会議は踊る(1)
月例報告会議は、十五時からの開催です。欠席される方はご連絡ください。
異界の自転周期は、地球より少し遅く、つまり少しだけ一日が長い。精密な計測にはもう少し時間と人員が必要だと言われている。地球では、時間を惑星の運動ではなくセシウム原子時計を使っている。異界では、少なくとも私たちが知る限り、それほど厳密な時間管理はされていない。基準は日の出、朝方、昼(南中)、夕方、日没くらいの分類。大きな街には日時計があるといった程度だ。また、地軸の傾きは約二十二度なので、ぶっちゃけ、地球とほとんど変わらない。なので、蓬莱村住人は、地球と同じ時計や暦をそのまま使っている。将来的には、異界時間とか異界暦とかも造らないといけないが、今はこれで不便を感じていないからなぁ。むしろ、変えると面倒になりそうな気もする。
月例報告会議は、私が議長をつとめて、ここ一ヶ月間にあった出来事を共有する会議だ。場所は、私が調整官業務を行っている執務室兼応接室兼会議室兼仮眠室兼寄り合い所というマルチパーパスなプレハブ小屋の二階。テーブルは、どこかの払い下げ品だった会議用のものだが、ちょっと大きくて使い勝手が悪い。
「さて、これより月例会を開きます。これを各自のタブレット端末にコピーしてください」
参加者専用のUSBメモリを配る。村の中では通信網があり、資料は事前にメールしてもいいのだが、政府が作製したガイドラインでは、情報の保安が義務付けられている。異界の人に見られても問題ないと思うんだけどねぇ。なんて口にしたら、上岡一佐に怒られそうだから言わない。私は賢い女。
全員が資料をコピーし終わったところで、USBメモリを回収、専用機に指してすべて消去する。これもガイドラインに従った方法。正直いえば、面倒くさい。ガイドラインを作った人たちは、現場を見ていないからだわ。私が日本に戻ったら、絶対ガイドラインを修正してやる!
「さて、まずは先日あちら側から届いた定期便に関して、音川さん、お願いします」
「え~、では、概略だけかいつまんで。詳細は、お手元の資料をご覧ください」
私の指名で立ち上がったのは、音川 詩。私と同い年……のはずだけど、二十歳そこそこに見える外見をしている。なぜだ。
彼女は国土交通省の出身者で、一応、蓬莱村の開拓責任者だ。“一応”としたのは、その仕事のほとんどを私に振ってきて、自分はあちこちで愛敬を振りまいているだけだからだ(※個人の意見です)。ものすごく立ち回り方の上手い。けど、不思議と憎めない。あぁ、私にその半分でもかわいらしさがあったなら。
見かけは子供みたいな彼女だが、今日はきちんと仕事をしようという気になっているらしい。淡々と補給品の要点を説明している。
「蝕明けの第一便ということで、結構大量に届いています」
あぁ、そうだった。昨日までは、蝕だった。蝕というのは、二十八日周期で起きる”穴”が閉じている期間のことだ。蝕の間は、双方の行き来はできない。なぜ周期的にそのような現象が起きるのか、それも判っていない。
「みなさん待望の生鮮食料品は、二週間分届いています。これでしばらくは、新鮮な肉と野菜が食べられますねぇ。それから、上岡さんとこから要望のあった保存用食料の追加も届いています。すでに、管理センターの倉庫に入っていると思いますが」
「確認している。これで有事が発生しても、一ヶ月以上は食料に困らない」
いや一佐、有事が起きても困るし、一ヶ月も立てこもるつもりもないんですが。
「次は……農水部門から要望のあった、種子類ですね。野菜を中心に届いています」
「おう、ありがたい」
これは尾崎先生。私としても、村で生鮮食品が生産できるようになれば、とても喜ばしいことです。がんばってください。
「それから……っと、電動ポンプは大小合わせて二十基、届いています」
そこで私が手を挙げた。
「ポンプの話が出たついでに、ひとつお願いがあります」
出席者の視線が、私に集まる。苦手だわ、注目を浴びるのは。
「かねてからお伝えしていると思いますが、村の上下水道を早急に整備する必要があります」
「あぁ、それは私の方からもお願いしたい」
医療・衛生担当の巳谷医師だ。この先生は、防衛医大を卒業し自衛隊で任務に当たっていた人だ。
「現在の仮設下水道では、とても不衛生だ。我々は良いとしても、異界の生物にどのような影響がでるかも判らない。できれば浄化槽などの処理施設を作って欲しい」
