知彼知己者、百戰不殆
王の間、ならぬ領主の間は、城の規模からすると広く感じられた。会議なんかもここでやるんだろうなぁ。マグネス隊長さんの先導で部屋に入った。部屋の中には数人の男性がいたが、一人だけ一段高い場所に置かれた椅子に座っていた。
「エトナー様、ヘルスタット王より報せのあった、異世界の方々が見えられました」
椅子に座った男、ハーヴィン・エトナーは私たちを一瞥すると、近くにいた男になにやら耳打ちした。
「ふん。話は聞いている。が、貴様たちに力を借りるつもりはない」
「しかし、閣下」
「マグネスよ! 西の要であるおぬしたち守備隊に加え、王から賜った兵百名、十分な戦力ではないか。わざわざ、このような者たちの手を借りるまでもない」
「それでは、ヘルスタット王のご意志が」
「そこよ!」
尊大な男は椅子から立ち上がり、マグネス隊長さんをビシッと指さした。いちいち仕草が芝居じみている。
「王は、我らの力を正しく評価されていないのではないか! これは、王に我らが力を示す良い機会なのだ! マグネスよ。それにな、書状には『共に戦え』とは書かれていたが、『協力せよ』とも『力を合わせよ』とも書かれてはおらぬ」
「閣下、それはあまりに……」
「これは、我、ルガラント領主ハーヴィン・エトナーの決定である」
そう言い放つ男の顔には、にやけた笑いが浮かんでいた。私たちに対する異界人の反発はあるかな? と思っていたが、これほどの拒絶は想定外だった。領主の周りにいる人たちはとても困っていた様子だったけど。
領主の様子を見ていると、ホントは竜ってそんなたいした災害じゃないのかと思えてくる。
「お恐れながら、発言することをお許しください。魔導士、ヴァレリーズ・オールトでございます」
ヴァレリーズさんが、一歩前に進み出て、深々と頭を下げた。
「ほほぅ、これはこれは、王の信認も厚い魔導士殿ではないか。よい、発言を許すぞ」
王家のような尊大な振る舞いにヴァレリーズさんは顔色一つ変えず、子供を説得するかのようにゆっくりと話した。
「国王陛下は、一日も早い解決をお望みです。閣下は、兵百名で十分とお考えで、実際、そうなのかもしれませんが、異世界の力も加わればより早く集結させられることでしょう」
「帝国の奴らか。ルガラントもあやつら蛮族の動きは知っておる。しかしな、オールト師。蛮族も竜も、我らの力の前には取るに足らぬ問題なのだよ。それを陛下は……」
「閣下、それ以上は」
不敬罪になりかねないと、隣に立った男が領主を止めた。
「ふ。まぁ良い。おぬしたちは勝手にするが良い。ただし、城壁内部に入ることは認めぬ。そして、物資も自分たちで何とかするがいい。異世界の力とやらでな」
男はそう言うと、どっかりと椅子に座り直し、左手を振って退去を促した。私たちは一言も発しないまま、部屋を出た。
「申し訳ない、オールト師、サクラさん」
領主のいる部屋を出たとたんに、マケネス隊長さんが謝ってきた。私がヴァレリーズさんと同じ異界調整官であると判ってから、彼はヴァレリーズさんと私を同格に扱ってくれる。男尊女卑が激しいこの世界で、女性の私を立ててくれる隊長さんは、とてもいい人だと思う。私を女だと思っていない、なんてことはないよね? いや、ドレスもスカートもはいていないけどさ。
「領主閣下のお言葉は、ルガラントの力を信じてのことでしょう。南に対する要であるという自覚故、あのように振る舞われたと思いますよ」と、ヴァレリーズさん。隊長さんは、「そういっていただけると助かります」と答えた。
「しかし、補給については少し困りましたね。あてにしていた部分もあるのですが」
「無償での支援は出来ませんが、後で私が懇意にしている商人を向かわせます。必要な物は用意出来ると思いますよ。費用はかかりますが」
