⑦
「ほんといっぱい食べたわね」
「そうですわ。これほど食べたのは久しぶりですわよ」
二人ともお腹をさすって思い思いの感想を言いあう。若干、食べる前よりお腹が出ているのは気のせいではないだろう。
『キャ、キャ』
ふと、そんな声が聞こえてくるのに二人は気づいた。
テーブルのほうを見てみると、自分たちの妖精も楽しそうにすき焼きを食べていた。パッと見る限り、頑張ってお鍋からよそっていったのだろうと予測がつく。
その微笑ましい光景を眺めていると、少しおかしいことに気付いた。
二人を見た妖精たちが、一様に顔を背け、頬を赤くし、何も見てませんと言わないばかりに両手で目を覆い隠しているのだ。
正確にいうのならば、マリアンヌの妖精たちだけがそういう仕草を取っていた。
「どうしたの?」
気になって質問してみるが、一向に答えは返ってこない。
わけがわからずに首をかしげた。
「ちょっといいかし――」「少しよろしいかし――」
ブリタニアに助言を求めようとして声をかけるが、向こうも同じように何かを言おうとしてきた。
しかし被ったと思うのもつかの間、一瞬にしてその感情はどっかに飛んでいく。そのこと以上に奇妙な光景が眼前で繰り広げられていたからだ。
「なんであんた――裸なの」「いつの間にあなたは――服を脱ぎましたの」
「はっ⁉」「えっ⁉」
頭の中で思ったことを素直に言う二人。
そして、相手から聞こえてきた言葉で頭が真っ白になる。
しばしの沈黙。
その間にも妖精たちは、(こっちを見ないように)無邪気にすき焼きをむしゃむしゃと食べていた。
(いま私が裸だっていったの、こいつ)
(いまわたくしが服を着てないって言いましたわね)
頭がようやく相手の言葉を理解する。
互いに恐る恐る自分の身体を見ようと、徐々に視線を下へと這わせていく。
こたつの布団で半分くらい隠れた下腹部。
煽情的なラインが、腹筋のふちを伝って上へと伸びてきていた。
内側に反るようにきれいな弧を描くわき腹は、見事なくびれを形成していた。
ほんの少しだけ浮き出たあばら骨が、妖艶な雰囲気を醸し出す。
さらに視線を上げると、そこにあったのは見事なまでの双丘。
サミュエルみたいに無駄にでかいわけではなく、山の頂点にあるイチゴがまた可愛らしいものだった。
その身体に見合った見事なプロポーションを奏でている。
さらに、その上には少しだけ浮き出た鎖骨。これもまた何かを誘うような美しさだった。
それらを完璧な黄金比で縁取るのは、大きすぎず小さすぎない、まるで神にでも作られたかのような肩だった。
最後にそれらを美しく染め上げる肌は、きめ細かく健康的な少し白い肌色を全体にコントラストしている。
まさしく神が創造した美が、そこにはあった。
「きゃあああああああああああ……――!」
それを飾るステージに、かみなりをもつんざかんとする悲鳴が響き渡る。
「ななな、なんで裸にっ。ふ、服は……ッ」
自らの手で、その双丘を包み込むように隠すマリアンヌ。
しかし、押し込められたそれは、窮屈そうに反発していた。マリアンヌが口を開こうとするたびに、ぷるんぷるんと柔らかそうに揺れる。
「なるほど。異国の地で伝わっていたことは本当でしたのね」
「なんであんたはそんなに冷静なのよっ」
マリアンヌが慌てふてめく中、ブリタニアは手をあごに当てて、その状況を分析していた。
「だって、わたくしたちしかいませんではありませんか」
「妖精がいるでしょうが!」
「彼らは私たちの一部でしょう」
「それはそうだけど、でもそうじゃないでしょ」
ビシッと妖精たちのほうに指を差してそう言うが、なんだそんな事というようにブリタニアは肩をすくめて見せる。
(くっ。この親がいてこの妖精あり――ね)
おかしい、とマリアンヌは思っていたのだ。
自分の妖精たちだけが一様に二人を見ないようにしている状況が。
そしていま分かった。親がそうだから、ブリタニアの妖精たちも羞恥心が欠如していると。
「ようやく分かりましたわ」
ダンっと立ち上がるブリタニア。
マリアンヌよりも白い、病的なまでの肌が前面にさらされる。
慎ましいが確かにある胸のふくらみは、ブリタニアの生活感そのものだった。
くっきりと見える鎖骨も、ナイフやフォークよりも重いものを持ったことがなさそうな腕も、確かにブリタニアだしと言えそうな液状をしている。
そんな光景がマリアンヌの瞳の飛び込んでくる。
そしてブリタニアはビシッと鍋を指差し、自分の考えを述べる。
「まさしく野生に帰ってしまうような、それほどに本能を刺激される料理。それを食べた結果、こうなることは必然ですわ」
「裸のまま立ち上がるんじゃないッ!」
羞恥心のかけらまでも失い、野生に帰ってしまったブリタニア原人に野菜が入っていたボウルをマリアンヌは投げつける。
カポーンという音が鳴り、ブリタニア頭を押さえうずくまった。
「何するんですの」
負けじとブリタニアもボウルを投げてくる。
それを躱すために、マリアンヌはこたつから出て立ち上がざる負えなくなった。
裸でいがみ合う二人。
じりじりとしか空間が動かない中、ブリタニアは自分の視界にとあるものを捉える。
「っ! あらあら、やっぱり子供ではありませんの」
マリアンヌは、はじめ何のことを言われたのかさっぱりだったが、その視線が導く方向を見て何のことだか気が付いてしまった。
それは――彼女の恥骨へと向かっていた。
「っ――――」
そこにあったのは、煽情的で魅惑的な腑に気を醸し出す鼠径部。
