調整官、王都を目指す(2)
急に決まった王都行きを前に、片付けなければならない山積みの業務を馬車馬のごとく裁いているところに、王都からのお迎え――騎士三名と役人が一名の計四人――がやってきた。王都までの道中を警護し案内する役だという。素直に受け取れば、王からの心遣いだけど、穿った見方をすれば監視役。蓬莱村から王都まで、余計なことをせずに真っ直ぐ来いということなのかも知れない。いずれにせよ、王都までの足が増えたので、こちらとしても楽になった。
王都から来た四人には、出発までとりあえず異界風に作った宿舎で休んで貰うことにする。あまり見られたくないもの知られたくない情報もあるので、隔離しているみたいなものだ。あちらもお互い様なので、不満はなさそうだ。この辺の采配は、迫田さんからのアドバイスに従った。
村からは、王都までの移動手段として、馬三頭と馬車二台を出すことになっている。農業畜産部門で飼育している羊や山羊、牛は地球から持ち込んだものだが、馬は、ラーダー種という異界の動物だ。競馬で活躍するサラブレッド種と道産子の中間ぐらいの大きさで、見た目に違いがほとんどない。スマートというよりも力強い印象がある。学術的には違うかもしれないが、蓬莱村では馬と呼んでいる。別の名前を付けて呼ぶのも面倒だし。村にいる馬の半数は、ヴェルセン王国から友好の証として送られたもの、半数は購入したもの。意外と高いのよ、これが。
二台の馬車は、どちらも日本で作った馬車だ。そのうち、一台は荷を運ぶために使われている、異界基準の普通の馬車だが、もう一台の馬車は特別製、ハイテク馬車だ。外観は異界風の二頭立て馬車のように見えるが、その中身は様々な地球の先端技術が詰まっている。
車体は、高張力特殊鋼のフレームにCFRPのボディ、窓は液晶シャッター付きのABS樹脂。もちろん、魔石を利用した魔法的な防御も施されている。馬車の屋根、天板にはソーラーパネル。床下にはバッテリーと通信装置、記録装置を配置。車輪は一見、木製に見えるがボディと同じくCFRPで作られており、接地面にはゴム。さらに車輪を支えるサスペンションには、スプリングとオイルダンパーが使われているので乗り心地も悪くない。中の座席は、異動させるとフルフラットになるので、居住性も抜群。あとはトイレがあれば……それは贅沢というものか。
車輪の中心にはインホイールモーターが入っていて、馬がいなくても自力で走れるらしい。使ったことないけど。こんな技術の塊が盗まれた大問題なので、何重にもセキュリティが掛けられており、蓬莱村の人間でも、許可された人間でなければ利用できない。王都に行って、もし万が一のことが起きたら、これが私たちのセーフティーゾーンになる。援軍は望めないので、気休め程度にしかならないけれど。
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舞踏会開催日の四日前に、私たちは村を出発した。王都からの迎えも含めると結構な大所帯だが、危険の多い異界ではこれでも少ないと言われた。少人数で旅をするのは、腕を上げたい武芸者や冒険者、あちこちをさまよう吟遊詩人、高位の魔導士くらいのもの、なのだそうな。異界では、旅も命がけということか。
高位の魔導士といえば、今回の王都行きにはヴァレリーズさんも同行する。たしか王都には娘さんも住んでいるはずだから、久しぶりの親子対面をしたりするのかな?
村と王都の間の地図は、まだ完成していない。詩は国交省の人間だから、たぶん日本からいろいろとせっつかれていることだろう。強い要請が来ているのは、私も同じだけれど。機材も人員も限られている中では、村の外までは中々手が付けられていない。なんとか村の周辺は、ドローンを使ったレーザー計測で地図作製ができているのだが、王都までの間を無許可で測量する訳にはいかない。そんな訳で、村から王都までの、正確な距離も判っていない。王国から提供された地図は、現代日本人からすれば落書きみたいなもので、距離や方位はかなりあやしい。
ハイテク馬車には、ジャイロと加速度センサーを組み合わせた慣性測位システムと画像処理による測位システムが搭載されているが、道路事情が悪いため精度には期待できない。また、搭載されているカメラすべてを使って、異界板ストリートビューを作りたいという声もあったらしいが、それも先になりそうだ。
王都へ出発する当日。村人がゲート前に集まり、皆で送り出してくれた。
「上岡一佐! 村を頼みます!」
私の言葉に、上岡一佐は頷き返す。
「上下水道工事の方、よろしくお願いしますねぇ」
これは詩から小早川先生に向けて。先生は、苦笑いしながらも手を振ってくれている。ハイテク馬車には、私と詩、日野二尉、そしてなぜか……。
「なぜ、王都行きに参加することにしたんですか? 御厨教授」
なぜここに御厨教授?
「研究が行き詰まっちゃっているからね、別の視点はないものかと参加することにした」
要するに、気分転換か! よく、小早川先生が許したなー。あ、まさか厄介払いか? 面倒を私に押しつけたのか? 小早川先生の苦笑いは、そんな意味もあったのか? 意趣返しか、あの狸親父!
