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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
28/32

澄んだ青空よりも嵐の前の曇天の僕ら(オタクども)12

 それから四日間は慌ただしかった。


 ういはあの怖い先生の約束通り午前は陸上に行って全力で取り組み、午後からは私達と一緒に作品の執筆に集中する。


 大体一時間くらいは黙って集中して書くのだが、それ以上を超えると集中が途切れたのか、う~んと唸って筆のペースが落ちてしまう。ページをめくり返したり、モカの家にある本を読んで、書き直したり、書き足したり、自分の小説に書き始めたりした。


 そのたびに、集中しろ、とモカに怒られたが「インスピレーションだとかインプットが必要なんや!」と資料集めだと主張する。


 モカはといえば、ういに注意したように主に私たちの手が止まって進行が進まない時に注意したり、できた箇所に対して意見をくれたりとまとめ役だった。声優を務めるから出番は最後になるため一人だけ手が空いているんだけど、創作に関しての知識を色々持っているためこうやって色々と指摘してくれる。


 でも一度だけ、午前中モカの家に行った時、モカが朗読しているところを偶然発見した。


 仕事に出掛けるおじいちゃんに許可を貰って部屋にいると聞いて、モカを驚かそうと思って、抜き足差し足忍び足で這いよって部屋を開けて覗いて視たら、モカが朗読していた。


 その時のモカの声はいつもと違っていた。


 質や圧と言っていいのか、情感と抑揚を使い分けた。聴いていて耳心地の良いもの。柔らかい声、優しい声色、太めの鼻息、厳しい怒鳴り、オネエ口調、老人の皺のあるもの、と様々な形で読み上げていた。


 普段は偉そうに、私達に文句ばっかりで意地悪だけど、モカもモカで真剣に自分の仕事に問題がないよう隠れて努力していた。


 素直じゃないだけで悪い人間じゃない。ちゃんと真剣に取り組んでくれている。


 そんな感じに四日間の創作活動は順調に進んでいった。


 そして、金曜日の今日。私が滞在できる残り一週間を切った。


 その日は酷く荒れた天気だった。というか台風だった。


 昨日から昼過ぎたあたりからどんよりした雲が空に広がり、吹く風でザーザーと大きく揺れる木々は荒れた音を鳴らし、今にも折れて倒れてきそうな不安を煽る。


 台風の被害が多い日本の南西の位置する島だから自然と訪れる回数は多い。まだ未確定だが、もう一つ二つほど熱帯低気圧が存在して、その一つが来週にはやってきそうだと天気予報で言っていた。つまり来週にも、もう一度やってくる。


 私達が泊っている借り家も、お母さんが管理人さんを通して、大工さんにお願いして家の方も台風対策をしてもらった。話では台風に備えてある造りの家だったが、台風に備える家々を見て、それだけだと不安に感じたらしい。


 ういの話によると「いや、こんぐらいの台風ならそこまで強くなかよ。来週がヤバそうやばってん」と天気予報を見ながら東の側がどうの、北の風がどうの、と言っていた。


 少なくとも私達の泊っている借り家にわざわざ大工さんを呼んで頼んでもらうほどではなかったらしい。


 けれど不安症なお母さんは避難所の存在を聞き、そこへと私達はやってきた。


 避難所の場所はもう使われていない小学校だった。ここには少し前に一度だけういの案内で来て遊んだ事があった。


 話によるとういが小学校入学の年がちょうどこの島にあったもう一つの学校と統合されて、校舎はそっちの方が使われたらしい。だから廃校からまだ十年も経っていない。また何かしらのイベントで使われたり、今日のように避難所や林間学校、修学旅行の時に使われる宿舎として使われているとの話。


