事前の打ち合わせは大切よ
こうして、我が遠征隊に吟遊詩人が加わった訳だが、以外にも(怒られることもなく)隊員のみんなには受け容れられた。というか、移動中、ニブラムさんが謳う物語を無線で流すことになった。みんな、言葉には出さなかったけど、代わり映えのしない風景に飽きていたのかも知れない。
そういえば、地球では長時間の移動ってないわよね……海上自衛隊は別にして、PKOでも駐屯が長くなることはあっても、移動は長くたって二日くらいのものでしょ。村に戻ったら、上岡一佐と話さないとね。たぶん、調査のための遠征も、今後必要になるだろうし。
吟遊詩人さんは寂しげな歌が好きだと言っていたが、今は、かなりアップテンポな歌を歌っている。異界基準でのアップテンポなので、16ビートとかではない。それでも、遠征隊のみんなはウキウキした雰囲気に包まれていた。うん、同行を許可したのは、良い判断だった。そう思うことにした。
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昼を過ぎた辺りで、王国騎士と出会った。私たちを迎えにやってきた二人は、春に行われたドッヂボール大会にも参加していたのを覚えている。わざわざ知っている人間を、迎えによこしたのだろう。
少し休憩した後、彼らの案内で合流地点へと向かうことになった。騎馬の並足に合わせての移動なので、車としてはかなり低速だ。
そんなのろのろ運転でも、ちゃんと前には進む。日が暮れる前に、なんとか王国の遠征隊と合流することができた。
「お久しぶりですね」
「お久しぶりでございます。ドーネリアス殿下におかれましてもご健勝のご様子、日本国政府に代わりお喜び申し上げます」
合流地点で私たちを待っていたのは、ヴェルセン王国第一王子、ドーネリアス・アルクーラ殿下だった。ヘルスタット王が蓬莱村を訪問した後、第一王子が正式に皇太子となることは、王国内に通達されていた。同時に、カイン王子の日本留学も発表された。インパクト、という面では、後者の方が大きかったようだ。第一王子が皇太子になるのは、既定路線だからね。
「そんな堅苦しい挨拶は止めてください、サクラさん。私は貴女を、友人と思っているのですから」
「もったいないお言葉です。では、失礼して……お元気そうでなにより」
「はははっ。ありがとう。サクラさんも元気そうだね」
「そうでもないです。クタクタですよ」
こんな会話ができるのも、周囲に人がいないからだ。いくら許しを得たからといって、私だって周りの空気ぐらい読めるわよ。
そんなわけで、挨拶を済ませると、私たちは来る交渉に備えて打ち合わせに入った。
王国としては、無駄な戦いを回避できるのであればそれに越したことはない。が、ファシャール帝国が急に態度を変えたことに少なからず疑念を持っているそうだ。王子は、おそらくは、と前置きした上で、やはり日本の――もっと具体的に言えば、ソニック君に搭載されているリニアレールガンの――存在を知ったからでは?ということだった。竜討伐の際に、帝国側のスパイも様子を見てたのは知ってるし、当然、内容も帝国トップに伝わっているだろう。でも、実際に見て見なければ判断付けにくいと考えたのではないか、と王子は自分の推測を話した。
確かに、伝説の竜と対等に渡り合える武器なんて、実際に見ないと信じられないかも。でも、現代人の私は、もっと破壊力の大きい武器も知ってるしなぁと思ってしまう。
話はずれるけれど、私個人としては、地球の大型爆弾とか核爆弾といった大量破壊兵器が、異界で使えないことに安心している。確かに当初は、そのせいで命を落とした日本人もいるのだけれど。
閑話休題っ。
王子は、さらに帝国の思惑を推察する。交渉に私たちを引っ張り出したのは、私たちを味方に付ける、もしくはリニアレールガンの秘密を、その一端でもいいから知るためではないか。
それは、迫田さんも言っていた。だから、今回、ソニック君を村に残したことは正解だと。でもねぇ。ひとつ気になるのは、帝国の指名が“日本国代表”ではなく“阿佐見桜”、つまり私個人である点なのよ。それに対しては、王子も頭を捻っている。
結局、帝国の真意は、実際に対面して判断するしかないという結論になり、考え得るいくつかのパターンに対応すべく、準備を整えてきた。<ハーキュリーズ>もそのひとつ。できれば、武力衝突は避けたいけれど……ねぇ。
その後は、双方の実務者を交えて、今後の予定について打ち合わせした。帝国との会合場所は、国境近くの帝国側、かつては村だった場所を指定されていた。今いる場所からは、小さな峠を越えた向こう、馬で半日かかるらしい。ところが問題があって、馬は通れるけれど私たちの車両が通過できるほど道幅が広くないという。
ドーネリアス王子は、到着した私たちを見て、すぐに配下の人たちに指示を出してくれていた。土属性魔法が得意な人たちが、魔法で道幅を広くしてくれている。日本なら数週間はかかる工事だ。それでも、2~3日は掛かりそうなので、それまではここに足止めとなった。もちろん、帝国側には遅れることを知らせた。
蓬莱村からの遠征隊にとっても、ここで休みを取ることはいいことだ。田山三佐を通じて、みんなに休みを伝えてもらった。私が用意してもらったテントに戻ると、ひとりの隊員が待っていた。たしか、工作班の神谷一尉だ。
「ご苦労様です!」
「あ、どうも」
「田山三佐から伺いましたが、ここでしばらく滞在するそうですが、それに関してお願いがあって参りました」
「はぁ。なんでしょう?」
工作班は、これまでの道すがら、中継用通信塔を建ててくれるなどした部隊だけれど、まさか、道路拡幅工事を手伝いたいとかそんなんじゃないわよね?
「観測用バルーンの使用を許可していただきたく」
「え? あ、そんなこと? 別に構わないですけど……」
予想ははずれ。まぁ、そうよね。
「すでに田山三佐には報告しておりますが、科学班の方々から、機会を見て計測をして欲しいと言われておりまして」
そういえば、そんなことを聞いた気もする。あーやることが多くて、忘れてたわ。
「そうですね、えぇ、負担にならない範囲でお願いします」
「はっ! ありがとうございます!」
いや、本来はこちらからお願いしなければならないところだし。トラックに向かう神谷一尉の後ろ姿を見ながら、私はその他にも忘れていたことはないかと、タブレットを起動させながら思いを巡らせた。
誤字のご指摘ありがとうございます。




