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黒歴史(カラーノート)  作者: 三概井那多
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田舎に集まりし、面倒臭い僕ら(オタクども)1


 これは黒歴史進行型物語


第一色 『書きたい衝動に駆られたい夏、イケメンがやってきた』



 田舎の中学というヤツは基本、都会と違ってテスト期間の午前だけテストを受けたら帰っていいことにはならない、午後からも普通に授業がある。下手すると、昼休み中をぶっ潰して、最速で赤ペンを走らせて『俺スゲエだろう』とどや顔かましてくる教師から答案が返ってくるくらいに授業は当たり前のようにある。


 六時間目の授業は数学という、丸付けには国語や社会に比べたら作文や説明文といったものがないため比較的簡単な教科で、ついでに自分大好きの柿原先生が生徒から「先生スゲエ!」と尊敬の目と称賛の言葉を耳にしたいばかりに張り切るのだ。


 柿原先生は大変ご満悦な状態で回答の解説兼答え合わせをして、余った時間は明日以降のテスト勉強や昼寝をしていい自由時間になった。


 教室の皆、それぞれ動きをみせる。明日の英語のために教科書を出して復習する者、数学の回答に不備があって柿原に訂正を要請するもの、寝るもの。友達とおしゃべりをして―――関係ない話をすんな―――分からない所を教え合っているだけだぞ―――明日のテストで保健体育はないぞ、尻の話もおっぱいの話も今は関係ない―――カッキー、それセクハラ。などと愉快に馴れ合っては見聞を広めるもの、人それぞれ動きを見せる。


 そんな中一人、俺、杉田夕弌はルーズリーフにシャーペンを走らせていた。


 一見、テスト勉強をしているようにも見える姿勢であったが実は違う。俺は自由時間を貰えればテストのために、受験のために、と学業に勤しむほどの賢い人間ではない。もっと愚かな人間だ。


 ルーズリーフに書いていたのは俺が今執筆している小説についてだ。


《BLACK STOREY》


 俺が今書いている小説のタイトル。


 主人公クロヤは資金が底に付いたため金に困っていた時、近くにある遺跡に財宝があるということ知り、一攫千金を夢見てその遺跡に入り込んだ。


 するとそこには新米トレジャーハンターのカラー、そして世界に存在する魔導書を管理する組織集団《図書館(グリモワール)》と遭遇する。


 狙いは遺跡に封印された世界最初の魔本《黒の魔本(ブラックス)》だ。


 クロヤはカラーと協力して図書館から出し抜いて《黒の魔本》を手に入れることに成功し、図書館側は《黒の魔本》を賊から奪われたことに怒りをクロヤ達から取り戻そうとして人間型兵器《No/96》を発動、クロヤ達に襲い掛かる。


 ピンチに訪れた瞬間《黒の魔本》はクロヤを所有者と認め、その力を発動させ《No/96》を打倒し、図書館から逃げ出すことに成功した。


 その後。その後……、その後………。その…………あと?


 ……そこまでは考えて何とか書くことに成功した。


 これで大体半分を超えた、前半の山場を越えた辺りだと思われる、少なくとも俺はそう信じている。執筆活動という名の黒歴史制作を始めて約一年、これで六作目の作品にして初めての当たりの感触。書ききれるというゴールが感じさせる作品だった。


 前の五作については、


 一作目は冒頭部分を書けたが続かずに挫折。


 二作目、主人公を二人して別の方向性を同時進行させ「同時進行で書ける、俺スゲエ」という柿原先生並みの自信を以て、まとまらずに挫折。


 三作目は二作目の失敗から学びちゃんと考えてから書こうとして、頭の中でストーリーを練るだけ練って、それだけで満足してしまい書かずして挫折。


 四作目は三作目の失敗から、何も考えずに好きなように書き始めたのはいいが言葉と表現が見つからず、あれこれ悩んで疲れ果てて挫折。


 五作目はある程度まで書いたのはいいが、ちょっと出来を確認してみようと読み返してみて、誤字の多さと文のゴミさに嫌気がさして挫折。


 そして六作目の現在。


 ……何だか、『六作目』とか表現すると五作品も作ったような気もするがまだ一作も書けていないのが現状だ。


 執筆活動を始めたばかりの人間(アホ)によくある挫折を味わい続けた俺がついに、初めて、書ききれる感を匂わせるものだったのだが、……そこで筆が止まってしまった。


 そこから先の内容を考えていない。


 元々、ファンタジー……ダークファンタジー系と言うべきか? とりあえず、ある日主人公が呪われた力を宿した伝説の武器を手に入れてしまう。その武器は世界を壊すほど巨大な力を秘めている危険な代物だから、所有者である主人公ごと殺してしまおうと考える警察機関と、その力が手に入れて世界を終わらせたい悪の団体。その二つの組織に板挟みされて逃げながら、その武器をもう一度封印してしまおうとその方法を探す主人公。……的な内容で考えていたのだが、手に入れた段階で詰んだ。この後どう進んでいいのか分からない。


