田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)14
リィンリィン、と涼やかな風鈴の音が耳にすると涼しさが増したように感じる。
部屋に窓に飾っている風鈴はよく見かけるガラス細工で出来たものじゃなく、金塗りされた鉄製の風鈴。あのドレミ調で奏でる棒の長さが一定に並んでいるものだ。それに小玉を入れて音符調の音が響くオシャレな風鈴。
じいちゃんが何処かから取り出したのか、今朝俺にくれたのだ。
その音を聞きながらふぅーと大きく息を吐きながら首元をべっとりした汗を拭い、飴玉を口の中に放り、ヘッドホンをして今録ったばかりの声を確かめる。
この間思った意識を強めて挑んだ自分の声を聞き、少し辛口で採点する。
自分が発した時は別に違和感がなかったが聞き手側に回るとどうしても早口になって、それに伴って噛んでいる台詞が目立っている印象がある。ゆっくりを心がけているが、どうしても台詞の時の気持ちと相まって急ぎ足になっている感が強い。
口の開きが悪いのか? もう少し表情筋を柔らかくできたら変わるのか?
そんなことを考えながら両手でパックでもするかのように頬を広げたり抑えたりしてみる。アッチョンブリケ。
机に鏡が置いてあったら今おかしな表情になっている自分を眺めることができただろうけど、鏡は棚に置いてあるから一々取りに行かなければならない。まあ、わざわざ取りに行く気はないが。鏡なんて歯磨く時しか見ねえな。
学校行くときはそれなりに見栄えを気にするが今は休み中のためそこまでみない。せいぜい寝癖をくらいか。
一通り聞き終えてからヘッドホンを外す。
反省点を踏まえてあれこれ考えつつもどこか虚しさを覚える。
こっちに来てから二回目ボイトレ。暇潰しも兼ねているとはいえ、少し退屈を感じる。
あっちにいた時は明白な目的があったからモチベーションを保っていられたが、今目的と言えるものもなくいから、ただやっているだけだとイマイチ真剣味が薄れる。
何やってんだ俺、とそんな宙ぶらりんの状態が否めない。
「こうなったらブイチューバーでも目指すかな。作るの面倒くさそうだけど」
冗談半分本気半分でそんなことを言う。最近の流行に乗っかかって単純にブイチューバーを目指すのもいいかもしれない。一応、作り方とかイロハだけはあっちにいた時に友達から聞いて知っているし、安いものだがPCにソフトも入っている。
やろうと思えばまあできるが……。イマイチ乗らない。
何というかブイチューバーが嫌いって訳ではないが、俺が目指しているものとは少し異なるような気がする。
何だろう? 声優を目指しているが……ブイチューバーは結局の所、根本がユーチューバーと同じで配信目的、演技は関係ない。
そりゃあ、企業として動いているブイチューバーはキャラ演技として役作りを求められている部分もある(いわゆる茶番劇というヤツだ)だが、それはキャラ設定上であるメインとくるのは可愛いキャラやカッコいいキャラの素人(中の人)ゲーム実況がメインだ。
だけど俺がしたいことはそういうことではなくて……。
………あれ? 俺は芝居がしたいのか?
ふと、そんなことに気付いてしまった。
元々楽で人気になりそうな気がしたから声優を目指したのに。ならば断然ブイチューバーの方がいい。適当にカッコいいキャラを作って、好きなゲームを実況すればいいのだから。良し悪しがあれど、そこそこ人気者になれるのかもしれない。
声優で売れるかどうか分からないどころか、こんな田舎じゃあ目指すこと自体難しいが、ブイチューバーならば個人活動だから俺次第で何とでもなるか。
考えれば考えるほど声優よりもブイチューバーの方が、俺が目指す理想の形としては声優を目指すよりもブイチューバーになった方がいいのでは、と思え始めた。
「……………」
だが、心の何処かに何か引っかかる。それが何なのかが分からない。
リィンリィンと風鈴の音を耳にして、俺は時間を確認してそろそろ出るかと思い、考えは保留にして、俺は部屋から出て家を後にして杉田の店へと歩いていく。
店にはいつも通り杉田達が先に来ており、今日は梶田も来ていた。何やら杉田と梶田の二人はあれやこれやと話して込んでいる。
「おーす」
「おう」
「やっほー」
「どうも」
簡単な挨拶を済ませて、梶田の席へと座る。
「どうした、何の話をしてたんだ? ずいぶん盛り上がっていたようだけど」
杉田が俺の顔を見るなり注いでくれた水を飲みつつ、おにぎりを頂く。
「あん、俺と梶田で一作なんか作ることにしたわ」
「………ごくん。…………なんて?」
杉田の言葉に一口かぶりついたおにぎりを呑み込んで、聞き返す。なんて?