 普通こういう学校の避難所は体育館が使われるものだが、なんとこの学校には体育館がないらしく、校舎内に寝泊まりするのだ。


 台風で不謹慎だが、少しお泊り会みたいで正直ワクワクする。体育館で寝泊まりすること自体もそうだけど、校舎内ということで余計にワクワクする。


「なに、ニヤついてんだよ」


「マヌケ面が余計にマヌケになっとるぞ」


 辛辣の声が二つ届く。モカとういの二人だ。


「なんでさ、ひどいよ!」


 二人の辛辣の言葉にいつもの台詞で返す。


 モカはお父さんと二人、おじいさんは「こん台風くらいなら大丈夫、来週の方が危なか」とういと似たようなことを言っていたらしいけど、お父さんの方が不安がって信用できずに避難所にやってきた。


 ういも元々来る予定はなかったが、私達と来ると聞いてやってきた。


「寂しがり屋め」


「あぁん、なんか言ったか」


「いや何も」


 からかおうと思ったら怖い声を出されて思わず目を逸らして何も言ってないよ、ととぼけた顔になる。ハッ、と鼻を鳴らしてういは先頭を歩いて、私達は後に続く。向かうの二階の空き教室。


 ドアを開けると教室はシーンとした冷えた空気で支配していた。


 この島に来て、何度も暑いという感覚は味わってきたがここまで真逆の反応は初めてだった。うすっら寒さを覚えて一枚上着になるようなものを着てくればよかったと軽く後悔する。


 身震いしつつも教室の様子を見る。ただ外が大雨で外気が冷えているから寒い、という理由だけじゃなく、部屋自体に人の気配が全くない、使われていない寂しい部屋だったからもしれない。


 使われていないのはどの部屋も一緒。だけどイベントなどで解放されて使用頻度のある一階と違い、二階はあまり掃除が行き届いていない。部屋に入った時の空気が冷えたものと同時にカビや埃臭さが襲い呼吸器官が軽くやられて、コホコホ、と咳払い。


 普通よりも机の数が少ない、十二、四席くらい。なぜ、十三ではなく十四なのかは二つの席をくっつけた二人一組になっているから偶数と分かりやすい。


 その教室の一室を私達三人の作業場として陣取ることにして、適当に机を並べて、ういは執筆に取り掛かり、私は絵を、モカだけが相変わらず手持ち無沙汰でスマホをいじり始めた。


 本来なら避難所としては使っていいのは昇降口近くに設けられているホール、そこと一階の教室のみが寝泊まりしていい場所となっているが、私達がいる場所は二階の教室。階段には通行止めの柵が設けられて通れないのだが、ういが鍵の開け方を知って、柵を越えて私達三人は二階へと移動した。


「昔、台風で避難してから兄ちゃん達と探検した時があったけんね。そん時職員室とか忍び込んでお宝になりそうなもんばかっぱらたわ」


 鍵開けとかもそん時に覚えた、と楽し気に笑いながらういは自慢げに色々と語ってくれる。その話に私は目を輝かせて、「泥棒ヤンキーかよ」とモカは呆れたように呟いていたが話自体は興味深々にそれを聞き入れている。


 悪さしていた昔話を聞きながら私達は作業を進める。ういは話し手のため書き物はあまり進んでいないが、ういも前に指摘された箇条書きの部分を文章に直して、考えていた結末もどうするのか決めたようで、構想も形も出来上がっており、進捗も八〇%と。


 私はスケッチブックから端末へと移り、絵の進行は着々と進んでいる。この調子なら日曜日か月曜日くらいに仕上がる予定だった。


 作業も一時手を休めて、ういの雑談を聞きつつも、ふと窓を見る。


 窓の外は雨が降っていた。ダーダーと打ち付ける雨は嵐のそれだ。昨日の夜から降り始めたこの雨は確実に勢いが強まってきていた。ゴゴゴ、と唸るような雷も何度か鳴ったが落ちたような衝撃はない。