 ルーズリーフに書いた『どうする?』の自問の文字をぐじゃぐじゃと書き消し、はあー、と息を吐いた。


 俺はこれまでの執筆では思い付いた設定、妄想をそのまま反映させてきた。その場で思い付いたこと書く。勢い任せの行き当たりばったりのもの。


 それでも十分形としてなっている、とこれまでの五作の失敗を振りかって思った。


 その経験上で分かったことはとりあえず、ペンを動かせ、だ。


 書かなきゃあ始まらない。書かなきゃあ読めない。書かなければ小説ではない。


 当たり前のことだが、その当たり前が出来ていないのが現状の俺だ。


 頭の中で妄想して、文にして書き起こす。文章は一先ず気にしない。箇条書きでいい。台詞だけでいい。上手い描写も書こうとせずに『笑った』『泣いた』『怒った』『殴った』『蹴った』ので簡単に書け。状況だけ書け。


 まずは流れを創れ。


 事の始まりから終わりを書け。そして入れたいシーンやこういった場面展開をしたいと書いてみる。そして、読み返してみて、細かく書き直してみる。表現を変える。言葉を変えてみる。


 これが俺の書き方だった。


 正直このやり方が正しいかどうか分からない。もっとうまいやり方や資料を集めて綿密に書くやり方だってあるのかもしれない。でもまあ、執筆方法など人それぞれであるし、モチベーションが上がって筆が乗っている時だけ書きたい、という日だってある。


 五回の挫折をしてなんとなく書くことに対する、やり方の片鱗というか、自分スタイルとして何かを掴んだ感触としてはこれが一番だった。


 だから前半部においては起承転結の流れみたいなのは頭の中に出来上がって、それを無我夢中で書き綴ってきた訳であるが、………後半部のことは何も考えていなかった。


 いや、全く考えていない訳ではない。やりたいこと、ヒロインの関係の進展とか敵との対決といったこと。……だけど具体的にどうすればいいのか分からない。


 次の展開に悩んでいるせいでグタグタと一か月近く止まった状態で、四苦八苦しているのだ。


 つまり、俺は絶賛中二病真っ盛りの小説という名の黒歴史を恥ずかしげもなく、堂々と皆のいる教室の中で、中学三年という受験前の一番大事な時期でありながらも、黒歴史を書くがために情熱を注いでいる、痛い奴でヤバい奴で、どこにでもいる大馬鹿野郎なのだ。


 そんな奴だったせいか、田舎特融のクラスメートにして、九年どころか下手すると十五年も付き合いのある幼馴染、全員からも奇異な目で見られてしまって敬遠されてしまっている所がある。


 現実逃避している、下らない小説書いている痛いヤツ、相変わらずの訳の分からないヤツ、と。


 まあ、そのことには何も否定はしねえよ。大人になった有能なクラスメート達よ。子供で無能な俺は小説でも書いて大人しくしているわ。


 そう、内心で強がって開き直ってみせることくらいしかできない。


 そんなこんながあって、誰も俺の相手をしなくなったし、俺も誰かと接することに対して諦めた。


 別にいじめとかそういうのはない。ただ、なんというか、……年を重ねる毎にできてしまう溝というか壁というやつが。つまらない意地と意地の張り合いというか、子供と大人の成長の壁か?


 幼馴染で友達だったのを、ただのクラスメートへとなったのは。思春期特有の大人と子供との境界線を引いてしまったのは……。


 ………まあ、具体的にはポケモンをまだやっているかもうやっていないかが始まりだったか。


 うん、我ながら起きた出来事が幼稚過ぎる。そんなの小学生のうちに済ませておけよ、と言われても仕方がない。


 ポケモンが大好きで未だ続けている俺と、ポケモンが子供っぽくてダサいとやめていったクラスメート。そこから始まり、アニメや漫画に固執する俺と離れていくクラスメート。オタクに近づいていく俺と、リア充やらヒエラルキーの順列を作っていくクラスメートとそんな感じに離れてしまったのだ。


 つまりは、クラスメート達の心がポケモンから離れていく最中、一人ポケモンをプレイし続けた俺を見た奴が「ポケモンなんてまだやってんのかよ。マジでガキだなお前」とからかいの一言と、それに釣られて笑ったクラス全員に対して、怒りを覚えた俺は一種の、というよりも一方的な決別をした。


 どうでもいいが、ポケモンは本来、木曜日のゴールデンタイムでのアニメらしい、俺の住む田舎では二週遅れた上、日曜の朝に放送されている。しかも最近では特撮の時間も変わってしまい、時間が被るというふざけた事件もままならない。片方リアルで片方が録画だ。


 あまりにもくだらない、幼稚過ぎる決別だと思われるかもしれないが、多く人間はこれと似たり寄ったりの道を辿ってきているのだと思う。たぶん。


 そして、幼馴染の友達はいなくなり、ぼっちとなった杉田夕弌はオタクとして生きていくことなり、自分も作り手になりたいと思うようになったのも別段おかしいことではない。絵が描けないから小説を書こうと思って書くことになってもおかしいことではない。おかしいことではないのだ!


