澄んだ青空よりも嵐の前の曇天の僕ら(オタクども)7
「なんでウチにきた?」
「いや、ういは学校だからさ。モカならこっちにいるじゃん」
昨日に引き続き、今度は梶田が朝っぱらからウチへとやってきた。もう二時間くらいは眠りたかったところにじいちゃんに叩き起こされては何事かと思ったら、この娘っ子が呑気に「おっはー」と言ってくるのだ。
じいちゃんから、んじゃあ、言ってくるけん、と仕事に出掛けるのを耳にしながら、俺は朝食に手を付ける。今日はパンだ。
トーストに苺ジャムを塗って齧り付くと梶田は言う。
「前も思ったけど、お寝坊さんなの?」
「おめーらが朝早いんだよ。夏休みは昼まで寝て、夜遅くまで起きているのが普通だろうが」
「夜遅くに何してんの? ……あ、虫取り? 昔テレビで夜に取れやすいって」
「しねえーよ、夜中にそんなおぞましい遊び! 蚊を殺すだけで精一杯だ!」
俺は虫を触れられない。幼虫とかそういうじゃなくても、カブト虫や蝶々といった類も全く触れられない。カブト虫って見るからに噛んできそうだし、蝶々も鱗粉とかが汚そうだし、生理的にマジで無理! 眺めるくらいなら全然平気だけど、触れろなんて言われたら、背筋をゾッとさせて全身の毛が立って卒倒する自信がある。
少し想像しただけで、ぶるっと体が震えてさせていると、能天気娘は「私、虫取りってやったことないんだよね。ここならカブト虫って昼間でも取れそう」などと外の景色、裏山の方を眺めている。「まあ、女子はやらないだろうな」と適当に返しながら俺はパンを食べる。
「ね―――」
「絶対に行かねえ」
「……まだ何も言ってないよ」
言い出す前に力強く否定すると、にへらと苦笑した調子で突っ込んでくる。いや、どう考えたって、今から虫取りに行こうか、って提案だったじゃねーか。逆に、今から何か映画でも見よっか、みたいな提案だったら逆に褒めてやるわ。
思いつきでやってみたいことを言う、単細胞娘のブースカ文句を言わせないよう話題を変える。
「それよりか、絵は描いてきたのか?」
「ん、おうさ。もちろん」
バッグの中からスケッチブックを取り出して俺へと渡してくる。俺はパンで乾いた喉をカフェオレで潤しながらそのスケッチブックを見る。色々とアイディア下書きのラフ調であれやこれやと描いたページが五、六ページ程。で、その先に更に三枚がそこからまとまって形として描き上げたものらしい。
「前も思ったけど、お前ってこういうの、見せるのって抵抗ないんだな」
「? 描いたものを見てもらいたいって普通じゃない」
あっけからんに言い張る梶田に俺は静かに「まあ、そうだな」と頷く。こいつはそういう性格だしな、と納得の反面、つい先日の杉田のことを忘れたのだろうか、と呆れる。
別に見せることに対して抵抗がないこと自体文句はないが、少しは緊張感みたいなものないのだろうか。杉田は嫌がるのに。
梶田の場合は自信家っていうよりも、無鉄砲って感じだよな。そんな性格判断しつつ、眼を細めて俺はその絵を眺める。
主人公の立ち絵と顔のパターン、蝋燭のデザイン、灯の表現の仕方、蝋燭の飾り方と、昨日の杉田から聞いた話だけで梶田は思いつた限りを描いてきたらしい。
よくも、まあ、一日で大体の構想を固めてくるもんだ、と素直に関心する。
それらを一通り目を通してみて、とりあえず一つだけ気になった部分を訂正案件として挙げておく。
「このキャラ、……俺的に顔は今のところこれでいいと思うけど。でもこのままじゃアレな感じだから、髪の毛を隠す感じとか……あ、いや塗りつぶすみたいな感じにしてくれ」
「え、なんでなんで、なんでそんなひどいことするの!?」
信じられない、と物凄く不満そうな顔をして抗議してくる。それに対して俺の方も眉をしかめる。ん~~、どう言ったものか。
