講演する
【DIMO本部 小ホール】
みなさん、本日はお時間を割いていただきありがとうございます。また、こうした機会を与えてくれたジョンに感謝を。
さて、本来であれば、ホール1世界で我々日本が建設した蓬莱村の、現状と将来について語る予定でした。敷かしながら、昨日、日本政府がホール1世界における竜の存在を公表したことが、予想以上の大きな反響を呼んでいるようですので、当事者のひとりとしてみなさんに詳細をご説明させていただくことにしました。
ありがとう。
さて、ホール1世界の概要については皆さんご存じであろうと思いますが、簡単に説明させていただきますと、ホール1の繋がった先は森の中でした。ホール1世界で魔物と呼ばれている、極めて好戦的な生物が多数生息するため、人は生活していません。その森と国境を接しているのが、ヴェルセン王国です。専制君主制の国で、文明レベルは8、9世紀頃のヨーロッパ程度。いわゆるファンタジーと呼ばれるフィクションに似た世界です。ホール1世界がファンタジーだと言われるのは、他にも理由があります。魔法の存在です。奇術ではなく、文字通りの魔法です。
まぁ、ホール2世界には、吸血鬼や狼男が存在するのですから、魔法が存在しても不思議はありません。というよりも、“穴”の出現以降は、常識というものを捨て去る必要を感じています。
話を戻しましょう。
そんなホール1世界にあっても、竜は伝承でしか伝えられていません。百年ほど前には、竜も珍しい存在ではなかったようですが、異界の平均寿命が五十年しかなく、竜が現れるような地方はさらに平均寿命が短かったため、実際に竜を目にしたという人間はいないそうです。
ところが、数ヶ月前――異界にはきちんとした暦がないので、日時は曖昧ですが――になって突然、ヴェルセン王国の西にある村々が竜に襲撃されるという事件が起きました。本来、竜は知能が高く、コミュニケーションも可能と伝えられていましたが、村を襲った竜は、呼びかけにも応えず、また吠えるばかりで話すこともなかったそうです。
果たして、伝承にある竜と今回現れた竜が同じ種族なのか、同じ種族ならなぜ意思疎通ができないのか。いろいろと謎はありますが、現実問題として村が襲われてヴェルセン王国民に被害が出ています。
ヴェルセン王国国王ヘルスタットは兵の派遣を決めましたが、現在、南方にあるファシャール帝国が王国への侵攻を臭わせており、そちらに対応しなければならない都合上、それほど大きな戦力は送れません。魔法があるだろう? と私たちも思いましたが、魔法で直接竜を攻撃しても、効果が薄いと文献に残されているそうです。
そうしたことから、今回、王国から日本に対して竜討伐の協力要請があったのです。
さて、私は日本国外務省の人間ではありますが、これからお話することは日本国を代表するものではありません。あくまで個人的な発言ですので、お間違えなきよう。
王国からの協力依頼に対し、日本は極めて難しい判断を迫られることになりました。というのも、憲法で戦争を放棄しているからです。
かつて。
日本に対して、「金は出すが人を出さない」と言う批判がありました。我が国の憲法がどのような過程を経て成立したかを少しでもご存じであれば、こうした批判派的外れであるとご理解いただけると思います。また、我が国の自衛隊は、軍ではなく|自衛隊《セルフ ディフェンス フォース》です。装備はすべて、防衛のためなのです。
横道にそれますが、少したとえ話をしましょう。
あなたが住んでいる隣町で、ギャング同士の抗争が起きて火災が発生した、としましょう。あなたはどうしますか? 消火器を持って駆けつけますか? それとも、消防隊員にお金を払って消火してもらいますか?
どちらもおかしな話です。そう思いませんか?
さて、話を戻しましょう。
日本には、こうした様々な制約がありましたが、それでも憲法の解釈を変えることで、国外への派兵を行いました。もちろん、国内で大きな論争になりました。個人的には、こうした外圧による派兵が、結果的に後の政変に繋がったのではないかと考えています。
そして今回。同じ地球上ですらない、異世界のことです。もちろん、竜が蓬莱村まで飛来し村を襲うことがあれば、自衛権を発動し全力でこれを迎え撃ちます。そのための準備も進めています。我々、《《地球人》》には、竜に対抗するだけの知恵も技術もあると確信しています。たとえ、燃焼が制限される異界であっても。
ですが、異界の民はどうなるでしょうか?
みなさん。
みなさんは、私やほかの外交官、あるいはDIMOエージェントから、“穴”の先にある世界について、さまざまな報告を受け、あるいは画像を目にしていることと思います。しかし、実際に“穴”を抜けて、異世界の空気を吸った方は、そう多くないでしょう。
私は、実際に異界に行き、そこに住む人々と交流しました。魔法が使えるという点を除けば、彼らは私たちとなんら変わるところはありません。農作物を育て収穫し、パンを焼きスープを飲む。子を産み育て育む。血の通った人間なのです。
確かに。
異界の人々は、魔法を使えます。魔法の使えない我々からすれば、驚異に思えるかも知れません。しかし、魔法は万能ではないのです。神話や童話、小説あるいはコミックブックで描かれているような、万能な力ではないのです。しかも、竜は魔法の影響を受けにくいと言われています。彼らにとって大きな脅威なのです。我々が手を貸さなければ、彼らは甚大な被害を受けることになるでしょう。
おそらく日本は憲法の制約上から、彼らを助けることができないでしょう。ですが、何かはできるはずです。どこかに道が、必ずあるはずです。是非みなさんの知恵を貸してください。日本にではなく、私にでもなく。異界に生きるすべての人たちに、力をかしてください。
ありがとうございました。