一切の汚れもなく、生まれたままの姿のそれは、美であった。
「み、見たわね……ッ」
ざわざわ、とマリアンヌに悪寒が襲いかかる。
目の前には、その手袋をした手で口元を押さえる奴がいた。
この状況を打開する方法はただ一つ、
「いひゃいいひゃい。にゃにしゅるのよ、ひっひゃらないで」
「あんたを殺して、私も死ぬぅううううう」
「わたくしたちはそんな簡単に死ねませんわよっ」
「うるさい。うるせい。うるそーい!」
目撃者の抹殺、ただそれだけだった。
マリアンヌの考えは完璧。しかし、彼女はあることを抜かっていた。
「ハーイ、マリー。今日はいい天気だね。こんな日は、ボクと一緒に今夜のお供として、可愛い子でもひっかけにいかないか――い?」
ブリタニアとのじゃれあいに夢中になりすぎて、そこに来訪してくる者の足音に全く気付かなかったのだ。
白のトップスにホットパンツ。
マリアンヌですら嫉妬しそうになるその美脚は、黒のタイツで包まれていた。
そして、背中まである翠色の髪をおさげにしている。
身長はそこそこ。胸もそこそこ。お尻もそこそこ。
そんな身体を少しでも大きく見せようと、背伸びして履いている、ヒールの高いショートブーツ。
それがまた、可愛らしい。
――パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。
この空間に侵入してきた少女は、首にかけた黒い箱状のものを手に取り、ボタンを強く押し込んだ。
シャッターが切れる音とともに、まばゆい光がその世界の彼女たちを照らす。
「キミにはすでにパートナーがいたようだね。それならしょうがないな、ボク一人で探しに行ってくるよ」
そんな言葉を残して、少女は二人の元を後にする。
台風が通り過ぎたかのように、マリアンヌ・ブリタニアの間に沈黙が落ちた。
「とぅ、トゥッリタ、待ちなさいっ」「ちょ、ちょっと待ってくださいまし、トゥッリタっ」
事の重大さに気付き、二人は勢いよく部屋を飛び出す。――裸のままで。
「ごめんね。ボクでも痴女はお断りかな」
「「痴女っ⁉」」
トゥッリタからの言葉に、二人とも驚愕する。
しかし、子供のような容姿の少女を全裸で、それも全力で、そして二人係で追いかけていたら、それはまさしく痴女の様であろう。
「ボクはかわいい子たちに呼ばれているから、じゃあね。Ciao」
「そのカメラを置いていきなさい」「せめて弁明させてくださいまし」
そんな変態の叫び声が欧州地区に響き渡った。
(侍のおかげであいつを脱がせることができたし、お礼を言わないとね。そろそろ帰ってくる頃だろうし)
トゥッリタのカメラを破壊して、何故ああなっていたのかも一応納得してもらえたマリアンヌは、片付けをしながらそんなことを考えていた。
もちろん、既に服は着てある。
(うん、今日いこう)
思い立ったら吉日。
そんな言葉がある通り、侍がいるであろうところに行ってみる。
しかしそこには彼はおらず、代わりに悪態を吐き暴れているサミュエルの姿があった。
事情を訊いてみるに、侍にトラブルがあったようだ。
(確かに作戦を進行中だったけど、そんなに難しいものではないはず。……大丈夫かしら)
少し不安になる。が、すぐに大和が無事にだったことが分かり、マリアンヌは安堵した。
(良かった――えっ)
しかし、大和は航空機を壊し、帰る手段がないという衝撃の事実をマリアンヌはすぐに知ることになった。
――Samuraiはとても疲れていたみたいね。夜な夜な何かをするために夜更かししていたらしいわ。Meは止めたんだけど、行くって聞かなくて。たぶん、ルーシもそのことは分かっているでしょうね。
サミュエルがそんなことを教えてくれた。予想外の事態に対して、悪態を吐く相手が欲しかったのだろう。
しかしそんな何気ない言葉は、マリアンヌに大きな変革を与えることになった。
――何も知らなかった。
マリアンヌの中で罪悪感に近い何かがふつふつを湧き上がってくる。
約束があるとはいえ、ここまで身を削っていたことを知らなかった。
昨日も何食わぬ顔で、マリアンヌと一緒に最後まで残った。あんな口約束ごときにだ。
破ることは出来た。それによって生じるデメリットはほとんどない。それななのに――。
その事実がマリアンヌの何かを変えた。
「私が迎えに行くわ」
そして気付いたときにはそう言っていた。サミュエルからの静止の声を無視してすぐさま飛び立つ。
ルーシからの妨害もあった。だが、いまのマリアンヌにとって、そんなの羽虫程度にしかすぎず、すぐに侍のもとに降り立った。
「侍!」
侍の姿を見た瞬間、マリアンヌの中で何かのタガが外れた。
そのあとのことはもうひどいありさまだった。後から考えてみると、恥ずかしさのあまり悶死しそうになるレベルだった。
赤色のアホ毛が暴走した結果である。
(何が“Cheri”よ)
自分が放った言葉にマリアンヌは自己嫌悪する。
唯一の救いは、侍がその言葉の意味に気付いてなかったことだろう。
そんな感じで、マリアンヌは悶々とした時間を過ごすこととなった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
前にもありましたが、バイトのため少し遅れました。
お待ちいただいた方は申し訳ございません。
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――俺、バイトのお金でニコル・ボーラス買うんだ……。




