田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)16
「―――」
「!! ――――!」
…………………。
………………………………。
……………………………………………。
「―――がっ、ぱ!!」
顔が水面から浮上する、口一杯に、肺一杯に、空気を、酸素を求めて大きく吸って吸って吸って―――。
「ごっほ! ゴホッゴホッ!!」
大きく咽返す、と同時にバタつかせてしまい、身体がまた沈み始めるのを感じてパニックを起こす。
「ほら暴るんな! 沈むどが! ちゃんとこんに捕まれ。あと目ば開けれ!」
が、何か身体を支えられて手を摑まえられては何かを棒のような何かに掴まされる。それを命綱何かだと思った俺は強く強く握りしめて絶対に離すもんか、と強く誓う。これに捕まっておけばとりあえず沈まない。また海の中に潜ることはない! そう自分に言い聞かせる。
数度咽返して、息がちゃんとできるようになる。水を飲んでしまって口の中がしょっぱくて苦しい。何とか呼吸がちゃんとできるようになってようやく落ち着き、目を開けることができた。
「ず、杉田……」
「どがんした、足ば攣ったか? ったく、お前がイチバン」
目を開けた先に、焦点が合わずハッキリ見えなかったがそれでもやがて見えたそれは正真正銘の杉田の姿があった。幻でも何でもない現実のもの。
溺れている俺を見つけて助けてくれたのか。
杉田は俺が溺れないように背中を支えてくれて「どぎゃん? 大丈夫か」と訊ねてくる。俺は口の中一杯に塩の味を吐き出すように大きく咽て、ちゃんと喋れるようにして言う。
「……もう少しで異世界行くかと」
「よし行ってこい」
「あばばばばば!! っぷあ!! おま、マジでやめろ!! マジで死ぬだろうが!」
俺の頭を抑えつけて、海面へと沈められる。慌てて顔を起こして腐れ外道に抗議すると、腐れ外道は真剣な顔になって口を開く。
「知っとっか? 漁師は海で溺くれた奴はすぐに顔ば海さんつけとっとど」
「はあ?」
「海の恐怖ば無くすために。海の怖かこと覚えたら海の楽しさば忘れるけんね」
「……………」
それは海で溺れた時の対処法か何か? 漁師との言葉がでてきたことで信憑性が増した。海の仕事する人間として海を怖がっていけないとか何とか。好きだったことを一度の恐怖で無くすなとか何とか。
そういう意味だと思うと、何だかまるで今の俺の心の内を見透かされてかけられた言葉のように感じる。
「半分嘘やばってん」
「はあ!? う、ばばばばばば。っぷあ!! だからマジで死ぬだろうが!!」
嘘ってお前! と人がしんみりとしたのにあっけからんにひっくり返したことに抗議しようとする前にもう一度顔を沈められて起こす。
俺の様子を見て、ガハハハっと大笑いする杉田は全く悪びる様子はない。……この野郎!
殴ってやろうかと思ったが助けられた手前そんなことはできない。ついでに実際に殴ったら倍にして殴り返されそうで怖い。
全く、俺が田舎ヤンキーの野蛮人と同じ考えを持つ、インドアなオタクだったことを感謝しろよ!
