秋の収穫祭
いつの間にか、冬の足音が聞こえてきそうな季節になり、今日は収穫物大試食会&大バーベキューです。そう、異界でも、秋は収穫の季節なの。
主催は、農業部門責任者の尾崎さん。先生と呼ぶと本人が嫌がるので、最近はみんなさん付けで呼んでいる。
村民は異界出身の人も含めて、ほぼ全員が参加。残念ながら参加できない警備担当の自衛隊員には、あとで差し入れする予定だ。
広場に置かれた木のテーブルには、色とりどりとまではいかないけれど、いろいろな野菜が積まれている。その横には、それらを使った料理が並ぶ。シンプルなものから、手の込んだものまで。料理は、主に尾崎チームの担当だけど、私と詩、日野二尉も手伝った。詩がやたらと料理作りに張り切っていた。
「異界の芋は、ねっとりとしるね」
「うん、独特の甘みがあるねー」
私たちが料理を食べ始めているところに、ダニーさんが顔を出してきた。詩が、自分でつくった料理を「試食して」と言っているが、毒見でないことを祈ろう。
「これが、日本の野菜ですか……初めて見ました」
「何言ってるの、ダニーさん。食堂で出している食事は、ほとんど地球から盛ってきたものだよ?」
「そうなんですか? てっきり異界の食材ばかりかと。ほら、これなんか異界のシャルレイという野菜に似ていますし」
「それ、ズッキーニって言うの」
みな、楽しそうに食べながら話を始めている。その向こうでは、もう肉を焼き始めたチームがいる。やれやれ、欠食児童か。
「この芋上手いね」
「里芋はないのかな? あれば芋煮ができるのに」
「おっ、いいね。味噌味の芋煮はたまらんよね」
「なに? 芋煮は醤油だろ!」
「あ、さては貴様、山形者だな!」
「そういうお前は、宮城だな! こんちくしょう!」
まてまて。そんな喧嘩はほかでやって。
「じゃぁ、始めますね」
尾崎チームの料理担当、円山さんが蕎麦を打ち始めた。円山さんは、元料理人だけど素材に拘るあまり農家になっちゃった人だ。蓬莱村農業部の貴重な人材。その人が、腕を振るって打つ蕎麦は、蓬莱村で採れた蕎麦だ。
円山さんは手際よく粉をこね、練り上げていく。
「職人技、という奴か」
アメリカンドッグを手にしたヴァレリーズさんが、小さな声で呟く。異界では、魔法を使わない職人は低く見られる傾向がある。職人技という言葉も、蓬莱村で覚えたはずだ。
「もうちょっとかかりますけどね、美味しい蕎麦が食べられますよ」
「貴女が言うなら、そうなのだろう。期待して待つとしよう」
そして、ゆでたての蕎麦は、のどごしも良くとても美味しかった。乾麺にしたら、村の特産品になるかな?
特産品といえば、日本と異界の交配種も出来ている。
「異界の品種と掛け合わせたものは、総じて大きくなる傾向があるね」
顔ほどもあるカボチャを手に持ちながら、尾崎さんが説明する。
「これも、本来は小さな品種なんだけどね、異界のカボチャに似た品種と掛け合わせたら、倍くらいの大きさになったよ」
それは、村にとってうれしい話だわ。
「こいつらは、新品種として国際特許出願済みだ。登録されれば、異界から小量だけど輸出する許可も取ったよ」
「苗木の管理はしっかりやってくださいね」
「もちろん。とはいえ、異界にまで盗みにくることはできないだろうな。ハハハ!」
じゅわわ~~っ!
「うぉぉぉぉっ!」
バーベキューエリアから、一際大きな歓声が上がった。なんだろう? と思って観に行くと、一抱えほどもある巨大な肉塊が、焚き火の上でグルグルと回っていた。肉の表面から、熱で溶け出した脂が滴り落ち、ジュッと音を立てながら美味しそうな香りを辺りに振りまいている。
「はいはい、順番ねぇ」
田山三佐が、肉塊の表面から焼けている部分を切り取って配っている。私ももらおう。薄切りの肉は、表面はカリカリで中はピンク色で柔らかそうだ。でも、これ牛肉じゃないよね?
「ベルガラム村から買って来た、家畜の肉ですよ」
もちろん毒性は検査済みなんだろうけど、隣の村から運んできたなら、悪くなっていないのだろうか?