 豪雨で窓の先の景色が見えない。吹き上げる風も合わさって打ち付ける水は今にガラスを割りそうで少し怖い。


 けど同時に少し不思議な感覚も錯覚させてくる。


「コホッコホ、……なんか、変な感じだよね」


「まあ、学校の、しかも校舎に泊まる機会なんて早々ないからな」


 私の呟くとモカが返してくれる。


 嵐の日の学校はまるで閉じ込められた世界にいるような不思議な感覚だった。そのことを話そうとするとモカが先に口に出してきた。


「なんか……嵐の日の学校に閉じ込められたって、殺人事件が起きそうなミステリーの予感か、あるいは怪談話の導入感ってあるよな」


「人が人を殺すか、幽霊が呪い殺すか、のどっちかなゃー」


「そうそう。館ならミステリーだけど、学校だと怪談だよな。コープスパーティー思い出す」


 なんそれ、と知らなかったのか首を傾げるういに、モカが驚いた顔をして「バッカ、お前幸せ幸子さん知らねのか」とコープなんとかについて説明してくれる。


 それを耳にしながら、私は別の事を考える。二人がミステリーや怪談を思いついたように、私はそれらとは別の事を思った。


 雨で閉ざされた学校の教室の一室に私達だけがいる。下の階には他の避難民もいるのに、その存在を感じさせない。


 耳に聞こえるのは嵐の音、そして二人の話し声がこの空間を占めている。


 まるで、世界が私達だけを切り離して、三人だけの世界のような寂しさ。だけど恐怖も不安もなく、二人がいるだけで何があっても大丈夫だと思えるような安心感があった。


 私達だけの三人ぼっち世界。不思議な感覚だった。この島に来て三人で行動して、ういン家のお店やモカン家でも三人きりの時はあったのにこんな風に思えたのは初めてだった。


 こういう感覚を雨の日に感じる独自の雰囲気とか、アニメや漫画でよく表現されるけど、私にとってこれまで、……二人に出会うまでは、天気は晴れの日も雨の日も関係なく、皆似たようなものだと思っていた。


 どこにいてもどんな時でも独りぼっちの世界だった。


 一人で絵を描いて、アニメを見て、マンガを読んで、惹かれて憧れて夢見てきたことだった。


 だからやっぱりこの夏は特別だ。


 二人に出会って、話して、遊んで、笑って、知って、色んな初めてを感じたのだ。


「……ねえ、二人はさ、夢ってなに?」


「いきなりなんや?」


 二人の話が切れた瞬間を見計らって私が切り出してみる。ういが訝しげこちらの様子を疑ってくる。私は、いいから、と言って二人に促すと、二人は顔を顰めてつつ、ういの方から答えてくれた。


「ラノベ作家。……こっでよかっか?」


「前から思っていたけど、それって兼業だよな?」


 煩わしそうな態度になりながらも、当然だと言わんばかりに答えるういに対してモカは聞いてくる。ういは、ケンギョウ? とまるで初めて聞いた言葉のように繰り返す。


「兼業だよ兼業、副業ってこと。まさかそれ一本で生きていくわけじゃないよな?」


「…………」


「こっちみろ、馬鹿。おい、マジかヤンキー」


「あ~、もううっさかなゃー。……先の事なんざ、知っか! 小説ば書きたか! 今はそっでよかどもん」


「………ま、それでいいならいいけど」


 シャー、と毛嫌う猫のように威嚇して無理矢理話を切ろうとする。モカは一瞬食い下がろうとしたようにも見えたが、ういの雰囲気を見て諦める。反対に「お前は?」と今度はモカへと質問が移り変わる。


 モカは「俺か? う~ん」と目を上へと上げて少し考えるような調子で言う。


「そうだな、目指す夢ってだけなら声優や歌手ってことにしているけど、正直最近ユーチューバーとかブイチューバー的な事の方が向いている気がしないでもないが……まあ、大学までいって結果がでなかったら普通に就活するだろうな」