 むしろ、この安直な考え方が典型的な夢見がちな中二病オタクとしては普通だ。


 そして現状はルーズリーフにあれらこれらと書き綴っていき、ペンは止まり、少し頭を悩ませている。テスト中にアイディアが思いついたといっても、対したものではない。


 クロヤとカラーが図書館から逃げきった時、倒して使い物にならなくなった図書館の連中から斬り捨てられた『No/96』。戦う兵器でしかなかった少女をクロヤ達と過ごすことで人間の感情というものを学んでいく。その後、なんやかんやで図書館が『No/96』と《黒の魔本》を手に入れようとするが、クロヤ達が何とか撃退してそれでお終い。


 で次の二章に続くみたいな王道展開……あまりにも王道過ぎることに俺は頭を悩ませていた。もう少し何かしら捻りのようなものを入れた方がいいのか、あるいは第一章はこのまま王道展開を書き切ってから、第二章目から展開を発展させるべきか。ならば第二章についての先行きを考えつつ、それに合わせて第一章を書くか……などと最初の段階でプロットを作っていれば大体は解決していた問題に頭を悩ませていた。


 さっき俺の書き方だ、と変に恰好つけたけど、猪突猛進で書けば何とかなると思っていたけど、……無計画なのは後が辛い。


 後悔と反省をしながら、頭を切り替える。


 俺が現状で悩んでいるのは、要約すると起承転結の「転結」の辺りを模索しているのだ。いや、王道寄りに進めるのであれば、別に今ある案、『No/96と和解して襲い掛かる図書館の連中をどうにかする』の展開で、これであらすじであり、大まかなプロットは出来ているとも言えるが、何かしらのプラスや捻りを入れたいということはクリエイター誰しもが持つ作品に対する真摯な想いであり、『これが自分の作品だ』と胸張って言いたいがための考えだった。


 読み手には分かりにくく、伝わりにくいであろう書き手の気持ち。


 など熱いこと言っても、俺の作品が自分以外の誰かに読まれることは今のところその予定はない。


 それは作品が出来ている、出来ていない、の話ではない。


 『BLACK STOREY』は前半部だけとはいえ一応読み物としてはなっている、……少なくとも俺自身はそう思っている。なので、読むだけなら問題はないし客観的な意見も聞きたい。


 ……問題はその相手がいない。


 もう気の良い友達も仲のいい幼馴染も存在せず、いるのはクラスメートという名の赤の他人だけ。しかもオタクを馬鹿にするタイプの輩で読んではくれず、ただ馬鹿にされ、例え、憶が一の可能性で読んでもらったとしても癪に障るような物言いで馬鹿にされて終わるに決まっている。


 どっちにしろ、馬鹿にされる。


 教室で奇異な目で見られながらオタクであろうと、小説を堂々と書く強い鋼のメンタルを持つ俺でも、流石にそんな風にされたら自殺について真剣に考えてしまう。


 なら、近くの者が駄目ならば投稿サイトに出してみるというのが今の社会の一番の手であるが、生憎それはできない身の上だ。


 俺こと中二病少年、杉田夕弌は、家にパソコンはおろか自分のスマホすら持っていない、典型的なド田舎の中学三年生。来年高校入学祝いとしてしか買ってもらえないタイプの人種。都会のモンペアから甘えに甘やかされて中学どころか小学生の頃から持たされている輩(偏見)とは違うため、投稿サイトに小説を投稿なんてできず、そんなことは夢のまた夢の話。


 小遣いと呼べるものは年に一度のお年玉か、お盆にきた親戚のおじさんたちの「お母さんに内緒だよ」の、あれらぐらいしかなく、それも合わさっても三万を超えない微々たるもの。それもクソ兄姉貴らから「金貸して」の一言で搾取され、半分しか残らない。貸したものは当然返ってこない。兄姉らは弟妹に対して「貸して」=「もらう」が正しい日本語だと思っている生き物だ、ありゃあ。


 誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも小学生の頃にはもう存在しない。精々、祝いの席用のご馳走とケーキがあるくらい。


 アニメを見たくとも、限られた田舎チャンネルでは土日のゴールデンタイム、スーパーヒーロータイム、Eテレ系、ノイタミナ枠、よく分からない基準で抜擢された深夜アニメが一枠、くらいもの。BSCS系のケーブルはもちろん契約していない。最近のアニメが見られるのは都会へと就職した兄が定期的に録画をブルーレイに焼いて送ってくれたりする。ワンクールもツークールも遅れのもの。


 本やゲームといったものを買いに行くにも離島であるため、本島へと定期船を使って、島を渡って町に行くしかない。そこもイオン、ゲオ、TSUTAYAの三店のみ。しかも発売日にすらまだ店に届いてないことの方が多い田舎っぷり。


 そんな中で友達もおらず、ただ一人ゲームをして、漫画を読み、小説を書く姿は、まんま田舎系ぼっちだ。


 しかもこれはこれで楽しくて仕方ないんだから困る。


 何故なら他人に気遣うこともせずに自分のやりたいようにやれるので、楽しくて仕方ない。むしろ、クラスメートと友達だった頃よりも充実した気分だ。


 そのせいでさらに孤立が悪化するのだが、元々爪はじきしてきたのはあちら側の方だから戻るに戻る道、帰るに帰れる道なんて元から存在しないから悪化もクソもない。


 あ、別にフォローとかそういうのではないが、さっきも言ったがこれは別にクラスメートからいじめている訳でもないし、俺自身もアイツらからいじめられているとも思っていない。


 生まれ育ってから一緒に過ごしてきた仲だから。多少は人によっては愛着や感傷は存在する。


 現に昔ながらのフレンドリーさで接してくるクラスメートと普通に話したり、一緒に馬鹿なことだってする時もある。


 けれど、どこか致命的な温度差が違うため、俺もアイツらも時々どう接すればいいのか分からず、互いにすれ違ってしまい、互いにその態度に不満を覚えて、ますます離れていく。


