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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
13/32

田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)13

第四色 集え、オタクども、黒歴史を書き込め!!



 本日は土曜にて陸上のみの早上がりなり、三年生はもう既に引退して強制部活である陸上は終わりの部活動である、サッカー部の練習をする必要はないが、多くの三年は練習に混ざっていく。もちろん俺もその一人になることはなく、真っ直ぐに帰ることにする。


 なんでただでさえ走らされた後に強制でもない球蹴りしなくちゃいけないんだよ。仲が良い友達でもいたら話は違ったかもしないが、そんなものはいないぼっちの俺はさっさと帰ろうとする。


「夕弌、どこ行くとか?」


「帰っとです。お疲れさまでした」


 吉田と出会い呼び止められるも、俺は簡潔に言ってすれ違う。待たんか、と言われて止める気にならず足を進める。もう一度、強く荒い声で「待って!」と言われて、体が反応して止まってしまう。


 止まってしまった以上仕方なく、振り返る。


「皆、サッカーに行っとるけん、お前もこいや」


「受験生になら勉強しろって注意したらどがんですか? 息抜きってことも分かりますけど」


「どうせ、あん馬鹿どんもお前も勉強なんてせんとやけん。よかどもん」


 不敵に笑って告げる。酷い言い草だった。合っているけど。


「帰ります。もう俺は引退しているんでやらされる理由はなかですよ」


「みじょか後輩のためにやってあげる気はなかんか? みじょか弟もおっとやし」


「弟は兄がおらんでも強かけん問題なかです」


 あと後輩は別に可愛いくない。可愛いところなんてあったか? 思い出してみるけど、可愛かった部分なんて一つも見当たらない。手がかかる奴らしかいなかった。


 あと、みじょかって言葉は女とかに使う言葉だと個人的に思っている。そんな芋顔の男たちに使う言葉じゃねえだろ。


「アイツらはお前のこと懐いっとったばってん」


「そりゃあ、俺だけ厳しくせんけんね」


 アイツらに任せるなら一人でやった方がマシだ。


 一、二年の頃先輩風吹かせて始めた、小学生まで仲が良かった連中が威張り散らした態度が気に入らず、よく嫌われて些細なことで衝突があったもんだ。


 まあ、俺も一応先輩後輩の上下関係の礼儀の問題くらいは分かる。年上を敬るものだし、尊敬する点は尊敬するべきだと。俺が気に入らないのは年齢序列があるからって理由で威張る根性が気に入らん。


 下だからさっさと準備を早くしろだのなんだのって、早くしたいなら自分たちで動けよ。俺なんてガキの頃から兄弟が多いから物心がついた時には自分で何から何でもやらなきゃあ、って考えが根付いた。むしろ、誰かに頼るのが嫌なくらい。


 なので、三年だろうと何年だろうと後輩とか使わず、準備などで一々後輩に言うくらいなら自分で動いた方が早い。その威張りがないせいか、後輩たちからの目から俺は多少マシに映るんだろう。


「なん、お前はまだくだらん小説ば書いとっとか?」


「あぁん!?」


 聞き捨てできずに凄んで睨みつけると、「何やその眼は」と吉田の方も俺の目つきにムカついて睨み返してくる。ヤクザのような風格の凄み。


 元から巨体な体をしており、その風貌から見立て通りに殴る蹴るなどの有りの暴力教師だ。何度も鉄拳制裁を受けたことがある。今時の教師が殴って説教するなよ、と言うが大体俺が先に手を出してくるので当然の報いだ、と周囲から言われた。


 顎狙いの飛び蹴りかましてやろうかと、本気で考えたがグッと堪えた。


 舌打ちして、俺は踵を返して自転車置き場へと歩いていく。もう何を言われても足を止める気もなく、もし無理矢理止めに来る気があるならばその時こそ本気で戦争だ。


 俺のこと自体は馬鹿にしてもいい。


 俺の夢を、生まれ初めての本気を、やりたいという意思を、無駄の一言で済ませるのは許せない。


 それを決めるのは俺であって、お前らじゃあねえ!


 お前らの価値観を押し付けてくんじゃあねえ!