私の言葉に、マケネス隊長さんが解決策を示してくれた。金で解決できるなら、問題ないわ。
「それは助かります。しかしよろしいのですか? あなたの立場が悪くなったりしませんか?」
「それは大丈夫です。領主様は、今、街の防衛計画で頭がいっぱいなのですよ」
だからといって、あの態度はどうかと思うよ。これ以上、隊長さんに文句を言ってもしょうがないから言わないけれど。
□□□
ルガラント城を出たところで、数人の男たちが待っていた。王都から来た兵たちだった。その中に、ひとりだけ異彩を放つ男性がいた。
「ダニエール・ジョイラントと申します。ダニーで構いません」
魔導士が好んで着るものに似たローブをはおり、分厚い書籍を抱えた小柄な男性は、竜のことを調べている魔導士だと自己紹介した。異界では、公式な“学者”という職業は存在しない。そもそも魔法以外の教育機関は存在しないし、研究する場もない。しかし、彼のように物事について調べる市井の人も少なくないという。ダニーさんは、二相二位の魔導士だそう。正直、魔導士としては最低ランクだが、本人はあまり気にしていないようだ。
そういえば、王都で迫田さんが天文を研究している人に面会したと言ってたなぁ。あれはどうしたんだろう?
「私の知っていることをすべて、異世界のみなさんにお伝えするよう、ヘルスタット王より申しつけられております」
ダニーさんは、私たちの臨時キャンプに設置された天幕の中で、重そうな書籍を仰々しく開いた。いくらなめしてあるとはいえ、羊皮紙はかさばるし、湿気の影響も出やすい。これを毎日持ち歩くのは大変だろう。
ダニーさんの本には、竜のリアルなイラストが描かれていた。うん、私たちがイメージする竜そのものだ。
「竜は個体差が大きく、我々と同じくらいのものから、城のような大きさのものまでいます。ルガラントを襲っている竜は、五ヴェル(およそ十メートル)程度なので、小型~中型の部類に入ります。襲われた村に残された竜の鱗から見て、比較的若い個体、おそらく百歳に満たない竜であると思われます」
竜は、長命であり身体も頑丈、捕食者もいない。しかし、個体数は少ない。特に竜と賢者の間に約定が結ばれてからは、人の住む場所にはほとんど現れていない、とダニーさん。
「竜は、季節を重ねるごとに知恵を増す、と考えられています。ですから、百歳の竜であれば人間との約定についても理解しているはずなのですが」
ヤレヤレといった風に、頭を左右に振るダニーさん。
「何が原因で、人里を襲うのか。襲われた村の住人も《《喰われて》》いないので、食料問題ではないと思います」
竜って、人を食うのか。
「人間が約定を破ったかもしれない可能性は?」
「う~ん、それならもっと上位の、年老いた竜が現れるはずですし、襲う前にこちらと接触しないのも変ですし。研究者としては、その辺りが気になるのですが、今は、どうやって撃退するか、が問題ですね」
「そういえば、竜はどうやって攻撃してくるのですか?」
田上三佐の質問に、ダニーさんは本をパラパラとめくり、とあるページの絵を見せてくれた。
「一つは、手や足による攻撃ですね。竜の爪は硬く、金属でも軽く貫いてしまいます。二つめに尻尾による打撃ですね。竜の背後に回り込んでも、尻尾に注意しないと近づくこともできません。そして三つめが、|竜の息吹ですね。ブレスの属性は、個体によって異なると言われています」
「今回、現れた竜は?」
「それがねぇ、目撃者によると“黒い炎”だったと言うんですが、過去にそんなブレスを放つ竜は記録されていないんですよ。実際に見るまでは、確かなことは言えませんがね」
ちょっと、なんだかすごそうなんですが、本当に退治なんてできるの?