 俺とアイツらとの溝はあるだけで、特段いじめではない。それは俺もアイツらも分かっている。


 キーンコーンカーンコーン、と学校中に響く渡るチャイムの音をして、柿原先生の「授業終わるぞ」の一言で教室にいたクラスメート達は静まり、クラス委員の号令とともに本日の授業は全て終了した。


 後は担任がやってきてSHRを終えれば本日の学業は終了だ。


 ………結局俺の執筆のアイディアについては止まったままだ。


 仕方ない、帰ったら今のままでとりあえず書き始めてみるか。書いているうちに何か思い付くかもしれないし。


 結局のところ、今の俺には書いて進むくらいしか方法を思い浮かばなかった。


 ルーズリーフをファイルに入れて帰り支度を始め、担任が教室にきて「明日テストために帰って勉強しろよ」とのありがたい小言を頂いてはSHRもすぐに終了し、機敏な動きで教室を後にして、学校の自転車置き場へと足を運んだ。


 テスト期間のため部活はなし、そうじゃなくとも三年である俺はとっくに引退している身だ。真っ直ぐ家に帰ることになんら躊躇いもない。一緒に帰る友達も存在しない。


 荷台の紐を解いて、頭にヘルメットを被りカバンを荷台積み紐で縛って自転車を乗り込み帰路へとペダルを漕ぐ。


 暑くなり始めた初夏の時期はまだ自転車で切る風が涼しく感じるが、これが八月になると涼しさなんてない。焼けたコンクリは焼肉の鉄板の上と変わりなく、また自転車の椅子の黒い部分は尻を焦がすほど熱い。何らなら今でも十分熱い。暑さと空を切る風ならば、暑さの方が断然上だ。


 去年あたり、というか毎年のようにテレビで真夏の暑さで日陰に隠さずに、太陽に照らされた自転車で目玉焼きやポップコーンを作れるかの実験こと特集していたことがあったぐらいだ。たぶん、それと同じものを見たんだろう、自由研究でクラスメートの一人がそれと同じことを発表していたことを思い出した。


 ペダルを漕ぎ始めて数分、道は基本的にどこまでも田んぼや畑、山ぐらいの景色しかなく、時々民家が立ち並ぶ田舎道。


 この島は呉郷俵島という。


 学校を中心にすると西側は商店街へと繋がる道と、東側の畑と山がそして漁協が栄える港町へと繋がる道に別れている。田んぼや畑と山しかない道を行く俺はもちろん東側の道の人間だった。


 右を向いたら山側。左を向けば畑、そしてそのさらに左には幾つかの段差が出来て、海が見える。


 学校から家まで自転車で二十分ほどかかる。


「あ! おーい、すいません!!」


 と、突然このまま真っ直ぐ進んだ先の別れ道に、こちらへとやってくる俺を見かけて片手を大きく振り、大声を出して俺を呼び止める少年の姿が。


 俺はスピードを緩めつつ、その少年の前で自転車を止める。


 誰だ、コイツ。


 田舎なので大体人間は顔見知りなので、知らない人間を見れば大体余所者だということが分かる。目の前の少年に俺は身に覚えはない。


 少年の見た目からした年齢は俺とさほど変わらないもの、同い年か一つ上くらい。有名ブランドと思われるカッコいい青いTシャツと黒いショートのカーゴパンツ。赤のスニーカーの少年。顔立ちは整っていて見るからに田舎者よりもスラっとした細い感じの、まさに都会の人間といっていいタイプの顔をしたヤツだ。


(夏休みにはまだ早かし、……誰か死んだっちかい?)


 田舎に余所者が来るのは大体、長期休暇の帰省にくる奴か、親族の葬式、法事くらいのもの。夏休み前の平日の昼間に自分と同い年くらいの子で見慣れない奴がいることはそれくらいしかあり得なかった。


 一つ上の高校生ならテスト期間で午前中が終わったからここらで遊んでいることも考えられたが、俺が全然知らない奴なのでその線はない。


「なん……ですか?」


 一応、見知らぬ人でそして年上と思った俺は敬語、というよりも他人行儀の言葉に近い調子で呼び止められた都会少年に訊ねる。


「あー、えーと、中学生? 何年?」


「……中三」


「おっ、ためじゃん! 俺も中三なんだ」


「はあー、そう」


「なあ、なんて名前だ? 俺は仲村恭和な」


「……夕弌、杉田夕弌。杉田は杉の木「杉」に、田んぼの「田」で杉田。夕弌は夕方の「夕」に弌は漢数字の一本線のじゃなくてカッコいい方感じの……『式』に似ている方の『弌』で夕弌」


「ん? ああ、仲村は人偏のある方の「仲」に村はそのまま「村」で仲村。恭和は友達の友じゃなくて恭しいと書いて「恭」に、平和の和と書いて「和」で恭和な」


 とりあえず、某怪異譚のアニメの要領で自己紹介をしてみると、それが伝わったのか、都会少年も真面目に回りくどいやり方で自分の名の漢字についてキチンと説明してくれた。


 おお、感嘆する。


 知っていて合わせてくれたのか、それとも俺に合わせてくれたのか、前者なら友達になりたいが、後者なら人に合わせられるただの良い奴としてみれる。どっちにしろクラスメートよりか評価が高い。