「そがんもん書いとる暇あっとならサッカーしにこい!」


 叫ぶ吉田の言葉を無視して俺は自転車の下に急いで荷物を籠にぶち込むようにして入れて、ヘルメットを被って自転車を走らせる。


 踏み込むペダルに力がいつも以上に入れ、めいいっぱい漕ぐ。


 踏み込む勢いの強さに比例するようにして進む。


 いつも以上に突っ切り風は灼熱の太陽のせいで全く涼しくない。


 ジィージィーとうるさく鳴く蝉の声だが、それ以上に頭の中で揺れる言葉が響く。



 ―――くだらんことばっかすんな、時間の無駄だ。

 ―――才能がなかよ、面白くなか。

 ―――つまらんことに時間を使うな。

 ―――今でもそれが好きなの? だっさ。

 ―――なん、これ? ぷははは!! 意味分からんわ。

 ―――未来の作家先生は文章書くのおじょうずでちゅねー。

 ―――そがんもん書いとる暇あるならちゃんと練習せえ!


 

 クラスの連中や教師らの悪質な言葉の数々が頭の中に幾つも出てくる。


 一度も、読んでくれ、と頼んだことなかった。感想をそのものを求めたことはなかった。


 当たり前だ、まだ読める段階まで書き切れていなかったからだ。


 それなのに、どいつもこいつも勝手にファイルの中を覗き見て、自分でどうなるか分からない紡ぎ始めた物語を、何一つとして形どっていない世界を、たったの数行や数枚だけしかないものに評価付けられるのがたまらなく腹立たしい。


 いや最初から見ようとしもしない状態で決めつけられるの気に入らない。


 お前らの大好きなサッカーや陸上でスタート五分で相手にボール取られたから「もう負けた~」って嘆くか? スタートダッシュに出遅れたことに「最下位決定」って笑うか? ふざけるな!! お前らはそんなこと断固して言わないだろうが!!


 比べるものが違う? 話を逸らすな? 例えになってないものを言うな? ざっけんな!! 一緒だろうが!!


 形やルールや、やり方、根本の部分は全部が全部一緒だろうが!


 初めてみないと分からない、というがこの島にいる大人たちはこの島で利益にならないことに対してすぐに「諦めろ」とその、最初の発言がなかったように言う。


 夢があるという子供は言うが、「都会出て今の人生を変える」とか「何があっても実家に帰ってこれば何とかなる」とか、そんな当たり前で結局諦めている事を言う。


 ふざけるなふざけるな、ふざけるな!!


 でもお前らが達観して諦観した価値観で俺の邪魔をするな!


 確かにそれが賢くて、田舎生まれの人間にとっての常識なのかもしれない。夢を見て現実に叩きのめされない、確実で謙虚な生き方なのかもしれない。それは俺だって重々承知している。


 心の何処かにいる、理性的で現実視している俺がいつも言っている。「お前にラノベ作家なんてなれない」とささやき続けている。


 ―――でも、


 目元が熱くなってこみ上げくるもの、胸に内からせり上がってきて喉元を震わせる荒々しい感情。物理的に殴られた時よりも痛くて怖くて堪らないものが迫ってくる。


 潰されそう、押しのめされそう、壊れてしまいそうなくらい、苦しい。


 ―――それでも夢を見ていたい! そして叶えたいんだ、俺は……!!


 相反する感情の殺し合い。正しくて同時に負の感情でもあるそれは勢いが激しくて、いつ何もかもを捨ててそちらへと行ってしまっておかしくない。楽な道、確実な道、周りと合わせる多くの道、そんな道へと行ってしまいそうになる。


 だけど、それ以上にいつも心が惹かれるのは呼び寄せてくるのは馬鹿みたいに夢へと挑みたいと愚かな感情、本心だった。


 俺はいつまでも、どこまでも、子供じみたことを捨てきれなかった。


 漫画が好きで、ラノベが好きで、アニメが好きで、ゲームが好きで、そしたら自然と自分も作り手になりたいと思うのは別におかしくないことだ。


 何事も全部憧れからだろうが! 夢は夢を見てから


 心の中で何度も何度も叫んだ。


 だけど、冷静で正しくて、負の感情は幾つもの影を踏み出してそれを否定し続ける。「無理だと」「時間の無駄」「才能なんてない」とあれやこれやと俺を俺の戦意を削ってくる。