「え~、なんか普通」


「ケッ、なんも面白くなかね」


「そう突っ込まれてもな……普通こんなもんだわ」


 夢自体はあっても叶う、叶わないは別問題。諦めも大事ってこと、と現実を見据えたことを言う。


 私とういがつまんない、と口を揃えて言うとモカは何とも言えないと微妙な顔になる。


 けれど私はその話を聞いて、二人共性格出ているなと思った。


 ういはなんだかんだ真っ直ぐで、自分の気持ちを大事にして夢を叶えようと、困難に抗がおうとする人だ。


 モカは理想があるけど、それでも折り合いをつけて現実的にどうすればいいのかちゃんと考えて確実性や堅実的な道を選ぶ賢い人だ。


 正反対な二人に見えるけど、そりが合わないこともないし、そういう部分があるから仲が良いわけでも実はない。


 ただ好きな物が同じで、話が合うから二人の仲は成立している。


 たった一つの共通点だけで仲が成立している。


 二人の性格や関係を分析していると二人は私に目を向けてくる。二人が語ったんだ当然今度は私が夢を語る番になる。


「私の夢は……寝てみるものだよ」


「喧嘩売ってんのか、お前は。ウチ殺してくれっぞ」


「よくお前それで俺に文句言えたな」


「え、そこまで怒る? ひどいな」


 想像以上に二人からバッシングが厳しかった。二人の反応に苦笑を漏らしつつも、内心では結構真剣に言っているんだけどな、と呟いた。


 ういは夢を見て足掻いている人で、モカは現実を見て確実な選択をする人。


「でも本当に、私にとって夢は寝てみるもので、……それ以上の何かはないんだ」


 そして私は今だけを見て諦める人だ。


「は?」


「……絵師とかなりたいわけじゃないのか? 趣味の範囲でいいってこと」


 ういは何言ってんだコイツ、冷めた目になり、モカも似たような目になりつつも、冷静に訊いてきた。


「絵を描くのは好きだけど……絵師自体にも興味がないわけでもないけど」


「なん、煮え切らん言い方やね」


 ういのイラついた不機嫌そうな声。


 ……少し前までならこの態度は、私の言い方や態度が気に入らないからものだと怯えてしまっていた。だけど、合宿での一件で以来少しだけういの捉え方について分かったことがある。


 ういは真剣で本気の人。そして同時に、私達のことも大事だと思ってくれている。


 ならば、大切な創作活動で、一緒にやっている私達の気持ちがもし生半可なものだった場合、ういの気持ちは不愉快さを表すだろう。


 もちろん、私にそんな中途半端な気持ちではない。元々私が言い出したことだし、二人に嫌われるようなことをしたいわけじゃない。


 一緒にやれることが何よりも幸せで、今が一番大切な時間だ。この活動に何の不等な心を以ってやいやしない。そのことを言おうとするが。


「……まあ、そういうのが普通なんやろな。お前にしろ、お前にしても」


 私達二人それぞれに目をやっては物凄く不満そうになりつつも、無理矢理話を終わらせて視線を戻して作業の方へと戻ろうとする。


「ちょっと待ってよ、怒ってないで聞いて」


「怒っとらん」


「怒ってるじゃん」


「怒っとらんって!! ただ」


 私の声を打ち消すように激しく否定する叫びをあげる。そして何か言おうとしてだあ~! と声を上げてからしばし黙り込んで間を開けてから絞り出すように言う。


「……嫌なことば思い出しただけ。そっだけ」


「嫌な事?」


 聞き返すと物凄く言いたくなさそうな顔で黙り込んで、廊下側の方へと顔を向ける。閉め切った窓は型板ガラスのため外の様子は見えない。だけどういにはそこに何かが……嫌な何かが映り込んできて、険しくなる。心底見たくないもの直視しているような表情だ。


「……大人と子供の境ってやつか。……漫画とかアニメ、ゲームだとかは子供っぽいってバカにさるる。しとるだけでガキ扱い。そっでから好きなものから離れられん俺は一人、大人になれん子供の異常者。そっだっけの話」


 あんまり話したくないのだろう、詳しいことは省いてそれだけ告げる。だけど大体の予想はできる。この前の話の地続きなんだろう、ういはこの島で……いわゆるオタク文化に浸透しているけど、周りからはそれを好まれなかった。