 そんな勝手な自己判断を下しつつも、まあ、いきなり『俺は小説書いているから読んで感想を聞かせてくれ』、なんてぶっ飛んだことなどできるはずなどなく、冷静に問いただしてみることにする。


「そっで、その仲村恭和君がなんや?」


「ちょっと散歩してたんだけど、道、教えてくんないか?」


「ん? ………別によかばってん、……ここらへん間違える道はなかよ」


 分かれ道だが、基本的目的へは一本道の分かりやすい道先。左側へと行けばぐねぐねとした曲道を下って行き海岸沿いの道に出て、そのまま沿って行けばその先は港。左側の山道で道中、地元の様々な農家さん家の果物の樹が植えて栽培している果汁の園にして同時にイノシシなどの害獣の住処であるまんま山道。ちゃんと超えれば島の反対側に行きつく。


 まっすぐ行けば民家が立ち並ぶ住宅であり、最終的には海岸沿いの道と同じ港に行き着く。


 そのことを簡潔にそれぞれ指さしながら説明する。


「あっち行けば山道で時間がかかるばってんねえ。島の反対側にいける。そっちに下れば海側で沿って行けば港にいける。ここば少し行けば民家とかある。後は俺が来た方は学校とか、商店街とかあるよ西側ばってん?」


「ああ、そういうこと。散歩がてら海岸沿いを歩いていて、親父の話じゃあ「道は全部繋がっている」とか抜かすから、じゃあ帰り道は別のところ通ってやろうと思ってな。なるほど、じゃあこのまま普通に真っ直ぐ進めば帰れるのな。あいあい了解。サンキューな、助かったわ」


「どういたしまして」


 それじゃあ、と言ってこのまま立ち去ろうとしてペダルを踏み込み進めようとすると、仲村もそれに合わせるように少し早歩きで隣に並ぶ。行先は同じ。


 隣に立たれた以上、このまま思いっきりペダルを漕いでダッシュで振り切って帰るか、と協調性ゼロなことを考えて実行に移そうとしていたが、「なあ待てよ」と都会少年こと仲村から呼び止められて質問を投げられた。


「お前ってここの中学生だよな。呉郷中? だっけ?」


「………そがんばってん。……そっちは? 静凉の人?」


「せいりょう?」


 静凉こと静凉町とは、離島である呉郷俵島のいわゆる本島みたいな所。都会からみればそこも十分田舎なのだが、俺たちにとっては、そこも十分都会でしかない。さきほど説明したイオンなどがある場所がここだ。


 静凉と聞いて、耳慣れていないように繰り返し、首を傾げる仲村。どうやら静凉に住んでいる人間でもない、本当に都会から来た人間だと確信した。言い方を変えてみる。


「どっから来たん? 呉郷俵の人間じゃあなかよね?」


「東京からな」


「へえー、そがんか」


「あれ、あんまり興味なさげ? 驚かないのな? 普通、田舎の人間って、もっと、こう、東京から来た人見たら「ええっ! 東京もんかい!?」って驚いたりしないのか」


 仲村にとっての田舎の人間に対してそんなイメージがあったのか、声色を上手く変えながらもそう言ってくる。それに対して、


「田舎もんなめんな、ウチ殺してくれっど!」


 と、言い返したいほどに実は郷土愛の強い俺だったが、初対面の相手なのでそう強くは出られない。実は田舎系人見知りオタクだから。


「いや、兄貴が神奈川におるけん。お盆とかに東京バナナとかスカイツリーのお菓子とか持ってくるけん、あんまりなゃー」


「前半はともかく、後半はその程度で身近に感じられてもな……。」


「……そがんか? 大体そがんもんだと思うぞ? 東京イコールお見上げのお菓子って」


 適当に返す俺の言葉に、ハハっと苦笑いする仲村。


 せめて、神奈川にいる親戚の家に遊びに行ったことがあるよ、くらい言えたらよかったんだろうけど、残念ながら俺にその経験はない。修学旅行以外で県を超えるどこか、市を超えた経験がない。というか旅行の経験がない。


「東京ん学校って、もう夏休みなんか? 今日ってまだ木曜やばってん」


「いや、テストが終わったから休みなんだよ、俺の学校。月から水まではテストやって、木金はテストの採点するから休み」


「え? 都会の学校ってそんな制度あんの? だから世間様からゆとりって舐められるんだ」


「……言うなあ~、お前。ま、うちは中高一貫の進学校の上、生徒数多いし、夏休み前だから採点を早めに切り上げたいんだよ」


「へえー、そうがんか。………ウチの島もさ、小、中と一貫なんよ」


「……それってこの島、学校が一つずつしかないからだろう?」


「…………うん」


 マジレスの突っ込みで返されて、何も言えなくなる。


 いや、俺だって分かっているんだよ、田舎の一貫と、都会の一貫では全然違う意味だということは強く理解しているよ!


