アルヴェンの大使館
ちょっと短めです。
王都アルヴェンに、日本の大使館ができた。
建物自体は、絶えてしまった貴族の屋敷だったものを、王国から譲り受けたものだ。それを王都の職人にお願いして、補修と内装の変更を行ってみた。竜の残した財宝の一部が、日本にも分けられたので予算的には問題ないしね。むしろ、異界の経済に貢献すべく、異界のお金は積極的に使っていく方針。日本に持って帰っても、文化的な価値しかないしね。
大使館の外観、内装は、ほぼ王国の平均的な意匠を踏襲している。王都内で近年流行しているような個性を押し出していない分、やや古風と言えるかもしれない。日本人には判らないけれど。
王都にある他の建物と違うのは、屋根にソーラーパネルがあることと、屋根付きシャッター付きのカーポートがあることだろう。できるだけ,目立たないようにはしてある。カーポートには、ハイテク馬車が停めてある。王都の方が、村よりも利用頻度が高いだろうという判断だ。村には、荷馬車に似せた新ハイテク馬車が導入される予定だ。
それから、個人の趣味でマウンテンバイクも取り寄せた。スクーターで王都内を走り回るわけにも行かないので。でも、自転車も珍しいらしい。ヴァレリーズさん曰く「馬や馬車があるのに、なぜ自分の力で走らなければならない?」だそうだ。そうじゃないんだよ、健康維持のためなんだよ。
秋の終わりに開いたバーベキュー大会以来、なんだか体重が増えた気がするのよ。最初は体重計を疑って、次に異界の重力異常を疑って、今は誰かの陰謀を疑っている。このプニプニは、何かの陰謀に違いないっ!
それはさておき、大使館。王都にあって日本領、蓬莱村以外、二ヵ所目の拠点。今は私が臨時の駐ヴェルセン王国大使をやっているけど、いずれ、ちゃんとした大使が決まるはず。たぶん迫田さんになるんじゃないかなぁ。
将来、正式な大使の執務室となる四階の窓からは、広い庭を挟んで大通りが見下ろせる。さすがに元貴族の敷地だけあって、庭も広い。その庭も、今は霜が降りてうっすらと白い。王都にも雪は降る。雪で覆われた庭というのも、風情があるかもしれない。
視線を上げると、少し先に四本の塔が見える。魔導宮だ。大使館が出来てから、ヴァレリーズさんは、大使館と魔導宮を行ったり来たり、時々王宮、希に蓬莱村という感じで忙しそうにしている。折角王都にいるのに、エイメリオちゃんにもなかなか会えないと嘆いていた。
「綺麗なガラスね」
遊びに来ているマルナス伯爵夫人が言った。異界では、魔法でガラスを作るのだが、素材に不純物が多く、歪みも大きい。なので、大使館のガラスはすべて日本からの輸入だ。しかも防弾防刃の強化ガラスだ。
「こうした小さいところでも、私たちとニヴァナとの差を痛感するわ」
「ガラスの製造方法は、技術移転の話もありますし、こちらでもすぐに質の良いガラスが手に入るようになるはずですよ」
「あら! それはうれしいわ」
異界では、職人の地位は低く見られている。基本的に一つの属性魔法しか扱えないからだ。職人の魔法に触れたことのある私は、彼ら職人の精細な魔法制御の技術に驚かされた。なぜ、こんな高い技術を持っているのに、尊敬されないのだろうと不思議でならない。たとえば、ガラス工房では、採取してきた岩や石、土を土魔法で選別、生成していく。それを火の魔法で形作り、風魔法で回転させながら延ばしていく。見事な分業体制ができあがっていた。
こうした職人の技は継承していかなければならないし、そのためには敬意を持って接するべきだ。それが彼らのモチベーションに繋がるはず。「金を払っているのだからいいだろう」という態度ではだめだ。お金も大事だけれど、それ以上に大切な何かを異界の人は見落としている。いずれ、日本の職人と技術交流させたいと思い、そのための準備も進めてきた。技術移転の話は、そのひとつだ。
