魔法はここまでできるのか
船の、下?
船底に出っ張りがあるってこと?
たしか、ヨットだとバランスをとるためのでっぱりがあるって聞いたことがあるけれど、こんな大きな船で、そんな水の抵抗を増やすような部分はあるのだろうか?
「それ、もしかしたら潜水艦かも知れないっすね」
ヴァレリーズさんの言葉を聞いて、少し考えていたセナさんが言った。
「潜水艦?!」
思わず聞き返してしまった。いや、船の下に潜水艦って。
「潜水艦というか、二人乗りくらいの小さな、潜水艇って言った方がいいっすね。大きな船の底にコバンザメみたいにくっ付く潜水艇があって、南米の方で麻薬の密輸とかに使われてたっす。密輸自体は未遂に終わったっすが、潜水艇自体は本当に使用可能なものだったそうです。それと同じモノか、コンセプトをパクったものじゃないっすかねぇ」
もし、セナさんの推測が当たっていたら、その潜水艦――じゃない、潜水艇をどうにかしないといけない。でも、相手は水の中だ。今からダイバーを呼んで、なんとか出来るのだろうか?
「海上保安庁と海上自衛隊に、連絡したっす。彼らになんとかしてもらう……」
「いや、私がなんとかしよう」
ヴァレリーズさんが、こちらを向いて言った。
「船の底に貼り付いているものを引きずり出せばよいのだろう? なんとかなるかも知れない。<パム>君、申し訳ないがもう少し力を貸してくれないか」
『了解しました、ヴァレリーズ様』
<パム>が一歩、ヴァレリーズさんに近寄ると、胸のパネルを大きく開けた。
「ちょ、ちょっと待ってヴァレリーズさん! さっき魔法を使ったばかりじゃないですか!」
ヴァレリーズさんが使う魔法は、意思の力を魔素が実現するものだけれど、体力も使う。魔力の大きさ=体力と聞いたこともある。さっきのソナー魔法が、どのくらい体力を使うのかは判らないけれど、新しい魔法を使う体力は残っているのだろうか?
「大丈夫だ、サクラ。これでも四相六位。称号は伊達ではないのだよ。さぁ、少し離れていてくれないか」
そう言われてしまったら、引くしかない。私は仕方なく、ヴァレリーズさんと<パム>から離れた。
『ルシア、そこから出てマムのところにいてください。少々、負荷がかかります』
「わかった~」
<パム>の胸元からルシアが飛び出し、私の肩にちょこんと座った。
『魔素貯蔵庫解放、魔素収集機、最大出力。ヴァレリーズ様、存分にお使いください』
「うむ、助かる。あぁ、セナたちももう少し下がってくれないか? 危険はないと思うが、念のためだ」
ヴァレリーズさんは一体、どんな魔法を使おうというのか。海面を凍らせる? ダメダメ、ティールも一緒に氷漬けだわ。反対に沸騰させる? うーん、犯人との我慢比べになっちゃうかな。逃げ出したらお終いだし。考えられるのは、何らかの手段で潜水艇を拘束することだけど……。
私の不安を置き去りにして、時間は流れていく。ヴァレリーズさんの後ろに立った<パム>が両腕を大きく広げると、背中の装甲板がスライドして、内部にある何かファンのようなものが現れた。と思ったら、ファンが音を立てて回転を始めた。しばらくすると、さっきよりも強い光の流れが、<パム>からヴァレリーズさんへ流れ始めた。光は渦を巻いてヴァレリーズさんを包み込む。
ヴァレリーズさんは、真剣な眼差しで海面を見つめている。私も、セナさんもアンナさんも、周りにいる大勢のお巡りさんも、張り詰めた空気の中一言も口にせずじっとヴァレリーズさんの魔法が発動する時を待っている。
「風の精霊よ。水の精霊よ、土の精霊よ。我が願い聞き届け、彼の者をして正しき裁きを下すため、精霊の祭壇へと導かん。天を支える柱!」
ヴァレリーズさんの詠唱とともに、空気が揺れた。
そして、目の前のコンテナ船がギシギシと不気味な音を立て始めたと思ったら、ゆっくりと動き出した。コンテナ船の巨大な船体が、ちょうど昇り始めた陽光に照らされ、船体から零れ落ちる水しぶきは、ターミナルのカクテルライトを反射しながらキラキラと飛び散っていく。
「う、浮かんでるっす……」
「うそ……」
ありえない。いや、魔法ならありえるの? 今、巨大なコンテナ船が、私たちの目の前で水の柱に支えられるようにして、空中へと浮かび上がっている。
「あっ! あれっす、あれが潜水艇っす!」
セナさんの指さす方向、船の下には小さな流線型をした黒い影が、まるでコバンザメのようにくっ付いていた。
「あ、落ちた」