「王都には、魔石を専門に扱う店とか、魔法の研究者もいるそうじゃないか。是非、この機会に知識を得たいと思ってね」
そうでしょうとも。でも、私には悲惨な未来しか見えないっ! 私はよっぽど悲壮な顔をしていたのだろうか。
「大丈夫ですよ、教授は私が抑えますから」
日野二尉がこっそりと耳元で囁いた。ありがたや。今日からねぇさんと呼ばせてください。
そんな風にトラブルの元凶を抱え込んだ一行が村から出ると、その後ろでフェンスに設けられたゲートがガチャンと音を立てて閉じられた。いろいろと不安もあるけれど、王都を目指してレッツゴー! あ。レッツゴーって、もしかして死語?
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森の中を切り拓いた一本道を、私たちはゆっくりとしたペースで進む。元々は獣道だったところを、王国との講和成立後整備した道だ。といっても、樹木を伐採して根を取り除き平らにした程度で、アスファルトやコンクリートで舗装しているわけではない。王都はもちろん、他の村との交流もそれほど頻繁に行っている分けじゃないから、当然優先順位は低くなる。上岡一佐は、「舗装すれば侵入され易くもなる」と舗装には反対している。それもそうだけど、月一でも荒れ地を進むより舗装した道路を走りたいよねぇ。
今、私たちが進んでいる森は、魔物が頻繁に現れる森で、王国の人たちからは、“魔物の森”とか“帰らずの森”とか物騒な名前で呼ばれている。日本にある”穴”の接続先がこの森だったことが、悲劇の一端でもあった。そりゃ、魔物の森から出てきたら、魔物の仲間と勘違いしても仕方ないよね。魔物相手に話し合いをする余地なんて現地の人たちは持っていないから、見知らぬ存在は敵と判断して攻撃したのも、現代日本の考え方からすると野蛮だけれど、仕方がないこと。……と、すべての人が納得してくれたなら良いのだけれど、十年経った今でも異界人たちを許せないと思っている人はいるらしい。悲しいことだけど。
馬車の窓から後方を覗いたら、馬に乗った迫田さんが王都から来た騎士と何か話しているところが見えた。迫田さんが馬に乗れることも驚きだが、村ではあんまり外交的なところを見たことがなかったので、異界の人とあんなに親しげに話す迫田さんが新鮮に見える。普段はクールでとっつきにくい印象だけど、笑うとなんだかフレンドリー。ちょっと意外。
馬車の中では、詩と日野二尉が楽しくおしゃべりしている横で、御厨教授がなにやらごそごそしている。
「教授、何をしているんですか?」
「ん? あぁ、大気中のサンプル採取だよ。小早川先生から頼まれてね。王都までの間で何回か、サンプルを取るつもりなんだ」
へぇ、人から頼まれたこともきちんとやるんだ。こっちも意外。
「ちょっと日本から送って貰いたいものがあってね、フフフ」
あ、やっぱり。
森の中は魔物に襲われる可能性が高いので、休憩を取ることなく走り続けた。森の中に、何度か魔物の影を見たが、こちらを襲ってくることはなかった。走り続けたお陰で、昼過ぎには森を抜けることができた。
森から離れたところで、一旦、お昼休憩を取る。私たちも馬も、疲れが見え始めていたが、警戒を緩めることなく、半分ずつ交互に休憩した。
「猪もどきだ!」
警戒していた騎士の一人が声を上げた。彼が指さす方向に、異界でレーボアと呼ばれている、猪に似た魔物が真っ直ぐにこちらへ突進して来るのが見えた。猪より大きい。あんなのにぶつかられたら、ただでは済まない。
「火よ風よ、清き炎で敵を焼き尽くせ、火炎矢!」
詠唱の声と共に、ヴァレリーズさんの手から炎の矢が飛び出す。炎の矢は、うなりを上げて一直線に魔物に向かって飛ぶ。猪もどきは、炎の矢が当たる直前、首を振って矢を避けようとしたが間に合わない。ヴァレリーズさんが放った魔法の矢は、猪もどきの首筋に深々と突き刺さった!
グォォーンッ!
雄叫びを上げる、猪の魔物だったが、そこに次々と矢があたった。日野二尉たちが弩で魔物を攻撃したのだ。やがて、猪もどきは横倒しに倒れて動かなくなった。騎士さんが近寄って死んだことを確認すると、どこからかナイフを取りだして魔物の解体を始めた。騎士さんたちは、首筋から薄緑色をした魔石を見つけ出して、私に渡してくれた。魔物が持つ魔石の所有権は、魔物を倒した者、つまりヴァレリーズさんと日野二尉に帰属するらしい。ヴァレリーズさんは権利を放棄したので、魔石は蓬莱村のものとなった。ありがたくもらっておく。
魔石を取り出した後の死骸は、そのままにしておくと別の魔物を呼んでしまうので、穴を掘って(もちろん魔法でだ)そこに埋めた。
そんなトラブルはあったものの、一行が再び旅へと戻った後は、街道を見つかるまで何も起きなかった。
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