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異界調整官 ~異世界で官僚、奮戦す~  作者: 水乃流
第二章

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南からの来訪者

 蓬莱村の北に、川幅二十メートルほどの川が流れている。そこから水路を使って引いた水を、農業用水として利用しているのだが、さらなる利用拡大のために村の境界線を川岸にまで延ばすことになっている。そこまで村を拡張できれば、生け簀や浄水施設などを建設する計画だ。私が決めたわけじゃなくて、日本(あっち)の偉い人たちが考えたんだけど。そんな机上の計画がすべて上手くいくとは限らないわけで、尾崎さんたちは現場で指揮をとりながらいろいろと手直ししている。最終的にできたものが計画と大きく違っていても、それはまぁ、現場の判断ということで。

 雪が融けた頃からすでに開拓作業が始まっていて、電動の重機が樹を切り倒し、根っこを掘り返している。魔物(クリーチャーズ)対策として、ソニック君も配置している。

 開拓によって切り倒した木材は、村の中に積み重ねておかれている。十分乾燥させてから、近隣の村に建てるログハウスの建材として活用される予定。自然乾燥だけじゃなくて、魔法も使おうと考えていて、王都から火属性、風属性の魔導士を派遣してもらう約束も取り付けている。上手くいくといいのだけれど。


 なにしろ、辺境伯の領地への移住希望者が殺到していて、早急に建材が必要になっている。今のところ、日本政府から辺境伯への無償提供ってことになっているけれど、辺境伯である私は、日本政府代表の調整官でもあるわけで、後で問題にならないか少し不安ではある。ただ、日本政府から一方的な援助を受けているという訳でもなく、辺境伯領地内のボーリング調査の許諾を与えたりしている。こうなると、もう自分の立ち位置がごっちゃになって、精神的に疲れる。


 詩には、「留守の間、村のことは任せて」なんて言っちゃったけど、少し安請け合いだったかもしれないと、後悔しはじめている。やることが山積みなんだもん。回せる仕事は他の人にやってもらっているけれど。あぁ、「良きに計らえ」で全部回ってくれたらいいのに。


 そんなこんなで、いろいろな案件に頭を悩ませている時、寒川一曹が部屋に飛び込んで来た。

「阿佐見さん! 村の入り口でトラブルが起きたんですが、一佐が阿佐見さんに来て欲しいそうです」

 上岡一佐が私を? なんだろう? 大抵のことは、上岡一佐の判断に任せているのだけれど……。悩んでも仕方がない。私は、寒川一曹の案内で、上岡一佐の下へと向かった。


□□□


 寒川一曹の運転する電動バギーが村の入り口に着くと、そこにはスタンネットやゴム銃を持った自衛隊員数名に囲まれた人たちがいた。あ、ゴム銃っていうのは、強力なスプリングでゴムの弾を撃ち出す銃のこと。おもちゃみたいだけど、連射もできるすぐれものだ。


「阿佐見さん、ご足労いただき申し訳ない。ご判断いただきたい事案が発生しまして」

 私の姿を見て、上岡一佐が走り寄ってきた。

「事案って……あの人たちですか?」

「えぇ、いきなりやってきて。それが、やっかいなことに南方からの難民らしいのですよ」

 南方って、ファシャール帝国か! ということは、王国の領内を縦断してきたことになる。やってきたのは五人。女性が二名で男性が三名だ。馬車も見当たらないので、徒歩でここまできたのかな?

「しかし、俄には信じられない話ですよね」

「そこです。あきらかに怪しいです」

 上岡一佐の言う通り、彼らが本当に帝国から来たのだとすれば、馬車を使ったとしても一ヶ月以上は掛かるだろう。何より、蓬莱村(ここ)と王国の間には砦もある。砦を避けたとすれば、魔物(クリーチャーズ)が徘徊する森を抜けてきたことになる。実は、私たちが駆除しているため、村から南側の森で見かける魔物(クリーチャーズ)の数は激減している。だが、王国国民でさえほとんど知らないその情報を、帝国から来たという人たちが知っているとは思えない。


「安全策を取るならここで追い返すことが一番ですが、どうです、ここはひとつ乗っかってみませんか?」

 あれ? 上岡一佐って、こんなキャラだっけ?

