そして、帰る
ティールが私たちの元に戻った、その次の日。
私は朝早くから、異界局に呼び出されていた。文部科学省から呼び出される、あるいは電話で通知されるのかと思っていたので、少し意外だ。そういえば、文科省から異界局への出向扱いだったっけ?
異界局は、わざわざ迎えの車を宿泊しているホテルに寄越した。<パム>もついて来ようとしたけれど、そうするとルシアもティールも一緒にくることになるのでホテルに残ってもらった。まだ本調子じゃなさそうな、ヴァレリーズさんの面倒も見て欲しかったし。
異界局に向かう車の中で、私はこれからのことを考える。
そもそも。私が文部科学省に入ろうと思ったのは、日本の教育――特に小学校・中学校の教育を改善したいと思ったからだ。実を言えば蓬莱村に行ってからも、少しずつ教育改革に関する提言もしてきたし、異界では私の領地に住む子供たちへの教育に関して、かなりワガママを通させてもらったりもしている。結果が分かるのは数年後だと思うけど、無駄な努力だとは思っていない。
なんとか文部科学省に残ることができたら、再び教育改革に取り組んでいけたらいいな。もし、退職することになったら……教員免許はあるから、故郷の教師になろうかな。
「あれ?」
知らないうちに、涙が流れていた。
あぁ、私は。こんなにも蓬莱村に、異界に引かれているのか。あそこから引き離されることが、こんなに悲しいなんて。あの世界が、あそこに住まう人々が恋しい。まだ、異界でやることが、私にはある。何の力もない私だけれど、異界にいることは、きっと意味があることなのだと、なぜか確信できる。
……決めた。
もしも調整官を辞めさせられることになっても、全力を持って抗おう。異界に戻るためなら、辺境伯としての立場だって利用する。
心の中で決意を固めた頃、車は霞ヶ関の外務省に到着した。
□□□
テーブルを挟んで、私の前に江田局長が座っている。私が部屋に入ってから、妙な緊張感が漂っている……と感じるのは私だけ? あぁっ、もう、こんなの耐えられない。
「あの……」
「異界局も手狭になってきてねぇ」
思い切って口を開いたのに、制されてしまった。私は「はぁ」と間抜けな返事をしてしまう。
「場所を移転するんですよ」
「そう……ですか……」
「ま、半年後の予定だけど。ついでに局から庁へ――異界庁になる予定だよ」
「それは、おめでとうございます」
異界庁か。蓬莱村も大きくなっているし、エデンもできた。異界の国々との交流機会も増えているので、異界局の業務も増えているのだろう。庁に昇格すれば、扱える予算の金額もアップするはずだし、良いことなのだろう――けど、私にはあまり関係ないような?
局長は、話を続けている。
「それでね、五年後を目処に“省”への格上げも内定しているんだ。あ、これは秘密ね」
「結構、急なお話ですね」
「そうでしょう? 人手不足が絶対に起きるよね。そこで人員の強化も行うことにしたんだよ」
「はぁ」
蓬莱村から優秀な人材を出せ、ということかな? それとも異界人を正式に採用するとか? それはそれでインパクトある話ではあるけれど。
「で、だ。阿佐見君にはね、今まで文科省からの出向って形にしていたけれど、これを機に正式な異界庁職員になってもらおうと思ってます。もちろん、君の働きに見合ったポジションは用意するよ」
「え? それって」
「省になるまでは、調整官を続けてもらうよ。優秀な後任が見つかれば別だけど……って、これからは後進を育てるのも、君の仕事だからね。がんばってくれよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
混乱する! 私は調整官を続けられるの? 蓬莱村に異界にいていいの?
「わ、私に対する処罰はないのですか?」
「え? 処罰って何? 何かしでかした?」
「だって、ティールの誘拐をSNS使って公開しちゃいましたけど……」
「あぁ、あれ」
江田局長は、椅子の背もたれに上半身を預けると、にやりと笑った。
「SNS使った広報なって、どこだってやっているじゃないか。防衛省だって、農水だって」
「いやでも、誘拐されたことは極秘だって……」
「それを言っていたのはDIMOだよ。日本政府じゃぁない。まぁ、偽IDでまんまと通過されちゃったということは失点だけどね、こっちはDIMOのサーバーにも紹介掛けて確認していたんだ、落ち度としては、ま、ほんのちょっぴりだ」
そういいながら、右手の親指と人差し指で作った小さな隙間から、局長は私の方を覗いた。目が笑っている。
「そんな訳で、君にも君たちと行動を共にしていた人たちも、おとがめ無しだ。一応、アテンドしていた宮崎君にもペナルティはないよ」
「そう……ですか。それは安心しました。私は、蓬莱村に戻っていいんですね?」
「もちろんだよ。あとで事情聴取する必要もあるだろうけれど、まずは妖精たちを一刻も早く村に戻してあげて」
「はい!」
あの覚悟は、何だったんだ。でも、戻れるんだから、結果オーライ。少し落ち込んでいた行きとは違い、晴れやかな気分でホテルに戻り、皆に帰還を告げた。
「えぇ~ルシア、もう少し日本で遊んでいたいぃ~」
「ボクも、お寿司っていうの、食べてみたいなぁ~」
前から思っていたけれど、妖精は少し我が儘なところがある。
結局、「魔素の薄いここに長時間いると、どのような影響が出るかわかりませんよ?」というヴァレリーズさんの言葉で、妖精たちも渋々帰還に同意した。
「さ、帰りましょ。うちに着くまでが遠足ですよ」
□□□
「それにしても、あの時の魔法すごかったですね」
福島ピットで通過審査を待っている時、私はヴァレリーズさんに船を持ち上げた魔法について尋ねた。
「私もいろいろと、新しい魔法を生み出そうと研究しているんだよ。あれは、別の事をしようとして編み出した魔法なんだよ」
「へぇ、元々は何をしようとしていたんですか? おっきなモニュメントを作るとか?」
「いや……空を飛ぼうと思っていてね」
え? あの水の柱と空を飛ぶ姿が一致しなくて、思わず「どうやったらあの魔法で空を飛ぼうと考えたんですか?」と聞いてしまった。
「最初は翼を魔法で作ってみたり、強い風を起こしてみたりしたのだが、中々上手く行かなくてね。蓬莱村で見たグライダーという乗り物をヒントに、高い場所から滑空するのはどうかと思ったんだよ。まぁ、身体を持ち上げることは出来たのだが、制御が上手く行かなくて、そのままになっていたんだ」
「そうなんですか。あ、そうだ。飛ぶことなら蓬莱村にいるJAXAの人に聞いてみるのはどうです? 何かヒントが掴めるかも」
「そうだね。帰ったら、そうしてみよう。助言感謝する」
いえいえ、と笑いながら、ふと、疑問が湧いた。
「でも、そもそもなんで空を飛びたいと思ったんですか? 確かに魔法で空を飛べたら素晴らしいことですけど」
「……」
「?」
「だって、くやしいじゃないか。サコタが空を飛べるのに、私が飛べないなんて」
そこかぁ~いっ!
これでこの章は終わりです。
幕間話をふたつくらい挟んで次の章を始めたいと思っていますが、書きためた分を出し切ってしまったので、少し時間が空くかも知れません。
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