 だからういは一人ぼっちでいた。


 私はその話を知った時悲しかった。あんなにも頑張って、真摯に執筆をしているういが、面白くて楽しい話を書いているういの才能が認めてもらえないなんてことが。


 そして、それに屈して全て投げ捨ててしまおうとする程に追い詰められていたことに。


 学校から逃げ出して所をたまたま居合わせた時の、怒りで全てを壊してしまいたいというものと同時に、何もかも諦めて死んでしまおうと絶望しきった顔。


 その時私は初めて知った。


 人は生きていても死ぬんだ、と。


 好きなもの認めてくれないから、共感してもらえないから、理解してもらえないから、見てもらえないから、許してくれないから、ういはそれで壊れそうになって、死にそうだった。


 命じゃなくて、心が死ぬ。


 それが分かってしまったから、怖くて、辛くて、痛くて、苦しくて、でも助けたくて、助けてほしくて! でも私一人じゃあういの力になれなかったから、モカに縋ったんだ。


「うい―――ゴッホ!ゴホ、オホ! ……私はいい加減な気持ちじゃないよ」


「……分かっとる。っつーかお前大丈夫か、そがん咳き込むとね」


「うん、大丈夫」


 咳き込んだことで先ほどの不愉快さを無視して心配してくれる。「顔も少し赤くなかか?」と私の顔を覗いてきて私は、平気だと返す。


 ういは強いのと同時に弱い人……ううん、寂しがり屋なんだと思う。一人でも大丈夫、でも繋がりを断たれることをすごく怖がっている。


 そうじゃなかったら、ういは私達に対してあんな救われたような顔をしなかっただろう。ういの悩みを思いつつ、咳を落ち着かせて私は話を戻して疑問に答える。


「そんなことよりも、…………私は自分の将来については……どうでもいいの。私は今が大事なんだよ。二人と遊んで、話して、この作品を作って、それでまんぞくなんだ」


 心の底からの本音。私にとっては今の時間がとっても大切で、他のことはどうでもいいって思えるくらいに。


 この夏はこれまで過ごしてきた夏とは違う、本当に違う。二人に出会って、話して、笑って、怒って、怒られて、遊んで、走って、蹴って、打って、投げて、転んで、怪我して、食べて、味わって、感じて、書いて、描いて、作って、創って、……本当に色々なことを経験した夏で、私にとって初めてだらけの夏だった。


 毎日が充実した日々で、これ以上先の事なんてどうでもよかった。


 私は今日までの出来事を振りかえって思い耽ってそう告げると、その思いが通じたのかういも納得したように頷いた。


「……ああ、そっだけは一緒やな」


 不機嫌さは消え、和らいだ顔で頷いた。それに続けてモカも話し出す。


「まあ、俺も……田舎の夏っていうか、夏らしい夏ってやつを味わったのは今年が初めてだったわけだし。毎年ゲームと映画ばっかの引き篭もりで、クソ暑い外を出歩くことなんてなかった」


 笑いながら私と同じように初めての夏だと言うモカ。だけど、多分ちょっと意味が少し違うかもしれないと心の中で思った。


「そういえば、モカって引っ越してきたんだよね? それってどうしてなの?」


 ふと今更のことながら、思い出したことからついでに聞いてみる。すると、モカの笑い声は止まり、笑顔が少し固まった表情を取る。まるで聞いてはいけないことを聞いてしまった時のような反応だった。


 一体どうしたんだろう? 私そんなに聞いてはいけないこと言ったかな? と疑問に思っているとういの方が何気なく言ってきた。


「あれ、じい様の介護やろ?」


「え、あのおじいちゃん全然元気だよ? こう言うのもなんだけど介護って言うほど必要かな?」


 モカのおじいちゃんを思い出す。いつもモカの家に行けば連れ違い、挨拶やモカについてちょっとした雑談を交わす仲だ。明るくて気さくな良いおじいちゃんで、見た感じ田舎のおじいちゃんにして、海の男って言葉が似合いそうな人だった。


 少なくとも介護の『か』の字も似合わない元気なありようだった。


 私のイメージとは合わないことに首を傾げていると、ういは私を見て呆れたような顔を浮かべていた。うむ、なぜに?


