ハンマー、遭遇
私の動画はあっという間に拡散して、それに比例して(セナさん曰く“指数関数的に”)情報もたくさん集まってきた。集まり過ぎるほどに。その中から、どうやって本当の情報を引き出したのか……。
「理研やNICTの協力で、信頼できる情報のみをフィルタリングするツールを使ったんすよ、あとは信頼できる情報源……とかっすねー」
「信頼できる? 情報源?」
「そこはまぁ、“妖精”が好きな人は多いってことで
そんなことより、急ぐっす。まだ犯人たちに追いつくチャンスはあるはずっす」
そうだった。
(なんだかうまくはぐらかされた気もするけど)セナさんに促されるように、私たちはワンボックスカーに乗り込んだ。ホテルを出た車は、首都高に入って横浜方面へ。横浜を通り過ぎたところで、目的地を聞いていないことに気が付いた。
「で、どこに向かっているんですか?」
「南本牧のコンテナターミナルっす」
「コンテナターミナル? そんなところに行って何しようと?」
「おそらく、コンテナに隠れて密航でもしようとしているんじゃないっすかねぇ」
首都高を降りてハマ道路を通過する頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。コンテナターミナルのゲート前には、赤色灯が煌めいていた。神奈川県警の応援だ。
「国交省にも連絡済みなんで、ゲートはすぐに通過できるはずっす」
セナさん、準備のいいことにいろいろ根回ししてくれていたみたい。
私たちを乗せたワンボックスカーは、セナさんが2、3言葉を交わしただけでターミナルのゲートを通過、南本牧ふ頭に入った。私たちに続いて、パトカーも入ってくる。トレーラーの待機場脇に止めた車から私たちが降りると、パトカーからもおまわりさんたちが降りてきた。
「犯人たちが隠れているコンテナの番号は分かっているっす。こっちっす」
セナさんの先導で、コンテナがびっしり積まれた山の中を小走りに進んだ。私たちよりも先に、作業着を着た人たちが遠巻きにして、ひとつのコンテナを取り囲んでいた。どうやら港湾管理会社の人たちが、見張ってくれていたらしい。
「ありがとうございます。でも、危ないから下がっていてください」
作業員さんたちと入れ違いに、警官隊がコンテナを取り囲む。ふたりの警官が進み出て、左右からコンテナの扉を慎重に開けた。ライトの光に照らされて見えたのは、一台の車だった。
「誰もいないようです」
コンテナの中からおまわりさんの声が聞こえた。犯人たちは、逃走用の車をここに置き去りにしたようだ。だとすれば、どこへ?
おまわりさんたちが、散らばって捜索を始めた。
「私たちも、捜しましょう」
ティールに近付けば、ルシアはわかるはず。とはいえコンテナターミナルはとても広い。闇雲に捜すよりは……。
「彼らが脱出に使うとすれば、船ね」
「今、ここに停泊しているコンテナ船は、一隻だけだそうっす」
「じゃぁ、その船から捜してみましょうか」
船の人になんとか頼み込んで、船内を捜させてもらおう。と、その時、ピィーーッと高い笛の音が聞こえた。
「なんかあったみたいっす」
「行ってみましょう」
私たちが今いる南本牧ふ頭は、上から見るとカタカナの“コ”の字のような形をしている。“コ”の縦棒部分、北と南を繋ぐ部分に、照明に照らされてその男はひとりで立っていた。ジミー・ボイドこと、ハンマー。
以前、蓬莱村で会った時にはスーツ姿だったけれど、今は白いタンクトップシャツに迷彩柄のズボン、やたらごついブーツを履いていた。彼の周りを、数名のおまわりさんが取り囲んでいた。
「ヘイヘイ、ドーシタ? |Are Japanese pigs cowards?《日本の警官は腰抜けか?》 C’mon! C’mon!」
なんとなく意味は分かる。ハンマーは暴言を吐きながら、腕をブンブンと回している。あぁ、確かにハンマーみたいだわ。それにしても、何か余裕の表情ね。
「捕まるのが、怖くないのかしら」
「いや、大した罪にならないと思ってるからじゃないっすかねぇ」
頭の中で、異界局で聞いた宮崎さんの言葉が蘇る。
『妖精の人権は確定していない』
現在の法律では、妖精を誘拐しても、誘拐にはならない。せいぜい、有印公文書偽造に窃盗、不法侵入、公務執行妨害くらいか。捜せば、もっと見つかるかもしれないけれど、犯罪者からすれば微罪なのだろう。びびりな私には、ひとつでも無理だけど。
「銃で、制圧?」
「アンナ、だめっすよ。相手は丸腰っす。ほら、警官も銃が使えなくて困ってるでしょ」
あぁ、だから、お巡りさんたちは取り囲んでいるだけなのね。でも、大勢で一斉に飛びかかれば、なんとかなるかも。
「う~ん、これはどうも、時間稼ぎっぽいっすね」
「え? どいうこと?」
「あのでかいのが、自分たちを引きつけて、その隙に相方がドロンって寸法っす。まぁ、そんなこと、させないっすけどねぇ。ね、アンナ?」
「うん。私が、行く」
「アンナさんっ?!」
アンナさんが上着を脱いでセナさんに渡すと、そのまま警官の列をすり抜けて男の前に進み出た。誰も制止できなかったくらい、早業だ。
大男の前に立つ彼女は、ほのかにオレンジがかった照明の中で、すごく小さく見えた。
「セナさんっ! アンナさんを止めないと」
「大丈夫っすよ、先輩。あぁ見えて、アンナ強いっす。銃を使うまでもないっす」
セナさんが、さらっと怖いこといったけれど。
『アンナさんを、サポートしますか?』
「私も万が一の時には、介入させてもらうよ。サクラに知り合いが傷つけられるところを見せたくないからね」
「ないとは思いますが、その時はよろしくっす。<パム>さん、ヴァレリーズさん」