「ほら、主人公の設定、顔がない、ってあっただろ。自分の記憶がない、だから自分自身が分からないから顔自体も思い出せないって、暗闇の中は塗りつぶした状態にして」
「あ、そういえばそうだった。……あり? そんな設定ってあったっけ?」
一度頷くものの、何かに引っ掛かったように聞き直してくる。分かったのか分からなかったのか一体どっちなんだ、と目を細めて「何がだ」と聞き直す。
「自分の記憶がないから自分自身の顔を思い出せない、ってういそんなこと言っていたっけ?」
「言った……あ、いや言ってないか? じゃあたぶん俺の個人的な解釈だ」
顔がない設定については杉田から聞いたものを俺が独自に細かい設定として勝手に思いついただけだった。昼に杉田とあったらそこらへん打ち合わせしとくか。
頭の片隅に記憶にとどめておきつつ、「なるほど」と関心している梶田の方に視線を直す。
「主人公のイラストで基本的に顔は隠す感じ。黒く塗りつぶすのか、それともギャルゲー主人公風に目線を隠すみたいなものにするかは杉田と話してみて決めてくれ。イメージしやすよいようにそれぞれで描いてくれ」
顔を隠す二パターンを描くように指示を出すと、首を捻った梶田が聞き返してきた。
「ギャルゲー主人公風ってなに? それと、ういだよ」
「あ~、はいはい。ういでもうい君でもういの字でもなんでも。……女子だから知らねえのか。……ほれ、こんなん」
あだ名の強要に適当に聞き流しながらスマホを取り出して、顔を隠したギャルゲー主人公のイラストを適当に見つけてそれを見せる。「あ、こういうのね」と見たこと自体はあるのか、はいはいと納得する。
「でも、なんでこんな風に顔を隠すんだろうね?」
「単純にプレイヤー側の感情移入だな」
「かんじょういにゅー?」
「気持ちが入りやすいって意味だ、ごめんな難しい言葉使って」
「それくらい分かるよ! ひどいな。なんで感情移入するのかなって意味」
わざと優しい口調で言葉の意味の方で答えると予想通りぷんすかした反応で返ってきた。ん~、できればもう少し捻った反応を返して欲しかった。
杉田の料理の反応の時も思ったが、コイツらのリアクションって俺が求めている時には面白い反応とかしてくれないな。これが田舎と都会の環境の差なんだろうか。梶田はこっち出身じゃあないけど。
ストレート過ぎるものより、もう少しものボケで返してくれる反応が欲しい、などとどうでもいいことを考えつつ、ギャルゲー主人公の感情移入についてどういうことか軽く説明する。
「女の子と付き合うことを楽しむゲームだからな。他のゲームとか違って主人公の像を消して、自分を投影しやすいようにキャラを薄めている。顔を隠すのもその一環だな」
でもまあ読みゲーとして主人公をちゃんとキャラ立てているものが多いけど。むしろ最近見なくなった、無個性主人公というか、その手のキャラ。最近は大体オタク寄りのキャラ性を出した主人公がほとんどだよな。需要としてもイメージとして合わせやすいんだろうけど。
昨今のゲーム主人公の像について思いつつも、隣では、へえ、そうなんだ。と『アホ』というか『あほ』って言葉の方がしっくりくる、間抜け面を晒して納得していた。
いや、俺もそこまで詳しくないけど。あっちにいた頃、ゲーム制作部にその手が好きなやつがいてそれでおすすめを借りて幾つかやったくらいで、俺は基本的にアクションとかそういうのだし。いや、全然ノラととなんてちょっと触れたくらいで、最後まで行ってないし、ホントホント。
「この主人公を顔は最後に明かすような展開のイラストにすればいいじゃねえか。自分を思い出した、生き返ったってそういう解釈できるものを。そういうのが盛り上がるだろ?」
「お~、それでいいね。それでいこう!」
