そのぼっちは殺気を放つ
「なに、簡単な話さ。僕と勝負してくれれば良いだけさ!」
「断る!」
俺がそう言うと、えっ?!っと言うような顔をして、こちらを見ている。
二人とも・・・。
「ちょっと待ってタカ。この流れは『秋帆は俺の女だ!お前なんかには渡さねえ!!』とかってカッコよく言い放つ場面じゃないのかな?!!」
秋帆、何故にお前が焦っているのだ?
「すまんが〈棒振りごっこ〉は好きじゃないんだ」
俺はその真鍋とかいう副会長に向かって言った。
「棒振りごっこ・・・とは。僕も舐められたものだね。僕は去年の全国大会では3位だ。大人が入る成人の部でも、ベスト8だ。それを聞いても、まだ〈棒振りごっこ〉と言えるのかい?」
「どちらにしろ、所詮は順位を競うだけの〈剣術ごっこ〉の域は出ないな」
秋帆、もう本当に腕から離れて。てか、離して!
「ぐっっ・・・・!良いだろう!そこまで言うなら、一度だけ。一度だけ、僕と立ち会え!」
「立ち会ってやってもいいが、一つだけ言っておく。アキを景品扱いするのは許さん!お前がアキと付き合おうがどうしようが構わないが、それはまた別の話しだ。お前も男なら、勝負するならば己の命を掛けて臨んで来い!」
「なるほど、まさに真剣勝負・・・という事だな。秋帆君、見ていてくれたまえ!」
こうして俺は、結局変な副会長と戦うことになってしまった。
俺は竹刀を持って副会長と対峙していた。
お互いに防具は付けていない。
副会長が提案してきたので、俺は別に構わないとそれを受けたのだ。
一応審判は居た方が良いという事で、部室にたまたま来ていた副主将に頼んだ。
秋帆でも俺は問題なかったのだが、副会長が嫌がったためだ。
「では、はじめっ!!」
一礼をしたところで、副主将の声が高らかにあがった。
副会長は中段に構えたまま動かないが、構えはなかなか良い姿勢だ。
俺は・・右手にダラッと竹刀を握った状態で垂らしていた。
「構えないとはどういう事だ!負けた時の言い訳にするつもりか?」
「ほう、この型はお気に召さないか。ではそれっぽく構えてやろう・・」
右手を左腰の位置へとやると、スッっと少し重心を下げる。
所謂、抜き打ちが出来る姿勢になったところで半眼で相手を見つめる。
そして・・・一気に『殺気』を放ってやる。
「う・・ぐぬっ!!」
流石に素人でもこの程度の殺気を浴びれば、それなりに分かるはずだ。
この勝負にどれだけの『覚悟』が必要なのか・・・。
時間にして1分ほど経っただろうか。
副会長が膝を付き、ガクリと項垂れてしまった。
「く、悔しいが・・俺の・・負けだ・・」
その言葉を聞いて、審判の副主将はどうしていいか分からずオロオロしている。
「賢明な判断だ」
俺は構えを解くと、軽く一礼をして竹刀を副主将に渡した。
「ま、待てっ!!」
帰り支度をして、入り口に向かって歩いていた俺に副会長が叫ぶ。
「お前は・・・お前は、ほ、本当に人を切った事が、あるのか?」
秋帆と副主将が、驚いて副会長の顔を見ている。
「さあ・・。どうだろうな?」
俺は、足早に剣道場を後にした。
「真鍋主将・・・・」
先程、審判をやらされた副主将が心配そうに真鍋に声を掛ける。
「まるで勝てる気がしなかった・・・。完敗だ。いや、生きていただけマシだと思えるほどに怖かったよ。あれは・・・」
本当の人切りの眼だ、と言いかけて真鍋は目を伏せる。
自分はもう足が竦んで立ち向かえなかったが、普通に立ち会ってたとしても負けていただろう。
力の差、それをまざまざと見せつけられたのだ。
「東成君、僕を情けないと思うだろ?」
東成君・・・そう呼ばれた少女はフルフルと首を横に振った。
「私は審判で横に立って見ていただけでも、足が震えて動けなかったです。あれは、高校生なんかが放っていいものではない気がしました・・・」
「僕も、それには同感だね」
真鍋の頭からは秋帆の事は既に綺麗に消えていた。
「ぜひ彼を剣道部に、欲しくなった・・・」
「〈棒振りごっこ〉に付き合ってくれるでしょうか?」
そう言った東成は真鍋の顔を見ながら、ふふっと微笑む。
「そこら辺のナンパみたいにはいかないだろうけどね?頑張って口説いてみるよ」
そんな会話がされているとは微塵も思わず、俺は帰りの電車の中で修正を余儀なくされた花金計画の再構築を頭の中でしながら、ぼんやりと車窓から外を見ていた。
副主将の名前は『とうせい』と読みます。