 ギシィ、と噛み砕くような歯ぎしり、そして。


「うっせえええんんだよ、クソがあぁ!!!」


 堪らずに叫んだ。喉が潰れるほどの声量で、夏のうるさい蝉の声をかき消すほどに大きく叫んだ。


 俺の邪魔をするんじゃあ―――


「うわ!?」


「オワットト!?」


 突然、俺の背後から誰かの声が聞こえ、続けて叫びそうになった所が奇声に変わる。慌てて振り返ると、そこには自転車に乗った梶田の姿があった。目を丸くして驚いた顔をしている。


「どうしたの? ……あれ、泣いてる?」


「っ!! べ、別に泣いとらんわ!」


 慌てて顔を逸らして、涙を拭い去って虚勢を張る。それでも大丈夫? と心配そうに声を掛けてくる。クッソ、コイツに情けない所見られた、一生もんの不覚。というかいつから、どこから見ていやがった?


 何とかメンタルを羞恥と怒りと疑問の混ざった感情によって弱気が消えて、普通の状態へと無理矢理立ち直らせて、梶田と面と向き合うことに成功させる。梶田はそれでも俺のことを不安そうな顔で覗きこんでくる。


「いや、お散歩したら君の姿が見えたからさ、もう今日は終わったのかなって思って後追いかけて呼ぼうとしたらいきなりスピード落として、叫んだだもん。ビックリしたよ」


「うっせえ、バカチュン。喋んな」


「なんでさ!? ひどいよ!」


 心配したのに、っていう梶田の言葉を無視して、顔を背ける。


「今日はもう終わったの?」


「そがんやばってん」


「……なんか嫌なことあった?」


「べっ、つーに」


 話す気は全くない。コイツに話すくらいなら今すぐ戻って吉田と血で血で洗う殺し合いをしていた方が断然いい。


 絶対口にしない、という俺の態度に梶田は「なにさ、人が心配してやっているのに」とふくれっ面を晒す梶田はしつこくも、教えてくれてもいいじゃん、と言う。


 なんで触れてほしくない話に興味を示すかねコイツは。引くことを覚えろっての。と内心で毒づき、無理矢理話題を切り替える。


「そるよか、お前は何しとたん? 今日は外出てよかっか?」


「あ、うん。そうだよ。昨日はごめんね、遊べなくて。もうお母さんが心配症でさ。大丈夫っていうのに、それなのに家に閉じ込めるって酷いよね。ようやく外で遊べるのに!」


「それを言うなら『せっかくの旅行なのに』だろもん。あるいは『今日は外で遊べる』やろ。『ようやく外で遊べる』ばなんかおかしかろ」


「え? ……あ、うん。そだねー。あはは」


 俺が指摘すると一瞬きょとんした顔をする梶田はやがて自身の発言の間違いに気づいたようで笑って誤魔化してくる。


 どんだけアホなんだよ。方言で喋る俺よりか話せないないじゃあねえのかコイツ。


 あ、そうだそうだ、とわざと誤魔化そうとして話題を逸らしては、自転車の籠に入れたバッグから何やら取り出そうとする。


「はい、これ。見てくれるかな」


 スケッチブックだった。それを俺に手渡してくる。一体なんだ、と顰める俺に梶田、いいから中身を見て、というようなニコニコした顔を向けてくるので、俺は取りあえずページをめくってみる。


 描かれていたのは見覚えのある場所の風景画。この島で梶田が描いてきた絵だった。


「ふぅ~ん、絵うまかなゃー、お前」


「そこじゃなくて、もう少し進めてみて」


 何か企む顔をして言う梶田の望み通り、風景画のページをめくっていく。どれもこれもなかなかいい出来栄え。正直絵が下手な方である俺としてはうらやましい。もし、これくらい絵が上手かったら漫画家をめざしていたかもしれないと有りがちなことを思っていると、とあるページに手が止まる。


 これまでの描かれてきた風景とは異なり、キャラクターの絵へと切り替わった。それは黒髪の少年。軽装をしており、黒い本を片手に持っては持ってない方の手を前へと出して魔法でも放ちそうなポーズを取ったもの。