「あ~、合併作? 合作? というとかなゃ~。……まあよくある俺が話書く、でお前絵を描くけん、じゃあ一ぺん作品を作ってみよかい、って話になってなゃー。まあそがん感じ」
言うのが恥ずかしいのかやたら早口かつ雑な感じで言ってくる杉田は少し居心地が悪そうにゆで卵を丸呑みしてそっぽを向く。
俺は確認するように梶田の方へと視線を向けつつ杉田へと指さして、あんなこと言ってますけどほんとか? と口に出さず表情だけで訊ねると、梶田は能天気そうな顔しながら「そうだよ~」と頷いてくる。
「私たち二人で何か作るんだ。いいでしょ~」
照れたように笑う。そんな二人の反応をみて冗談とかそういう類ではないことは分かった。
ドクン、と一つ心臓が高鳴った。喉がやけに乾く感覚に襲われる。夏の暑さから来るそれじゃない。緊張からくるもの。
そして、頭の中がバグったようなイメージが浮かび上がる。
「どがんした?」
「え?」
俺を見て杉田が険しい顔をして訊ねてくる。俺は慌てて「何でもない。暑くて喉が渇いただけ」とコップの水を飲み干すそれを見て杉田も納得したのか、そう、ならよかばってん」とそれ以上のことは何も言ってこなかった。
俺は梶田の方を見てから、杉田へと視線を移す。
「………女とやるなら気を付けた方がいいぞ」
「あん?」
「え? なにそれ」
二人からきょとんされた顔をされ、思っていることを口に出してしまったことに気付いた。
「……ほら、コイツアホだし」
「なんだと!? ひどいな!」
慌てず、努めて冷静ないつもの調子で返すことに成功する。これもボイトレの効果か。フンスーとキレる梶田に半笑いで「でも梶田だしな」と言う杉田も「まあそがんなゃー」と同意して「だからなんでさ!? 二人ともひどいよ!」とさらに怒る。
ああ、大丈夫。俺はいつもの調子で話せている。
自分の状態に安堵していると杉田が話を進める。
「梶田よかけん、あれ見せんか。まだ見せとらんとやろ?」
「は~い。えーと……あ、ハイハイ。かつもくせえ~!」
変なハイテンションでバッグから以前見かけたスケッチブックを取り出してはとあるページを開いて見せてくれる。なんだ、これ。何のキャラだ?
見たことのないキャラが描かれていた。スケッチブックを受け取ってそこから数ページ捲ってみると数名のキャラが描かれていた。見覚えのないキャラのはずがどこか既視感を覚え、少し考えるとすぐにその答えが出てきた。
スケッチブックから視線を外すと、梶田はまるで悪戯した子供のようなにやけと期待するような顔で俺を覗いてくる。
「どうどう? これなんだと思う?」
「……ははん、さてはこの主人公っぽいのが烈火だろ、でこれがロり要素の増えた髪の色が違う姫で、髪の色が四色あるのがオシャレに目覚めて染めた風子だろ? で、女体化した薫に、これが木蓮で」
「違うよ、誰それ!?」
「どっこからどう聞いても烈火の炎だろもん。そんぐらい分かれよ」
「え、あ、知ってんの!?」
「ちがうよ!? というか知ってるの!? え、え、え? 何々……あ~、違うよ!? 私の絵だよ!? 似ているの? パクてないよ!?」
「落ち着かんか、冗談に決まっとるやろもん。烈火の炎がこがん絵がなわけあるか。もっとカッコよかわ!」
「あ、そうなんだ……あれ?」
何かおかしいぞ、と頭をひねる梶田は放っておいて杉田へと訊ねる。
「で、これってお前の作品の?」
「そがん。梶田が考えて描いたんやと」
「へえ~、上手いじゃん」
梶田の絵はよくできている。一枚目であり小説の中にあったシーンを想像して描いているのだ。既視感を覚えたのはこれだ。たぶん、シーンの挿絵風の一枚絵じゃなかったらただの梶田のオリキャラにしか見えなかっただろう。
…………。
「これはなら杉田の小説が受けなくても挿絵だけで買ってくれる層がいるだろう」
「うおい!」
「そんで二人で作品って漫画ってことか? バグマン? ジャンプにでも応募すんの?」
「そんも考えたばってん。ジャンプ応募とかじゃなくて漫画の方。漫画の方は少し難しかなゃーって」
「難しい?」
どういう意味なのか、とすると杉田が「そっから数ページ捲ってみろ」と言われて数ページ先の絵を見る。……何やら絵が描かれているが、これまでの絵と違いコマ割りされた漫画のような絵……下書き、ネームかこれ?