「彼らの目的を知るために泳がすってことですか? 自衛官らしくないですねぇ」

「いえ、どちらかと言えば、彼らがここまで辿り着いた方法が知りたいのです。そのために、二、三日は村で保護し、その後を追跡したいと思うのですが」

 積極的な情報戦に打って出るということかしら。技術的優位はこちらにあるけど、あっちには魔法があるからなぁ。

「分かりました。作戦を許可します。ただし、村に損害を与えないようにお願いします」

「もちろんです。すでに見られて困るようなものは、隠すように通達済みです」


 有能な人が働いてくれることは、とても助かるのだけれど、私が責任者である意味を見失いそうで怖いわ。みんなに見捨てられないようにがんばらないと。


「とりあえず、彼らには()()()()に止まってもらいます」

 そういって、上岡一佐は彼らの下に走って行った。しばらくして、彼らは移動を開始する。着ているものはボロボロだし、確かに疲れているようにも見える。でも、中でも一人、顔はフードに隠れて良く見えないけれど、鋭い眼光を放つ男がいた。睨んでいる、のではなく、探るような目だ。頭の先からつま先まで、まるでレントゲンで撮影されているような気がする。うぅ、なんだか怖い。


 南方から来たという彼らは、蓬莱村(ここ)のルールだと言いくるめて、顔写真と指紋、DNAの採取に協力してもらった。彼らには何をしているのか、理解はできないだろうが。また、不審物の持ち込みに備えて、念のためにミリ波によるボディスキャンも実施した。結果、いくつかの魔石を携帯していることは分かったが、敢えて取り上げることはしなかった。


□□□


 その夜。

 私は、中央管理センター改め、危機管理センターの一室にいた。その部屋に設置されている数多くのモニターには、トムの館内部の様子が映し出されている。

 そう、トムの館には、数え切れない程のカメラや盗聴器、その他センサーが設置されている。いわば、罠の家(トラップハウス)なのだ。建設計画が持ち込まれたときには、罪悪感があったけれど、魔法を持たない私たちは技術で対抗するしかない。ヴァレリーズさんにも秘密にしているのが、心苦しくはある。


「動き出しました」

 ヘッドフォンで内部の音をモニターしていた日野二尉が、(自称)南から来た難民の動きを伝える。もちろん、モニターしているのは音だけではなく、各所に監視カメラが取り付けられている。

「一日くらい、大人しくしているかと思ったのに」

 日野二尉の呟きに、皆が苦笑を漏らす。


 いくつかのディスプレイモニターには、トムの館から出て行く男女の姿が映っていた。五人のうち、一人の男だけは部屋に残ったようだ。

「残った奴が指揮官、ですかね?」

「そうだろうな。堀二尉、記録を頼む」

「はっ」

 上岡一佐の指示に、この春着任したばかりの堀二尉が答える。堀二尉は情報分析にも精通していて、これまで体力重視だった異界(こちら)への派遣部隊に加えられた、頭脳担当ということらしい。

「ドローンは飛ばさないのかい?」

 手持ちぶさたにしていた巳谷先生が、上岡一佐に聞いた。先生には、万が一に備えて待機してもらっているのだ。

「音がね。周囲が静かですから、ドローンの飛行音は目立ってしまいますから」

「なるほどね」

 村には、防犯用・監視用として、何台かのドローンが配備されている。目標を追跡する機能を持つ機種もあるけれど、見つからずに監視するような隠密任務には剥いていない。


 トムの館を出た四人は、それぞれ別の方向へと滑るように移動を始めた。

「速いわね」

 単純に走っている、だけではないみたい。私の言葉に、日野二尉も口を開く。

「魔法……でしょうか?」

「よく分からんな。近くに異界人がいれば感じ取れたのかも知れないが」


 今、この部屋には異界人、というか王国の人間はいない。ヴァレリーズさんは王都だし、ダニーさんは詩と新婚旅行中だ。ブロア師は……うるさいだけだからなぁ。どちらにせよ、魔法が行使されている近くでなければ、魔法が発動したかどうかは異界人(こっちのひと)にも分からない、らしい。そもそも地球人(わたしたち)には、魔法を感知することができない。火が出るとか風が吹くとかの現象があれば、分かるんだけど。御厨教授なら、魔法が発動しているかどうかを調べるセンサーみたいなものを作ることができるだろうか?

