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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
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澄んだ青空よりも嵐の前の曇天の僕ら(オタクども)5

「おじいちゃんどうしたの?」


「なんもなかけん。気にすんな」


 上京をイマイチ読み込めないのか梶田に対して言ってくれたのは杉田だった。前から思っていたが杉田って案外空気が読めなさそうで意外にも気遣いができる人間のようだ。


「それより内容が決まったから、梶田も一応内容を聞いて確認してくれ」


「りーだよ。私は」


「は?」


 笑顔の梶田が突然訳の分からないことを言ってくる。一体何事だと思ったら、そういえば昨日、あだ名を決め合ったことを思い出した。梶田ではなく、『りー』とアダ名で呼べってことか。


 無視して呼ばない方向でいこうかと思ったが、梶田はものすごい目力をこちらへと向けては純粋な忠犬のような、あるいは承認欲求を欲する者の目を向けてくるのだ。両の目が『呼んで呼んで』と書いてあるのが見えるほどに。


「……杉田、……りーに内容―――」


「ういはういだよ!」


「……うい君、りーちゃんに内容を話してやりなさい」


 杉田も含めて昨日決まったあだ名を言ってやると、それで納得したのか満足げな笑みを浮かべる梶田は杉田の方へと振り返って「どんな内容どんな内容?」と新たに期待を込めた目の光を杉田の方へと向けられた。


 全く、こんなことを一々強制して、呼ばれたくらいで一喜一憂すんなよ。こっちがちょっと恥ずかしいだろうが。


 むずがゆさを覚えつつ、傍らで杉田が午前中に俺と話してくれた内容について梶田へと語る。死んだものが死後の世界で自分の命の灯を見つけて生き返ろうとする。


 一通りの内容について話すと梶田は。


「ふぅ~ん」


 ……梶田の反応は意外なものだった。


 いや、普通の反応としては正しい。


 イメージが上手くできていない。内容は分かるけど、……それに対して何かしらのビジョンが見えている人間と、それをただ聞いた人間ならば温度差があるのはよくあることだ。同じ直感センスを持つ者同士なら、まだ思いの熱量も等しいものになった反応をみせただろう。


 意外だったのは、梶田は何でもイエスマン思考の持ち主だったから、多少イメージが合わなくても『いいね』と褒め散らかすと思ったのだが、反応が淡泊過ぎたことだった。


 コイツにもイエスかノーの二択以外にも反応が存在したのか。


「どがんした? なんか言いたかこつあっとか?」


 杉田も梶田の反応に変と感じたのか、分からないことがあるなら聞け、というような強い調子で言うと梶田は少し考えてから「別に悪いってことじゃないけど」と前置きして言う。


「……ただ、この人は死を彷徨っている状態なの? まだ死んでないんだよね?」


「「? 」」


 俺と杉田は顔を見合わせて頭を捻り合う。梶田の言いたいことは、主人公はまだ生きているか、それとも死んでいるかという問いなのだろうが。


 ……なんだろう、問い自体は凄く簡単な気がするのだが、答えによって……なんだか大きく変わるような予感がする。


 過去、あっちにいた時に俺がゲーム制作していた部活動(サークル)。そこで俺が決定的に間違えてしまったことで崩壊してしまったあの時と似たような選択肢……運命の分岐点のような。


 少し緊張が入る。変な汗をかくわけでもないが、ちょっとした気を張ってしまう。


 ……いや、たぶんそこまでことじゃない。また新しく組んだことで、過去の失敗がぶり返さないように俺が神経質になっているだけかもしれない。


 とりあえず返答については注意するように杉田へとアイコンタクトを送ろうとしようしたが、先に杉田が答えてしまった。


「さぁな。お前はどがん思うとか?」


 杉田は問い対して問いで返したのだ。


「私? 私は……もう死んでいると思った」


「どがんして?」


「命の灯が見つからないって、もうないじゃあないのかな? それでも探すのってたぶん、生き返りたいからじゃなくてその思い出を最後に一目したいじゃないかな? 最初に記憶がなくてそれを探すのは忘れられない思い出を思い出したいから。その大切な思い出さえあれば死ぬのは怖くない」