アイデアに梶田は盛り上がる。それにフッと鼻で軽く笑って、スケッチブックを返す。「杉田が来た時にちゃんと話そうな。最後が具体的にどうなるかはまだ決まってないからな」と言いながら残りのトーストを飲み込む。
梶田は返されたスケッチブックを見直しながら目を落としたまま言う。
「モカはさ、この作品ってどうなると思う?」
「最後のことか? たぶん普通に考えて生き返ると思うけど」
話の結末について昨日は結局決まらなかった。色々と考えているようで筆の進み自体は後半からはあまりよくなかった。昨日最後に、とりあえず実際に書いてみて流れで展開を考える、とそれで解散となったが、まあ、どうなるかは後のお楽しみってことか。
少なくとも今週中に形にしてくれればこちらとしても問題ないのだが。
進捗と予定について今後どうするかと考えていると、梶田は何気ない話のように言う。
「もし、モカが今日死ぬかもしれないって日ってどうする?」
「よくある、世界が今日終わるとしたらって話か? まあ、普通にやりたいことやって死にたいって考えになるんだろうけど、そういうのって実際は現実的に難しいだろうな」
梶田はバックから鉛筆を取り出して、新たな白紙のページに絵を描き始め、そのまま言う。
「したいと思っていてもできないことっていっぱいあるもんね」
「そうそう。単純な話野球やサッカーやりたいってだけでも人数が足りなかったり、富士山に登りたいと思ってもここからだと遠すぎて行くだけで登るところまでいけない」
「あるいは病気で外で遊べないみたいな、そんなん。やりたくてもできないことの方が多いもんね」
口で言うのは簡単だった。あれがやりたい、これがやりたい、というのは。でもそれ実際にやるために色々な条件が存在し、それようやく成立して実現するのだ。現実は厳しいもの、やりたいことはあってもできないことの方が多いのだ。
そんなことは誰もが知っている。知っているから理想のみを口にするのだ。
できなくても口にするだけならば簡単なことだと。
梶田の絵を描く筆の力が入ったように見えた。同時に梶田は力を込めた分だけの感情を込めた調子で口にする。
「だから私はできるならそれをやりたいなって」
……………。
「……で、お前は何が言いたいわけ? この作品に何か入れてほしいことがあるわけ?」
俺は訊ねた。
意図が読めなかったからだ。どうも昨日から少し何か思うことがあるのか、梶田は思わせぶりの態度が幾つも見られた。たぶんこの作品について思うことがあるのだと思う。
なんだ? 単純にこの作品の内容が気に入らないのか?
目を細めて次の言葉を待つ。梶田はペンを一旦置いて、困った笑みを浮かべながらこちらを向く。
「入れたいってほどのことじゃないけど、ただ……自分が、この主人公だったらどうなのかなって思って」
「どうなのか?」
「例えば私なら……昨日も言ったけど、私が死んだら泣かないで欲しいと思ったけど、死んだのに生き返ったらどうなのかなって」
「まずそんな状況はなることないと思うが」
冷静に突っ込むと、分かっているよただの例え話、と怒り半分笑い半分の調子で返してくれる。
話の内容は分かりにくく何を言いたいのか理解できない。梶田の話を理解しようと努めて事をかいつまんで内容について考える。
「つまりお前はエピローグがどういう風になるのかを気にしているのか? 死んだと思った奴が生き返ったら周囲の奴の反応が」
生き返ったら「奇跡だ!」と歓喜と感動の涙で溢れるのか、それとも「なんで生き返ったんだ」「どうすんだよこの葬式」といった困惑した空気のシュールギャグなのか。
確かにそれはそれで気になるが、たぶんそこまで細かいところまで書くことはないから別段そういうのは気にしなくていいと思う。もし杉田がそこまで考えているなら話は別になってくるが。