 そんなことを考えているうちに、スパイ? のうち、一人の青年が危機管理センターの近くまで辿り着いたようだ。館から一番近いからね。


「何をしているのかしら?」

 青年は、じっと動かず様子をうかがっている。

「魔法を使って何かしようとしているのかな?」

「どうでしょう? それらしい気配は見えませんが……」

「案外、ライトの光に戸惑っているんじゃないか?」


 あ。

 巳谷先生の言葉に、その場にいた全員がはっとした。異界(こっち)の人にしてみれば、LEDの照明は奇異に映るのかもしれない。旅の途中なら篝火を焚くことはあるが、建物の周囲を明るくするなんて、無駄にしか見えないだろう。しかも、魔法で作った灯りじゃないし。そりゃ戸惑うわよね。


「あ、動き出しました」

 日野二尉の言葉でモニターを見ると、青年が周囲を警戒しながらゆっくりとセンターに近づいて行く様子が映し出されていた。焦げ茶色のフードを目深に被って隠れているつもりなのだろうが、照明に照らされているので逆に目立っている。笑っちゃいけないけど、コントみたい。


 わずか十メートルほどを、五分以上の時間をかけて移動した青年は、危機管理センターの壁に両手で触れた。天然の石じゃないことはわかっただろう。それで満足して帰ってくれる……訳がなかった。


 『立ちふさがる壁よ、土塊(つちくれ)へと戻れ!』

 外部集音マイクが、青年の放った詠唱を拾った。土魔法で壁を壊そうとしている! だが、何も起きなかった。青年は、自分の両手を不思議そうに見た。すまん、青年。君のせいじゃない。

「我が魔法発動せず、じっと手を見る」

「巳谷先生、ふざけないで」

「すまん」

 正確には、発動しなかったわけじゃない。壁に埋め込んだ魔石とコンクリートに混ぜ込んだ魔石粉によって、魔法が魔素(マナ)へと戻され、空間へ放出されているのだ。御厨教授が作った魔素駆動機(マナドライブ)に使われていた技術の応用だ。異界人にとっては、魔法に反応する結界は知っていても、魔法が無効化されるなんて初体験だろう。たぶん、何が起きたのかも分かっていない。


 スパイの青年は、あきらめが悪かった。強制されているのか、それとも愛国心か。監視カメラの映像では分からないが、魔法を連続で発動しているようだ。無駄なのに。

 そして十分も立たず、彼はその場でくずおれた。体力の限界なのだろう。

「ありゃ、まずいな。まだやろうとしている」

 巳谷先生が心配そうだ。医師としての警告だろう。


「上岡一佐、彼に死なれても困ります」

「分かっています。すでに警備ロボットを近くに配置しています」

 その言葉通り、カメラのフレームに警備ロボットが映り込んできた。スパイは、近づく彼らにも気づかず、壁に向かってよろよろと手を伸ばしている。

「よし、確保だ」

「確保します。スタンウェブ、放出」

「スタンウェブ放出」

 警備ロボットの前面から、網が放たれる。その網が青年の身体を包み込んだ次の瞬間、彼の身体は横向きに倒れた。


「よし、人員を出して隣の建屋へ。巳谷先生、お願いします」

「わかった」

 医療キットの入った鞄を抱えて、深山先生が指令室から出て行った。


「さて、敵対すると思われる勢力の構成員らしき人間を捕まえました。どうしますか?」

 どうしますか……って。

「もう、何か計画を立てているんでしょ? 上岡一佐」

「……えぇ、まぁ」

 上岡一佐の顔には、悪そうな笑いが貼り付いている。

「人道にもとることじゃないでしょうね? 後で人権問題になっても困ります」

 まぁ、異界(この世界)には人権なんてないけど。日本人の矜持というか、文明人としての誇りというか、目に見えない道徳観は、異界(こちら)でも私たちの行動規範なのよ。


「もちろん。ご懸念には及びません」

「ほんとに?」

 最近、何だか上岡一佐が、というか自衛隊の隊員全体が、暴走気味のような気がしてならない。気を引き締めておかないと。


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