逃げ足は速い
コンテナ船の底に貼り付いていた小さな潜水艇は、バッシャーンと音を立てて海面に落ちた。何秒か、波間にチャプチャプ浮かんだあと、急に水面を走って逃げた。岸壁の上からそれを見ていた私たちは、何が起きたのかしばらく呆然としてしまっていた。
「くっ! すまない、捕まえられなかったっ!」
ヴァレリーズさんのその言葉で、みんな我に返った。
「れ、連絡っ!」
「県警と、海上保安庁! あ、海保の前に国交省だ!」
「国交省って! 窓口どこですかっ!」
「知らんっ! 調べろ!」
急に大騒ぎになった。そんな中、ヴァレリーズさんは冷静に「船を降ろしてもいいか?」と聞いてきた。
「もちろんです、ゆっくりお願いしますね」
「承知した」
目の前で巨大なコンテナ船が、ゆっくりと海面へと降りていく様は、改めてすごい風景だった。船内にいた人はびっくりしただろうな。後でフォローを考えないと。
「すごいっすねぇ……」
「まほう、すごい」
コンテナ船が、無事に着水した。大きな波が立ったけれど、問題ない範囲だろう。ふぅ、とヴァレリーズさんが大きなため息をついた。
「私も、これだけの魔法を行使したのは、久しぶりのことだよ。このところ、事務仕事ばかりだったからね」
「ご苦労様でした。何か飲まれますか?」
「いや、しばらくこうしていれば元に戻るよ、それより……」
ヴァレリーズさんに駆け寄って、声を掛けていた私の後ろで、ガシャンと大きな音がした。驚いて振り向くと、<パム>が膝を付いていた。<パム>の胸が開いて、ルシアが飛び出してくる。
「<パム>!?」
『ご心配なく、魔素の残量が少なくなったため、省電力モードに移行しただけです。1時間もすれば、回復します』
よかった。
……って、よくない。ティールを攫った犯人は、まだ逃げている。
「今、海保から連絡があったっす。どうやら、犯人の潜水艇は潜水できなくなったみたいっす。海保が追ってるんで、直に捕獲できると思うっす」
セナさんのその予測は、当たらなかった。
□□□
またも待機。
吹きさらしのコンテナターミナルにいても風邪を引くだけなので、私たちは一旦車に戻って連絡を待つことにした。ヴァレリーズさんの体調も悪そうだし。
「すまない」
「いぇ、いいんですよ」
普段のヴァレリーズさんは、いつもきっちりした人だ。初めて会う人は、とっつきにくいと感じてしまうだろう。私も、最初はそうだった。蓬莱村への移住者の中には、怖いと思う人もいると聞いた。しばらくすれば、そんなことないって判るんだけど。なにしろヴァレリーズさんは、人にあまり弱っている場面を見せることがない。稀に、本当に稀に、弱った姿を見せることがある、今のように。もっと、弱ったところを見せれば、他の人たちも怖がったりしないと思うのだけれど。
そんなことを考えていた時、着信を知らせるブブブという振動音がした。慌てて鞄の中のスマホを取り出そうとしたら、セナさんへの着信だった。
「はいっす……えぇ、そうっすよ……それは、まぁ、わかったっす。じゃぁ、足はそちらで? 助かるっす」
誰からだろう? 電話が終わった様子なので、聞いてみた。
「防衛省っす」
「防衛省? なんでまた」
「まぁ、そこはいろいろ頼んでいたからっす。情報収集衛星とかゴニョゴニョ……それはそれとして、犯人の行き先が判ったっす」
「捕まえたんですか!?」
「それがっすねぇ――ま、移動しながら説明するっす」
セナさんは、横浜方面に向けて車を発進させた。