 理解しているんだけど! ……やはり田舎者としての謎の意地、負けられないという思いが強くあってそんなことを口走ってしまったのだ。結果仲村から冷静に返されて、何も言い返すことが出来なかった。


 意味もなく、田舎者として劣等感が深まっただけだ。


 田舎と都会は似ているようで全く違う。違いの差に恥、ショックを受けた俺だったが、同時に「中高一貫」とラノベ、漫画、アニメでしか聞かないワードに胸をときめかせてもいた。


 わ~、中高一貫あれって都市伝説じゃあなかったんだ。マジか、スゲエ。しかもテスト週間に採点休みとかスゲエ。このクソ田舎とはえらい違いだ。


 そんなことに感心しつつも、一つ引っかかることを覚えた。仲村が折角の連休だというのにこんなクソ田舎にいるのは何故だという疑問。


 だが、この島育ちが長く、ついで家の手伝いのおかげでその辺については詳しい俺は、そのへんの事情も察せられたので、訊ねてみる。


「ところで死んだのって誰ね? じい様か? ばあ様か? 今日は通夜で明日は葬式? ちゃんと手ば合わせんといかんと駄目ぞ」


「え? あ、お、おう。………いや、いきなり何怖いこと言い出すんだお前」


「人は簡単に死んけんからちゃんと冥福せなゃ。ほら、都会の人って皆冷めた所あるさかに。他人の生き死とかどがんでよくて。だからいじめで人を追い詰めても自殺まで追い込んだり、ブラック企業は社員が過労死しても平気な神経しとっとやろ?」


「怖い怖い怖い、お前怖い! 何、その都会に対する偏見の眼!? 田舎者ってみんなこんな感じなのか!?」


「とりあえず、ニュースとかでみる都会の人達って時々本気で意味分からんことでキレたりして問題起こしてからに、報道されるけんね。俺はそっちの方が恐かわ」


「それは分からなくもないが………。世の中そんなのばっかだよな。そういえばこの間さ、面接の練習で『最近のニュースを見て思ったことはありませんか』って質問で『社会の闇がよくわかります』と答えたら、そんなブラックな回答は絶対に言うな、って言われた」


「だろなゃ」


「だからこう返したね『でも先生、ニュースは基本的にブラックなことばかり報道されていますよ。明るいこと言えば、だいたい芸能人が新しい映画やドラマに出演決定や、第一子の誕生や結婚とか、そんなもんばっかですよ。それ言ったところで、で、何? って空気になるだけじゃないですか。だから結局ブラックことのほうを言わないと社会に目を向けていることにならないんですよ。評価ポイントに入らないんですよ。世の中はブラックブラックで、ブラック過ぎて強力ミントもビックリなくらいに眠気がぶっ飛ぶんですよね』」


「え、なん? ガムの話やったんか?」


 と長々と最近あった体験談をすらすらと話してくる仲村に対して、きょとんとしつつも突っ込みを入れる。


「そして、何故か『新聞は何処のを取っているのか』って質問の模範解答は『その質問は答えることを控えるように指導を受けておりますので、申し訳ありませんがお答えできません』が正解らしいんだけど、それもそれでおかしいよな。ニュースの次に情報見るのって新聞なのに。まあ、俺はネットニュースしか見ねえけど」


「………あ、そがんか。都会っ子やね」


 ネット環境に乏しい田舎者に無縁なことを言われたので思わず黙ってしまう。都会と田舎の温度差を感じられずにはいられない。……別に気にすることもないんだが。


 ゆっくりと仲村に合わせた速度で自転車を漕いでいたが進むのが難しかったから降りて押して進むことにする。自転車って遅くすると進みにくいんだよな。


「おい、いきなり黙ってどうした。俺、何か気に障ること言ったか?」


 急に黙ったことに不思議に思ったのか仲村は少し気まずそうに訊いてくる。


「いや、ただ田舎と都会の違いがなゃ。……そがん言えば最近ネット越しで葬儀に参加するようになったらしかばってん。やっぱりこのクソ田舎じゃあ、お前(わる)の親戚の家もネットが繋がってなかけん来たと?」


「いやお前さっきからマジで何? なんでそんなに俺の親族死んだことにしたいわけ?」


「今もしかして『死体』と『したい』で掛けたんか?」


「もしかしなくても掛けてねえからな。お前の方が死に対して軽率な扱いじゃねえか」


「あー、ここ田舎やから、じい様とばあ様が多かけんね。だから毎年毎年、どっかのじい様とばあ様がポックリ逝って葬式と法事が多かし、そっで里帰りしてくる人もおるからね」


「だから俺もじい様ばあ様が死んだから、ここにやってきたと思ったわけ?」


「そん以外で、都会モンが休みば潰して、わざわざこんクソ田舎に来ることなんてなかろもん。よう親戚の子たちから「ここって本当に何もないね。電波も全然ないし」って言われてからに」


 毎年連休になればやってくる同い年の従姉弟に言われたことを思い出す。自分からクソ田舎というのは別に気にしないのだが、人から言われると非常にムカつきを覚えてしまう。生まれ育った場所もあって、よくも知りもしない奴に馬鹿にされるのは腹が立ってしまう、アレだ。


 だからといって「じゃあ、何がいいだよ」と訊かれたらこれはこれで言葉が詰まって黙ってしまうのだが。


 情というものは厄介なものだな、と度し難い気持ちになってしまう。


 俺の言葉を聞いてようやくどういう意味で言ってきたのか理解した仲村は言う。


「ああ、つまりお前は夏休み前の早い時期なのに、どうして俺がこのクソ田舎に」


「クソ田舎言うな、ウチ殺してくれっぞ!」


「……こんな離島に来たのはばあさんが死んだと思ったわけか。まあ、大体はあってるよ」


 俺の言いたいこと(ついでに発言も訂正して)を察してくれて仲村は答える。


「ばあちゃんが死んだのは今年の春頃でな」


「初盆ってこっか?」


「それもあるが……」


 少し言い淀んだ仲村は、目を逸らすように目の前に道へと見る。何も面白みもない、緑の壁と灰に近いコンクリートロード、ふと視線を横に移せば碧の海が目に入る、何もない静かな田舎道。