そこらへんも杉田に相談しろ、と言おうと思ったが梶田は曖昧な笑みを浮かべていた。どうやらそういうことではないらしい。……何となく分かってはいたが。
だったらなんだ、何を言いたいんだ、と内容を掘り下げようと口を開こうとするが梶田はその前に「そういうことかもね。ごめん、私もわかんないや」と笑ってこの話を終わらせる。
いや、ちゃんと言えよ。
と突っ込もうと思ったが、実際に「いや、ちゃんと」まで声に出していた。けれどその時、なんだか梶田の雰囲気があまり話したくない、雰囲気が目に入り、「い、えよ……」と詰まって弱弱しく発言になってしまった。
「……ま、上手く言葉にできないこともあるよな。……言えるようになったら言えよ」
「うん、ありがとう」
頭を掻きつつ、言葉を濁して何でもないように今の発言を撤回する。梶田はその気遣いに気付き礼を口にする。
そのまま梶田は絵を描いて俺は朝食を片付ける。片づけを終えるとタブレットの漫画を読む。
なろうのコミカライズ。異世界転生ものだ。原作が結構好きだったからコミカライズもチェックしている。……そういえば俺達の作品も生き返る道として異世界に転生するという道もあるのか。
さっきの梶田の話からの地続きだが、死んだ奴を生き返らせるものの案として、転生という手もあるのか。それなら梶田は気にしていた周辺の人間についてリカバリーできる……ってそういうわけじゃないのか。梶田が気にしていた部分はそこじゃなくてもっと別のことか。
別に梶田のことを気遣ってのアイディアじゃないが、話の流れとかそれで目に入った漫画の内容でふと思いついた案だった。
まあ、杉田にとりあえず案としてぶん投げるだけぶん投げておくか。話を考えるのはアイツの仕事だ。
……なんだか困ったことがあったら最終的には杉田任せみたいなことしか言っていないが、そういうわけじゃなくて下地を作るのがアイツだから最終的にまとめるのがアイツの仕事になるため、俺達は案を出してぶん投げるしかないのだ。
まとめ役のプロデューサーだかディレクターみたいのがいればいいんだが、(たぶん手が空いている俺がするべきだろうが)別に本格的な作品をするわけじゃないし、あくまでも思い出の品みたいなもの。がっちり司会進行進捗内容整備みたいなことをするよりも各々が自由にやった方がいいのかもしれない。
真面目な制作進行なら苦肉で『最低限が完成』かもしれないが、俺達の『ゴールが完成』だ。クオリティ自体は求めない。
とりあえず梶田のリミットが存在するため、タイムスケジュールだけはしっかりしなければならない。そして肝心な杉田は、午前中は陸上があるため時間が取れないと来た。
短編のドラマCD制作期限は十日ほど。今週中にはある程度形を作り上げなければならない。
……やっぱりまだ少し厳しいか。
冷静に現実的に考えて無理があるか、改めて思う。プロ……いやたとえプロじゃなくてもある程度創作に経験のある人間なら短編を一本くらいならわけないだろうが、こちらは杉田の実力、あと俺達が即席メンバーであることを考えると『完成』までいけるかどうか分からない。
不安が過る。
………考えていても仕方ないか。今の俺にはできることは殆んどないため、これ以上のことは後回しに目の前の漫画に集中することにする。
そして、そのままだらだら昼間で時間を過ごすかと思ったが、一通り描き終えたのか梶田はスケッチブックを閉じてから言う。
「なんかしよう!」
「なんかってなんだよ」
タブレットから顔を上げて冷静に返す。いつもこいつの発言は唐突だ。前置きもなく、脈絡もなく、突発的にその時の勢いだけで考えなしの発言をする。
こっちはさっきまでタイムスケジュールに悩んでいるのに。そんな暇があるなら絵を描け、と言いたいところだが、コイツの場合、作業は早いし、ある程度方向性の形はできているので問題はない。