 私達の調子を見て固まったままの顔をほぐして、モカは苦笑しつつ話してくれる。


「まあ、介護っていうよりも色々あってな。今年の五月頃にばあちゃんが死んで色々あって大変って言うのもあったけど、それは口実みたいなもんで、……実は父さんと母さんは離婚するんだ」


「え、そうなんだ。あ、ゴメン」


 予想外の答えを聞いて慌てて謝る。ういは察しているのかそれとも元々知っていたのか、私を責め立てるような目を向けてほら見ろバカチュン、と言ってくる。うう、知らなかったんだから仕方ないじゃん!


 私は気まずく、何とか空気を誤魔化そうと考えるけど思いつかず、えーとえーと、と右往左往していると先に修繕しようとモカが明るい声で言ってくる。


「っつってもまだ離婚するって決まったわけじゃねえ。今は少し距離を置こうって話になったって話。二人の仲も……別に特段悪かったってほどじゃないんだ。ただ良くもなかったって話」


「そうなんか」


「それで、モカはお父さんの方についてきたんだ」


 ああ、と頷くモカ。話はここで終わりと思って、私もういも話題を変えようと思って考えていると、ん~、とモカの方が何か歯に詰まったような唸りを上げて吹っ切れたかのように顔を上げて言う。


「分かった、お前らだから俺の方の事情、……本当のことを話すわ」


 本当の事? と私とういはモカへと注目する。モカは少し緊張した趣になりつつも、息を整えてゆっくりとモカは秘密というのを話してくれた。


「実は俺、この島に来る前、友達とゲーム制作の部活にいたんだけど、仲が壊れて気まずくなって逃げてきたんだ」


 あっけからんと告げる口そのものは明るく、当たり障りのないように笑っているけど、でも私達の目にはやっぱり無理しているようにみえた。モカは辛いことを隠して心配かけさせないように気丈に振る舞っている、と。


 ゲーム制作の部に入っていて、喧嘩別れしてきた。


「……何があったの?」


 訊ねるべきじゃなかったかもしれない。モカにとってはあまり話したくない過去の話なのは分かっていた。


 けれど私は聞くべきだと思って訊ねた。モカも自身も話したいから話したんだと思ったから。そうじゃなくても今の私達にとってあり得たかもしれない、何かかもしれない。


 もちろん、モカが言いたくないようなら、それでよかった。無理して聞くべきことではない。閉じた傷口を再び開くなら私はもうその話を触れないつもりだった。


 モカからも笑顔が消えて少し考えるように目を瞑った。


 埃とカビ臭い部屋の弛緩していた空気が緊張感は伴い張り詰めたものを感じる。部屋は静寂で支配される、というにはあまりにも強い雨音と木々を激しく揺らす風の音が大きかった。まるで何かを暗示しているように。


 そしてモカは覚悟を決めたように口を開いた。


「今年になって女子が入ってきたんだ。男ばっかの空間に女子が入ってきたらそしたら……俗にいう、部内がオタサーとか姫サーみたいな空気になってさ。制作していたゲーム自体、ソイツに褒めてもらうためのものみたいな感じになっちゃってさ」


 ホントバッカだよな~、と天を仰いで愚かさを呪うようなあるいは嘲笑うかのような辛そうな表情になる。


「ああ、バカチュンね、女に現を抜かすとか」


「ちょっと! うい、そういう言い方は」


 無理して明るく振る舞おうするのに対して、反対に心底呆れ果てたって調子で、同時に少し怒ったような顔をするうい。さっきと同じで創作活動において熱の差があることに苛立ちを覚えているのだ。


 気持ちは分かるけど、モカ自身が何かが悪かったわけじゃないし、……そういうのよく分からないけど、グループの空気があまりよくなくなったってことなのかな?