 少し考えるようにして答える。


「……じいさんの世話も兼ねてな。こっちに引っ越すことになったんだ。今日は下見。夏休み中には引っ越して、明けにはこっちの学校に通うことになったんだ」


「ああ、そがんか。……春頃っていえば……仲村ってあのばあ様か」


「知ってんのか?」


 記憶を探り出してみてとある思い出が浮かび上がってきて呟いたらそれに反応する仲村に応える。


「一応。……小学生の頃の廃品回収で担当する域が俺やったけん覚えているからに。じい様はアレ、古ぼけた帽子被って造船所に行っとる人やろ?」


「いや漁師なはず。さっき海に出てくるって。確かにボロボロの帽子を被っていたけどな」


「言っとくばってん、こん島は漁師おらんよ。いや、おるばってん……ここで基本本どこも養殖業だから漁師とは言わんばい」


「? え、漁師と養殖って違うのか」


「漁は野生のを獲ってくるから漁師。養殖は魚を育てるから漁とは違うとよ」


「じゃあ、なんていうんだ? 養殖屋とかいうのか?」


「養殖としか言わねえな。あとは……エサ()せ、やね」


 へえ~、と関心なのか、ただの頷きなのか、そんな調子で納得する。


 そのままの流れで適当な会話がしばしの間二人の間続いた。


 ―――釣りとかするのか? ―――いや、やらん。兄貴達はする。―――兄弟って何人兄弟だ? ―――十三人やばってん。―――十三!? は!? 家族全員とかじゃなくてか? いやそれでも十分多いけど。―――そがんえ。こん島でたぶん一番多いかね。―――たぶんじゃあねえだろそれ。何番目だ? ―――五男の八番目。―――!!? どういうことだそれは! え? ごな、はち、……え、何番目だって? ―――五男の八番目。姉が三人おって、兄が四人。下に弟が二人、妹が三人おる。―――やっべー、この島着て一番の衝撃だわ。第一村人がこんな奴かよ。ここって、子宝の島かなんか? ビッグダディ?―――昔さ、テレビ見っとけなゃ、なんでこん家は紹介されるのに、ウチは紹介されてなかんやろ、ってずっと疑問に思っとたんよね。―――ハハ、マジ言えてるわそれ。紹介されてもおかしくないわ。―――大体、こん話をするとそがん言われるわな。―――。


 そんな感じに、意外な俺の家庭事情を話しつつも、話題もそこそこ盛り上がり変わりに変わって、買い物とかどうしているだとか、学校はどんな風なのかとか、呉郷俵島はどんな島だとか、仲村が訊ねてくる質問に対して適当に受け答えする。


 照り付ける太陽に焼肉の鉄板のように焼き付いたコンクリート、右側の山側の茂みから聞こえるセミの鳴き声、夏の日を実感させてくれる。


 天気予報によれば実は晴れた天気は明日まで、その翌日の土日から天気が崩れて、雨の日々が続くそうらしい。梅雨はまだ抜け切れていないのだ。昨今の梅雨時期は八月の頭くらいまで続く。


 七月の中頃までも降り切れなかったのが後半から一気に大量に降り注ぐのだ。


 晴天の夏空の下、ダラダラと流れる汗を時々拭いながら二人は喋りながら進んで行くと、自動販売機を見つけた仲村がそこへと駆け寄る。


「何飲む? おごるぜ」


「え、……あ、いや、学校帰りだからよかわ」


 真面目か、と呆れたような笑いで突っ込まれて、「あ、あ~」と言い淀む。


 真面目というよりも、一年前くらいに同じことをやって、たまたま通りかかった教師に発見され、説教と反省文を書かされたことがトラウマなのだ。


 だから絶対に二度と買い飲みはしない、と小学生じみたことを心の中で決めていた。……我ながらなんて素直な子なんだ俺は。


 俺がそんな思いを抱えているとは露知らず、仲村は適当にファンタグレープを買って渡してくる。


「いや、別にいいから」


「いいから飲めって、別に酒やたばこじゃああるまい」


「酒やたばこは医者から止められているから」


「親父かお前は」


 医者に止められているって何やってんだ、と訝しげな目を向けるがどうせ冗談半分の言葉だろうと思っていただろう仲村に対して、俺は「昔、酔ったオッサンから無理矢理飲まされから死んかけたことがあるけん」と淡々と告げると、そういう意味かよ、と納得した。


 どこにでもいるのだ、酔ったのをいいことに子供相手にでも絡み酒で酒を進めてきて無理矢理飲ませて迷惑な人物という輩が。


 ウチは居酒屋と飯屋の田舎らしい食事処ってこともあって、家の手伝いをするとその手の客とやり取りするのが頻繁なのだ。絡み酒で飲酒に関しては………まあ、詳しくは話せない。


