兵共が夢のあと
後片付けも大切です。
そして、家に帰るまでが遠足です。
ゴクエンさんが約束した通り、彼の飛び立った後には“賠償金”として、金銀財宝が残されていた。どうやって持ってきて、どうやって置いたんだろう。考えるとなんだか悪い想像をしてしまいそうだったので、考えないことにした。
「では、竜の財宝は、我々が責任持って王の下までお運びします。その後、ルガラントおよび周辺にある村の復興費として下賜されるよう取り計らいます」
「そうですね、街では、財宝の正しい査定もできませんし、査定ができたとしても換金する財源がありません。まさか、作業する民に竜の宝を現物支給する訳にもいきませんから」
ゴクエンさんの残していった“賠償金”が、一体どれくらいの価値があるのか分からない。まして、異界人ではない私たちは門外漢だ。ルガラントにも換金所はあるが、それほど現金を持っているわけでもない。だから、宝は全部、王都へ運ぶことにしようということだ。私たちの取り分は、ヴェルセン王国との話し合いで決めよう。私たちにとって、金額よりも文化的価値が重要なので、目録を作るついでにめぼしい物はチェックしておいた。
「竜が金品を置いていく、などといった話は聞いたことがありませんでしたが。いずれにせよ、街の再建には費用が掛かりますから、とても助かります。なにとぞ、よしなに」
ルガラント領主代理になった人は、ずいぶんと腰の低い人だった。領主はあんなことになっちゃったし、領主の腰巾着だった人たちも、マグネス隊長さんたちの手によって排除されたらしい。不正もやっていたらしい。
「サクラさん!」
出発前の打ち合わせを終え会議室を出た廊下の途中で、マグネス隊長さんに呼び止められた。
「あ、隊長さん。もうお身体は大丈夫なんですか?」
「ははは。あんなもの、かすり傷ですよ」
いや、そうは見えなかったけど。怪我をした騎士さんたちは、巳谷先生が治療した。マグネス隊長さんも、あちこちに絆創膏が貼られている。たぶん服の下は包帯だらけだ。
「身体、お強いんですね」
「いやいや、そんなことはありません。貴女方の、いや貴女のお陰です」
「え?」
隊長さんが私の手を取り、ぐっ、と引き寄せる。
「貴女は、この街を救ってくれた。この街の英雄だ。いや、女神だ。貴女が望めば、この街の者は皆、貴女にひれ伏すだろう……女神よ、どうかこの街に留まってはいただけないだろうか?」
「いやぁそれは、ちょっと……」
「ずっと……そう、私の隣で……」
えっ、えっ? えぇ~っ? いや、それは無理。
「ごめんなさい。私は、異界調整官として任務を全うしたいのです」
「では、私が貴女の所に……」
「それもだめです。あなたには、この街を守るという、立派なお勤めがあるでしょう? お互いにがんばりましょう、ね?」
「そ、そうですね……」
がっくりと肩を落として、マグネス隊長さんは去って言った。
「あ~びっくりした」
「私が出るまでもなかったか」
「うわっ!」
突然現れたヴァレリーズさんにびっくりして、変な声出しちゃった。
「それにしても、サクラさん、貴女が異界調整官の仕事に、それほど情熱を燃やしていたとはね。ついぞ知らなかった」
なんか、馬鹿にされてる? ヴァレリーズさんの言葉に、なんだかむっとした。
「はっはっは。バカになんかしていませんよ。がんばりましょう」
誰だ! ヴァレリーズさんに棒読みなんてことを教え込んだのは!
