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異界調整官 ~異世界で官僚、奮戦す~  作者: 水乃流
第二章

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帝国への潜入

迫田の話です

 私の本分は、外交官だ。

 従って、情報の重要性は十分認識している。交渉の前には、必要な情報だけでなく、必要でないと思える様な情報も集めるように心がけてきた。といっても、私自らが情報収集を行うわけではなく、専門チームに依頼していたのだが。

 しかし、何の因果か現在の私は、情報収集に適したスキルを身につけた状況にある。吸血鬼化したことによって私が得た能力は、隠密活動にうってつけなのだ。これを活用しない手はない。


「――で、港町の船着き場に行ってみたのですが」

 ここは、ファシャール帝国に属する小国の、その外れにひっそりと立つ小屋の中だ。帝国民に化けた王国の魔導士ふたりからの報告を受けているところだ。この国の民は、漁で生活する人間が多いからか、浅黒い肌をしている。ふたりの魔導士も、特殊な染料で肌を染めている。顔立ちは元々南部の出身で、南方系に近い。

 しかし、私はモンゴロイドであり、この世界の住民とは顔立ちが違う。そもそもこの世界にモンゴロイドが存在するのかどうか……かの賢者が、我々に似た顔立ちをしていたというが、噂話のレベルを出ない……故に、昼間はこの小屋に隠れ、彼らと交代で陽が落ちてから私が情報収集――有り体に言えば、スパイ活動だ――に出ている。


「船の数が思ったより少なく感じました」

「私も同感です」

 王国は、海に面していない。故に漁と言えば河なのだが、それでも少なく感じたのだという。

「小国ゆえ、とも思えますが、港の規模は大きいのです」

「市場のようなものもありますが、活気は余りありません。明日は、少し朝早くに見て回ろうと思います」

 たしかに、この国は、国というのも憚られる程小さい国ではある。入手した地図で見る限り、静岡県の半分くらいだろうか。それでも領主がいて、ある程度の自治もある。

「漁業中心の国で、船が少ないのはおかしいですね。何か理由があるのかも知れません……国王の屋敷、じゃない城に乗り込んでみましょう」

「サコタ殿。貴殿のお力は理解しているつもりですが……」

「大丈夫です。結界魔石の回避方法も熟知していますから」

「そうですか。いざとなったら、我々をおいて脱出してください」

「そうならないように、努力しますよ」


 彼らには詳しく話していないが、私の吸血鬼としての能力は、異界(こちら)の魔法とは発動原理が異なっているようだ。魔法が魔素(マナ)を消費して行使されるのに対し、たとえば変身能力は、私の中にある何かの力によって行われる。私自身もまだ理解していないことが多いが、私を吸血鬼化したレイアール伯爵によれば、理解しても他人には話せない禁忌というか、呪いのようなものがあるらしい。「そこに能力があり、行使できる。それだけを理解していればよい。その根源を無闇に覗き込めば、自らを縛ることになる」と、警告されている。

 たしかに、ホール2はもちろんホール1(ここ)でも日本でも吸血鬼の能力は行使できた。当面はその事実だけで我慢しておくが、いつかは根源とやらも覗いてみたい気がする。


□□□


 帝国の――というか、沿岸の国々では、石と漆喰でできた開放的な家屋が多い。漆喰には藁ではなく、海藻を乾燥させたものが使われているらしいが、結構頑丈にできている。開放的な構造になっているのは、閉鎖的な間取りにすると湿気で黴が繁殖するからだろう。

 ただ、国王の住居は違う。城というにはやや小型で、王都の城に比べれば大邸宅というレベルか。ただし、建築様式は、王国のそれとはことなる。なんと言えばいいのだろう? お椀をひっくり返したような、ドーム型の屋根を持つ建屋が連なっていると言えばいいか。窓は横に細長い。写真は何枚も撮っているので、村に持ち帰って解析してもらおう。

 城は城壁で囲まれているが、空を飛べる私には何の障壁にもならない。魔石による結界を通る時、少し抵抗を感じたが、難なく城内へ侵入できた。建物の端には、なぜかヘリポートのような張り出し、大きめのベランダがあるが、そこに降りることはない。一旦中庭に降りたち、周囲の気配を探る。当たりに動いている人の気配はない。城の正面に近い見張り台に二人、城の反対側を巡回している人間が二人。これもまた、吸血鬼になって得た能力のひとつだ。人間だった頃には、人の気配など探知できなかった。


 誘拐事件の後、自分の身は自分で守れるように、吸血鬼流の護身術・格闘術も身につけている。異界(ここ)ではなく、ホール2に行ったときだけだから、十分な強さとは言えないが、ふたりくらいなら相手に気付かれないよう気絶させることぐらいはできるようになった。吸血鬼流武術の手ほどきをしてくれたレイアール伯爵によれば、吸血鬼の若者が犯しやすい失敗の筆頭は“慢心”によるものだそうだ。能力が高いが故に、神がごとき万能感に酔いしれてしまい、相手を見くびり手ひどい目に遭うことが多いという。吸血鬼は、永い寿命ではあるが、決して不老でもなければ不死でもない。失敗によって永遠に滅せられることもある。まず第一に、油断せず注意を払うことだと教わった。


 私は物陰に沿って、城の中に侵入した。目指すは王の執務室。正確な場所は分からないが、大抵高い場所で中心近くにあるはずだ。部屋を探しつつ進むと、城の中心に近いところにそれらしい扉があった。施錠されている様だが私には何の障害にもならない。身体を霧化して隙間から侵入する。部屋の正面奥には、大きな机があり、その上にはたくさんの羊皮紙の巻物が積み上げられていた。やはり執務室らしい。

 素早く近寄って、巻物を広げてみる。窓からの月明かりしかないが、私にとっては昼間と同じような明るさなので、読むことに支障はない。だが、しっかりと内容を読むには時間がかかる。私は、

持ってきた赤外線カメラを取りだし、巻物の内容を撮影する。五、六本の巻物を画像に収める頃には、斜め読みした内容から、この国、いや帝国がおかれている状況がおぼろげに見えて来た。なるほど、こんな背景が……。

 すべての巻物を撮影し終わると、部屋の中も撮影しておく。ふと、入ってきたドアの上に、肖像画がおかれていることに気が付いた。その肖像画には、一組の男女が描かれていた。最初は、この国の国王夫妻の肖像かと思ったが、背格好が違う。どこかで見たような気もするが……。

 そこに人が近づく気配がした。そろそろ退却の頃合いか。再び霧化して窓から外に出る。そのまま、コウモリへと変化して城の外に出た。王国魔導士が待つ隠れ家へと歩き出した時、不意に思いあたった。あの肖像画に描かれていた人物は!


「まずいな」

 外交は、情報戦だ。交渉の場でこの事実が明らかになれば、阿佐見さんは動揺するだろう。そこにつけ込まれる可能性は高い。一刻も早く戻らねば。私は、闇の中を全速力で走り抜けた。


誤字のご指摘ありがとうございます。

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