「弱点らしい弱点がないとか。どうやって攻める?」と、上岡一佐が懸念を口にする。
「そうですね、過去の文献を見るに、属性魔法に対する耐性は高いですね。ただ、直接魔法で攻撃するのではなく、例えば、土魔法で作った岩石をぶつければ、竜も痛みを感じるはずです。昔はそうやって退治していましたね」
数人の魔導士による間接的な魔法攻撃と、兵士の剣技による直接攻撃が有効。ただし、過去に竜を倒したケースは極めて希だと、ダニーさんは説明してくれた。
「天敵もいないとおっしゃっていましたよね」
「天敵ではなく、竜を捕食する生物がいないということです。竜《かれら》も苦手とする生物はいますよ」
「ほぅ、なんですか、それは? なんとか利用できませんか?」
「利用は無理ですねぇ。なにしろ、妖精ですから」
ダニーさんから聞いた、竜への対応策はこうだ。
まず、竜が襲ってきたら、翼を集中的に攻撃し地上に降ろす。土魔法で竜の足止めを行い、兵士が肉弾戦を挑む。ブレスには、複数の魔導士による重層型結界で対抗する。
正直にいって、これで勝てるとは思えない。身体強化みたいな魔法はないのかと聞いたら、そんなものはないと。水魔法で血の巡りを良くすることくらいだと言われた。どんどん崩れる私の中にある魔法万能イメージ。
「そうだ、バリスタはないの?」
ヴァレリーズさんもダニーさんも、言葉に聞き覚えはなさそうだ。うん、同じ名称とは限らないよね。
「えっとね、お城とかを攻める時に使う、大きな弩で、丸太くらい大きな矢を飛ばすのよ」
「いや、そうした兵器はないな」
魔法で火や石や氷の塊を飛ばすことができるのに、わざわざそんな兵器作らないってことか。
「そういえば、貴女たちは狩人が使うような弩も持ってきていたな。あれで竜に戦いを挑むのか?」
確かに弩は持ってきたよ、フレシェット弾を発射できる奴だよ。でも、フレシェット弾はできるだけ使いたくないな。何しろ神経毒入りなのだ。それを考えると、なんだか私たちが犯罪組織のように思えてしまう。日本では、竜退治に化学兵器の使用も議論されたそうだけれど、さすがにそれは環境や異界人に与える影響を考えて却下されたそうだ。却下されてよかった。もし、使用が許可されたとしても、化学兵器なんて使わないけどね、私の権限で。
□□□
私たちが西の街に着いた翌日、竜の襲来はなかった。その代わり、秘密装備が良い仕事をしてくれた。
「あちらの山麓に二人、南に続く街道を挟んで反対側の丘陵地帯に三人ですね」
秘密装備、すなわち手投げ式UAVに搭載された二波長赤外線カメラが、山と丘に隠れている人間を見つけた。魔法による結界を張っているらしいが、現代日本の技術力を前にすれば、丸裸も同然だ。こそこそと動き回る彼らは、もちろん王国の人間ではないだろう。街の人間でもないことは、マグネス隊長さんにも確認済みだ。隊長さんは、私たちのことを気に掛けてくれて、今日も早くから顔を出してくれたのだ。
「となると、帝国の密偵ですかね」
「おそらくは」
盗撮されているみたいで気分は良くないが、情報収集は戦いの基本だからねぇ。とりあえず放置しておくのか、身柄を拘束するのかは、守備隊の判断に任せることにした。
「拘束するなら、お手伝いしますよ」
という上岡一佐の言葉に、隊長さんは笑顔を見せた。結局、帝国の密偵(?)たちは、そのまま放置することになった。捕まえるにも兵を出さねばならないし、たとえ捕まえても大した情報は持っていないだろう、という判断だった。ただ、上岡一佐としては、帝国に繋がる者として、マークはしておきたいらしい。
「街にでも侵入してくれれば、顔写真のひとつでも撮れるんですがね」
いやいや、スパイ映画の見過ぎですよ。
タイトルは、孫子の兵法から。
ちゃんと敵味方の兵力を把握していないとヤバいよ、ということで、事前準備の話でした。
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