 次のページを開くと、今度は少女。初めてカレーパンを食べているような驚きに満ちた顔した、人形のような少女だ。


 次のページも、次のページも、次のページも……合計で七ページほどのキャラクターの絵が描かれており、そのキャラクターらは今まで観たことのないキャラのはずなのに、俺にはそれらには既視感があった。


 これか。


「俺の小説のキャラのキャラデザか、これ?」


「きゃらでざ? うん、夕弌君の書いている小説のキャラを私なりに想像して書いてみました! どうよ?」


 最初分からないというような顔したがすぐにドヤ顔かまして言ってくるのだ。


 そう、それは俺の小説『BLACK STORY』のキャラクターだった。俺は絵なんて描かない。描いた小説に挿絵なんて流石に恥ずかしいことはしない。


 つまり梶田は俺の小説を読んで、そこからこのキャラクター達を描き起こしたってことか。


「お前、凄っかな……」


 呆然としながら梶田の方を見る。


「昨日引きこもってこれ描いてたばってん」


 間違えた方言をドヤ顔で自信満々に言う。


「ばってんはそがんは使わんわ」


「え? 語尾に付けとけばそれでオールオーケイじゃあ?」


「それ誰から聞いたん?」


「恭和君」


「アヤツがこっちの方言知っとるわけなかろもん!」


 え、そうなの? と本気で驚く梶田に呆れてつつ、俺はもう一度絵を見直してみる。


 流石に俺が想像していたものとは少し違いはある。それはそうだ、たったあれだけの、最低限のキャラとして説明ができているのかどうかすら自分でもよく分からないのに、ちゃんと書いている分だけ特徴は捉えてキャラを描かれている。


 素直に凄いと思うし、俺の作品のキャラが描かれているのが嬉しい。


「気に入ってくれた?」


 絵を夢中で見ていた俺に対してムカつく笑顔で訊ねてくる。素直に言う気なくなるが、それにコイツを褒めたら付け上がりそうな予感がし、「まあまあな」とだけ返す。


「そんなこと言って。さっき「凄っか」って褒めたじゃん」


「気のせいやろ。あるいは樹の精やろ。この島って時々精霊出るけんね」


「そうなの!?」


 ほへ~、と適当に言った事を素直に信じる梶田に「そがんそがん、死んでいった人の魂が精霊になって見守っとるけんね」とちょっと有り得そうなことを適当に吐く。


「私も精霊になれるかな?」


 周りを見渡しながらまるで精霊を探すかのように首を振る梶田は少し落ち着いたトーンで言う。


「さあ? お前は精霊とかじゃなくてただの浮幽霊とかじゃなかと? 落ち着きなかし」


「そうかな? でも呪縛霊じゃなきゃあ何でもいいかな。憑き霊でも浮幽霊でも。その時は夕弌君と恭和君のどっちか遊べるに行けるならいいかな」


「……お、おう」


 からかったつもりで言ったつもりで「なんだと、ひどいよ」の突っ込みの言葉を期待していたのだが、梶田は真面目かつ恥ずかしいことをさらと言われた。何も言えなくなった。


 パン、とスケッチブックを閉じて、梶田に返す。受けさる際に、


「……まあ、その、あんがとな、キャラ描いてくれて」


「え? あ、お、おーう? ……まーね!」


 突然の礼を言うと物凄く曖昧な返事で応えると後から自信満々に受け取った。その言い回しに、「なんだ、それ」と吹いた。笑う俺に対して梶田はいやいや、と首を振る。


「いや、いきなし礼を言うからさ、驚いちゃって。でも、こんなで良かった? 私としては自信満々だったけど」


「まあ、大体は想像通りやけんな。それに俺の作品のキャラば上手く描いてくれただけ嬉しかよ。そりゃあ。まあ、お前の絵が下手やったら馬鹿にされとると思って殴っとったばってん」