俺は寛大な心で杉田の心で許してやると、笑い終えた杉田が「ほら登らんか」と筏の上に登ることを言い、さっさと杉田は登っていく。
「どがんした?」
「…………登れん。引っ張ってくれ」
「はあ?」
情けない俺の言葉に唖然とする杉田。「ウチのチビ共でん、登れっど」と言いながら手を伸ばされて、それ掴んで登ろうとするが、服が海水に吸ったせいかやけに身体が重く、その上、登るのと同時に水の浮力が無くなって体が重さが現れて、登るのに一苦労した。
―――重かぞ、ちゃんと力入れんか、バカチュン! ―――女に絶対言っちゃあ駄目だぞ! ―――おまんは男やろもん! ―――馬鹿野郎、もしかしたら精神は女の子かもしれないだろ!? ―――オカマかよ。―――性同一性障害を知らないのか、田舎もん。―――あ、手に力が入らんくなってきた。離れそうだな(棒)―――おいバカやめろ! ごめん言い過ぎた! ―――とかそんなやり取りをしつつ、何とかか這いつくばる形で筏の上に登ることが出来た。
そのまま体を横に回して仰向けの体勢になる。雲一つとしてない澄んだ青空が目に入る。しばらくは起き上がれそうにない。海の中で必死にバタバタさせたせいで腕と足がパンパンだ。耳にも水が入ったのかさっきから変な感じだ。
「……なんで来たんだ?」
普段は絶対にしない指で耳の中を突っ込みながら杉田に訊ねる。杉田は杉田も俺を助けたことで疲れたのか、寝転がってはいないがはあーと息を吐いて項垂れていた。
「シャークネードの続き見せてもらう約束しっとったやろもん」
「あ~………」
言われて思いだす。そういえばそうだった。昨日杉田とシャークネードを2まで観て、それで今日明日で残りを観ると約束してたんだった。
「鮫映画観る前にお前が鮫喰われ取ったらなんも面白くなかぞ。俺はチェーンソーなんて持っとらんぞ。いいとこ鋸や」
「バカやろう。鋸じゃあ無理だ。せめて剣持ってこい」
なら銛はどがんなゃー。銛なら探せどっかにあっど、と笑いながら言う杉田に、それでいいよ、と返すが。そうじゃなくて、といつもの調子のどうでもいい話を切る。
「そうじゃなくて。………あれ、梶田と一緒に……作るんじゃあなかったのか」
「別に先にシャークネード観てもよかろもん」
きょとんした顔で何でもないという調子で答えてくる。それに対して「ああ、そうだな」とだけ返した。
ほれ、と指を指す杉田の示す方向を見ると梶田の姿が見える。梶田は「おーい、大丈夫」と手を振っている。俺は何とか右手を上げて振って応える。それで無事だと分かったのか梶田こちらへと向かってきている。
「梶田も一緒に来たのか?」
「ああ、何でもお前とも一緒にやりたかんだと」
「……それって合作をか?」
「それ以外なんがあっとか」
杉田は面倒くさそうに答える。どうやら梶田はどうしても俺を誘ってやりたかったらしい。それは願ったりだったが、……だけど同時になんでだと疑問に思う。
溺れた時に俺はまたやり直したと、杉田達と一緒にやりたいとそう願った。そして梶田は一度断った俺をもう一度誘いたいという。……何か上手く行き過ぎて少しだけ怪しんでしまう。
いや、たぶん怪しむも何もないと思うが、ただ俺の中で引っ掛かりを覚えてしまうのだ。
少し静かになる。梶田待ちだ。俺は気だるさを覚えて少しの間動きたくない。杉田もそうなのか、それともただ梶田を待つから動く必要ないと思っているのか。
「なんか、細目の奴が言ってたぞ。お前には陸上の才能があるって」
何か話題はないかと思って思わず先ほどのことを口にする。
「細目? ……桜美か?」
あの細目は『近江』というのか。下の名前も気になったが呼ぶ分には別に『近江』でいいだろう。俺は「名前は知らないけど、細目の背丈あるやつ。お前といる時にも何度か連れちがった」と告げると「桜美だ」と断言する。
はあ~、心底面倒くさそうにため息を吐く杉田は不貞腐れた顔になる。
「なんでそんなに嫌なんだよ。なんか理由があるのか?」
「走るの好きかばってん、走らされんのは好かん。そんだけ」