描かれていたのはネームじみた見開きに描かれていた。内容は杉田の小説の冒頭のシーンともいえばいいのか。でもこれは……。
気になった箇所はあるがとりあえずネームとして考えれば別に。
「漫画、というよりもネームか」
「いやそっで漫画なんだと」
杉田が肩を落として告げられて俺は驚いた。
「え、これで? いや、ネームだろう?」
「いやいや漫画でしょ? Gペンとか私持っていないし、ボールペンで描いたけど」
梶田が横から突っ込んでくる。俺は目を細めてもう一度スケッチブックを見てみる。確かにボールペンで描かれているが、そういうことじゃない。もっと根本的なこと言えば。
「絵の質が落ちた? といえばいいのか? ……何と言うか、一枚絵とかならお前のよく描けているけど。コマ割りで描くとなんか違う感じ」
「ほら、やっぱそがんやん。漫画の絵って流れから来るスピード感みたいなのあるけんさ、お前のなんか、コマ割りって勢いがなくなっとる、感じ」
一度は口にしたことなのか、同意した杉田から補足される。
「そうそう。これなら漫画じゃなくて挿絵で見た方がいいわ」
「えー、そうかな。……う~んそうかな?」
俺達の意見に何か言い返しそうになる梶田だったが、スケッチブックを見直してみて自分でも同じ引っ掛かりを覚えたらしい。
う~ん、と頭を悩ませる梶田に対して芋の天ぷらを食べながら俺は言う。
「でもまあ同人レベルならこんなもんじゃあねえ?」
「そがんなん?」
「ドウジン?」
二人からそれぞれ反応をされる。梶田については一先ず置いておき、杉田に「そがんそがん」と適当に返しながらゆで卵を食べる。流石に丸呑みで食べたりはしない。
同人誌ほど挿絵詐欺酷いものはない。表紙の絵がエロいな~、さぞかし中身もエロイんだろうな、と思って中身を見てみると、表紙の絵をクオリティがクッソ下がっている作品がチヤホヤと存在していて、それで何度表紙で期待してヌケなかっ……ではなくて。
え~と、…………まあ、梶田の絵は挿絵詐欺レベルとまでは言わないがそ、れ近い漫画の絵は酷いってことだ。
「別にジャンプに応募とかするわけじゃないんだろう? なら同人レベルでいいじゃんか。というかなんでそんな話になったんだ?」
「思い出作り!」
「思い出? 夏の日の思い出とか?」
梶田が勢いよく言ってきてのを繰り返して、何となく答えを導き出す。正解だった。
何でも梶田がこの島に来て友達になった記念として何かを創りたいとのこと。
「元々この島のあっちこっち絵を描こうと思っていたけど折角友達になったんだし、何か一緒にしたいって思ってね。あ、そうだ恭和君も一緒にやる?」
「え、あ、いや」
まさか俺にも振られるとは思わず、またドキと心臓が高鳴った。さっきよりも少し高く。ゴクリ、と水を飲み一息の間を置く。
……………。
「……いや、いいわ。というか漫画だろ? 絵と話で分けてあって俺は何をすればいいんだよ?」
「あ、そっか。…………アドバイザーとか?」
どう? と言わんばかりの顔を向けてくる。なんでそれ、ハハハ、と笑って話を切り替えて杉田へと話を振る。
「というかお前の小説をそのまんま漫画にするのか?」
「いや他んヤツ。別のやつば書く」
「ふぅ~ん、まあ、出来たら読ませてくれよ」
「ああ、ん? どがんした。トイレか」
席を立つ俺に杉田が呼び止められる。俺は使ったコップと皿、箸を持ち上げる。
