⑥
――お助けアイテムみたいなもの、であります。困ったときにだけ見る、でありますよ。
それを見た瞬間、マリアンヌは思い出した。あのとき貰った侍からの手紙のことを。
困ったときに見ろと言われた手紙。それはいまじゃないか。そう思い、仕舞っておいたポケットに手を伸ばす。
そこにあった便箋を丁寧に開封していった。
『もし、その料理で駄目だったなら、これを使うでござるよ。普通の人ならダメだったかもしれないでござるが、あのブリタニア殿だったら行けるかもしれぬ』
そう書かれてあった。
その下には、とある料理のレシピが載っている。大和から習った煮込み料理、その完成形と書かれていた。
そして、封筒の中には鍵が入っていた。大和の部屋の鍵らしい。
「Bretagne、少し待ってて。メインディッシュの準備してくるから」
「えっ、さっきのがそうじゃなかったの⁉」
「なに言ってるの。PoissonのあとはViandesが基本よ」
ブリタニアの疑問に何食わぬ顔でそう答えると、急いで大和の部屋に向かった。
(まったくバカね、侍。こんな他人に鍵を渡すなんて……)
ほぼ反対側の位置にあるため少し時間がかかったが、何とかたどり着く。
「毎日こんな距離移動してたのね。さすがお侍さん」
急いできたマリアンヌは、ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をしていた。日頃の運動不足の成果か。
「明日から運動しよう」
そんな無駄な決心を固めながら目の前を見る。
そこには、マリアンヌ好みのシックで落ち着いた扉がある。
私を信頼するのはいいけど、と思いつつも渡されたカギで部屋の扉を開ける。
そこにはご丁寧に『マリアンヌ殿』と書かれた紙が貼ってある台車があった。
いったいなにが入っているか気になったが、いまは時間が惜しいと考え、急いでブリタニアの元へ戻る。
「Coucou.」
「Welcome. ――What’s this ?」
「侍謹製の何かよ」
「何かって。せめて中身くらいは知っておいてくれないかしら」
「Pardon.」
ブリタニアに平謝りしつつも、台車に何が入っているか確認していく。
そこにあったのは、食材や調理器具と便箋。そして、ひときわ目立つ机みたいなもの――こたつだった。
まずは手紙を見てみる。
ここまで侍の手のひらで踊らされている感じがしてくると、いったい何が書いてあるか、フランスは楽しみで仕方がなくなっていた。
『料理勝負はすでに形から始まってるでござるよ』
(はじめに行って欲しかったわ!)
たったそれだけ。
だけどマリアンヌには、例え文句を言っていようとも侍がなにを伝えたいのか理解はできた。
少しの間でも、師事できたからかもしれない。
(勝つためにはなりふり構わず何かやるってことね。それにしても、料理勝負のこと教えた記憶はないのだけど……)
疑問に残ることもあったが、手紙の意図をくみ取ったマリアンヌはせっせとロケーションの準備をしていく。
初めて試す調理法。
一発本番。
しかしそんな中でも、マリアンヌ殿ならこれくらい余裕だろう、という侍からの挑戦状じみたものにワクワクしていた。
(やってやろうじゃない)
そんな熱意に燃えながら、マリアンヌはエプロンの紐をキュッと締めた。
食材を適当な大きさに切っていく。
次に、調味料を適量加えながら割り下というというものを作る。
ブイヨンかなんかだろう、とマリアンヌは思うことにした。実際に当たっている。
そして、牛脂を溶かし馴染ませて、牛肉を火に入れていく。
(牛肉だから、牛の油ってわけね。相変わらず合理的な方法ね)
マリアンヌは、レシピとにらめっこしながら調理していく。
焦げないように注意して割り下を加え、ほかの具材を入れて煮込んでいく。
豆腐を上下ひっくり返して全体に火が通ったら完成。
あまり見慣れないものが入っているが、侍の料理を食べたからフランスにはわかる。
これは美味い……はずだ。
(ああ、やつの顔がァ)
一瞬だが、侍が八本の足を器用に操る化け物を持ってきたところがちらついてしまい、最後に自信がなくなってしまった。
「Oh……」
そして最後の一文に目を落としたとき、それは杞憂ではなかったといったような声がフランスから出てしまう。
――溶き卵にくぐらせて食うべし。これでおいした倍増でござる。
(まさか生卵にくぐらせて食べる料理だったなんて。生のまま食べるなんて、サミュエルのところのボクサーくらいしかやらないと思っていたわ。恐るべし、Le japan.)