と答える杉田に少し納得がいく。確かに性格からしてあまり人に従うタイプではないか。じゃあなんで陸上やっているんだよ、と話になるが、杉田としては陸上部ではなく強制参加だとか何とか、そういえば前にそんなこと言っていたな。
「タイムも順位もそれは周囲にとって必要なことやろ? 走っている側はいつも走りたいって思いだけ。膝壊しても走りたかし、疲れてももっと走りたか。俺は走りたいと思ったら走る。だけんそん考えば持つ俺は陸上選手として向いてなか」
遠くを見る杉田。不貞腐れたような顔をしているが、けれど、何かに対して一線を引いているような瞳だった。本気の奴らの中に本気じゃない奴が入っていけないというような、真摯さといえばいいのか。
そんなものを俺は奴から感じ取った。
「それに走りに才能はいらんよ。どんだけ走るのが好きかはいるばってん」
「なにそれ、カッコいい」
意外にもカッコいいこと言われて反射的に言ってしまった。けれど冗談か何かだと思ったのか、まーなゃー、と適当に返してくる。
「大体俺は『才能』って言葉否定派やし」
「そうなの?」
「あれって諦める時に使う言葉やろ?」
「なにそれ、カッコいい」
連続してカッコいい言葉を告げられて、同じ言葉を繰り返すが、今度の「はあ!?」と不機嫌そうな顔を俺に向けてきた。
「これはカッコよくなかろもん。アイツら俺が小説書くたんびに『才能がなかけんやめろ』と言うとっど!? どがん考えても諦めるために言葉やろもん」
憤慨する杉田は言うだけ言ってそっぽを向く。俺は今の言葉を聞いて少しだけ興味深った。
なるほど、コイツにとっては『才能』って言葉は称賛でなくて、諦めを施す度に聞かされてきた言葉だったのか。だから受け取り方が異なっていたから『才能』の言葉自体に嫌な思いにしかならないのだ。
普通なら『才能』って言葉が嫌いな奴は周りから嫌みに聞こえるから嫌いってパターンだが、杉田からしたそれとは少し違う。
諦めさせる言葉だから嫌い、か。
………………。
「じゃあさ、お前にとって小説ってなに?」
「あん? ……さっきからなん、お前は。死んとか?」
俺の質問に対して大きく眉を顰めてからそんなことを言ってくる。それに対して「いいから答えろって」と告げると杉田は、チッと舌打ちして海水で体に張り付いた服を脱いで絞りながら答える。
「…………憧れ」
絞り出すようにしてその一言を告げる。
「単純に言葉で、文章で世界ってヤツば作って…………それで周りに、その世界を認めさせる。させようとすることが凄かと思った。ただそれだけ」
そうぶっきらぼうに告げる杉田は言うんじゃなかったという照れと、同時に何か別の物を見るような遠い目になってこちらを一切見ない。
からかわれることを恐れたのか、と思ったけど別に何かあるような気がした。なぜそう思ったのか自分でも分からない。ただ、杉田の目は酷く悲しそうにしていた。
元々、今のテンションではからかう気はなかったが、杉田の漂う哀愁ようなものにさらにかける言葉はない。
「どんだけ擦り減ってもただ自分の世界ば創って、周囲ば認めさせようってすんのがカッコよかと思ったっとよ」
最後にそう告げる杉田の言葉はまるで誰かの書いている姿を見てきたような言い分だった。
『好き』ではなく『憧れ』か。憧れは理解とはほど遠い、と死神漫画であったなと言いたかったが、やはり茶化す気にはなれず「そっか」とだけ言う。
「ねえ、大丈夫!? 怪我とかしてない?」
ようやくうるさい奴が到着する。
慌てた足取りで木造の床の階段をコトコト、今に割れてしまいそうな音を立てて降りてくる梶田に「もう少し静かに歩かんか!」と杉田が怒鳴る。「なんだと、心配したのに」と不満そうにしている梶田だが、「壊れっどが!」と返されて言い変えせずに「あ、ごめん」といってゆっくり降りてくる。
「大丈夫? 怪我としてない? というかなんで海におち―――」
「あ、パンツみえた」
「ってきゃあ、エッチ!」
ロングスカートの梶田は慌ててスカートを押えつけて数歩下がる。頬を赤らめて少しムッとした顔になる。