「なんか空気重いじゃん」
「……いや、べつに」
そんな、普段話さない人間同士が唐突に二人っきりになってしまって、どうすればいいんだろう、というぼっち特有の気まずい空気は別に流れてないだろう。……やっぱコイツ、ぼっちなのか。
知り合ってから数日で浮上してきた梶田ぼっち説がますます深まる。
そんな冗談はおいておき、……もしや俺が完成できないかもしれない、と不安の空気を悟ったのかもしれない。
「なんかして、いつもみたいにわいわいさわぎたい!」
………と思ったが、なんてことない、純粋に遊びたいだけの子供じみた意見だった。手をわきわきとさせて衝動的に体を動かしたい落ち着きのない奴みたくなってる。
小さくため息を吐いた。
「いつもって、すぎ、……ういの字達いないからどう遊ぶつもりだ?」
まだ口馴染めていないあだ名へと言い変えながら言う。基本的に俺達の行動について、朝は杉田が陸上、俺が寝ていることからそれぞれ自由にして、昼飯時に杉田ン家に集まって飯を食べている間に梶田がやってきて三人、あるいは実夏夜を入れて四人で遊ぶこと主だった。
流石は田舎島。ゲーセン、カラオケなどといった遊べる場所なんて殆んどなく、炎天下での外遊びが基本という、もやしっ子の俺は毎日ひぃひぃ言いながら灼熱地獄で刑罰を受けているかのような気分だった。体力面に関しては梶田も同じだが、コイツの場合楽しそうに笑っているためモーマンタイだった。犬のようなはしゃぎっぷりだ。
まあ、梶田ほどでもないが、運動苦手な俺でもそこそこ楽しめたのは二人のおかげが多いだろう。基本二人が中心に考えた遊びと、杉田兄弟のみの縛りプレイのハンディで遊ぶため力量は調整されたからだ。……ハンディ背負っておいてそこそこ戦えるアイツらなんなの?
鬼ごっこの特別ルールで俺と梶田は『フリーズ』っていう、一ゲーム五回だけ二十秒間だけ『待って』で杉田兄弟が相手には待ってもらえたり、杉田兄弟が鬼の場合は十回タッチでしか交代できないとか。サッカーだと左足のみ、ゴールはゴロだけ浮いたボール禁止、チームは一対三で遊ぶとか。
そんな運動お化けの外遊びのプロフェッショナル二人がいないのに、都会っ子の俺達二人が遊べることなどあまりない。次いでいうと二人っきりの外遊び……例えば鬼ごっことか死ぬほどつまらない。もっと分かりやすく言うならトランプのババ抜き以上につまらないものはない。
でもトランプか。まあそれくらいなら……ババ抜きとかともかく神経衰弱とかならいい感じに二人でも楽しめて時間が潰せるか。
「海で泳ごう!」
「ついこの間俺が溺れたこと忘れたのか?」
トランプってこの家どこにあるのかな、と考えていた時に堂々と外遊びを提案してきやがったコイツ。俺は目を細めて冷たく言い放つ。
「いや、でも一回くらい海に泳ぎたいのさ、私」
「だったらなおさらアイツらがいる時じゃないと駄目じゃねーか。俺はマジで泳げねーぞ」
溺れたところ見られた以上、隠すことなく恥じらいもなく堂々と告げる。
溺れた経験がトラウマとして残っているために危機管理能力が前以上に強い。……杉田は『漁師は溺れた後すぐに海に潜る』どうので恐怖心を消すとか言っていたが、俺は漁師とかじゃないために普通にトラウマだ。海危険、ゼッタイ、行かない。
そして、梶田も自身で言っていたが泳げない。泳げない二人だけで海行ってどうするんだよ。せめて浮き輪が二人分必須だ。ライフセーバーとして杉田がいないとマジで死ぬぞ。
「……じゃあこの家の裏山の探検で虫取りに行こうか。カブトムシ見てみたい」
「絶対ヤダ! カブト虫なんて角のあるGだろう! そんなもん触れるか!」
「私だって触れられないよ!」
「ならなんで言った!?」
キレ気味に返された。触れないくせになぜ虫取りに挑む? 何に対する挑戦心だ。
