決着の第二海堡
近くのおまわりさんに声を掛けて、現場の責任者である神奈川県警の橋田警部補と話すことができた。
「許可できません」
にべもない。
「こう言っては何ですが、阿佐見さん、あなた方は妖精の対処に困った時のために、オブザーバーとして来ていただいたのです。被疑者の前に出すなんて、危険な真似をさせるわけには行きません」
現場の判断としては、間違っていないと思う。多分、同じ立場なら私でもそうする。でも。
「では、相手の要求をのむのですか?」
「それは……今、交渉人を呼んでいるところです」
「どのような交渉を?」
「それは判りません」
「時間はどのくらいかかりますか? いえ、事件が解決するまでの時間です」
「それは、なんとも。被疑者が疲労を見せれば……」
「捕らわれている妖精の体調が心配です。こちらの世界は、異界より魔素が薄いんです。何か影響があるかもしれません」
ルシアがピンピンしているので、これはブラフだけど、万が一ってこともあるしね。
ですが、といいかけた橋田さんの携帯に、電話が掛かってきた。「失礼」と私に理を入れて電話に出た橋田さんは、「えぇ」とか「しかし」とか「そんな」とか、携帯電話に向かって押し問答を繰り返し、しばらく沈黙したあとに大きなため息をついて電話を切った。
私を振り返った彼の顔は、まるで渋柿を丸呑みしたかのような顔だった。そして、諦めたような声で言った。
「……許可します」
「はい?」
「あなたが被疑者と交渉することを、許可すると言ったんです」
いや、それはありがたいけど、どういうこと?
「私にも判りませんよ。上からの指示です。あなたの指示に従うようにと」
「よくわかりませんが、ありがとうございます」
まぁいいわ。ヴァレリーズさんに頼まれたこともあるし、自分でもガツンと言ってやりたいと思っていたから。
「交渉は許可しますが、くれぐれも相手を刺激しないようにしてください。それから、相手の要求を拒否せずに、しかし安易な約束はしないでください」
「(なんですか、それ)……できるだけ、そうします」
そして、私は誘拐犯と対決した。
□□□
「Do you remember me?」
奴が陣取っている高台に続く階段を途中まで昇った私は、とりあえず英語で話しかけた。階段は、一人分の幅しかないので少し怖い。
「Why are you here.Get away!」
よかった、英語は通じるみたい。それにしても蓬莱村で会ったときには、それなりに紳士的だったのに。まぁいいわ。相手の気をそらすことが目的だから。
「彼を連れ戻しに来たに決まっているでしょ」
「はっ! 彼だと? これのことか? あぁん?」
左手で、小脇に抱えていた筒を掲げる誘拐犯。やっぱり、あの中にティールがいるのね。早く助けないと。
「彼は無事なの?」
「生きてるよ、依頼者の要望だからな」
「会わせて」
「ここから脱出したら、動画送ってやるよ! ほら、さっさと用意しろよ、でないと、まとめてボカンだぞ」
だんだんと、自分で自分がイライラしてきたのが判った。橋田警部補からは『被疑者を刺激しないように』と言われているけれど。
「ふっっざけんじゃないわよ」
「!」
「わたしはね、ティールを返せって、言っているの。あんたを逃がすわけないじゃない。そもそも、そこで手榴弾爆発させたからって、あんたも一緒に死ぬことになるのよ? たかだか運び屋風情に、そこまでの度胸ある? あるなら、やってみなさいよ、ホラ! 今すぐ!」
背後で、何人かがざわめいているのが判る。英語が分からなくても、雰囲気で私が煽っているの、判るもんね。でも、もう止まらない。
「ぐっ、くそっ、やるぞ、いいんだな!」
「やればいいでしょ! やんなさいよっ!」
「う、うぉーーっ!」
誘拐犯が、手榴弾を握った手を高々と空に突き上げた瞬間。
「凍れ!」
ヴァレリーズさんの声が響き、誘拐犯の腕がまるごと氷に包まれた!
「ぎやぁぁぁっ!」
聞いたこともないような悲鳴をあげる誘拐犯、その背後に飛び出したのはアンナさんだ。飛び出した勢いのまま、彼女のしなやかな脚が弧を描き、誘拐犯の頸部にヒットした。
彼は、口と目を大きく開けたまま、その場に頭から倒れた。
「確保っ!」
橋田警部補の叫びで、何人ものおまわりさんが犯人に飛びついた。
「ティールはっ!」
おまわりさんのひとりが、ティールが捕らわれている筒を誘拐犯から奪取してくれていた。ほっとして、感謝しようとヴァレリーズさんを捜したら。
「ヴァレリーズさん!」
ヴァレリーズさんが、地面の上に倒れ込んでいた。