 梶田はそう告げた。


 梶田にしては割とシビアな考え方……同時にロマンチストを感じさせるものだった。


 生き返りたいから命の灯を探すのでなくて、死ぬ前に思い出を振り返りたい、から。それさえあれば死ぬのは怖くない、か。


 生き返りに対しての奇跡の灯ではなく、死んでも怖くない希望の灯か。


「そんなら、幾つもの灯は他ん誰かの命じゃなくて、主人公、こんまでの幾つもの思い出ってこつになるなゃー」


 杉田は梶田の話を聞いて何かしらのインスピレーションを思いついたのか、そんなことを呟いた。杉田の言葉からしてその内容は、元は『死後の世界でそこは何人もの命の炎が存在する世界』、つまり生と死管理するような世界だったのが、『死後において自身の記憶の炎を探す』という個人のみ世界という形。


 ……変わった。梶田の解釈一つで、杉田が元々描いていた物語が大きく異なるものに変わった。世界という点を、何人もの見ず知らずの誰か命の記憶、ではなく、視点がただ一人の個人へと絞ったのだ。


 何かを考えるようにして腕を組んで目を瞑る杉田と、それを見守るようにして首を傾げている梶田をそれぞれの姿を目に入れながら思い出す。


 過去、俺達がやっていた時に意見交換した時もそうだった。誰かの何かを言うことで元あった形が変わり、作品として新たな方向性が変わる。元々予定していたものが変わることに不満があって衝突もしたが、けれど良くなる節があるというならそれを考えて上手く落とし込もうとしていた。


 これ自体が今後の作品にどう影響するのか自体はまだ分からない、その全ては下地を作る杉田にかかっている。


「モカはどがん思う」


「俺?」


 杉田は目を開けて俺に訊ねてきた。


 その瞳は梶田の意見が良いか悪いかを訊いているものでなく、他にも別の切り口があるなら言って欲しいと言っているように俺には見えた。


 少し考えてから口にする。


 俺はあっちでやっていた時もそうだったが、意見する方じゃなかった。いや、正確には良いか悪いか、のどっちかしか受け答えをしてこなかった。具体的なことを言えず、深く突っ込んだことは言えなかった。


 そういうことは絵とシナリオを作っていたヤツらはしょっちゅう衝突があった。やれ書いたキャラ絵と違うだの、やれお前の書いた設定を少し削ったこっち絵の方がキャラが立つ。と俺と他の奴らでそいつらを宥めるのが常だった。


 だから意見を出せなかったというよりも、突っ込んだ意見を出す必要がなかったのだ。その手の事は作品として基盤を作っている二人があれやこれやと深く言ってくれていたからだ。


 でも、今は違う。今はアイツらじゃなくて、俺達三人なんだ。


 アイツに比べると話作りは未熟な杉田、イラストを描けてもまだキャラを描けない梶田、そして俺自身も!


 過去と今の境目に良いことなのか悪いことなのか分からないけど、でも………もっと色々と踏み込んでいいのかもしれない。


 また同じ失敗を繰り返さないように。新しい一歩を踏み込んでも。


「俺はこの話で思ったことは……良い記憶なのか、悪い記憶なのか、ってこと」


「? どがんこつ?」


「いや、ほら、お前が最初言っていた命の灯。それって主人公が命だか、記憶だかを探しているんだろう? それって良い記憶なのか、それとも悪い記憶なのかと思って」


「あ~」


 杉田は声を漏らす。でもイマイチ理解というか、引っかかりみたいなものは感じているけど、それが何なのか分からないみたいな。俺はもう少し言葉を探しつつ話してみる。


「言い方を変えると……、例えば死んだ時の記憶が、例えば病院とかで病気や寿命で死ぬ時に誰かに看取ってもらって死ぬとか、あるいは誰もいない場所で一人死ぬとか、そういう。……あるいは梶……リー太郎の言う通り、大事な記憶ってやつも本人が忘れられないものなら、良い記憶とは限らない。墓場まで持っていく重要な秘密ってやつもあるだろうし」