それに対して俺も目をキリっとさせて言う。
「エッチっていった方がエッチなんだ」
「私はえっちじゃあないよ!?」
「そん突っ込みもおかしかろ……。『そっば言うなら、馬鹿といった方が馬鹿。みたいなこと言うな』とかやろ」
俺の言葉に返してくる梶田に、ジト目で突っ込んでくる。梶田は「それそれ! エッチといった方がエッチなんだからエッチって言うな! ……アレ? なんかおかしい」と一人で混乱して騒いでいる。
だから暴るんな、と筏の上のことを考えて梶田を注意する。
「嘘だよ、お前の緑のパンツなんて見てねえよ」
「あ、そう、嘘なんだ。ならよかった……って見てんじゃん!?」
梶田は俺の言葉に安堵しかけたが、よくよく考えてみたらおかしいとちゃんと気づいた。
「嘘だよ見てねえよ。適当に言ったんだよ。確認してみ」
「え? ちょっと待って……」
下がってから俺達に背を向けて、スカートを捲る。「もう、マジで確認すんなよ」「バカチュン」と俺と杉田はそれぞれ口にすると、「う、うるさいな!」と恥ずかしそうに言い返してくる。
どうしよう、同級生の子が背中向けた状態といえ、スカート捲っているというエロい場面なのに、全然ドキドキしない。どっちかというとギャグ補正の方が強過ぎる。
なんか、……アレだわ。兄を男としてみていない無防備の妹? そしてこっちもこっちでエロ云々とかよりも純粋にだらしないの一言で切って捨てられる、友人関係よりも兄妹にしか思えないんだが。
あ、唯一心配でドキドキしていることが、本当に緑のパンツだったらどうしようかと。ロングスカートで見えるわけねえだろう。都会の女子のミニスカでも見えねえだぞ。何度誘惑に駆られて、『屈んだなら見えるかもしれない!』と衝動が走りそうになったことか。
仰向けの状態で男にスカートで無防備に近づいてきた危ないってこと教えようと思って言っただけなのに、なんでエロさよりもギャグチックになるんだよ。
確認はすぐに終わってこちらへと振り返ってくる。
「見てないじゃん!? 確認したら今日のパンツは緑じゃなかったよ!」
「言うなよ、恥じらいが無いのかよお前は……」
「あるよ!?」
もう半笑いで梶田のアホさ加減に呆れ果てるしかない。
梶田はもう、「どうでもいいから起き上がってよ、本当に見られたら困る」と顔を赤くしながら言われて、俺はようやく体を起こす。
体の気だるさまだ消えておらず、動きたくはない。あ~、くたびれた声を漏らすと梶田が心配そうな顔になって改めて訊ねてくる。
「大丈夫? 怪我してない? というかなんで海に溺れていたの? 一人で泳いでたの? 誘ってくれればいいのに」
梶田は最後だけ少し不満に言う。ずっと海で泳ぎたいと言っていたから、俺が一人で泳いでいたことご不満らしい。いや別に泳いでないけど、こっちとしてはマジで死にかけた。
「泳いでたわけじゃあねえよ。……海を、というか魚を見ていたら頭がクラクラしてそれで落ちたんだよ」
「熱中症じゃあなかんや? 大丈夫か」
「頭冷やそうとして海に入ったの?」
「落ちたって言ってんだろうが! 目が回って! というか俺泳げないし」
「そうなの!? 私に泳ぎ教えてくれる約束は嘘だったの!?」
「そんな約束してねえ!」
「したよ!? ………あれ、してないっけ?」
大声で反論しておきながら、よくよく記憶を掘り出してみたのか、確認のために杉田の方へと訊ねてくる。杉田は「したかと言えば………」と適当に間を伸ばして。
「…………………」
「…………………………………ん~~~~、どっち!? 長いよ、間が!!!」
「もう過去のことやけん過ぎた。杉田さんだけに」
「???? どういうこと!? ちゃんと言ってよ!」
杉田が微妙な駄洒落を言うが、アホに意味が通じずに杉田は眉を顰めて微妙な顔をしているので、仕方なく俺の口から告げる。
「ん~~~、親父ギャグはないな。三十点」
「せからしか、昔はコレ、ウケとったけんな」
「ウケたってどこで」
「……小学校の時」
