行ってしまう、遠い人達なんてこと分かっているつもりだ。


 彼らに無限の可能性を秘めた強い人達。私が知る最高の存在なのだ。自慢の友達。


 その二人を、いつ死ぬかも分からない私なんかと一緒にいても損するだけ。無駄を浪費するだけで終わってしまうかもしれない。


 だけど! 私は見てしまいたくなってしまったんだ。二人の一緒が目指す景色を! 二人たどり着く場所を、行く末を!


 でも私にはそこに辿り着くまでの力はない。途中でリタイヤするのは目に見えている。無理に決まっている。


 それでも、私は三人の道を歩んでみたいと思ったんだ。


 だからお願い!!


 ―――私に時間をください。


「ほんの少しだけでいいの、二人の時間を私にください。お願いします」


 頭を下げた。情けなくみっともなく、薄汚いずるい人間のするもの。泣き脅しだ。


 でも二人にはこれは通じない。ういならこれをすれば怒って説教する。モカなら優しい言葉を言いつつ、やんわりかつバッサリと断る。


 その辺は二人共シビアで大人なのだ。子供なのは私だけ。


 …………いや、むしろ私は怒られたかったのかもしれない。またういから「お前のためにやるんじゃない」と。案外好きなんだ。あんな風に怒られるの。お母さんも先生も、看護師さんも優しい人ばっかりだったから。真面目に怒ってくれる人が少なかったから。


 新鮮で、自分がどういう人間で、間違ってくれることを正してくれるのが嬉しいんだ。


 しばし沈黙。車のエンジン音だけが耳に残る。


 ゆっくりと顔を上げてみると、離れていたはずの二人がもう一度距離を詰めていた。


 私を見つめて、すぅーと空気を吸ってから最初に話してきたのはういだった。


「俺はここから通える学校しかいかんつもりやぞ。陸上の推薦なんぞ知らんし、ウチの金んコツ考えると通えるのは二つしかなか。どっちにするかは夏終わってから決めるばってん。決まったら教えたる」


「え?」


 予想外の返答が来た。ういだったら「またお前は……」と凄んで、怒声が飛んでくると思った。だけど返ってきたのは条件付きだが了承の言葉。


 反対に戸惑ってしまう、まさかオーケーしてもらえるとは思ってなかった。目を瞬かせてきょとんとしてしまう。


 反対にういは真剣な瞳のまま、真っ直ぐに伝えてくる。

高校の時間ばくれてやる。と一言を区切ってから。


「ばってんお前もお前でそん時間ば寄越せ。病気に負けんなや」


 あっ、とそこでようやく理解した。言葉の真意を。やっぱり同情で合わせてくれる人なんかじゃなかった。遠回しに頑張れ、とまた一緒にやるぞ、と思っていてくれている。


 ういからの不器用な叱咤激励を受け取り、反対の方からモカも続けて言ってくる。


「俺はさ、東京に帰ろうと思ってたんだ。高校はあっちの学校にしようとさ。お前らと出会って色々と考えてさ、……もう一回やり直そうと思った」


 モカは目を逸らして、頭を掻いて居心地悪そうな状態だった。


「そっか……」


 声を落とししまった。断られることは覚悟していたはずなのに、ういがオーケーしてもらえたから舞い上がって期待してしまっていた。


 ういも目を細めるが何も言わない。責めることなく、仕方ない、と完全に割り切っている。


 やっぱり三人は無理なんだという現実に打ちひしがれて、でもモカ自身がその道を進むことを止めることはできない。


 一度は友達と仲違いして逃げてきたモカが、帰ってやり直そうと思い直したことは何よりも祝福しないと。無理矢理自分の気持ちを上げて、頑張れって言葉を口にしようとした。


「―――でも、やめるわ。お前らと一緒の高校に通ってやる」


 ニカッと意地悪な笑みを浮かべて前提をひっくり返される。ハッと分かっていた言わんばかりの鼻息が聞こえる。


 分かり切っていると言わんとばかりの二人の様子。私は驚いて一瞬何を言われたか分からなかったけどすぐに意味を理解して、喜……いや違う! 舞い上がる気持ちを抑えて言い返す。


