ドラゴン襲来(1)
そろそろ、まずい。
私はタブレットの画面を見ながら、頭を抱えていた。期待していた街からの支援がないことで、キャンプの維持もあと三日が限界だ。それまでに竜が現れないと、何もしないまま村に帰らなければならないことになる。街領主への手土産代わりに持ってきた香辛料を売り払えば、当座の資金にはなるだろうが。正直言って、日本がそこまでして竜討伐に参加するメリットを感じない。私たちの合い言葉は、“命だいじに”――だが、万が一のことだってあり得る。誰かが命を落とす可能性だってあるのだ。
どうしたものかと、私は首から提げたおじいちゃんのペンダントを、ギュッと握りしめた。不安になった時、ペンダントを握る癖が付いてしまったなぁ。
上岡一佐にも相談した。
「王への義理は果たしたと思います」
上岡一佐は、期限を切って撤退もやむなしという判断だった。
「科学部門が求めていたデータも十分集まりましたし、装輪装甲車やUAVの運用訓練にもなりました。竜に相対することができなくても、それなりに成果は挙げられたと思いますよ。むしろ、損害がないことが一番ではないでしょうか」
うん。上岡一佐は、私の背中を押してくれたのだろう。そうだね。ではあと二日、何もなければ、三日目に撤退しましょう。
「遠征隊のみなさんには、上岡一佐から伝えてください」
ヴァレリーズさんやマグネス隊長さんにも伝えないと。領主は……まぁいいか。先に礼を失したのはあっちだし。
三日後には撤退、その判断に対する反応はさまざまだった。けれど、総じてホッとした雰囲気にはなったかな。やはり、見たこともない想像上の生物と戦うなんて、緊張しない方がおかしいよね。
午後になってキャンプにやってきたマグネス隊長さんとダニーさんにも、テントの中で経緯を説明する。マグネス隊長さんは上岡一佐に、ダニーさんはヴァレリーズさんに会いに来たのだった。
「そうですか……わざわざ遠方までお越しいただいたのに、申し訳ない」
マグネス隊長さんは、申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
いや、こちらの見通しも甘かったし、隊長さんが謝ることはないですよ。ほんと。
「私としては、貴女方のお力添えはとても心強かったのですが、仕方ありません。今ある兵力だけで、竜を撃退してみせますよ。はっはっは」
マグネス隊長さんも、いい人だなぁ。
「あと二日以内に、竜が現れれば、私たちも全力で戦いますよ」
軽く口にしたそんな言葉が、呼び水になったのだろうか。
「《《何か》》巨大なものを発見!」
突然、陸自隊員の叫び声が聞こえた。
もう、何かって何よ! 私たちはテントを飛び出す。指令機能を搭載したワンボックスカーに人が集まっていた。ドアの外から中を覗き込むと、一つのモニターに翼を持った生物の姿が映っていた。UAVのカメラが、飛行中の巨大な何かを捉えたのだ。それは赤銅色の鱗に覆われた生物に見えた。
「竜です! あれこそが竜です!」
中に飛び込むのではないかと思えるほど、モニターに近づいたダニーさんが叫んだ。
「あの翼、あの鱗! まちがいないっ! あぁぁっ、ようやく会えたっ!」
興奮しているダニーさんの横で、私は少し冷静になれた。竜……あれが竜か。背中しか見えないけど。周辺地図を表示した隣のモニターを見ると、竜の進行方向にはルガラント。UAVは竜を追って、背後から撮影している形だ。
「バッテリー残量が少なかったので、帰投させている途中、これに遭遇しました」
UAV担当の隊員が、私の後から駆けつけた上岡一佐に報告している。その隊員に、竜の大きさが判るのか、聞いてみた。
「レーザー距離計と画角から計算すると、全長十メートル、翼の長さは十五メートルほどと推定されます」
なるほど、大きさからすると、前に襲ってきた竜と同じ個体かな?
突然の竜来襲に、キャンプ内は騒然となった。上岡一佐が地図を見て叫ぶ。
「くそ! 街の反対側か! 阿佐見さん、どうしますか?」
どうしますって、そんなの決まっている!
「全員、インカム装着! チャンネルは3!」
「了解! 総員、インカム装着! チャンネル3に合わせ!」
上岡一佐が、私の指示を復唱してくれる。こうした時のために、日本人全員がインカムを常時携帯していたのよ。インカムは軍用のものではなく、民生品だから私みたいなか弱い女子でも持ち運びが楽なの。
「ソニック君を出して! 私たちも現場に行きます。ヴァレリーズさんも乗ってください」
「私は馬で行く。すぐに追いつく」
モニターを覗き込んでいたダニーさんが、振り返って私に同行を願い出た。
「私を連れて行ってはもらえませんか? お願いします」
「わかりました。誰か、ヴァレリーズさんに馬を用意して! ダニーさんはこのまま指揮者に乗って来てください」
そう言って、私は四駆目指して走り出した。
「総員点呼! 街に行っている者はいないな? よし、一班二班は分乗して現場に向かう! 残りの者は、必要物資を持って後から来い! 不要な者は放置しておいて構わん!」
走りながらもてきぱきと指示を出していた上岡一佐が、私よりも先に四駆に辿り着き、後部ドアを開けてくれた。自分は助手席へと滑り込む。運転手は横井一曹だ。私が後部座席に飛び込むと、続けて日野二尉も飛び込んで来た。二尉も興奮しているのか、私を見てにやりと笑った。
四駆の窓から街の方を覗くと、マグネス隊長さんが街に向かって馬を走らせている姿が見えた。すばやい。でも自衛隊員も負けていないわ。ソニック君は、すでに走り出している。四駆と指揮車は、太陽光発電パネルに繋がっていたケーブルを外し、乗員を乗せてから走り出した。竜がやってくるのは、街の反対側だ。
「今飛んでいるUAVは、そのままキャンプまで飛行させて回収してください。予備のUAV出せるならすぐに飛ばして。インカムの中継もさせて」
『了解』
日本の竜対応部隊は、竜の飛来予測地点に急いだ。五分くらいで着けるはずだ。
□□□
ギャォォォーンッ!
