秘密の花園
マルナス伯爵家の使いという人に先導されて、私は城の中を歩いていた。鞄の中には、伯爵夫人への手土産やらスイーツやらが入っている。もちろん、常に持ち歩いているタブレットPCでは、慣性センサーや傾きセンサーによる自動マッピングが行われている。異界風のアフタヌーンドレスは、どうにも居心地が悪かったので、パンツスーツにした。戦闘服みたいなものですよ。普通の布地だけど。
使いの人が、ある部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。中から応えがあった。
「お客様をお連れしました」
部屋の中から「お入りなさい」という声が聞こえたので、使いの人が扉を開けてくれた。そこは、城の広い中庭を一望できる、開放的なサンルームだった。そして、マルナス伯爵夫人その人が、そこで待っていた。その隣には――。
「ミシエラ殿下?!」
ミシエラ・アルクーラ、この国の王女だ。年齢的には、ドーネリアス王子の二歳下だから、まだ(異界で言うところの)成人には至っていないはず。それとも、男女で差があるのかしら? とりあえず、なぜここにいるのか聞かないと。
「姫君がなぜここに? いや、夫人もご自身でいらっしゃるなんて」
てっきり、伯爵家で働いている女性が来るものと思っていたのでびっくりした。
「フフフ。とにかくお座りなさいな」
伯爵夫人に促されて、私は丸テーブルの前に座った。椅子もテーブルも白い。テーブルの上には、ティーセットが用意されていた。伯爵夫人自らが、ポットから茶をカップに注いで渡してくれた。
「恐縮です」
「あら、そんなにかしこまらないで。ここには淑女しかいないのですもの。もっと気楽になさって」
「……はぁ、では、お言葉に甘えて」
さて、お茶を出されたなら、お茶菓子を提供せねばなるまい。異界の菓子は固い上に、それほど甘くもない。鞄の中から、真空パックしたパウンドケーキを取り出して、袋を開けた。マルナス伯爵もミシエラ姫も、目を丸くして見ている。ケーキを付属していたプラスチックナイフで切り分けて、お皿に載せた。
「どうぞ、召し上がれ。本当は生クリームも添えられれば良かったんだけど」
「いただくわ」
伯爵夫人が、フォークでケーキを小さく切り分け口に運ぶと、表情がみるみる変わっていった。
「柔らかくて、なんと甘いのでしょう!」
「ほんと? 私も食べる!」
ミシエラ姫もパウンドケーキを口にする。
「おいし~~い!」
「たくさんありますから、ゆっくりお召し上がりください。残ったらお土産にどうぞ」
ミシエラ姫が、ケーキを口いっぱいにほおばりながら、頭をコクコクと上下に振る。あらやだ、かわいいわ。
「で、なぜ夫人と……姫様が?」
一息ついたところで、改めて尋ねた。
「だって、あなた王子二人と踊ったって言うじゃない? ドーネリアス様はともかく、《《あの》》やんちゃなカイン様まで。もう宮廷中、噂で持ちきりよ」
「はぁ。まぁ、成り行きで」
「でしょうね。貴女の性格からすれば、自分から行く人ではないものね」
夫人が笑いを扇で隠す。いや、もう目が半円形ですから。
「にぃ様と結婚するの?」
いきなりミシエラ姫が爆弾投下。
「なななな、何をおっしゃっているのですかっ! 踊ったくらいで結婚なんかしません」
「ん、ならいい。あなた、若くないから」
あうっ! 子供って、どうして手加減というものを知らないのかしら。
「そこよ、そこ! 貴女がドーネリアス王子と親しげにしたものだから、王子は年上好きという噂がたっちゃって、貴族の子女でも行かず後家やら寡婦やらの連中が騒ぎ出しちゃってねぇ、もう大変よ」
なによ、それ。少し失礼な感じがする。でも、日本では晩婚化が進んで、なんて自爆するようなことも言えないしね。ここは、笑ってごまかそう。というか、話題を変えよう。
「そうだ、良い機会だから教えてください。王子様方は、どのような方なのですか?」
いずれこの国を継ぐ王子についても、情報を集めておくべきだろう。
「うぅ~ん、そうね」
マルナス伯爵夫人が、顎に指を当てて考えている。姫様もいらっしゃるこの場で、うかつなことは言えないのだろう。聞いた後に、失敗したと後悔したが、もう遅い。
「ドーネリアス様は、この国のことを真に考えていらっしゃる方だわ。常にこの国の利益を優先される方。だから、結婚には慎重で、今までにあった見合い話もすべて断られているわ」