「え? ……あ、いや、でも! そんな、悪いよ! モカはやり直そうとしているのに。友達裏切って彼女出来たと思ったら反対に彼女から捨てられた哀れなピエロだった、傷を立ち向かおうとしているのに!」


「喧嘩売ってんのかテメーは」


「ああ、違、ゴメン!! 間違えた!」


「何をどがんすればそっば間違えっとや」


 呆れたように目でういは私に突っ込みを入れてくる。


 いや、言い過ぎた。本当は昔のトラウマと向き合おうとしているのに、と言おうとしたのに事細やかに事実を言い過ぎてしまった。


 私は平謝りしてなんとか許してもらおうと謝り通す。モカはそんな私の謝罪の情けなさに同情したのか、いいよ、と許してもらえた。


 ったく、と吐き捨てては、意地悪そうにニッと笑っては告げてくる。


「この俺が本当は明るい高校生活を捨てて、お前らのために時間くれてやる。だから絶対に戻ってこい。俺もまだここにいてやる」


 そう、モカも一緒にいてくれる約束をしてくれた。


 昨日の夜、枕を濡らして何度も謝った。もう会えないだろうと諦めてしまっていた。二人を裏切った最悪な人として死んでいくのだと。


 でも二人は違った。二人は私の事を生きて帰ってくることを信じていた。それだけじゃない、帰ってくるという信頼があるから私のこんな我儘を受け入れてくれるんだ。


 胸にこみあげくるこの温かい感情をどう言い表していいのか分からない。ただ嬉しくて仕方がない。


 ふと景色が切り替わる。


 何度も、待って、と手を伸ばしても振り返らずに背中をばかりみせて進んでいた二人が。途中道が途切れた道が。諦めてしまっていた。


 だけど二人が振り返ってくれた。来いよ、と言わんばかりの顔で私を待っていてくれている。


 途切れた道を私は大きく飛んでみせる。


 飛んだ。飛べたんだ私は。


 飛んだ先に二人は手を伸ばしてくれる。私はその手を握って途切れた道を超えることができたんだ。


 振り返ってみる。お父さんがこちら見ていた。


『まだ早いみたいだね。うん。いってらっしゃい』


 ―――行ってきます。


 そう言ってお父さんと別れた。また会う日まで。


 景色が戻る。


 真理愛、と呼ばれてお母さんが催促してくる。もう出発の時間。前に並んでいた車が次々にフェリーに乗り込んでいく。


 私は笑顔を浮かべて二人に別れと伝えておきたい言葉を放った。


「うん、ありがとう! 二人共、私ぜったいに戻ってくるから! ……二人共、大好きだよ」


「お、おう……」

「うえ、きも」

「なんでさ!? ひどいよ!?」


 私は二人と別れた。

 そして私は絶対にこの島に戻ってくる。


 そしてまた、三人で一緒に、創るんだ!

 今度こそ完成させるために。



× × ×



 こうして、三人のオタクの創作活動に掲げた夏、という黒歴史の幕は閉じた。

 これによって彼らの進むべき道は大きく切り替わってしまった。

 将来、陸上選手として活躍する未来を捨てて、己の好きを選んだ少年、

 将来、遠回りをして下積みの遅咲きの苦難の道になってしまった少年、

 将来、完治できる道が途絶え、二十代で死ぬ運命から逃れられないで生きていく少女、

 

 あの時、こうしておけばよかった。あの時、そう言わなければもっと上手くできたのに。

 そんな後悔の言葉で綴られていく人生の岐路へと舵を取ってしまったのだ。

 

 彼らの一夏の出会いによってできた始まりの失敗譚はこれで一先ず終わった。

 平成最後の夏と共に終わったのだ。

 そして、再び始まる。

 令和と共に三人は再会し、創作活動を再開させるのだ。

 数え切れ合い失敗譚の書き染められた黒歴史で綴られた、物語が。




 黒歴史は死ぬまで続く。


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