竜の雄叫びが、虚空に響き渡る。まだ姿は見えないのに、音圧だけで圧倒されそうだ。
「目標、視認! 一時の方向!」
進行方向から少し右の空に、巨大な物体が見えた。
「桜さん、これを」
四駆の窓から身を乗り出すようにして、田山三佐が手渡してくれた双眼鏡を目に当て、ピントを合わせると、竜の姿が飛び込んで来た。あれが、生物なの? 揺れる車上では、観測もままならない。
「各車両は、距離を取って! うかつに近づかないようにしましょう」
『なんだ、ありゃ……』
『でかいな。動いているぞ』
『あんなの倒せるのか?』
インカムから隊員たちの声が聞こえる。
『貴様ら! オープン回線で私語は止めろ!』
上岡一佐が一喝する。
いや、でも、そう思うよ。目の前の竜を見たら。でかいもん。できれば戦いたくない。でも、街の人は勇気がある。近づいてくる竜に向けて、街から魔法による攻撃が始まった。
水魔法によって創られた氷の塊が、竜の頭上に降り注ぐ。
ギェェェッ!
竜は嫌そうに首を振るが、今の魔法で負傷したようには見えない。逆に、ガッ! とばかりに顎門を開くと、赤黒い炎――炎の色ではないが、炎としか呼べない何か――を街に向かって吐き出した。街を守る壁に赤黒い炎が届く寸前、現れた白い魔方陣によって防がれた。結界魔法、これまでに見た中でもっとも大きな結界魔法陣だった。
街の守りは堅牢、そう思ったが、それは間違いだった。竜は、ブレス攻撃を止めて、今度は自ら壁にダイブした! 巨大な質量兵器、竜自身が攻城兵器となったのだ。外壁は結界もろともあっけなく崩れ落ちた。
ギャオォォォンッ!
かつては壁であった瓦礫の上に着地した竜が、勝ちどきのような咆哮を上げる。だが、人間側も黙って見てはいない。壁が逆再生ビデオのように竜を包み込んでいく。土魔法だ。かつて残骸だった瓦礫は竜の頭上で組み合わさり、そのまま捕獲罠のように、あるいは蛸の足のように竜の身体にまとわり着く。そこに今度は火の玉が襲いかかる。苦手な属性はないとはいえ、魔法攻撃の前にノーダメージとは行かないようだ。竜は悲鳴をあげながらのたうち回る。が、土魔法の罠からは抜け出せない。
竜が街の外壁に絡め取られた時、ソニック君は竜から二十メートルほど離れた場所に着いた。四駆と指揮車は、ソニック君の後方四十メートルほど離れた場所に待機だ。しかし、これでもまだ近い気がする。肉眼で見た竜は、全身から黒いオーラを放っていた。UAVを通して送られてきた画像には、あんなもの映っていなかった。なに、あれ? 思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
街側との連携が取れていない現状、私たちが勝手に攻撃することはできない。インカムを通じて、全員に「攻撃してはいけない」と改めて通達する。ありがたいことに、街の守備隊と王の遠征部隊は、今のところ優勢のようだ。もっとも近い門から、兵士たちがわき出てきた。おそらく、壁の内側でも同様に兵が竜に向かって突進しているのだろう。しかし、竜に比べると、人間は弱々しく見える。
グルルルルルッ!
竜が、苦しそうに唸りながら身もだえる。土魔法によって、竜の首は、大きな岩によってがっちりと押さえつけられている。
「捕縛網、投擲!」
かけ声とともに、街の城壁から二本の槍が打ち出された。槍にはロープが結びつけられており、その先には巨大が網が括り付けられていた。網は空中に大きく広がって、竜を包む。
「今だ! 固定しろ!」
何人もの兵が網の端に取り憑き、網を地面へと固定子始めた。網で地面に縫い付けて、竜の動きを止めたのだ。
竜は、不気味な唸り声を上げながら、なおも暴れ続けている。が、岩の首輪と網は竜を捕らえて放さない。
あれでは、まるで特撮映画に登場する怪獣だわ。これが、知恵ある生物の姿なの? 賢者が竜と約定を取り付けたという話は、虚構だったのだろうか?
「ドラゴンなんて怖くないっ!」というサブタイトルを考えていたのですが、誰も元ネタ知らないだろうなぁと思って却下しました。いや、おもしろいですよ、はみだしバスターズ。
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やる気が出ます。




