そのぼっちは大いに気付く
キーーーン コーーーン カーーーーンーーーー コーーーーーン
そしてまた、今日という日が終わりを告げる。
ふうー、と一息ついて気配を戻す。
「うわっ!!」と隣の席のやつがビックリしている。
毎日毎日この驚く声を聞くのが、何となく日課になってきている。
俺は大概、変わり者なのかもしれない。
先週末で定期考査も終わり、今日からは平常運転の日々がまた始まる。
秋帆も生徒会があるし、今日は来ないだろう。
さて、今日もサクッと帰って鍛錬をしないとな。
「あの・・・か、鏑木・・くん?」
いつもの様に帰り支度をしていると、女子に声を掛けられた。
セミロングの髪を両側で纏めている。前髪は長い方だが、眼鏡を掛けている所為か野暮ったい感じではない。
「何か用か?」
鞄のファスナーを閉めながら答える。
「あ、あの・・・。あの・・、あのね・・。あの・・」
「悪いが、用が無ければ・・・」
「あの・・、鏑木くんのお弁当!」
「俺の弁当?」
「あの・・鏑木くんのお弁当、見せて貰っても・・・い、良いかな?」
突然の『弁当目視案件』発生!!!
とは言え、今は既に弁当箱は空っぽだから意味は無い。
「見せるだけなら、別に構わないが・・・。用はそれだけか?」
「あ、うん・・・。あの・・・私・・・」
「分かった。弁当は見せよう。では、明日!」
「あ・・・」
サッと、その女子の横を抜けて俺は廊下へと出た。
帰りの快速電車は余裕で座れるくらい空いていた。
背もたれに背中を預け、先程の『弁当目視案件』について考えていた。
あの女子は一体誰で、何故俺の弁当を見たいと言ってきたのか?
また、俺という人間ではなく、見たい対象が何故『弁当』なのか・・・。
何っ???
そんな・・・まさか・・。
俺は、ある一つの仮定に思い至った。
そもそも俺の『ぼっち道』は、気配を断つ事でほぼ成り立っている。
教室へ入り椅子へ座った瞬間。それから最終授業が終わりを迎える迄だ。
その間は、トイレに行く時も気配を消しながら行動している。
ただ、透明になっている訳では無いので、注意深く見ていれば『鏑木鷹正』という人間の存在は確認出来る。
逆に視界に入らなければ『路傍の石』宜しく、全く意識の外にあるはずなのだ。
ある一つの感覚を除いて・・。
それが『匂い』なのだと、俺は気付いた!
恐らく、あの女子は嗅覚に優れ、かつ匂いに敏感なのだ。
〈焦がしラードの九条ネギ入り焼き豚チャーハン〉の匂いに気付いてしまったのだろう。
朝ご飯に作り過ぎてしまい、勿体無いからと弁当に持って来てしまったのは、やはり失敗だった・・。
自分の気配を消す事は出来ても、弁当から出る『匂い』まではさすがの俺でも消せない。
これは『ぼっち道』を極めんとする俺にとっては、大きな誤算だ。
早急に解決策を考えねばならないな・・・。
教室で食べるのを止めて、別の場所に行くか?
俺が通う学校は食堂も購買もある。
食堂なんて人が増えるだけで以ての外だし、購買は利用すらした事がない。
定番の屋上とか中庭もあるが、暑くなっていくこれからの季節にはどうだろう?
俺は部活をしてないので『部室で食べる』という選択肢は選べないし、空間が狭くなるのは逆効果だな。
「あれ?タカにい?」
答えの出そうに無い問題を考えていると、聴き慣れた声が聞こえた。
「ああ、実春か。珍しいな、こんな時間に?」
「うん、春季大会が終わったからね。今日と明日は部活休みなんだ!」
彼女は鏑木実春。地元の中学校に通う秋帆の妹で、俺の従兄妹だ。
実春も小さい頃から居合術を習っているが、本人は『無手』が好きなので、中学校では空手部に所属している。
ちなみに秋帆の家は3姉妹で、実春の下にもう一人冬梨と言う妹が居る。
「今日はお姉ちゃんと一緒じゃないんだね?」
「ああ、アイツには生徒会があるからな。というか、それ程頻繁に一緒には帰っていない」
「じゃあ、久しぶりに私が一緒に帰ってあげるよ♪」
いそいそと、鞄を持って俺の隣へ座って来た。
実春が乗って来たという事は、家の最寄り駅までは後10分ほどだな。
「凄く難しい顔して唸っているから、お腹でも痛いのかと心配したよ!」
「実春と違って、俺は拾い食いなどしないから大丈夫だ」
「わ、私も拾い食いなんかしないもん!!」
「冗談だ。そんなに怒るな」
「むう・・。タカにいのバカ・・」
こいつとのやり取りは、昔からこうだ。何も変わっていない。
「まあ強いて言えば、高校での『ぼっち道』を極めんとする者の苦悩。って感じだな」
「何それ?『ぼっち道』?え~?」
実春の頭には幾つもの〈?〉マークが付いていた。
「お前が理解しようとする必要はない。俺の修行だからな」
「何で?折角、高校生になったのに?タカにいなら、友達なんて沢山出来るよ?」
「はは、さすがは姉妹だな!秋帆も同じ事を言ってたぞ!」
「だって・・・。タカにいだけだよ、多分。自分の魅力に・・」
最後の方は消え入りそうに小さい声だったので、俺の耳には届かなかった。
最寄り駅に着いて、二人で改札を出る。
実春が腕を組んできた。ある事に気付く。
「実春、お前背が伸びたな?」
「えへへ、分かる?さすがは、タカにい♪」
嬉しそうに俺と腕を組んだまま、フフフン♪と鼻歌を歌いながら歩いている。
実春のポニーテールが、夏の香りを運んでくる風に揺れていた。
弁当娘の名前は次話で判明します。