「マジか、こんなのがウケるとかマジで田舎の学校だな」
「せからしか!!」
「???? よく分かんないけど、結局言ったの? それとも言ってないの?」
「言ってねえ」「言っとらんわ」
口を揃えて梶田に突っ込む。そんな怒んなくてもいいじゃん、と口を尖らせてぼやく。
「……っぷ、ハハハハハハハハ!!」
思わず込み上げてきたものが一気に溢れて俺は声を大にして笑う。急に笑い出した俺を奇異なもの見るように目を丸くする二人。
「どがんした? いきなり笑い出して」
「ハハハハハ、あ~、いや~。……なんかな。………さっき溺れ死ぬそうになったのに、俺、海の中で「マジで死ぬ!」とか何とか思って諦めたのに、そしたら今はもう訳分かんない、ほんと、意味分かんねえ話で盛り上がってさ。なんか、もう笑うしかねえなって」
ハハハ、と笑いながら涙すらも溢れてきた。感情の臨界点が突破した。後悔も喜びも嘆きも呆れも何もかもを通り越してただ泣き笑うしかなかった。
死にそうになって、過去の失敗の後悔をやり直したと願った。
命を繋ぎ止めた今はこれ以上なくしょうもないことで盛り上がっている。
一体なんの茶番劇だ。もう笑うしかない。
笑い続けると、いつ間にか梶田が目の前に屈みこんで顔を覗かせる。梶田は優しげに微笑みを向けてくる。
「分かるよ、その気持ち。今生きている奇跡って笑いたくなるくらい、泣きたくなるくらい、色んな感情がくるもんね」
梶田はこれ以上なく伝わってきたと噛みしめて慈しむように語り掛けてくる。まるで自分にもその経験があるかのような、温かく優しげなもの。
普段ならからかいや皮肉で誤魔化して場を茶化しまうが、梶田の慈母のような雰囲気に充てられて気恥ずかしくて何も言えずに目を逸らしてしまった。
そっと、海水濡れた手に温かいものが伝わってくる。梶田が手を握ったのだ。
「ねえ、やっぱり一緒に作らない?」
「……合作をか」
確認しなくてもいいことを俺はわざわざ訊ねる。うん、と明るい笑顔で頷いてくる。
「夕弌君と恭和君、そして私の三人で。私は三人で作りたいの、この島で出会って友達になった三人だから創りたいの! 出会った奇跡を、生きて巡り合えたことの記録を、私は形にして残したい」
逸らさずに真っ直ぐと俺へと見詰めてくるその瞳は確かな覚悟を感じさせた。
三人でやりたい、と。一つの物を絶対に創り上げたいと、伝わってくる。
俺も望んでいたことではあるけど、こうやって真剣な趣で真っ直ぐと告げられるとやはり照れくさいものがあって、それを誤魔化すために思わず本音を告げる。
「なんか、重いな。それ」
普通なら我に返って羞恥のあまり顔を赤くしてもおかしくないのに、梶田は手に取った俺の手を握ったまま、真っ直ぐと返してきた。
「私の想いだよ。想いしか詰まってないもん、重いよ」
「なにソレ、カッコいい」
なんで杉田にしろ、梶田にしろ、こんなカッコいいことを恥ずかしげもなく真っ直ぐ口に出せるんだろう。
これが若さか…、青春か…。と一歩引いたおっさんじみたことを思う。
少なくともあの頃の俺達でもこんなキラキラしていたものはなかった。どっちかというとギラギラはしていたと思う。
皆、夢を目指していたが本気で作品を創っていたと思うし、技術的なことも色々と話したけど、だけどそれでもこんな風に面と向かって本音を言い合ったことなかったと思う。
例え心の内を話してもそれは目を逸らしたり、「なんて~な」と茶化していた。
皆、本音を告げてもすぐにそれを隠そうとする。当たり前だ。そんなことするのはただの子供だ。現実をみていない、自分の実力を過大評価している、恥知らずの井の中の蛙でしかない。
笑われるのが怖い。現実の打ちのめされるのが嫌だ。絶対といえる確証がなければ一歩を踏み出せない。
信じあっていた仲間達ではあったが、心の内を本音では漏らすことあっても、語り合うことなかった。それが普通。それが人間関係だ。
俺は彼女の瞳を見つめ返す。
彼女は俺の瞳に写る自身の像を見ては気づかないのか。
自分がどれだけ恥ずかしいことを告げているのか