 掛けていいいフォローの言葉自体見当たらず、モカ自身も、いやいいんだ、と首振って「俺が本当にバカだった」と哀愁を漂わせる空気は出しながら続けた。


「そしたら、ソイツが俺のこと、好きって言われて」


「なん、告白されたんね。そっで断ったと?」


「いや、オーケーした」


「バッカじゃなかっかおまんわ!!」


 ういは大声で怒鳴った。それに対しては流石の私も同じ気持ち。少し予想外の返答が来て面食らった気持ちだった。


「え、え、え? 待って待って。モカは告白されてオーケーしたの? オタサーの姫に? え、モカって地雷引っかかるミーハーだったの?」


 信じられない気持ちで聞いてみると、ああ、バカだったんだよ俺は、と自虐する。


「彼女出来る、とか舞い上がってさ。内緒で付き合っていたんだけど。それがバレて皆から罵詈雑言に『裏切り者』だの『ヤリチン』だの中傷されて大荒れに荒れて部は崩壊。そしてその姫も別の本命の男がいたらしくて、自然消滅。一人きりになった俺は学校で居場所がなくなって、逃げるように父さんと一緒にこの島に来たって話」


「バカチュンが……」


「ひどい……モカ以上にその子がひどい」


 モカの話に私達はそれぞれ零した。ういは馬鹿にかける言葉はないと言わんばかりのもので、私はモカ自身についてもそうだが、それ以上にその女の子の方にも思うことがあった。


 モカが好きだと言って、付き合っておいて、でも本当は別の人が本命って私には理解できなかった。


 ういも同じ気持ちなのか「田舎もんの俺には都会の恋愛についてはよう分からん。とりあえず都会の女は怖か、ということは嘘じゃあなかってことはよぅ分かった」と悪態を吐き捨てる。


 言い返す言葉のないモカは苦笑する。


「だから最初、お前らが二人で創作するって聞いた時、『あ、コイツら付き合うかも』とか思ってさ。それでさ、色々最初思ってさ」


 え、とういと声合わせて反応して私達二人は顔を見合わせてから、いやいやと手と首を大きく振る。


「好みじゃなかよこがんやつ」「ういとは友達としてはいいけど、付き合うのはちょっと」


 モカの言葉に否定す、……ってちょっと待て!?


 聞き捨てならない、とういの方へと顔を向けると、ういも私と同じことを思ったのか、ムッとした顔で私を睨んできた。負けずと睨み返す。


「なんや、そん言い草は腹立つなゃー。遠慮とか申し訳なさとかの言いにくさとかなかっか?」


「なにさ、そっちこそひどいな。こがんやつとはなんだ! こがんやつとは!」


「あぁん?」


「なにさ、やる気なの? ……あ、ゴメンなさい! 嘘です冗談です! 許してください!!」


「うぃ」


「ほへっふぁ、ふぃふぁふぁいで(ほっぺたも引っ張らないで)!」


 両頬を思いっきり引っ張られて私は必死に謝って解放された。少し赤く染まった頬を両手で抑えて痛みを和らげる。唖然としていたモカが言う。


「ちなみにお前ら好みって?」


「大人しか感じの巨乳か女」「分っかないけど優しい大人な感じの男性」


「キャラで表すと?」


「……小手川?」


「言うほど大人しいか?」


「えーと、悟空?」


「言うほど大人か?」


 咄嗟に思い付かなかったので、とりあえず頭に浮かんできたキャラの名前を言ってみるものの、違くねえか? とモカからうい共々疑問符で駄目だしを食らった。


 え、でも優しいお父さんだよね? 悟空。


 するとういがモカへと反対に質問する。


「じゃあ、逆に訊くばってん。お前はこれと付き合えっか?」


「おい、言い方!」


「え、絶対無理」


「おい! 二人しておい! なにさ、ひどいな、ひどいよ、ひどすぎるな!! 私も二人に別に恋愛感はないけど乙女心を傷つけるようなこと言うのやめろ」


 怒った私は二人に対して必死に抗議する。興奮のあまり大きく咳払いをしていると、モカは先ほどまでの誤魔化すような笑みをやめ、キリッとした真剣な表情を私の方へと振り返ってくる。