「ひどいな!?」


 絵が上手かったけんよかったな、と笑うと「下手でも殴らないでよもう」と不満気に返して、コロッと顔を変えて何かに期待するような顔をする。


「で、続き楽しみにしているよ。私あと二週間くらいだから。それまでに書き上げてほしいな~、なんて」


 照れた調子で告げてくる梶田に俺は少しだけ固まる。


 何とも言えない暖かい感情が少しだけ胸の内に起き上がってくる。


 ずっと欲しかった言葉が、ずっと欲しかった応援の言葉が、今の俺の心に強く沁みた。


 それを言われたのは二度目だ。一度も嬉恥ずかしくて、けど今度は、胸の所に熱く、優しく、それでいて救われたような感覚だった。


 嘲笑うような笑いじゃなくて、ちゃんと読んだ上での面白い。続きを期待している言葉が何よりも嬉しかった。


 夕弌君? と固まって何も言わない俺を不思議に思った梶田が顔をのぞかせてくる。俺は慌てて言葉を竦む。


「あ、いや。……あんさ、梶田。お前、俺の小説面白かったか?」


「もちろん! 面白いし、あと、……感動した!」



 感動? と言われて、そういえば前に同じような言われたと思い出していると、梶田は同じようにして言葉を紡いでくれた。


「これこの間も言ったけどさ、私感動したんだ! 目の前の同世代の人がさ、小説を書いているって、なんか、凄いことじゃん! 汚い字で読みづらかったけど、でも、その分何度も消したり、書き直したりの部分がいっぱいあってさ。それだけ本気だって伝わってきたもん。『ああ、この人一生懸命にこの小説を紡ごうとしているんだな』って。いっぱい考えて、いいっぱい書き直して、それで少しずつ書き続けていったんだな、って読んでて思った。話もワクワクドキドキしてすっこく面白かった」


 そう目をキラキラさせてこんな作品は他にはないと言わんばかりの大袈裟な言い方だった。


 嬉しかったが、少しオーバーだろう、そんなことないだろと思った。俺は使えないが、今時Web小説サイトなんてゴマンとあるし、そこでは俺と同じくらいの年で俺よりも面白くて人気のある作品を書いている奴なんて何百人だっているだろうに。


 それを知らないで言っているのか、それとも知っててそれを言っているのか、俺には分からない。


 ただ、今の俺は素直に梶田の言葉を捻くれずに聞き入れたかった。ただ馬鹿にされて否定するだけの悪意のある言葉よりも、彼女が、俺の小説に向き合ってくれた読者の言葉をきいていたかった。


 ただの慰めかもしれない、惨めに言い負かされた豆腐メンタルが承認欲求で満たされたいだけなのかもしれない。


 それでもいい。今のは俺には敵じゃなくて、認めてくれる誰かが欲しかった。


「才能あるよ、夕弌君は。私にはちゃんと小説を書けて夢を叶えようと今日をちゃんと生きている人にみえる。そういうのすっごくカッコいいと思う!」


「……それはどうも」


 流石に褒め過ぎだろう、と思って視線を逸らした。頬が熱くなるのを感じる。夏の暑さとは違うものだと分かる。


「それでファンとして、喜んでもらえることって考えたら、こんなことかなって。ファンアートってやつ?」


「よく知らんばってん、ファンアートの使い方間違っとんじゃなかと?」


「え、そうなの? ファンがアートしているんだよ? ファンアートじゃん」


「……そがんばってん」


 そんなガールフレンドって言葉を「女の子」で「友達」の単語で分けたような言い方……。いや、確かにそう言われればファンアートなんだろうけど。なんか少し釈然としない気持ちなるがまあいいと割り切る。


 アホと会話したことで照れが消えた。ふー、と浮かれた感情を落ち着かせて、冷静さを取り戻して、先程の落ち込んでいた弱い虫をかっ飛ばす。


 ちゃんと俺を見てくれているぞ、俺の事を信じてくる人がいるぞ! ここに。


 例え相手が結構頭が抜けたアホな奴でもそれでも俺の作品を推してくれる人がいるそれだけで支えになる。


 満たされる気持ちから意欲へと変わる。そして書きたいという気持ちに駆られる。今なら残っている部分を勢いだけ書き上げられそうな気がした。


 そして、もう一度梶田に最終パートを見せて、ついでに仲村にも読んでもらう。そして感想を読んでもらって……。



 ―――そこで終わり。一時の喜びに悦に浸ってそれで終わり。



「ッ!」


 そいつはいつも俺の心の中にいて、俺の心を一番削いでほしくない時に確実に削ってくる。心に蔓延り、巣くう正しくて理性的な負の感情。この島の人間達に共に強迫観念でガチガチ固めて、生まれ育ってきたソイツは俺自身が夢を見続ける以上どんなことがあっても俺の味方をしない。