俺は彼女を、梶田真理愛を試す。
「?」
けれど彼女は逸らすことも、羞恥に身を悶えることはない。ただ少し右に首を傾げて「なに?」とだけ言ってくる。
あ、駄目だ。アホだから根本的にコイツにはこの手のやりは通用しない。
ったく、人がシリアスになっている時に……。
試しが通じないことに軽くめまいと苛立ちを募らせるが、それを呑み込んで気持ちを落ち着かせる。
このバカには直接告げるしかない。
「そんなこといって恥ずかしくないのか?」
「え?」
「まあ、普通は恥ずかしかわな。そがんこつ言うとわ。普通はそがんこつは言わん。胸ん内にしまっとく」
杉田が俺達の様子を見てなんとなく察したのか梶田へとフォローの言葉をかけてくる。さっきの台詞のことを考えると、お前が言うな、って気がしないでもないが。
梶田は理解できたのか、あ~、と間抜けな言葉を発する。
「そりゃあ恥ずかしいけどさ、でも言えることは言っておいた方がいいかなって。今思ったことは口に出しておかないともうチャンスないかもだし。今って一瞬のことを、ちゃんと伝わってほしいからさ」
そう、少し照れた笑いで浮かべる梶田。
ああ、コイツは無邪気なんだ。無邪気だからそんなことを言えるのか。
後悔も羞恥も悩みも秘め事も何もなく、素直に恥ずかしげもなくそんなことを言えるのか。
大人ぶっていた俺やアイツらとは違って、梶田は……いや、梶田だけじゃなくて杉田も。
目だけを横にずらして田舎ヤンキーへと移す。杉田は杉田で梶田の言葉に呆れたような顔していた。
杉田は杉田で一人小説を書き、オタクの道を貫こうとしている不器用な奴だ。あの細目の近江とかいう人物も言っていた、隠れオタで過ごせばいいのにそんなことはせず、田舎という狭い場所で更に肩身狭い思いをしている。
もっと上手く立ち回ればまだ生きやすかっただろうに、ただの憧れという感情だけで進み続ける不器用な奴でしかない。
………案外俺達に必要だったのってこういうものだったのかもしれない。賢ぶったふりじゃなくてもう少しバカになる方がいいかもしれない。
俺はいつまでも握られていた手を振り払って、頭を掻き毟りながら答える。
「……声充ててやるよ」
「え?」「は?」
梶田と杉田は揃えて声を漏らす。俺の言葉が瞬時には理解できなかったようだ。
「俺は声優志望だ。だからお前らの駄作を俺の声で名作にしてやるよ」
今度はもう一度言うと、今度は理解したのか、ぱあっと顔を明るくなってグッとサムズアップしてくる。
「いいね、声優。カッコいいじゃん」
「声優って、アニメば作るとか?」
隣では杉田が呆れたように言うがその口角は上がっている。言っていることが可笑しいのか、嬉しいのか分からない。杉田の言葉を聞いて、それだと言わんばかりの顔になった梶田はこれ以上もなくブンブンと首を縦に振って告げる。
「いいね、アニメ。作っちゃおうか、三人で!」
「「作れる訳ねえだろ」なかろもん」
杉田と口を揃えて「アホ」と告げると「なんでさ!?ひどいよ!」とブー垂れる梶田。
少し間を開けて、俺達三人は笑い合う。
今日新しいオタクグループが出来た。一夏の青春群像劇。
俺は胸の内に密かに誓う、この三人で今度こそ上手くやってやる、と。
× × ×
物書き、絵描き、声充ての三名の役者がようやく揃った。
彼らはここから初めて始めるのだ。
世間知らずで後先を考える必要のない、今という形が欲しい旅行者である娘と、
不器用で周囲と壁を作って、戦って将来を掴み取ると決めた田舎の少年と
都会から失敗して逃げてきた、過去に囚われながらもやり直そうとする少年の、
三人が一作品を作るために、楽しく、醜く、叫んで、泣いて、悩んで、喧嘩して、笑い合って、協力し合って、本音を吐きあって、誓い合って、足を引っ張って、馬鹿しあって、取り戻そうとして、書いて描いて足掻いて、現実と夢を戦っているという青春の真似事する、―――一夏の黒歴史。
私たちの、
俺達の、
俺達の、
一夏の失敗劇。
―――どうしようもない黒歴史なんだから。