さくらのお願い
「撮影準備OKっす。それじゃぁ、合図のあとに話し始めてくださいっす」
三脚に固定したスマートフォンの向こうから、セナさんが声を掛けてくれる。「緊張しないでいいっすよ~」と言われても、ちょっと無理。うぅ、今までメディア対応を詩に丸投げしてきた罰かしら。いやいや、そんなことは言ってられない。ティールを見つけるためだ頑張ろう。
「それじゃぁ、始めるっす。五から始まって、四、三……」
セナさんが手を振って、合図してくれた。ふうっ、やるぞっ!
「こんにちは、みなさん。私は、阿佐見桜と言います」
あせるな、私。できるだけ、ゆっくりと。
「<ホール1>が繋がっている世界で、日本側の調整官をしています。でも今は、阿佐見桜個人として、みなさんにお願いがあってこの動画を撮影しています。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、<ホール1>にある日本の自治区、蓬莱村には現在“妖精”が住んでいます」
そこまで言って、私は間を置いた。わざとじゃなく、これから話すことを少し躊躇ったからだ。なにしろ異界局は、誘拐事件を「公にしない」という方針で動いていたし、それを私だけの判断で公開してしまっていいのかと。でも。
「村にいる妖精の一人……ティールという名の妖精が、村から消えました。誘拐されたのです」
誘拐犯ふたりの写真を、カメラに映るように持ち上げる。
「このふたりが犯人、誘拐犯です。彼らはティールを捕まえてこちらの世界へと連れ去りました。私たちも彼らを追いましたが、都内で見失ってしまいました。今も手を尽くしていますが、見つかりません。
こんなことを皆さんにお願いするのは間違っているのかも知れませんし、警察に任せておくべきなのかもしれません。ですが……ですが、どうしても待っているなんてできません。どうか、お願いです。このふたりを見つけて、ティールを助けてください。お願いします」
カメラに向かって、深々と頭を下げる。もう、私にはこうしてすがるしかない。こんなことしたら、最悪、調整官をクビになって文部科学省も退所しなくちゃいけなくなるかも。
でも、今はそんなことは後回しだ。あとは運任せ――いや、この動画を見てくれていた人たちまかせ――と思ったら、突然の闖入者が。
「私からも、おねがーいっ! ティールを救ってっ!」
「ルシアッ?! 出てきたら、あぁっ」
<パム>の中から、ルシアが飛び出してきた。出てきちゃだめ、ってあれほど言ったのにぃ。
「お願い、お願いーっ!」
ルシアは、カメラの前で何度も何度も頭を下げた。
「セナさん!」
「カメラは、もう止めているっす」
「よかった。ルシアが出てきたところ、カットできる?」
何しろルシアは、言わば密入国者だ。申請も何もせずにこちらへ来てしまっている。外務省に知られたら、いろいろ面倒なことに――。
「あ、これ配信なので、編集できないっす」
「え?」
「もう、全世界にルシアちゃんの姿が流れているっすよぉ~」
□□□
最初は、セナさんも動画を編集してSNSにアップするつもりだったらしい。ところが、彼女が協力を求めた数名から、「緊急性があるなら、リアルタイム配信の方がいい」と言われ、さらに協力者たちはその配信をさまざまな経路でネットに流した……らしい。
過ぎたことはどうでもいい。元々、誘拐事件が起きた時点で、私は調整官を降り、文部科学省を退職すると腹をくくっていたのだ。私なりのけじめ、責任の取り方として。そりゃ、異界に未練が無い訳じゃない。でも、事件が起きたのは事実で、誰かが責任を取らなくちゃいけない。だから、今更、怒られる内容が増えたところで、気にしなければいいのよ、うん。
でもね、まさかルシアの動画が、あんなことになっているなんて、この時私は、私たちはちっとも気が付かなかった。