「ご馳走さん。今日はいいわ」
「え? 今来たばかりじゃん。というか、あんまり食べてないし」
「来る前にお菓子とか食べたから今日はお腹いっぱいなんだ」
「食ってきたならなんで来たん?」
杉田から訝しげな瞳を向けられ、「昨日もそうだっただろう」と俺は笑って誤魔化す。食器を下げて俺はおじさん達に「ご馳走様」と挨拶して、杉田達の元へと顔向ける。
「まあ、頑張れよ。またな」
「あ、おい」
杉田から呼び止められるが俺はそれを聞こえなかった振りをしてさっさと店から出ていく。
歩く歩く歩く歩く歩く歩く。
いつものペースで歩いているつもりだったが、心なしか一歩一歩が普段よりも大きく、早く、進んでいるような気がする。歩いているというよりも早歩きのスピード。
まるで今すぐに走って逃げ去りたい、が周囲からそれ認識されているのを、悟られるのを恐れて無理矢理歩きにしている。だけど心の性根は隠し切れずに行動に出てしまっているような動きだと自分でもハッキリと自覚している。
杉田達から逃げている? 違うそうじゃない。そうでないと頭の中で即否定する。
逃げているものをもっと別のもの。アイツらじゃない、アイツらから逃げているんだ!
この行動には覚えがある。記憶している。
忘れ去れたいのに、忘我へと追いやりたいのに、それでも一挙一挙が全てを完璧に記録している。
トラウマ。
それと重なり、目の前の光景と記憶が交わり、混ざり、合わさり、そしてどちらが正しい現実の風景なのかが分からなくなっていく。
いや、むしろ記憶が侵食していく。燦燦と降り注ぐ熱い太陽の照る、青空。それに焼かれて大地から現れる陽炎。横向けると防波堤があり、そして蒼よりも碧といっていい海。ジィージィーとうるさい蝉の鳴き声。
それが現実の姿。常夏の離島が、俺が今居る場所のはず。
だが、トラウマから蘇った記憶が見せてくる光景はそれとは全く違っていた。
それは校舎内の廊下。気が付いたらそこを歩いていた。
歩く歩く歩く歩く歩く歩く。
いつものペースで歩いているつもりだったが、心なしか一歩一歩が普段よりも大きく、早く、進んでいるような気がする。歩いているというよりも早歩きのスピード。
まるで今すぐに走って逃げ去りたい、が周囲からそれ認識されているのを、悟られるのを恐れて無理矢理歩きにしている。だけど心の性根は隠し切れずに行動に出てしまっているような動きだと自分でもハッキリと自覚している。
ああ、ああ、ああ、逃げたい、逃げたい、逃げたい。
一刻も早くここから逃げたいという一心で。自分でどうすればよかったのか、もっと他に別の方法があったんじゃないかなんて一切考えない。それは考えたのは終わった後のこと。今は一刻も早く逃げたいと思って行動していた。
最初は楽しくやっていたんだ。失敗も間違いもあったけど、でもそれは学習して改善できて進むための一歩だった。力を付けるために必要な一歩。失敗は成功の母というタイプの取り返しのつくものだった。
だけど違った。
それだけは失敗してはいけなかった。間違えた選択をしてはいけなかったんだ。
危機管理が足りなかった?
関係が本当はできていなかった?
俺が幾つもあった選択を全て間違えってしまった。
何でだよ!? どうしてだよ! 何で俺が間違えただけで、たったそれだけ……!
だって、だって、築き上げてきたものそう簡単に崩壊するとは思わないじゃないか!!