だって~、と子どもみたく駄々をこね始める。
「夏の日の思い出みたいなのが欲しいの! アニメとかドラマとかそういうのでよくある、田舎町で過ごして、海とか川で遊んだり、虫取ったり、夏祭りしたり、花火見たり、花火したり、バーベキューしたりとかそんなん! そういう憧れってない? モカにはないの!?」
「何言ってんだお前、そんなの……あるに決まってるだろうが」
それに関しては大きく頷いた。憧れとしてはなくもない。むしろ普通にある。
夏の田舎町系のひと夏の思い出系の作品は来るものがある。
そしてこんな夏の日を送りたいな、ってのは毎年思い描きながらも結局は何も起きずにその手のアニメを見て、ゲームして過ぎていく残酷な現実だ。悲しい話だった。
だが、しかし、今の状況はある意味はその手の作品に似たようなもの。
田舎町にやってきた都会の少年、その心には傷心を患った声のいいイケメン、そこで出会うそこに住む田舎感丸出しのスポコンヤンキー少年と同じく都会から観光できた単細胞なアホな少女。三人は出会い、友となって一夏の思い出を作り過ごしていく。
そう整理してみると、確かに状況だけは、一夏の思いでを描き憧れていた作品のような状態だ。そのうえ『三人で創作に取り組む』なんて青春漫画みたいなこともやっている。
梶田を見る。彼女の瞳は輝きを保ちつつ、いつものアホっぽい笑みは消えて、今までないくらいに真剣な表情だ。それだけ本気の情熱を持っていることが分かる。
彼女は口を開く。俺の気持ちを確かめるために。
「なら!」
「ああ」
俺はその気持ちを汲み取って頷き、喜んで口にする。
「『君の名は』でも観るか!」
「なんでさ!?」
「え、じゃあ、『サマーウォーズ』か」
「いやだからなんでアニメ観ることになるのさ!」
「ったく、仕方ねえな。夏っていえば甲子園だし、ルーキーズでも、あ、ウォーターボーイズもいいな!」
「だからなんで夏っぽい映画とか観ようと思っているのさ! わ・た・しは! 実際に夏っぽいことをしたいのさ!」
梶田は憤慨して夏っぽいイベントを所望する。俺はそれに対してこれ以上もないくらいわざとらしい動作で面倒くさくため息を吐いた。
「っつっても、俺泳げねえし、虫触れないし、祭りも花火も夜だし、というか祭りは俺達だけではできねえ」
「そんなの分かっているよ! だけどなんか夏っぽいことし~た~い!」
寝転がって駄々こねる子供のようにジタバタする。おい、人ン家でそれやめろ。古い家なんだから埃が立つだろうが。ダンダン、バタバタ、と家に響く。
「パンツ見えるぞ」
「うぇっ!? えっち!! って今日はパンツだよ!」
「だからパンツだろ」
「そうだよ!」
逆ギレどころか、ギャグギレ。ギャグのキレ方で突っ込んでくる。
会話だけは見ると色々おかしいが、パンツはようはズボンだ。今日の梶田はズボンを穿いて着ている。梶田も梶田で自身の発言に対して思うことがあるのか「ん?」と首を傾げていた。
「暴れんな、この家が潰れたらお前のせいだぞ」
というと家の事を持ち出して注意すると流石に大人しくなった。この家がボロ家だということを理解したらしい。失礼な奴だな。その通りだけど。
「冗談はさておき、夏っぽいことしたいって言ってもそれもアイツがいないと始まらんぞ。基本夏らしいことなんて言われても、俺にとっては家でゲームか映画を観ていることが普通だから、実際にこういう田舎で夏っぽいことなんて言われてもやり方を知らねえ。色々先導してくれる奴いないと困る」
「うっ、そうだけど……私も具体的にどうすればいいのかわかんないし」
どうでもいいが作品作りにしろ、田舎の過ごし方にしろ、全部杉田に丸投げしているところあるな。いや、実際問題こういうのはできるやつが指揮ってやってくれねえと何していいのか本当に分からん。泳ぎ方も虫の取り方もできる杉田に教えてもらわないと。
