世は全て事もなし
長く留守にしていた蓬莱村に帰ったら、私の住居兼事務所であったプレハブがなくなっていた。どうやって夜露をしのげというの! と、詩のところに怒鳴り込もうと思ったら、詩の家だったプレハブもなくなっていた。
「こっちです」
愕然としていた私を、田山三佐が連れて行ってくれた。新しい家に。
異界風の外観の、大きな家だった。二棟構造になっていて、前方が会議室や事務所など公的な部分、後ろが寝室や台所など私的な部分になっていた。住み込みのメイドも雇えると言われたけれど、止めてよね。メイドより、事務処理をしてくれる人が欲しい。
外観は異界風だけれど、中身は日本の最先端技術が詰まっている。分厚いマニュアルを渡されたけれど……少しずつ覚えていこう。
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ウルジュワーンには、ナルセさんが高等弁務官として着任し統治下に置いたことで一応の決着を見た。ヴェルセン王国とファシャール帝国の間にも、ひとまずは講和を結べた。日本は新しい領土、「無名島」を手に入れたし、蓬莱村もテシュバートも着実に発展している。
日本は、この異界に定着しようとしている。私はなんとか調整官としての仕事をこなしている、と言ってもいいだろう。良いよね?
調整官の仕事と言えば、いくつか片付けなければならないことがある。
ひとつは、ルートの処遇だ。オーストラリアのホール3経由で、ルートを故郷に帰すこともできる。が、できるだけ本人の意思を尊重したいということで、聞いてみた。
「現時点で、元の世界に戻る意思はない。この世界を知りたい」
了解。実を言えば、日本政府はルートを日本に連れてくることに少し躊躇していたので、良い結果になったと思う。ただし、ルートのことを調べるため、研究者の一団が蓬莱村に滞在することになった。こっちは科学チームに対応してもらおう。
もうひとつは、マイク・ホンダのことだ。
明確な命令違反を犯し、あの場にいた全員を危険に晒したことは事実。とはいえ、私たちは軍隊組織じゃない。私たちの世界に送り返してDIMOに引き渡すことになった。
「桜さん、いえ、阿佐見調整官。長い間お世話になりました。ありがとうございました」
「日野さん、本当に止めちゃうの?」
日野二尉が、自衛隊を辞めて蓬莱村を去るという。
「えぇ。これからどうなるかは分かりませんが、彼を支えたいんです」
いつの間に、そんなことになったのか。日野二尉は、マイクさんを追っかけるのだという。私には止める権利はないが、さみしくなるな。
「私も迷いましたが、グタグタ迷っているなんて、私らしくないと思って」
そう言って笑った日野二尉は、とても輝いて見えた。後日、日野二尉の送別会が行われたが、泥酔して前後不覚になった男が大量に出た。
日野二尉が去るのは悲しいことだけれど、もう二度と会えなくなる訳じゃない。迫田さんと私は、ツテを辿って日野二尉――日野美奈さんが、DIMOに再就職できるように手配した。DIMOにいれば、マイクさんとも連絡しやすいだろう。
こうして、蓬莱村に平和な日々が戻った。
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でも、私は大切なことを忘れていたのだ。後悔先に立たず。阿佐見桜、一生の不覚。それに気付かせてくれたのは、詩の言葉だった。
「桜、あなた、ずいぶん焼けたわね」
あぁぁぁっ! 日焼け止めとかケアはしていたつもりだけれど、南国の太陽は無慈悲だった……美白ケアの化粧品を手配したけれど、年齢的に……クッ。南の島なんて、だいっ嫌いだぁぁぁぁっ!
これでファシャール帝国編は終了です。
幕間話を挟んで、新章を始める予定です。