言葉にするのは恥ずかしいけど、確かな友情だと信じていた。夢を叶えるために、皆切磋琢磨した。時にはやり方の違いで喧嘩したけど、それはそれだけ誰も本気だったからだ。本気やっているからどこまでぶつかったんだ。
でもそれでも崩れなかった。ちゃんと立ち直って同じ目標に向かってを進むことができていたんだ!
だけど、呆気なく壊れた。嘘みたいに修復不可能なくらいに完膚なきまでに崩壊してしまった。
それを信じたくなくて、俺は逃げ去ったのだ。
「―――! ――――おい!」
「!」
誰かに呼ばれて意識が戻って慌ててそちらへと顔を向ける。声は後ろからで声の主は自転車に乗ってこちらへとやってくる。それは杉田達ではなく、背丈のある細めの男。杉田の友達だった。
「人が呼んどっとに無視して通り過ぎてからに。夕弌やったらウチ殺されとっど」
そんな悪態を吐かれて「ああ悪い」と一言謝罪する。どうやら知らない間に通り過ぎて呼ばれていたようだ。自転車相手に? あ、いや、止まっていたのか。うっすらだが誰かを通り過ぎた覚えもなくもない。俺が自転車に乗っているヤツに走り勝てるはずがない。
「えーと……なんだよ?」
「……ちょっと話せんか?」
少し切り出しにくそうな顔するがすぐに神妙な顔付きに変わる杉田の友人。話すとは言われて一体何を話すことがあるというのか、と眉を顰めたが彼の雰囲気に圧されて、俺は静かに頷いた。
「お前、夕弌となんばしよっと?」
「? えーと、飯食わしてもらって、一緒に水切りとか遊んで、映画とか観て……まあ普通に遊んでいるだけだが」
質問の意図が分からないがとりあえず遊んでいる旨を伝える。が、ふーんと言いつつ、眉を顰める。
……なんだろう? この元カノが元カレ現状を今カノにあれやこれや聞いてくるムーブ、あわよくば不審なこと言って仲違いして、ヨリを戻そうとしている、ような空気感は……。
……なんだ、BLか? ホモか? コイツヤバい奴か?
あ、でも杉田って、女よりも男の方に好かれる雰囲気が何となくあるからな。何がとは決定的な何かを言えないけど、雰囲気がそんな感じがある。
「ゲームとか漫画読んだりか?」
「いやそれはしてねえな」
というか方針については俺達じゃなくて基本梶田が決めている。水切りにかくれんぼ、缶蹴り、ガチな縄の縄跳び、壁をゴールにしてシュートするだけのサッカー、投げて打つだけの野球ごっこにあとは……まあ、そんな感じ。チョイスがちょいちょい小学生なんだよな……。そんでもって今小学生もチョイスはしない。
少なくともこんな田舎だけじゃないの、こんな風に遊べるのって。都会はまず外で遊べる場所がガチでないからな。公園もほぼ遊べないし。
何気に外遊びが初となる俺だった。
適当に遊びの内容を話すと細目は少し意外そうな顔している。
「なん、思ったよりも普通やんね。ま、お前もオタクっぽくなかけんね。運動している方が楽しかろ?」
「……あ~」
バリバリのインドアなオタクです。外遊びで梶田と同じくらいヘロヘロに息切らして、何らずっと楽しそうにしている梶田よりも体力がないと言っても過言ではないほどに毎回ゼハーゼハーと呼吸困難している俺だ。
むしろ杉田ブラザーズは何の? 朝運動して昼運動しても平気な顔してんのってなんなの? 体力に底がないの?