杉田がいないと始まらない、その辺の理解は流石に梶田にもあったようでさきほどの元気が損なわれている。チャンスだと思って俺はそこに一気に畳みかける。
「だろ。結局俺達都会っ子だけで、田舎で遊ぶのは無理ってこと。大人しく映画でも観てようや」
「むぅ……あ、じゃあ、かき氷とかラムネ飲みたい! それなら買ってくるだけでなんとなるかも」
「かき氷とラムネか……。ん、まあそれくらいなら」
俺の諦めろ攻撃に押されても引かず、なんとか無理矢理捻りだしてきた梶田の提案に俺もそれ自体には了承する。暑いし、冷たいものは欲しい。
家の中の窓などは全部開け広げて裏山からくる風で冷房いらずではあるが、だが、この常夏島の暑さを完全に防ぎきれているわけじゃない。暑いものは暑い。
夏らしい冷たいものを食べる、という案が通ったことでパァーと明るい笑みを浮かべる梶田。
「かき氷をがしゃがしゃするのってやってみたかったんだ!」
「買いに行くんじゃねーのかよ。ウチにあると思うか?」
「え、ないの? 田舎の家って必ずある感じしない? 」
「一家に一台って……言っとくけど、ここってじいちゃんの家で、それまで孫である俺が一度も来なかった場所だぞ? そんな家にかき氷機があると思うか?」
「もっとちゃんと顔みせに来たらよかったじゃん。あのおじいちゃんなら喜ぶと思うよ。おじいちゃん孝行しようよ」
その一言に苦笑する。まあ、確かに一理ある。
梶田の旅行とか違って、祖父母孝行のため年に一度くらい顔見せにちゃんと遊びに来れたらよかったんだが……。まあ、家庭事情というか、母さんが田舎大っ嫌いの都会人だったからな。
インドアとはまた違う、家族旅行で京都や北海道など計画する人だったし、母方の祖父母の家にならそれこそ一年に夏と冬の二回は必ず遊びに行くのが普通の家庭だった。
そのせいで小さい頃は俺にとってじいちゃんとばあちゃんはあっちだけしかいない、というか知らない存在として刷り込まれていた。こっちのじいちゃんとばあちゃんに関しては気にかけたことなんてなかった。
中学上がってこっちのばあちゃんが病気になったことで初めて存在を知ったし、この夏に初めてじいちゃんに会ったのだ。
薄情と言われればその通りなんだが、大半の要因は俺よりも両親達の問題のようにも思えてくるので、何とも言えない。
「普通に買いに行けばいいだろ。っとここってかき氷ってどこにあるんだ? あのコンビニみたいなスーパーか?」
この田舎には店は少ない。杉田が言っていたが買い物の主はコンビニサイズのスーパーがこの田舎の唯一の商業店といっても過言ではないそうだ。他にも店自体はあるそうだが、過疎化の影響でだいぶ減ったらしい。
その店には島の探索の時に一度寄ったくらいだ。
「あそこあったっけ? ラムネはあったっぽいけど」
「まあ、甘味処とかフードコートもないクソ田舎だからな。かき氷自体売ってない可能性もあるか。最悪、アイスのかき氷でもいいだろ」
「あ~、あれ美味しいよね。私の中でかき氷ってアレなんだよね。三角袋のピンク」
氷菓がかき氷として認識している。ま、お手軽に買って食べるならそれだろう。俺も祭りの出店以外ではそれだ。アイスとしては一番食べているのは爽とチョコモナカジャンボだけど。
そんな会話をしながら俺は一度席を外して、自室で外に出る支度をして出かけられるようにする。
……後で知った話だが、実は港にあるお土産屋に行けば市販品のアイスとしてじゃなく、普通のかき氷とソフトクリームは注文できるらしい。
外に出ると梶田がこの島にいる間だけ乗っている黄色のレンタル自転車が一台。俺の自転車は存在しない。
「よし、前乗っていいぞ」
「おうよ、よし任せろ!」