□□□
帰り、といっても蓬莱村への直帰ではなく、一旦、王都に顔を出すことになった。レールガンの弾はなくなってしまったけれど、車両の走行に問題はなかった。
「医薬品はそこをついたよ。村に帰るまで怪我しないでね」
巳谷先生が冗談めかして注意した。
「今回の遠征で、いろいろと問題点が明らかになりましたな」
「補給、兵站とかですか?」
「いえ、魔法兵器の可能性ですよ」
上岡一佐が指摘したのは、日本の技術と魔法を組み合わせた結果のことだ。たとえば、リニアレールガンの課題の一つであった熱の問題は、魔法で解決してしまえる。
「異界でもそうですが、地球に魔法兵器が持ち込まれたらとゾッとします」
「その辺は、しっかり管理していかないといけませんね」
私たちは魔法を使えない。けれど、私たちでも魔石を使えば魔法を行使できる。それは地球でも同じだ。もし、現代兵器の弱点を、魔石でカバーできるとしたら。寒くもないのに、身体が少し震えた。
荷物が増えたので、四駆の後ろに荷台を取り付けてもらった。そのため、行きと違って帰りはゆっくりと進むことになる。それでもヴァレリーズさんは、馬に乗って行くと譲らなかった。ちょっとトラウマになっちゃったかなぁ。
そのほかに、王都まで用事がある人が一緒に付いてくる。何しろ竜を倒したチームだ。何があっても怖くない、ということなのだろう。最終的には、馬車/荷馬車が三十台、総勢五十人を超す、結構な大所帯になってしまった。もはや商隊だ。旅の間は、先頭を四駆、殿をソニック君が勤める。レールガンは使えないけれど、急ごしらえで取り付けたレーザーがあれば、魔物を追い払うことができる。魔導士も多いしね。
魔導士といえば、ダニーさんも王都に行く一人だ。彼はそのまま蓬莱村まで来る予定。なにしろ、本物の竜を撮影した画像が山ほどあるのだ。これを研究せずになんとする! とダニーさんは息巻いていた。レールガンを冷却してもらった恩もあるし、ここは協力しましょう。
「旅路の無事をお祈りじております!」
マグネス隊長さんの挨拶は、なんだか濁音が多かった。そんなに涙目ではそうなるよね。
私もこれまで恋愛経験はそれなりにあるけれど、異界の人相手だと少し戸惑うわ。無碍に断るのもあれな気がするし。日野二尉が調べてきてくれたところによると、貴族同士になると、複雑な手順を踏むことになるらしい。それは、より能力の高い魔導士を生み出すためでもあるらしい。私には関係ないからいいけど。
「では、みなさま、お元気で」
こうして蓬莱村遠征隊は、帰路についた。総勢五十人を超すキャラバンだ、さすがに盗賊も襲うのをためらうでしょう。でも油断は禁物、家に帰るまでが遠足だからねっ!
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私たちのキャラバンは、ゆっくり、ゆっくり進む。
蓬莱村から街まで、(異界の基準でいえば)高速で移動したので、今のスピードが余計にのろく感じてしまう。本来、異界の旅路はこんな感じなんだろうね。牧歌的だけど、牧歌的すぎて暇だわ。陸自の隊員さんは、「待機も任務のうちです」とか言ってたけど、さすがにね。というわけで、上岡一佐とも相談して、インカムでの私語を許可した。チャンネル1~5は、今やボイスチャット状態だ。
宿泊のために止まった村では、何人かがキャラバンを抜け、何人かが加わった。新しく参加した人は、私たちの車を物珍しげに見るが、近づいたり触ったりはしてこなかった。警備面では助かるけど、なんかちょっぴり寂しいな。
「ダニーさん、すごいですよ」
田山三佐がそういって私に見せたのは、一本の動画だ。内容は――。
「たしかに、すごいわ」
ルガラントでの戦いが、きちんとしたストーリーにまとめられている上、日本語と大陸語の字幕まで入っている。
「いつまでもドラゴンの動画を見まくっているものだから、どうせならとダニーさんに編集ソフトの使い方を教えたんですよ。そしたら、こんな映画みたいな作品を作っちゃって」
まったく、才能はどこに埋もれているか判らないわね。
「村に着いたら、竜だけじゃなくて、魔物の動画編集もしたいって、ダニーさんが」
「いいと思いますよ。小早川先生には、私から伝えますよ」
これまで、画像は素材のまま日本に送っていたけど、ダニーさんに編集してもらった方が資料価値は高くなるかも。
そんな風に、キャラバンの旅は順調だった。
そして、まもなく王都という村で、ある人が私たちを待っていた。
誤字のご指摘ありがとうございます。