 仲村はファンタを含みながら、「友人の部活の先輩が高校に上がってすぐに酒を飲んだことがバレて退学処分になった」との出来事を話してくれる。その後その先輩がどうなったか知らないそうだ。……ますます俺の酒の話は出来ない。


「酒じゃあないし飲めって。アレか、買い食いはダメ、の真面目君か」


「………うん、まあ、………うん」


 詰まった曖昧な返事をする真面目君の俺。


 マジかよ、と苦笑しながらジュースを自転車の籠の中に入れてくる。


「不良デビューおめでとう」


 からかうようなことを言って、ファンタをゴクゴクと美味しそうに飲む。それを見てゴクリ、と喉を鳴らすというようなアニメ的表現をするような俺ではないが、それでも飲みたいと思ったのは事実。


 灼けるような太陽と田舎特有のゴツゴツとしたコンクリートによる両面焼きによってTシャツを湿らせるだらりと溢れ落ちる汗。島育ちで暑さにはそれなりに強いことを密かに自慢に思っている俺ではあるが、それでも暑いものは暑い。飲みたいもの飲みたい。


 別にこれくらいで不良とかじゃないけど、と適当なことを零しながらジュースへと手を伸ばす。


「まあ、あんがと。貰うわ」


 プルタブを開けて、喉を潤す。甘い葡萄と炭酸の刺激が口の中に広がる。


 隣で「あ~あ、飲~んじゃった、飲んじゃった。先生、ここに不良君がいますよ」と煽りの文句を詠ってくるが、想定内だったので無視してファンタをグビグビと喉を鳴らした。


 想定外だったのが次の一言だ。


「何飲んどっとか、夕弌!」


「!!? ……ゴホッ、ゴホッ!!」


 突然の大声、それも聞き慣れた声で名前を呼ばれたことに驚き、思いっきり咽返した。幸いなことに、いや、飲み食いしたものは吐くな、と教育を受けて育った俺はジュースを吐き出すようなことはしなかった。驚きながらも無理矢理飲み込んで、そのショックで咽せた。


 喉にくる甘い炭酸の衝撃が襲われる。


 何度か咳払いをしては喉と鼻に違和感を残しつつも、何とか落ち着かせて、名前の呼ばれた方を見ると、そこには自転車に乗っている見慣れた三人組がいた。


 予想通りの三人の姿にため息を漏らして、明らかに面倒くさいと言わんばかりの顔をする俺の横で仲村が「友達?」と訊ねてくる。


 その質問に雑に答えた。


「……桜美と海人と康生。まあ、少し違うばってん、そう。同じクラス」


「ここってクラスも一つだけだろ?」


 またもやマジレス突っ込みを入れてくる。田舎の学校は基本クラスが一つしかない。人がいないからだ。


 三人組は少し離れた距離をキープしながら近づいて止まり、俺を見た後にチラリと見知らぬ都会少年こと仲村を一瞥すると、俺へと視線を戻す。


「そっちは(だる)、親戚?」


「いや。えーと………全く知らん人」


「おい!」


 素直に事実を述べては仲村から突っ込みを入れられた。


 う~ん、仲村には悪いが俺にとっては道端で話しかけられてジュースを奢ってくれた人でしかないのだ。友達と言うにはまだそんなに距離は近くない。


 他にどう言えばいいのかも分からず、また訂正する気もないので周囲から視線から目を逸らし、もう自分には聞くな、という無言の返答をすることに務める。


 それを察した仲村は、コイツ、と投げ出されたことに対するムカつきと呆れた目になる。長い付き合いである三人も似たり寄ったりといった表情だ。


「俺は仲村恭和。まあ、転校生だ。二学期からよろしくな」


 仕方なく、簡潔に述べる。それでもだいぶ説明不足は否めない。


 実際に三人はそれぞれ「は?」と仲村の言葉の意味不明過ぎて、分かりやすく動揺してみせた。三人でアイコンタクトを送り合うが誰一人事情を呑み込めず、とりあえず話を流すことに結論に至ったらしく、


「そ、そうか。じゃ、じゃあな」


 そう言って三人は逃げるように去って行った。その後ろの姿を黙って見送る俺たちは、ある程度距離取ると三人の話し声が聞こえてきた。


 ―――なんアイツ? 意味分からん―――マジ、なんちかい?――――アレじゃ、夕弌の知り合いなんけん変な奴やろ?―――夕弌もホント意味分からんにゃ、アイツが一番―――なんでアイツはいつもあがん態度ちかい―――ジュース飲んどったし。


 三人の言葉を聞いてムスッとする俺と苦笑しながら「言われってぞ」と仲村が言う。


「言いたい放題だな、アイツら」


 素直な感想を漏らす仲村に俺は大きなため息を吐き出して答えた。


「はあ~、面倒くさいか。……アイツらすぐチクるけんね」


 三人に発見されてから飲んでいないジュースを眺めながら、飲むかどうか少し迷いつつも、開けて飲んだ以上は残すという道はなく素直に飲み干した。


 その様子を見て、あ~、と何か納得したような顔になってニヤニヤしながら仲村は言う。


「ははん、アイツらが怖いから飲みたくなかったのか」


「いや、アイツらは別に怖くなかよ。怖かとは先生ない」


「ハハ、言えてるわ」


 明日からの事を考える億劫になりながら、空になった缶を自販機の横のゴミ箱に入れた。


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