冗談で梶田に操縦を任せようとすると、粋なナイスガイみたいな調子でノッてきて、前へと乗ろうとする梶田を慌てて止める。
「待て、突っ込めバカ! お前二人乗りの経験ないだろう!」
「憧れがあるから大丈、ぶぃ!」
「『大丈、ぶぃ』じゃあねえよ! ぜってえ、杉田の時とは違うレベルのしゃれにならんくらいのこけ方するだろうが!」
「ういだよ!」
一度杉田と二人乗りして悪ふざけして転んだ思い出がある。それ以来俺達は自転車では悪ふざけで乗らないように気を付けているが、……運転手がコイツだとあの時とはしゃれにならないレベルでの身の危険を察知した。
怒鳴って突っ込むが梶田はそんなことよりもどうでもいいあだ名の強要してくる。それを無視して仕方なく、俺がハンドルを握って跨る。
「仕方ねえ。俺が運転するからお前が後ろいけ」
「おー、青春じゃん! ではありがたく私めヒロイン席を務めさせていただきます。カントリーロード~♪」
などと茶化した風なことを言い、荷台へと乗ってはカントリーロードを歌い始める。気分は耳をすませばのヒロインだ。
そんな脳内お花畑のアホの歌を無視して俺は気を引き締める。いや、バイオリン君みたく照れた告白しようとする緊張ではない。二人乗りの運転の方に意識が向いている。
ま、いくら俺とはいえ男である以上、梶田くらいの女の子を後ろに乗せて運転くらいは、相手は杉田じゃないし。いつも杉田でも平気で俺を後ろに乗せて運転できているし。大丈夫だろう。
そう軽い気持ちで、ペダルを漕いで……。漕いで、……漕、いで、こ、い、で……漕いで! 漕いで行くよ! 今すぐ、自転車!!
―――重くてうまくペダルを漕げない。
梶田に対抗してNARUTOの『自転車』を歌っても駄目だった。
二人分の体重のため、足の力が普段以上にいる。あと漕げば漕ぐほどバランスが安定せずハンドルを切ってしまう。後ろで歌をやめた梶田が「お、お、お~~!?」と一言一言反応がうるさく、同時に俺の力の無さが露見して恥ずかしい。
それでも男のプライド、意地が許さず、無表情に歯を噛みしめて何ともない調子を装いつつも、必死に漕いでみせる。
そして進んだ距離がニメートルに届くほどか。道の小さな溝に突っ込んで倒れかかったのを間一髪、足で堪え切れたのは。
後ろに乗っていた梶田は地面に転がってしまったが、何とか受け身……といっていいのか分からないが、直前で身の危険を感じたのか、荷台から飛んで回避した。
多分、回避した時の衝撃が余計に俺への負担がかかった気がしなくもないが、心優しい俺はそんなことをイチイチ責めたりしない。決して、そうでなくてもバランスを崩して倒れかけていた可能性があったからではない。
俺達は顔を見合わせて、数秒間無言で見つめ合う。
「……よし、二人乗りはやめようか。交通違反だしな」
それに、うんうんと大きく二度三度梶田も頷いた。
結局俺達は二人、歩いて店に出向くことになったのだ。
「モカって意外にポンコツだよね」
「うっせえ! お前が重いんだよ! 思いしかこもってないから重いんだよ!」
「ここで前回の名言をここで蒸し返さないでよ! 私の体重が重いみたいじゃん! 違います~、思いの重いはそれだけ情熱的な意味なんだよ。むしろ情熱だから燃焼して軽いんだよ!」
「それだとお前の本気は軽いことになるな」
「体重が軽い女です」
えっへんと胸を張る。そんなやりとりしつつ、俺達は炎天下でクソ熱い道中を進んでいく。
道中で俺達のそんな会話や二人乗りを失敗したことをあざ笑うようにセミたちの鳴き声がうるさかった。
二人乗りって案外難しい。いつも俺を後ろに乗せて運転してくれていた杉田ってやっぱ運動神経ってやべーんだな。荷台のせいでケツが痛いって言ったこと悪かったな。などと杉田に対して反省とありがたみを実感する。