ルシアショック
スプートニクショックという言葉、ご存じ?
私も文科省入省時の研修で初めて聞いたのだけれど、第二次世界大戦後にソヴィエト連邦(現ロシア)がアメリカに先んじて、人類初の人工衛星を飛ばしたんだって。その人工衛星の名前が、スプートニク。いきなりソ連が人工衛星を飛ばした! って、アメリカは大騒ぎになったらしい。スプートニクが起こした衝撃だから、「スプートニクショック」というわけ。
で、時は移り現在。私たちはまったく知らないところで、スプートニクショックならぬ「ルシアショック」が起きていたのよねぇ。後から知った話だけれど。
ルシアショックのきっかけは、もちろん私が誘拐犯捜索の支援をお願いした配信動画なんだけれど、そこに乱入してきたルシアに衝撃を受けた人たちが、日本国内のみならず海外にまでいたらしいのよ。最初聞いたときは、「衝撃って、どんな!」って叫んじゃった。そしたら、セナさんが真面目な顔して「かわいらしさの衝撃っす」って。
確かに、ルシアは可愛い。可愛いわよ? 元々、妖精は愛らしいのだけれど、ルシアは私と一緒に居ることで、小さな身体で一生懸命大人の真似をしようとしているから、またそれも可愛い。茶化しているんじゃなくて、真面目に一生懸命真似ようとしているのが伝わってくるからなおさら。そんなルシアが、必死でお願いする姿が、多くの人のハートを打ち抜くのも当然と言えば当然かも。
でも、ルシアショックは言い過ぎだと思うの。
□□□
――都内某所。
閑散とした喫茶店の一角に、四人の男女が集まってこそこそと話していた。
「で、どうする」
「そりゃ、助けないと」
「だよね」
「まずは、情報収集だね。ネットの方はどう?」
「うん、もう集まり始めているよ。どうやら今朝の時点では、B国大使館にいたらしいね」
「今はいないの?」
「みたいだね。国外に逃亡するつもりでしょ」
「すると、空港か、港か……空港はチェックが厳しいから無理っぽいな」
「いや、地方空港とかどうよ? 妖精だけなら、空から海に落として回収って手も」
「そうなると絞りきれないなぁ」
「とりあえず、空でも海でも、犯人が移動しそうなルートを調べようよ」
「そだな。警察のNシステムに引っかからないルートを通るはず……」
――某大学研究室。
「教授、AIにルートの確率計算させてみました」
「どれどれ。ふむ。いいんじゃない。これ、ネットに流して。ハッシュタグは『#FKA』ね」
「わっかりましたー」
「あと、画像検索の方も進めて」
「はい」
――アメリカ某所。
ずらりと並んだモニターには、日本の何気ない風景が映し出されている。モニターの光に、二人の男が照らされている。片方の男が、コントローラーとキーボードを器用に操作しながら呟く。
「日本のセキュリティ、ゆるゆるだねぇ」
「おかげでこうして監視カメラ映像集められるんだから、いいんじゃない」
「よし、例の予測ルート上にある監視カメラ映像、ゲット!」
「んじゃ、FKAで」
「FKAで」
――B国某所。
政府施設の会議室で、集まった数名の男女が頭を抱えていた。
「どうしてこうなった」
「そこそこ有能だと思ったから、駐日大使にしてやったのに」
ばさり、と書類の束がテーブルの上に放り投げだされた。そこには、B国駐日大使の情報が事細かに記載されていた。
「金に目がくらんだか?」
「家族親族含めて調査中。いずれにせよ、奴は詰んだな」
すでに事態を把握したアメリカやヨーロッパ各国から、非公式にではあるものの(やや脅迫的な)問い合わせと関係した人物の情報提供を求められている。表面的にはなにもないが、その実B国はやや面倒な立場に置かれていた。早急に関係者を洗い出し、事態を解明しなければ国際的に窮地に追いやられることも考えられる。
「すでに後任の選定は始まっている。決まれば、すぐに召還だろ。日本が「好ましからざる人物」にするほど度胸があるとは思えないが、万が一も考えておかねば」
「そうだな、何しろ妖精絡みだ。間違いは許されん」
この場所には、「たかが妖精一匹」などと考える人物はいなかった。
――再び日本、某テレビ局。
「とっととV作って、差し込めっ!」
「そんな時間ありませんよぉ」
「えぇい、素材のままでいいから!」
“情報バラエティ”を謳う番組の副調整室は、大騒ぎだった。何しろこれまで情報開示が制限された妖精の動画が、ネット上に流れたのだ。しかも無償だ。正確に言えば、肖像権とか著作隣接権とかいろいろあるのだが、そんなことは後でどうにでもなるとプロデューサーは考えていた。
むしろ、これを使わないテレビマンはいないだろうと。他局に先駆けて、妖精の姿を流す。それも繰り返し流す。必要ならスローでも流す。静止画にして、コメンテーターに語らせる。専門家? そんなの適当に連れてくればいい。
「あの、売れっ子女優の不倫は」
「んなの、飛ばせ、飛ばせ。時間が余ったら、入れてもいいけどな!」