「分かった、なら正直話す。時々、胸チラやパンチラが見えるのは素直に興奮す、フブゥ!?」


「変態! エッチ! 何告白してんの!?」


 セクハラ台詞を受けて私は顔を真っ赤になって思わずモカへとバシィ、と頬を叩いた。「痛ってぇ~」と叩かれた箇所をさする。その様子を眺めていたういが「バカチュンが」と言葉通り馬鹿を見るような目で私達を見ていた。ちょっとそこでなんで私も含まれているのか分からないが。


 ふぅー、と息を吐いて興奮もそこそこ治まり、冷静になると流石にぶったことに少し罪悪感が抱いた。けれど乙女の純情を踏みにじったこと自体は許せないで、とりあえず痛み分けということにしておこう。「ぶったのはゴメン」というと、モカも「まあ、俺も悪かった」と謝ってくれた。


 とりあえずセクハラについてはこれでおいておこう。と


 ゴホ、ゴッホ、と咳払いしつつ、気持ちを切り替えつつ、私もモカの意見に同意をした。


「でも私にとってもういもモカもそういうのじゃないんだよね。二人とも私にとって特別だけど……う~む、これが噂の『友達以上恋人未満』ってやつか」


 二人も共通の認識なのか、大きく頷いた。


「まあ、間違っていない」


「別にそがんとはなかね。仲がよか女友達か、アホな妹が精々ってところやね」


「なんだと、ひどいな!」


 アホとはなんだ、アホとは。


 ういの言葉に怒ると、突然、アハハハ、と大きく楽しそうな笑い声を上げるモカ。「ちょっと、モカもバカにするの?」とプーと膨れっ面で睨む。


「ハハハ、お前らでよかったよ。またこうやってつるんで、何かを創ることができたのって。惚れた腫れたなんてバカなこと考えなくて済むから」


 笑い声を上げるモカは同時に心の底からホッとしたような顔をしていた。


「海で溺れた時にさ、走馬灯っていうの? 色んなもんが頭に過ぎって、後悔やそういうの。……そんでお前たちに誘われた時に受けとけばよかった、って。もう二度と失敗しないようやり直そうって、―――新しく始めようと思えたんだ」


 だから。とモカは私達に真っ直ぐに見据えてテレや冗談など笑いは一切なく、真剣な表情で言ってくるのだ。


「あん時助けてくれてありがとうよ。誘ってくれたこと……本当に感謝している」


 途中で恥ずかしくなったのか、プイと顔を逸らしながら「まあ、そんだけ」と話を終わらせる。


 ……グループ活動で色恋沙汰、痴情のもつれで壊れてしまうなんて、ドラマとかである話だが、実際にそれでモカはグループがこじれて壊滅した。


 最初、思い返してみればういと仲がよかったけど、私とはどことなく距離があったような気がする。特別意識して避けられているみたいなことはなかったけど、でもどこか一定の距離があったような気がした。最初は男の子同士だから仲が良いとばかり思っていたけど。


 私がういが創作を始めようとした時に遠慮したのは、モカの中でそういう葛藤があったからなのか。


 確かにモカに言う通り、こういうのは大体漫画とかでは恋愛感情ができて、一人の女の子を二人の男の子が取り合う、三角関係とかなったりするけど、私達にそういうのはなかった。


 改めて考えてみると私達の関係性は特殊かもしれない。


 友達で、仲間なのかもしれないけど……そういう言葉だけじゃなくて、もっと別に根底からして何があるような気がする。同じ学校に通っているわけじゃなくて、モカのように部活として創作活動を行っているわけじゃない。


 この夏に出会って、仲良くなって、それで私の我儘で思い出の創作品を作っている。


 本当はただ、特別の意味合いを求めてそう思っているだけなのかもしれないけど。それこそただのドラマやアニメの世界の出来事のようで気持ちが舞い上がっている。夢にみていたことが現実に起こっていることで気分が高ぶっているかもしれないけど。


 ……少しでも二人が同じことを思っていることが私にたまらなく嬉しかった。


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