曖昧に答えるが、俺の事など気にした様子はなく細目は続ける。
「結局アイツにはこっちの方が向いとっとばい。そんなのに漫画やゲームにかまけてて」
「………いや、今時漫画やゲーム好きなアスリートもいるだろ? お前は好きじゃないのか」
小馬鹿にした呆れた言い草に少し腹を立てて言い返してみる。すると、少し驚いた顔をする細目はすぐに返してくる。
「そがんやばってん。アイツの場合ポケモンまだ続けてとっとぞ。おかしくなかか?」
あ~、この手のタイプか。いや何となく分かっていたけど。どこにいても一定層はこの手の輩はいるもんだな「ポケモンまだやっているの、ダッセー」は。俺の学校にもいて弄ってきたな。
同意も拒否も出来ず曖昧に笑う。この手タイプは流すが一番だ。
「別にウイイレやパワプロは分かばい。俺もやるし、漫画だってワンピースも読む。ばってん、あやつがしとっとばよう訳分からんアニメ絵の小説とかガンダムとかの如何にもオタクっぽかやつよ。いい加減大人になれって感じやろ」
「…………」
まあ、一般人の反応としてはそんなもんか。何処の世界もオタクに対しての「大人になれよ」は耳が痛い。反論自体は幾つもあるが、そんなことすればもっと痛い奴を見るような目で見られるので黙っておくのが吉だ。
やれやれとした肩を竦める細目は俺へと気まずそうにだが、けれど真剣な瞳になって答える。
「お前さ、それとなくアイツにしゃんとするように言ってくれん?」
「は? ちゃんとするって……オタクをやめろとか、………小説を書くことやめろってか」
最後の方は若干怒りの混じったものになってしまったような気がした。それに気づいたのは自分だけで細目はそれには気づかず続ける。
「別に、全否定するつもりはなか。さっきも言ったばってん俺もやることはやっとるし、漫画とかゲームもやってもよかだろうし、俺的にはポケモンとかは卒業して欲しか。あるいは隠して生きていけば」
お、意外にも真っ当なこと言うのなコイツ。
確かに、オタクとして上手く生きていくならば隠れオタとして生きていくのが一番良いのかもしれない。
なんだ、コイツひょっとして良いヤツなのか? と思っていると細目は続けて言う。
「ばってん、小説ば書くんだけはやめてほしか」
「……………」
「痛々しく本当にやめてほしか。アイツじゃあ無理やろ。運動しとる方が向いとる。陸上しっととる方がアイツらしか」
苦虫を噛み砕いたような顔を顰めて吐く細目。俺は沈黙する。一体今俺はどんな顔しているのだろうか。
ただ、………心の中で怒っている感じがある。
気に入らない、のか?
細目の言い分。杉田の才能の否定。陸上の方が向いている。
正直言えば、杉田に文才があるかどうかと俺の目から見れば、無い奴よりもある方だと思う。つまりは普通だ。あとはセンスや勉強と文を書き続ける自体の貪欲さ次第。それも文才だけの話。
デビューできるかはまた違った話。それに関しては俺には判断できない。誰にも判断できない。
何が売れて、何が売れないのか、ジャンル傾向が分かっていたとしても実際に売れたりするかは分からないのだ。
「皆もそう思っとる。学校のもんも親もセンコーも。皆、アイツには走りの才能があるって」
細目は杉田には陸上に才能があるという、それは細目だけじゃなくて他の人間も。
俺も一度だけアイツの走りを見た。それだけじゃなく遊びで走り合ったこともあった。確かに速いように感じたが、それでも他の奴らの方が速く感じられる気がしたが。それでも陸上に才能があるといえば素人目で納得がいく。
作家か、陸上選手か、言われば確かに杉田は陸上選手の方が向いているのだろう。遊びの付き合いでアイツの体力が凄いことは分かっている。
だけど。
ミィーミィーと鳴く蝉の鳴き声がやけに響く。首元に溢れる汗の気持ち悪い感覚を拭い去ると掌に驚くほどの汗がべったりと掌に残った。
それを見詰めてから顔を上げる。細目は真剣な瞳のまま、ふっと笑みを零す。
「まあ、そんな感じで伝え取とってくんど」
自転車のペダルを一回転させてから漕ぎ位置を切り替えてから進み始める。通り過ぎようとする際に俺は言う。
「自分で言えば?」
「言った。そんで殴られた。もう殴らるんのは嫌やけん。代わりにそれとなく言っといて」
「それは俺が代わりに殴られるだけじゃあ……」