「あ、なるほどなゃ、墓場まで持っていく重要な秘密なゃ。面白かよ」


 杉田は俺の案に面白いことを聞いたと言わんばかりに頷いて、俺の机に勝手に座ってシャーペンを一度指全体を使ったペン回してルーズリーフに書き残していく。


 その光景を見ながらやけに静かだった梶田を見る。梶田はまるで時が止まったように真顔でいた。


 さっきからどうもおかしいと思って「どうした?」と訊ねる。梶田は思考が戻ったように「あ、いやなんでも。ただ私ならあんまり看取って欲しくないかな、って思って」と答える。


 考えていたのはそっちの話かよ。と思いつつ訊ねる。


「へえ、意外だな。お前なら色んな人に看取ってもらえそうだけど」


「でもそれだけ涙が多いってことじゃん。私はそこにいるけど、そこにはいないのに」


「『私の~、お墓の前で~、泣かないでください~♪ そこに私はいません~♪ 』とそういいたかとか?」


 梶田の言葉を耳にして、こちらを見ずに千の風を歌って茶化してくる杉田、まあそうだね。と頷いた。


「私が死んだ時、泣いてほしくないな」


「無理やろ。そっは」


 杉田はこちらを一切見ずにキッパリと告げた。その手はシャーペンを回しては何かをルーズリーフに書き込んでいた。思い付いたネタを書き留めているのか。


「誰っかが死んなら誰っかが泣く。そやつば思ってから泣く。泣くのば我慢はあるばってん、そるは自分が決めっこつ。泣くのば堪えとっば強要すんのは間違えや。何を思うかの感情はそやつのもん」


 杉田の言葉はあくまでも自然の言葉だった。


 特に何かを思うわけでもない。優しさや甘さでなく、諭しや説教でもなく、だけど人間として冷たいというような非情なものではない。それが当たり前のことと言わんとばかりに、体験してきたから自覚していることを当たり前のような口調で言うのだ。


 そういえば、杉田は何度も言っていた。この島は爺と婆ばっかだから人はよく死ぬ、と。そういう島で育った杉田だから、俺や梶田よりも死別の形を一番見てきたっていうことか。


 だから、梶田が言っている死に対する思いに対して、杉田は言うことができるんだろう。


 俺は……今まで死というものは身近になかった。


 周りで親しい人が死んだことはなかったし、大きな怪我や病気といったものとは無縁だった。


 精々、虫を殺した……蚊を殺した程度のことでそれは日常的に起きる気にも留めないどうでもいいことだった。その程度で死について誰も思ったりはしない。


 だけど実際に死というものを自覚したのは……つい昨日、溺れ死にかけた時。あの出来事が一番死について本気で思い、体感して、恐怖した。


 あの体験はたぶんしばらく忘れないし、もしかしたら一生俺の中に残っているかもしれない。


 梶田は杉田の方を見ながら呆然と見つめながら、やがて何を思ったのか小さく頷いた。


「……うん、そうだね」


 その頷きは何を含んでいるのか分からない。納得なのか、反論を呑み込んだのか。梶田の表情は寂しそうなものに俺には見えた。


「―――」


「よし、じゃあ私もお絵かきしようっと」


 口を開こうとしたが、その前に梶田は気持ちを切り替えたように明るい口調で告げると自身のバッグからスケッチブックを取り出し始めた。俺は慌てて開いた口を「ほ、ほわ~」と欠伸して誤魔化した。


 わざとらしさが強かったが、梶田と杉田は特にこちらを気にした様子はない。そのことにほっとする。


 二人が作業を始めると俺一人が手持ち無沙汰になってしまう。台本(?) と絵描き二人なので、制作は常に忙しいのは当たり前で、それが出来上がるまでは声優担当の俺だけが暇を持て余すことになるのは分かっていることだった。


 杉田が俺の机を占拠してしまったので、梶田は机を使えずに自分の足……太ももを板にしてその状態で絵を描き始めた。


 体育座りの態勢で、本日もこのクソ暑いのに梶田はロングスカートを穿いている。一見ロングスカートと聞けば防御力が高そうなイメージだが、意外にも尻から膝まで、そして足の先まで屈伸で山成りに対して、スカートの布自体の長さは足りてそうで、そうでもなく。また、暑さのせいか膝でお尻側の方を挟むなんてことを梶田はせずに、アニメとかだと反重力のスカートの絶対防御が存在するのだが、現実的にはそんなものはなく重力がちゃんと実在するために、……なので中身が見えなくもなく……。