なるほど。王族ともなれば、王国存続のために早く跡継ぎを作らなければならないのだろう。あの歳まで結婚していないというのは、何か目的があってのことなのか。
「ファシャール帝国に、妙齢の姫君がいらっしゃったりします?」
「まだ生まれたばかりの娘がいるはずよ……でも、皇帝が溺愛しているから、王国に差し出すなんてことはないでしょうね。むしろ可能、カイン様があちらに婿入りする可能性の方が高いわ」
「え?」
「あくまで可能性があるというだけよ。カイン様についてはねぇ……」
「カインは、むちゃくちゃなの。にぃ様が止めても聞かないし。本当に大人になれるのか心配」
自身も未成年なのに、弟の心配をするとは。異界でも、女の子の方が成長早いのね。
「姫様はそう見られるのね。カイン王子は、あれでいて計算高いと私は見ているわ」
王女殿下が不思議そうな顔で、伯爵夫人を見た。口にフォークをくわえたままなのは、少しはしたないですよ、殿下。
「あの無邪気さは演技。時折見せる顔が本心。姫君の前ではありますが、私はカイン様を怖いと思うことがあるのです」
たしかに、舞踏会の夜、あの最後の言葉が本心だとしたら、少し怖い。
「サクラさん、貴女、先ほど国王陛下とお会いになってらしたでしょう?」
もう話が広まっているのか。恐るべし、宮廷内ネットワーク。
「えぇ、でも話の内容はお話できませんよ?」
「私にも?」
「姫様であろうとも、です」
厳密に言えば、“話すな”とは言われていない。しかし、事は国防に関わる話だ。私たち自身がまだ態度を保留している状態だしね。でも、夫人にはヒントぐらい出してみようかな? 上手くいけば何か情報もらえるかも。
「話は変わりますが……お二人は、竜について何かご存じですか?」
「竜?」
二人は、異口同音に疑問符を付けて返してきた。ミシエラ姫は不思議そうな顔のままだったが、マルナス伯爵夫人はすぐに気が付いたようだ。ほほえみを口の端に浮かべて、竜に関する情報を提供してくれる。
「竜は、知恵のある生き物だと言われていますわ。歳を重ねるごとに賢くなっていくとか。たしか賢者様とお会いになった竜は、二千年以上生きているとか」
「あぁ、賢者と竜の約定ですね。知恵があるという竜が、その約定を破ることなんてあるのでしょうか?」
「約定の中身は詳しく伝えられてはいませんのよ。ただ……竜は誇り高き生き物でもありますから、自分たちから約束を違えることはないでしょうね」
そうか、人間の方が先に約束を破り、それに竜が怒っている、ということもあり得るのか。ならば説得は可能かも知れない。
「まぁ、実際に竜に会った人間など、ほとんどいませんから、どこまでが正しいかは判りませんことよ」
「いえ、参考になりました。ありがとうございます、伯爵夫人」
私の言葉に伯爵夫人がやりと笑う。
「サクラさん、そろそろ……持ってきてくださっているのでしょう?」
部屋に入ってきたところから、伯爵夫人の視線がちらちらと私の鞄に向けられていることは感じていた。
「もちろんですとも」
私は鞄の中から紙袋を取りだした。ビニール包装のままだと、まずいからね。ゴミ処理のための高温焼却炉の技術提供もしないと。
一応、種類別に分けてある。ついでに、専用ショーツも何枚か持ってきた。夫人と姫に説明していると、なんだか生理用品の営業になった気がしてくるわね。
伯爵夫人からは、約束していた書籍(羊皮紙や木片をまとめたもの)や貴族階級が使ういくつかの道具を贈ってもらった。日本の研究者が喜ぶだろうなぁ。
「王都へみえることがあれば、また、お願いしますね」
「もちろんですわ。あぁ、そうだ。使いにくいところや何か気づいたことがあれば、手紙でも構わないので知らせていただけますか? 異界の方々に合わせて改良したいと思っていますので」
「あら、うれしい! わかりましたわ、必ず」
「私は甘いお菓子がいい!」
ミシエラ姫が私に顔を近づけて言った。
「異世界《あなたの世界》には、もっといろいろなものがあるのでしょう? 食べてみたい!」
あ、姫の胃袋掴んじゃった。そうだよね、スイーツはおいしいよね。
「姫がお望みとあれば、次回お目にかかる際にも必ず持参いたしますね」
日持ちしそうなスイーツはあるかな? と頭の中で考えた。
「そうだ、蓬莱村《わたしたちの村》に一度お越しくださいな。もっと新鮮で柔らかい菓子をご用意できると思いますよ」
後で考えれば、これは少し不用意な発言だったかもしれない。
「本当に?! お父様に頼んでみる!」
「是非とも。お待ちしております」
こうして、秘密の女子会は終わった。




