①
『耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び――』
「そんな辛気臭い顔で何してるのさ」
すでに薄れてきた出来事を記憶の海から侍が掘り起こしていると、トゥッリタがそんなことを言いながら隣に座ってきた。
「晩酌でござるよ」
「『晩酌でござるよ』じゃないよ。凄い顔してたよ。大丈夫かい」
侍がそう答えると、トゥッリタは優しい口調で心配してくる。それはなかなかかっこいい様だった。
あっ、ボクはミルクで、という言葉を言わなければ。
「バーまで来てミルクでござるか」
「これが好きなんだよ。キミも飲まないと大きくならないぞ」
「いっときは勘弁でござるよ」
緩やかな時間が流れていく空間の中で侍はそう言った。
「それもそうか。ボクも勘弁だ」
トゥッリタもその言葉に同意するようだ。
侍もトゥッリタも疲れたような顔を見合わせる。十年以上たとうが、あの時の傷は家はしなかった。
カランカラン。
「よっ。早えじゃねえか、二人とも」
そんな彼らのもとに来客がある。
毛先が赤みがかった淡い金髪をサイドテールにし、少し動けがへそが見えてしまいそうな白のセーラー服を身に纏っている。
「ベロリナ殿、久しぶりでござる」
「この前ぶりだね」
「相変わらず丁寧だな、侍。アタシたちの仲だろ。もっとフランクリーでいいぜ」
ベロリナは侍たちの隣に座ると、バーテンダーにビールを頼む。
「ここまで来てビール?」
「そんなこと言ったら侍は焼酎だろうが」
出てきたビールを一気に呷っていくベロリナ。その顔は少しずつ赤くなっていった。
「それにしても久しぶりでござるな。三人そろってというのは」
「うん」
「そうだな」
侍はしみじみとつぶやいた。ほかの二人もそれに首肯を返す。
「それにしてもあの時は大変だったな。攻めて攻められ滅ぼされって感じで。あんな短期間であれほどの敗戦を二度も経験したのって、過去も未来もアタシだけだろうな」
「そうでござるな」
「おいおい。肯定されると悲しくなるぞ」
「ははっ」
湿った雰囲気を打ち砕こうと、ベロリナが冗談交じりにそんなことを言い放つ。それに侍が合いの手を打ち、トゥッリタが笑う。とても楽しそうだった。
「まあ、まさかトゥッリタに攻められるとは思っていなかったけどな」
「あ、あははは」
にやりという表情でベロリナがそう口を開くと、トゥッリタは引き攣った笑みを浮かべた。
「それはナシでござろう」
「そ、そうだよ」
侍とトゥッリタは二人でベロリナの言葉を非難するが、ベロリナはそんなこと気にしてないように笑いながら口を開いた。
「そんなに気にしてはいないさ。昔の事だろ」
大ジョッキに入ったビールを呷りながら、そんな言葉を投げかけてくる。昔の事という部分に二人は反応した。
「昔でござるか」
「それでよかったのかい」
ベロリナの事情を知る二人はその言い草に心配になってくる。
それが嬉しかったのか、ベロリナは少し口角を上げていった。
「良くも悪くもどうしようもないことだろ、アタシたちには。なら、時が来るのを待つだけだ」
徐々にビールを飲むスピードが速くなってくるベロリナ。
「いまはこんな話をしに来たわけではないだろ。ぱぁっと飲もう」
「そうでござるな」
「うん」
その言葉につられ、それぞれ焼酎とワインに手を伸ばす。
「悪いことばかりではないでござるからな」
「そうだね。ワールドカップはベロリナが優勝しているし、ボクたちもいつか奪還してみせるよ」
「それに幻の東京オリンピックもありそうだしな。今度こそ実現しろよ」
「分かっているでござるよ」
三人とも晩酌に酔いしれる。
つらいこともあり、苦しいこともあり、敵同士にもなったことのある三人だが、それでもやはり同志であり親友だった。
「だからぁ~、あのときふかしんじょうやくをやぶるからでござるよ~。アハハハハ」
「なにがおかしい。それならなんでさみゅえるにけんかうったんだ! そのせいでじょうりくされるはせいあつされるはたいへんだったんだぞ」
「それならせめてるーしにせめるときにいっしょにせめればよかったでござるよ」
「しょもしょもせかいきょうこうなんておきなければよかったんだよ~。ふぇええええん」
激しく酔いしれる三人。
笑い上戸の侍。泣き上戸のトゥッリタ。怒り上戸のベロリナ。彼らはお酒を飲み、そして呑まれていた。
「あははは」
「くら~」
「ううー、ひくっ」
こうしてまた夜は更けていった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
さっきちょろっと見ていたら、どこかの誰か様に評価されていました。
ここまで早く評価されるとは思っておらず、とても驚きました。
それもあり、またGWということで二話投稿しました。
楽しんでいけたら幸いです。
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