外では寒さが少しずつ強まっているが、私たちのいる部屋の中は、ほどほどに温められているので快適だ。まったく、魔石が便利すぎて、折角設置したエアコンも出番がない。もし魔石が日本で普及したらどうなるだろう? と想像してしまう。家電メーカーは大打撃だし、電力メーカーも売り上げ激減だろう。電力自由化の影響もあるから、倒産するところも出てくるかも。やばいな。
「この“カリントウ”という焼き菓子と、この緑のお茶は合うわね」
私が想像の翼を広げすぎてぼけっとしている間も、伯爵夫人は目の前にある茶菓子をボリボリとほおばっていた。大使館が出来てから、すでに数回、伯爵夫人はこうして遊びに来てくれている。もちろん、お茶を楽しむだけじゃなく、いろいろな情報を交換しているの。お茶菓子が目的じゃない、と思いたい。
「お口に合いました? よかったです。たくさんあるので、あとで包ませますよ」
「あら、ありがとう。家族も喜ぶわ」
かりんとうを右手に持ちながら、左手は自身の口元を隠す。これが淑女の所作か。見習おう。
実は、いくつかの商人から、日本の菓子を異界で販売しないかとオファーが来ている。聞きかじった話や見た目だけで再現しようとしたができず、それなら本家本元から買えばいいという、商魂たくましいというかずうずうしいというか、世界が違っても商いの根性は一緒なのだなぁと思わずにはいられない。
で、販売するかって? いずれ蓬莱村の特産品として売り出す計画なの。その時に販売網を利用させてもらうわ。ふふふ。と詩が言っていた。私じゃないわよ。
「王都もそろそろ冬支度ですね」
「そうね、食料やらお酒やら、いろいろと物入りで大変よ。それに冬は、芋ばかりになるのだもの。飽きてしまうわ」
「保存食ですものね。うちも食料備蓄しておかないと」
大使館で働くのは日本人ばかりではない。むしろ異界で雇った人の方が多い。何人かは住み込みなので、彼らの食料も考えないといけないのだ。
「食べ物を買うなら、どこの市場がお勧めですか?」
「う~ん、そうね。南の市は品揃えが豊富だけど、質で選ぶなら東の市かしら。東の大門近くにあるわ」
そう言ったあと、マルナス伯爵夫人は眉に皺を寄せる。
「日本人が直接買いに行くのなら、北の市はやめておいた方がいいわ。いえ、北部全体に足を踏み入れない方が良いかもしれない」
「え? それはどういう意味です?」
伯爵夫人は、少しためらったあと、重い口を開いた。
「王都の北で、ニヴァナの民に対する悪い評判が流れているのよ。
魔法も使えない蛮族のくせにとか(あら、私はそんなこと思っていないわよ?)、竜を倒したのもウソだったのだろうとか」
王宮にはプロジェクターを持ち込んで、主立った貴族たちには竜討伐の様子を確認してもらっている。動画はダニーさんが編集したものだ。ルガラントの新しい領主さんからの書状もあるし、竜討伐に疑問を挟む余地はない。伯爵夫人も、同じ動画を見ているので、信じてくれている。
「私たちは新参者ですからねぇ……信じてもらえないのは仕方ないのかも知れませんが、あの凱旋パレードの時には、みんな歓迎してくれていたのにな、って思っちゃいますよ」
「そうねぇ……でも、誰かが意図的に悪い噂を流しているような気がしているの」
「そんなことをして、何の徳があるのでしょう?」
「さぁ? でも、世の中には『気にくわない』というだけで、相手を殴る御仁もいらっしゃるということよ。ね、サクラさん。気をつけてね?」
「えぇ、ありがとうございます。気をつけるようにしましょう」
日本人全員に知らせておくか。少なくとも一人での外出は控えてもらおう。
読んでいただきありがとうございます。
次回、いよいよドラマで言ったら最終章的な話に突入します。