「……なんか、テーブルがないか聞いてくるわ」


 俺はそういって部屋を後にして酔っぱらったじいちゃんにテーブルがないか聞き出して、『宿題か? 保健体育か? ちゃんと責任取れ』と酔っ払いの下ネタがうるさい状態でなんとか人が集まった時に使う折り畳みのテーブルを貰ってそれを部屋に持って行った。


 俺はその後、適当にスマホで適当にいじったり、本を読んだりして過ごしつつ、二人のペンを走らせる音を耳にして過ごした。

 ……その音にどこか懐かしさを感じながら。


 いつか聞いた笑い声を思い出しながら。


 忘れられないあの日をちらつかせながら。


 俺は新しい今日を過ごした。



 × × ×



『誰っかが死んなら誰っかが泣く。そやつば思ってから泣く。泣くのば我慢はあるばってん、そるは自分が決めっこつ。泣くのば堪えとっば強要すんのは間違えや。何を思うかの感情はそやつのもん』

 全く持ってその通りだった。

 いやはや、あの不良少年にこんなこと悟られるとは私も思っていなかった。反省反省。

 帰路、私は薄く笑みを浮かべながら自転車をこぐ。

 昨日と同じ道、同じくらいの時間、五時過ぎだというのにまだ明るく、六時を過ぎても日が傾いた様子はなく、七時頃にようやく暗くなり始める夏の日の夕方だ。

 残された日数は長いようで短い時間。

 限られた私の時間はこの太陽のように、明るく照らしてくれるだけで外に入れる時間を延長してくれるわけではない。

 今日はういが話を考えてきてくれたことは嬉しかった。

 人の命。死後の世界で生き返るために忘れた生前の記憶を探す物語。

 私達が作る作品としては予想とは大きく異なる物語だった。

 具体的にどんな話をしてくるのだろうとあれやこれやと色々と楽しみに考えていたけど、まさかこんな物語をチョイスしてくるなんて思ってもみなかった。

 物語自体はういが書いてくれる。

 話を考えてくれるために特に文句はない。

 ただ思うことがあった。

 別にやりたくないということではない。

 何かがどうしても悪いというわけでも、こうした方が絶対に良くなるというもの強く出せる意見とも違う。

 ただそれは、これまで産まれて生きてきた私の中で芽生えてしまったもの。

 それが少しだけ引っかかってしまったのだ。

 たぶん、ういやモカなら気にしない程度の些細なことで、私に気になってしまうだけのこと。

 染みとかと一緒。

 ただの汚れやしわでしかないものが、何かの顔に見えてしまったり、虫がついていると勘違いしてしまう感覚と一緒。

 気にしたらそう見えてしまうだけで、気にしなかったら特に何も思わないのと一緒だ。

 人と人の考え方は違うから。

 生きてきた環境が違うから。

 捉え方、感じ方が違うから。

 過ごして日々の形が違うから。

 だから私の気にしたことなんて些細なことだ。

 それに、ちゃんと凄いと感動している。

 ういが作品を思いついてきてくれたこと。

 元は今朝見てきた夢の話(あれ? 今朝だっけ?)からヒントを得てそれを今は形作ろうとしている。

 夢から見たものを書き起こすってことはつまりほぼ自分の頭の中から生まれてきたということだ。私の場合、絵はこれまで写真やテレビ、本を模写することだけであまり自分が想像して描いたことはなかった。

 あ、初めて想像で描いたのもういの小説の作品のキャラクターが始めてのことだった。

 凄いのはういだけじゃない。モカも、ういから相談されて話を指摘して、それを上手くういを膨らませたのはモカだ。それに色々私が帰ることを考量して時間決めた段取りをテキパキと決めてくれた。

 担当である声については未知数だけど、でもきっとすごいものなんだろうとわかる。

 本当に飽きない。二人に出会えたことは私にとって大切なことものだった。

 彼らに出会えたことは、この島にやってきて本当によかったのだと思える一生の宝だ。


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