あ、そうね。下水処理も大切ね。みんな上下水道の敷設は必要だと考えているのに、これまであまり手が付けられていないのは、日本国政府が異界をどのように扱うのか、村をどのようにしていくのかという方針が定まっていなかったことや優先順位が高い案件が他にたくさんあったこと、そして人手の問題があるからだ。村を囲むフェンスや仮設住宅の設置は自衛隊員の力が大きい。しかし、上下水道となると単純に作業すれば良いというものではない。ある程度、先を見越した計画も必要になる。
「上下水道建設の青写真はできていますよ。地球の業者に頼んで、村にある機材で作り上げるための工程表や手順書も書いてもらいました。あとは作業者の問題だけです」
詩が、国交省の役人らしい仕事をしている。打ち合わせもしていないのに、さりげなくフォローしてくれるのはありがたい。
「そ、そんなもの、業者をこちらに呼べばいいじゃないですか?」
朝、私が小早川先生に刺した釘は、少し深すぎたかな? 過剰反応しすぎで、墓穴を掘っていますよ、先生。
「業者を呼ぶ? それがどれだけ大変なことか、小早川先生もご存じでしょう?」
主に安全保障上の問題で、異界に送り込まれる人間は、徹底的に身元調査が行われ、その上で大量の許諾書にサインしなければいけない。そして、私の仕事も増える。
「な、なら、陸自の……「もちろん、隊の人間も考慮していますが、それでも足りないのですよ」
上岡一佐が、小早川先生の言葉にかぶせてきた。ひゃー、容赦ない。なんだか、一佐の言葉にトゲがあるような? 小早川先生と何かあったのかな? 後で確認しよう、と心にメモ。
「そこで、各部門からも労力を出して貰います。特に科学部門は、行っている研究を中断してでも手伝ってください」
「桜君! 何を言っているんだ! 研究を止めるなんて「できます」」
上岡一佐の真似をしてしまった。
「申請されている実験および観測では、常に監視している必要はないはずです。それとも、申請していない実験をしているのですか? 御厨教授のように」
「み、御厨君は、あれは特別だ……私の手には負えない……」
「であれば、上下水道の工事に研究者が参加しても、まったく問題ありませんよね?」
「それは……その」
えぇい、往生際が悪いぞ、小早川センセ。
「小早川先生、研究部門の方々は、すでに上下水道工事の経験がおありでしょう? それを活かして欲しいとお願いしているのです」
「いや、あれは実験で必要な……」
「おや? 研究部門の方はとても熱心なんですねぇ。住居でも実験しているんですかぁ」
詩のイヤミが炸裂した! 小早川は百のダメージ!
「…………」
そろそろ助け船を出してあげないと、小早川先生、本当に倒れてしまいそう。
「小早川先生、なにもすべての研究を止めろと言っている訳ではありません。無理のない範囲でシフトを組んで手伝って欲しいと申し上げて居るのです。なにより、自力で上下水道設備を作り上げた、そのスキルを村全体に役立てて欲しいと思っています」
「む……ま、まぁ、そういうことなら」
「それに、かねてから先生が要望されていた、高高度気象観測バルーンの計画も優先的に進めさせて貰おうと」
「本当か!いや、それはそれ、これはこれだが……、工事の件については了承した。部門内で調整しよう」
小早川先生の専門は気象学。以前から、広範囲の気象観測が可能な実験を申請してきた。しかし、機材の問題に加え隣接する王国との調整も必要で、優先順位は低くなっていた。そう、これは小早川先生に対するアメだ。遠回しな賄賂とも言える。このくらいは、私の裁量で決められるのだ。ここにいる他部門の責任者には、すでに根回し済みなので異論はでない。あとは、小早川先生が約束をきちんと履行するよう、詩と上岡一佐に動いてもらおう。
あと、これは小早川先生にはまだ内緒だけど、工事専門の業者も呼ぶつもり。建築や土木の技術者で、こちらに移住を希望している人も多いらしい。それを黙っているのは、暴走しがちな研究部門に釘を刺す意味もあるのだ。
桜がことさら小早川に辛く当たっているように見えるのは、同じ文部科学省の所属だからです。もっとしっかりして欲しいと思っているわけです。
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