 覚悟したのに、たった一言で俺の心は大きく揺れた。そうだ、今のままでは少しの承認欲求を満たして終わりだ。


 それでは駄目だ。それじゃあたたの逃げ道で、甘えだ。また吉田や桜美達に馬鹿にされたら同調し正しくて理性的な負の感情の俺の言葉に振り回されて、また泣き入るだけしかなくなる。吠えて、夢にしがみつく、だけの負け犬に。


 自信が、証明が、結果が必要だ。


 自分を、そして周りを認めさせる決定的な何かが必要だ。


 それにたぶん『BLACKSTORY』では駄目だ。それを一冊目書ききっただけでたぶん駄目だなんだと思う。


 あれはもうすぐ書き上げることができてもそれは完結ではない。あれにはまだ書きたい先の物語がある。書いているうちに次の話を何となく思いついてきたのだ。だから長編になる。一冊だけでは収まらない。


 一冊目を書いたという事実だけは俺自身に大きな自信になるかもしれないが、自己満足とかでの話だ。周りを認めさせる結果とはいい難いかもしれない。


 ならばなんだ? 何をしたら周りを認めさせることになる? 簡単に言えばそれは賞を取ることになるが、俺にはそれだけはできない。したくても絶対にできない。


 原稿を書くためのPCを俺は持っていない。手書き原稿が衰退してしまった今、全ての小説の投稿はPCで打った原稿のみ。絶対に不可能なのだ。


 結局俺には結果を残す手段すら何も持っていないのだ。精々、今みたくルーズリーフに書き殴ることしかなかった。


「どうしたの?」


 突然、黙り込んで考え込んでしまったことに不審に思った梶田から声をかけられて、ハッとする。なんでもない、と誤魔化しながら遠くを見る。


 どう頑張っても抗えきれない世界。漫画などである田舎キャラも自分のやりたいことはできず不満を漏らすのに、主人公が『世界に不満ぶつけるだけの臆病者。待っているだけで行動を起こせない奴は永遠にチャンスがこない』とか何とか分かったような偉そうに言うが。


 俺の現実は『行動自体も零のようなもの』で『本当に世界が悪い』のだ。


 道具も周囲も、そして自身の心も。叶えるための買える金もなければ、周囲から冷たい瞳のみ、そんな中で永遠と現実と夢の差に自身の心も蝕み、周囲が馬鹿にしてくるという冷遇に、自身の中に燃え続ける、諦めきれないという意地悪さは擦り減らされていく日々。


 我ながらも諦めてしまえば、もう現実だけみて生き行けば、そうすれば周囲との関係も改善するのに、……どうしてもそれができないのだ。


 何度か想像してみたことはあった。今の作品、『BLACKSTORY』書く前に何度も書くのが失敗して、途中で筆をおいてしまった作品ら。もう自分には才能がないからやめてしまおうと思った。そんでもってまた桜美達と仲良くやって、高校行って、就職する。漫画も普通に好きなだけで作ろうとは思わない―――


 ―――ああ、駄目だ。それだけ思えない。思わない。


 何度も何度も想像してみて、その度に同じ答えに辿り着く。


 それは駄目だ。それだけ駄目だ。


 頭の中に思い浮かべる俺の姿はただ流すように笑っている。周りに合わせて笑っている。面白い面白くないじゃない、ただ愛想笑いで心から笑っていない。ただ日々をのうのうと過ごしてだけの生きるだけの人形のようにしか思えない。夢も希望も何も見ていない退屈の日々。死んでいるかのような灰色の世界にしか俺には思えてならなかった。


 小説書きたいと衝動があって、物語を、自分の世界を創りたいという欲求があって、好きなものを好きだと胸張って言いたくて、そういった感情が……何と言うか。


 生きたい。


 そう、生きることそのものとして必要なものだった。小説を書きたいというのが俺にとっての世界で、生きる意味のようなものだった。大袈裟かもしれないけど、名作を生み出す大作家のような考え方もしれないけど、今の俺にはそれに似たような感覚。


