“剣の魔獸”対<ハーキュリーズ>
数分後。
走る指揮車の前方から、雄叫びが聞こえてきた。
「丘の向こうだ! 総員、警戒!」
田山三佐の指示が飛ぶ。街道は、丘を大きく回り込んでいて、その先がどうなっているのかわからない。車列が加速し、ようやく野営地が見えて来た。
「サーベルタイガーかっ!」
もちろん、地球の剣歯虎ではない。でも、虎を邪悪にしたような魔物で、魔物の中でも凶暴で剣呑だ。なにしろその頭部から生えている角は、まるで剣のようになっていて、人間の胴体など簡単に切断してしまうのだ。王国ではハウガルと呼ばれている。別名、“剣の魔獣”。蓬莱村での呼び名は、剣角虎。
その剣角虎は、今まで目にした中で一番大きかった。体高は百八十くらいありそうだ。それを囲んでいるのは、四人の自衛隊員。かれらは、金属製の鎧を身につけている。この鎧こそ、切り札のひとつ、異界での新装備、強化外骨格――<ハーキュリーズ>だ。
最先端技術を詰め込んだ四つの鎧は、剣角虎を囲むようにゆっくりと移動している。相手も額から生えた剣で威嚇しながら、獲物をどれにするのか選んでいるようだ。不意に、魔物がひとりに向かって飛びかかっていった!
だが、その剣のごとき角は空を切る。狙われた隊員は、大きく後方へ――五メートル以上も後ろへジャンプしたのだ。一方、残りの隊員は、剣角虎を目がけて一斉に襲いかかる。その手には、スタンバトン。剣角虎は、スタンバトンの電撃を受けて少し怯んだけれど、すぐに態勢を立て直して隊員たちに向き直ってしまった。これで森に帰ってくれれば良かったのに。魔物は、なんでこうも好戦的なんだろう。
低く唸りを上げて威嚇する剣角虎。ソニック君のレールガンでも威嚇することはできても、当てるのは難しいだろうな。<ハーキュリーズ>はどうするんだろう? 私の心の声が聞こえたかのように、四人の<ハーキュリーズ>が一斉に左腕を振るうと、そこには剣が現れた。左腕の内部に格納されていた刃だ。
「田山三佐、お願い。“殺す事が目的じゃない”って伝えて」
「了解しました」
田山三佐が無線で指示を出すと、四人のうち一人がこちらを向いて首肯した。フルフェイスに近いヘルメットを被っているから、誰だかはわからないけれど……。
四人は、警戒しながら再び剣角虎を包囲した。剣角虎も低い唸り声を上げながら、周囲を見回している。あれは、次の目標を見定めているんだ。
「!」
魔物が疾駆った。真っ直ぐに、一人の隊員に突っ込んでいく。剣角虎の角が、その身体を貫く! 赤黒い液体が飛び散った!
「あっ!」
その場にいた誰もが、惨劇を想像したけれど、そうはならなかった。
剣角虎に突っ込まれた隊員は、間一髪で身体を捻って凶悪な角の攻撃を避けていた。それだけでなく、彼(?)は、すれ違いざま、左腕の剣で剣角虎の皮膚を切り裂いていた! 飛び散ったのは、剣角虎の血だ。
まるで映画のワンシーンのようだ。それも時代劇映画。
グワァァォッンン!
魔物の苦しそうな叫びが、あたりに響く。身体から血を流しながら、それでも魔物は態勢を立て直そうとしている。さすが野生。
四体の<ハーキュリーズ>は、それを好機と見て相手に突っ込んでいった。四本の剣が、剣角虎の身体を切り裂く。最初は浅く、数も少なかったが、徐々に傷は深く、数も多くなっていく。傷つきながらも抵抗を続けていた剣角虎も、やがて自分の不利を理解したのか、森の中に逃げ込んでいった。
「みんな、怪我は?」
「……誰も怪我はしていません。装備に損傷もありません」
田山三佐の言葉に、私はほっと胸をなで下ろす。その間にも、田山三佐はてきぱきと野営地の周囲に結界用魔石とセンサーの配置を指示していた。
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「ご苦労様でした」
特殊装備支援車両に戻って、<ハーキュリーズ>を格納した隊員にねぎらいの声を掛けた。
「いえ、訓練の成果です」
にっこり笑ったのは、日野二尉だ。彼女は、強化外骨格<ハーキュリーズ>の適正を認められ、異界で編成された自衛隊特殊装備班の班長となっていた。班員は日野二尉以下、峠村一曹、三橋一曹、そして、マイク・ムラタ。ムラタさんは、民間人だが<ハーキュリーズ>の開発に当初から関わっており、インストラクターとして班に参加している。現在の身分は、DIMO職員ということになっているけど……。初対面の印象は“胡散臭いおっさん”。その印象は今でも変わってない。ヒトを先入観で判断しちゃいけない、とは思うのだけれど。
出発前、上岡一佐に確かめたことがある。特殊装備はどこから来たのかと。
「私にも、わかりません。少なくとも装備庁で研究開発していたものとは、まったくの別物のようです」
「日本製じゃないとしたら……米軍かしら?」
「恐らくは。どういう経緯なのかは分かりませんが」
「何が狙いだと思います?」
「データ、でしょうね。実戦データ」
アメリカが、兵器の実験場として異界を選び、DIMOを通じて送ってきたのだとしたら、<ハーキュリーズ>の運用は慎重に行わなければならない。やっかいなものを持ち込まれたなぁと思う反面、今日の戦いを見たら役に立ちそうでもある。うーん、悩ましい。
「日野二尉、ぽーんって後ろに飛んだの、貴女でしょ? すごかったわ。五メートルくらい跳んだ?」
「<ハーキュリーズ>は、筋肉の力を倍増させますからね。私もあれほど跳べるとは思いませんでしたが」
「その後もすごかったわね。さっ、と避けて」
私の言葉に、日野二尉が戸惑いの表情を浮かべた。
「基本的に<ハーキュリーズ>は力を増強させはしますが、反射神経は装着者次第です。ですから、あの動きは彼の運動能力、ということになります」
「彼?」
「マイク・ムラタさんです」
あの胡散臭いおっさんが、魔物を避けた驚くべき反射神経は、マイク・ムラタの運動神経によるものだということ? だとしたら、民間人なんてちゃんちゃらおかしいわ。
「<ハーキュリーズ>の訓練を始めてから三ヶ月くらいになりますが、私にはあんな動きは無理ですね」
日野二尉の運動能力の高さは、私も知っている。彼女よりもすばやい反射神経の持ち主か……。私は、頭の片隅に要注意人物として、彼の名前を書き込んだ。
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その後、何度か魔物との遭遇はあったが、こちらに損失はなく、旅は順調に進んでいた。
途中、立ち寄った村には、許可を得て(というか、ヘルスタット王から勅命を出してもらって)通信用のアンテナと簡易な発電・蓄電システムを設置していった。もちろん、蓬莱村との連絡用だ。将来的には、施設を拡充して水素ステーションを各村に設置したいと思っている。今はまだ村の人たちは必要ないかも知れないけれど、必ず必要になるはず。現時点では、それぞれの村に見返りを渡さないといけないけれど。
そして、南方への行程も終盤、明日は王国代表団と合流という時に宿泊した村で、私たちは吟遊詩人に出会った。
誤字のご指摘ありがとうございます。