「大丈夫です。魔法で凍らせてから、運んできたんですよ。いやぁ、魔法って便利ですよね!」
水属性魔法を利用して凍らせたのか。そういえば、ヴァレリーズさんも竜を凍らせていたっけ。それなら、火と風の属性を使ってフリーズドライとかもできそうだな。今度、尾崎さんに提案してみよう。
「あ、桜さん、これもどうぞ!」
横井一曹が差し出してくれたのは、プラスチックカップに入ったビールだ。シュワシュワと美味しそうな音を立てている。
「ありがとうございます。高野一曹は見えていないんですね」
「あいつは運悪く警備のシフトに入ってまして。後で焼いた肉をたっぷりもっていってやるつもりです。アルコールはだめですが」
「私からもごくろうさまですと伝えておいてください」
「伝えておきますよ。女性からの励ましが、なによりのごちそうかも。はっはっは!」
ちょーっとセクハラっぽいけど、見逃してあげる。久しぶりに飲んだビールが美味しいから。外で昼間から飲むビールは、なんでこんなにおいしんでしょ。
別のバーベキューグリルでは、いろいろな肉が串焼きにされていた。
「日本から持ってきた肉もありますよ。牛と豚、鳥、猪、鹿。あと海鮮も」
榎田さんが、焼き係らしい。それにしても贅沢だなぁ。でも、年に一度だからいいか。冬がやってくれば、この村は雪で閉ざされる。“穴”があるから飢え死にはしないけれど、東側にある山脈のおかげで雪が多く降る。雪に閉ざされると、村の活動はかなり制限されるのよ。春になったら、森を抜ける道の舗装を提案しよう。アスファルトを敷けば、隣村とも行き来しやすくなるはず。それが、異動前最後の仕事になるかなぁ。あ、その前に大使館のオープンがあるか。
何にせよ、もうすぐ異界を離れると思うと、少し寂しい気もするな。後任の選定は難航しているみたいだけど、一応、内々々定くらいのことは言われている。希望どおりになるかどうかは分からないけれど、ちゃんと引き継ぎできるようにスケジューリングしないと。
「ぶわっはっはっ! みよ! わしの魔法を!」
ボンッ!
「おぉーっ!」
空中に放たれた大きな火球に、ギャラリーがどよめく。ブロア師がすっかり酔っ払って、大道芸みたいに魔法を披露している。
「わっはっは! どうじゃ!」
「ブロア師! ブロア師! 飲みすぎですよ!」
止めに入ったダニーさんに、ブロア師は満面の笑みを浮かべてコップを差し出す。
「おおぅ、これはこれはジョイラント師ではないか。この“びぃる”という酒は、非常に上手いぞ! 君も飲み給え」
どうやらブロア師は、酔うと陽気になるタイプらしい。
「阿佐見さん、焼き鳥もありますよ」
「あ、ありがとうございます」
三杯目のビールを飲んでいるところへ、上岡一佐が盛ってきてくれたのは、ねぎま塩とももタレ、つくねだった。鶏皮入ってなくて良かった。苦手なんだよねー鶏皮。
「そういえば、ねぎまのまって、なんの意味だと思います?」
焼き鳥食べるときの定番クイズを、上岡一佐にも振ってみた。
「ネギとネギの間という意味では?」
「ぶっぶーっ! じーつーはー、まぐろのまなんですよ、これが!」
「へ、へぇ、そうなんですか……ちょっと、お水持ってきましょうかね」
上岡一佐がすばやく走り去った。いかん、少し酔っ払ったか。でもたのしいからいいか。焼き鳥もおいしいし。
……これ、異界の鳥じゃないわよね?
そういえば、鳥は見かけるけど、空を飛ぶ魔物は見かけないわね。
「はい、阿佐見さん、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
上岡一佐から受け取った紙コップに入った液体を、喉に流し込む。……ぷはっ、少しすっきりした。
さっき浮かんだ疑問を、上岡一佐にぶつけてみる。
「そういえば、遭遇しませんね」
「ここらへん一帯には生息していない、ってことですかねぇ」
まだ酔っているのか、呂律が回らなくなってきた。というか、そう簡単に酔いは醒めないよねー。
「いや、少なくとも王国周辺には、いないんじゃないでしょうか」
「なんでそう思うんれす?」
「城や砦の造りですよ。対空防御を考えていない造りだ。これまで空からの攻撃を受けたことがないのでしょう」
そうか。空を飛ぶ魔物がいたら、そりゃ備えるよね。ん? でも竜は空を飛んでいたじゃん。う~ん。
頭痛くなってきた。そろそろ限界かな?
「蓬莱村のみなさーん、楽しんでますかーっ!」
私のかけ声に、あちこちから応えや拍手が起きる。
「ちょっとお先にどろんさせてもらいますけど、みなさんは、最後まで楽しんでくださいねーっ!」
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次の日。久しぶりの二日酔いで、午前中ダウン。もう若くないのだわ。しくしく。
ちょっとしたコメディ回を書いてみたかったんです。芋煮は醤油も味噌も好きです。
さて、次回から舞台は再び王都に戻ります。