 周囲に合わせて好きなものを捨てて死んだような生き方と、

 周囲と仲違いしても好きなものを貫き通して無様に死ぬというならば、



 ―――俺は後者を取る。



「ねえ、本当に大丈夫?」


 梶田からも一度訊かれて「あん」とどうでもよく返事をする。


 小さく息を吐いて、極端な考えは一度やめて気持ちを無理矢理切り替える。


「どがんする? なんか用あっとか? 今から仲村ば誘って遊ぶとか?」


 何でもないいつもの調子で梶田に訊ねる。すると、梶田はうーんと目を逸らして少し考えるような顔をする。いつもなら秒で飛びつく友達と遊ぶことに飢えたヤツなのに珍しい。何か用事でもあるのか?


「? 別に用事があっとならよかばってん」


「? 特に用事とかないけど」


 なんでそんなこと言うの? ときょとんされた。どうやら俺の早とちりだったらしい。


「なかならなかでよかばってん。ならなんね、遊ばんと? シャークネード観らんと?」


「シャークネード? いやそれは置いておいてさ。あのさ、ちょっといいかな?」


 神妙な顔になる梶田、思わずこちらも構えてしまう。なんだ、何を言い出す気だコイツは?


「あのさ、私と一緒に作品作らない?」


「………は? ……えーとバグマンでもやっとか?」


 思わず頭から出たことでそんな言葉で返した。よく咄嗟に反応ができたと自分でも驚いた。梶田は照れたように誤魔化すような笑いで返す。


「あ~、別にそこまでのことじゃなくてね。私は絵が描けて、夕弌君は文字を書けるからさ」


「文字を書ける……喧嘩売ってん?」


「あ、そういう意味じゃなくてね!! えーと、なんていうんだっけ? ……字を書ける」


「字を書けるってお前さあ」


「じゃなくてさ! えーと、なんていうんだっけこういうの?」


「普通に物語を書けるでよかろもん」


 ちなみにバグマンの誘い文句は「文才がある」だった。……文才か、それは言わるのは少し抵抗あるな。照れるといったような意味合いじゃなくて馬鹿にされている気分になる。


 それはたぶん、俺の実力を俺自身が認めていないから。お世辞にも俺には文才の言葉は重い。


 心情知らずに梶田は俺の言葉に大きく頷いた。


「そうそう、それそれ! だから二人で何か一つ作品作ってみない? 何というかさ、思い出の品、といえばいいのかな?」


「思い出の品?」


「うん。ここで会ったのも何かの縁っていうか、形のあるものを作って残したいの」


「ああ、何となく分かった」


 言わんとしていることは分かった。ようは記念品みたいなものが欲しいのか。


 例えば旅行できた子供が海に来た思い出で貝殻を集めてネックレスにするようなことを親戚の子が遊びに来るたびにそんなことをする。


 コイツにとっては俺との合作がそれってことになるのか。


 梶田は、駄目かな、と不安そうな笑顔を向けてくる。


 俺は少し考えた。梶田の提案はそれこそただの何かの漫画じみたことだった。別にバグマンみたくコンビを組む訳じゃない。ただの……共同制作とでも言えばいいのか。


 ふっと思わず鼻で笑ってしまった。俺の態度に「なにさ」とムッとした顔をする梶田。別に馬鹿にしたわけじゃない、むしろその逆だ、俺にはどうしようもないくらいにそれが魅力的な案だと思ってしまった。


 密かに夢見ていた誰かと一つの作品を作るというオタ活に、俺の心はこれ以上なく踊っている。


「良かよ、一個作品作ってみっか」


「ホント!?」


 やった、と喜ぶ梶田を見て、ふと思う。


 これが何かが変わるきっかけになれば、と。


 結果を出すために、周囲に認めさせるために、俺は彼女と何かを作ることに挑戦してみようと。


 そして、根本的に弱い自分を変えよう。


 周囲の言葉に首を振って囁き続ける理性的な自分に抗おう。


 何も言い返せずにいる本音を叫ぶだけの自分にちゃんとできることを教えてやる。


 いつか周囲のふざけた目も変えてやる。


 俺の夢はラノベ作家だって。


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