後悔というか、試したことがない未知の領域に恐怖する。
しかし、ブリタニアを脱がせるには試みるしかなかった。
適当に見繕った卵を割り、溶き卵として器に入れる。
生臭いにおいが漂ってきて、ごくりと生唾を呑み込んだ。
「ほら、Bretagneも早く座りなさい」
地べたに座る感覚に、少しだけ嫌悪感があったがどうにかして飲み込んだ。
そして、ブリタニアを座るように促しながらこたつに入った瞬間――、
ぞわり。
なにかがフランスの中を駆け抜けた。
「ああ――――――――――……」
そしてとてつもなく間抜けな声が漏れてくる。
背中を丸め、顔を机にくっつけて、べたりとだれていた。アホ毛もだれていた。
「Bretagneもはやく来なさい」
「いえ、地べたに座るのは」
「嫌悪感は最初だけよ。すぐに気持ち良くなるから」
「……」
頭の中でかなりの問答を繰り返したブリタニアだったが、素晴らしいにおいを発してくる料理と、マリアンヌの気持ちよさそうな顔に心が折れた。
初めてのものを見る猫みたいに、そろりそろりとこたつの中に入っていく。
「ふおおおおおおおおおお」
そんな奇声を上げた。
「――はっ」
「にやにや」
フランスからの視線に気付き咳払いをするが、もう遅い。
その毅然な態度も、いまやただのハリボテに成り下がっていた。
「さあ、メインデッシュよ。これにくぐらせて食べるらしいわ。その名も――スキ=ヤキ!」
「sukiyaki ? Uewomuite?」
ぐつぐつと煮える鍋を覗き込みながら、ブリタニアはそう聞き返す。
それに対して、チッチッチッとマリアンヌは返した。アホ毛も指の動きに合わせて揺れ動く。
「ノンノン。食べ物ののほうよ」
「そ、そうなのですか。それにこれは生卵ではありませんか」
「日本料理の完成形であり、みんなで鍋をつつく家族料理の最強メニューよ。生卵も大丈夫だと思うわ。なんせ、侍のメモにそう書いてあったもの」
「そうは言いますけれど」
半信半疑な様子で鍋を見つめるブリタニア。
だがやはり、その美味しそうな匂いに負けたのか、フォークを鍋に伸ばし始めた。
「ごくっ」
ドキドキしつつも、そのお肉を卵にくぐらせ、口に運ぶ。
「うおほおおおおおおおおおお」
その瞬間、先ほどよりもかなりえげつない奇声を発した。
目を見開き、身体を震わせ、暴れるのを我慢するかのように天を見上げ、両手を体に寄せる。
「だ、大丈夫、Bretagne」
「これは恐ろしい料理だわ。しっかりと味の染みた牛肉が、口の中でじゅわりと音を立てていくんですの。また、卵との相性が抜群。柔らかいうま味と突き抜けた味がうまくマッチングしているのですわ。なんともまあ、素晴らしいお料理なのでしょう」
身体の震えが収まったと思ったら、ブリタニアは矢継ぎ早に語りだす。
身振り手振りで、鍋の具材と溶き卵を差しながら、すき焼きを絶賛していく。
「マリーも早く食べてくださいまし」
「ええ……」
生卵を食べる行為に戸惑いを覚えつつも、その反応を見たら食さなくてはという衝動が身体を巡る。
意を決してフォークでお肉を掴み、卵に通す。恐る恐る口に運ぶその仕草は、ファーストキスをするかのような緊張に包まれていた。
かぷ。
ようやくそれを口に入れた。
心配そうに身体を抱きしめ、肩に力が入るのように体はこわばらせていた。
アホ毛も互いに互いを支えるように寄り添っている。
「……ッ」
声にならない音がどこからともなく漏れてきた。
身体の毛穴という毛穴が引き締まり、ぞわっと毛が一本一本逆立つ。
そんな感覚にさらされる。
そして気付いたときには、一心不乱にそれを食していた。
肉、豆腐、エノキ、春菊。様々な具材を一心不乱に食べる。
食べ慣れない食材も臆すことなくのどを通す。それほどに美味であった。
「お肉がありませんわよ。はやく追加してくださいまし」
「そんなに言うのなら、あんたが焼けばいいじゃない」
食べることに夢中になりすぎて、シェフという自分の役目を放棄してしまうほど、マリアンヌはそれにのめり込んでいた。
ぴょんぴょんとアホ毛も大喜びだ。
こんなことになった目的も忘れ、ただ本能のままに目の前のご馳走を食していく二人。
お肉の取り合いをしたり、野菜を押し付けあったりして、ようやくフォークが止まった。
「ほんといっぱい食べたわね」
「そうですわ。これほど食べたのは久しぶりですわよ」
二人ともお腹をさすって思い思いの感想を言いあう。
若干、食べる前よりお腹が出ているのは気のせいではないだろう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
著者の拙い作品にお付き合いしてくれる読者には、ほんと感謝です。
今日の飯は、クラムチャウダー!
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――メタルギア・ピタゴラスイッチ(笑)