「だからそれとなく言っといて。隠れてやる分にはそがんとはからかわんけん。また仲良くやろわいって」
それだけ言い残して細目は遠のいていく。
俺はその姿を眺めながら、ふーと息を吐いた。
何だか余計に分からない気分だった。
歩みを再開させながら、俺は深く考える。
杉田はそれなりに本気なのは分かる。その熱意は少し前の自分達に重なるから余計に分かる。
だが、同時に細目の言い分も分からないでもない。実際にどれほどのものなのか知らないが杉田には陸上の才能があるらしい。それならその部分を伸ばすべきなんだろう。実るかどうか分からない作家という道なんかよりよっぽどいい。
けれどそれは確実の話で、杉田の様子では作家の道に進みたいと思っているようだ。そしてあの細目あるいは他の連中(親や教師)としてはそっちに進んでほしいのだろう。それがアイツのためだと思って。
正直俺は関わらないのが一番だ。アイツらの問題で、杉田の問題なのだ。俺が横からあーだこーだと言うのは少し違う。違うと思うのだが……。
だけど。
ああ、熱い! 夏の日差しが強い。
うなだれるような暑さが俺の思考が上手くまとまらない。ついでに頭の片隅に細目との会話で忘れていたはずの過去のトラウマがチラついてしまう。
ふと海を見た。蒼よりも碧を色合いの強い、蒼碧い海。
濁ったようにも見えるし、神秘的な美しさすらもみえる海景色。
気が付けば家ももうすぐそこ。後は坂を上って行けば三分ともかからない。
俺は家には帰らず、海の方へと足向けた。堤防に沿って歩いていくと船をつける筏の存在が目に入る。
定期船が通い、ここから本土の方に仕事や学校へと通い、休日は買い物や遊びへと出向くそうだ。また船が来ない間にここで釣りをしている人もよく見かける。
今の時間は船が来ないのか誰もおらず、釣り人もいない。
俺は筏と陸を繋げる細い一人分しか渡れないほどの木造の床の橋を降りていき、筏に乗る。
筏も木造の床で下に支えとなる鉄柱で組まされており、これをどうやって浮かせているのか疑問に思ったが、板と板の小さな隙間から見えたオレンジカバーを被った発泡スチロールの浮き輪の存在を垣間見て理解する。
なるほど、これ浮いているのか。よくこんなので浮かんでいられるな。どれくらいの重さまで耐えられるんだろう?
そんなことを考えながら海を覗いてみる。
碧色に見えていた海は近づいて見ると意外にも透明色が強く、海の底まではちゃんと見えた。大体五メートルほどの深さか。大小の魚が何匹も泳いでいる姿に、何故か落ちているタイヤが見えた。
のんびりと優雅に泳ぐ魚達。真っ直ぐしか泳げないかと思っていたが急な方向転換に驚く。あまりにも速い。ゆっくりと泳いでいたかと思ったら、何かに反応したようにビクっと反射的な方向転換して逃げ去っていく。
野生動物の逃避の行動といえばいいのか。……何か面白い。和む。
何ともいえない濁った重苦しい感情が薄れて、何となく楽しめた。
アニマルセラピーとは違うか。フィッシュセラピー? 海水浴? 詳しい用語は分からないがそんな感じの。
思えばこんな風に長閑に海を何気なく見るなんてことなかった。海を見る時は遠目だったし、水切りの時は海を見ているようで岩場で石を探しては石が何度撥ねたしか数えてなかった。
こちらに来て一週間は過ぎたくらいか。その間何度も機会があったような気がしたが。、考えてみれば泳げないから自分一人で近づこうと思わなかった。
少し楽しんでから顔を上げる。少し下向けて首が少し痛くて軽く首を回した。コキコキ、と小気味のいい音が響く。そのまま、あ~、と伸びもする。
「どいつもこいつも面倒くせええな」
ん~、と伸びをしているとさっきまでうだうだ考えていたことが本の少しだけ馬鹿らしくなる。リフレッシュして心に余裕ができたのか、そんな風に言い捨てられた。
細目も、杉田も、そんでもアイツらも、俺自身も、どいつもこいつも面倒くせえ、……めんどうくせんだよ!
心の中で毒を吐き散ら―――
「―――あ!」
伸びを緩めた際に少しバランスを崩す。頭にくる血液の流れが一気に来たせいか、それとも軽い日射病なのか、その両方なのか。
クラっと目の前の景色が暗く、意識が遠のく感覚を覚える。
よろめき、ふらふらと足が前後に動くが安定しない。筏の上もあってグラグラと揺れて―――海へと体が落ちた。