異界的問題解決手法
外務省の内部で、どのような動きがあったのか私は知らない。ただ、宮崎さんは、ひっきりなしに電話を掛けまくっていた。迫田さんが交渉するときには、あらかじめいろいろなことを想定して手を打っておき、交渉の場では理詰めで責めるといったイメージがある。だから、迫田さんをあまり知らない人は詰めたい印象を受けるのかも知れないけれど、私はそうじゃないことを知っている。彼のやり方は、できるだけ波風を立てず双方の利益を考えてのことだ。時々、突っ走っちゃう(ガ=ダルガへの潜入とか)けれど。
宮崎さんは、迫田さんとは違うタイプで、どちらかと言うと情で訴えるタイプみたい。携帯電話で話ながら、時折泣きそうな声になったりしている。こういっちゃなんだが、外務省職員としては珍しいタイプなんじゃないだろうか。嫌いじゃ無いけど、相手に弱腰と受け取られないかしら。でも、そんな宮崎さんの努力の甲斐あってか、2時間後お昼前にB国大使館の門を潜ることができた。私とヴァレリーズさん、<パム>、アンナさん、宮崎さんの5人、じゃない4人と1機は、大使館の応接室(といっても、20畳以上はありそう)に通された。
「ようこそ」
B国大使自らが出迎え、椅子を勧められた。少し変わったイントネーションの英語だ。教授から渡されたヴァレリーズさん用の翻訳装置は、英語にも対応しているので大丈夫。装置と通信して、翻訳しているのが<パム>だとは、さっきまで知らなかったけど。
カイゼル髭を蓄えたやや小太りな大使が、どっかりと椅子に腰を下ろす。その後ろには秘書官(?)の若者が待機している。
大使の正面にヴァレリーズさんが座り、ヴァレリーズさんの右に宮崎さん、左に私が座る。アンナさんと<パム>は、私たちの後ろに立った。アンナさんに目で着席を進めたのだけれど、無言で断られた。うーん、小さい子を立たせたままというのは心苦しいけれど。
「本日は、お時間を割いていただき、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、異界の方とお会いできるとは光栄ですよ。なにしろ、これまで何度も日本政府にお願いしても、よい返事がもらえませんでしたから」
「大使。これはあくまで緊急事案、非公式の会合とご理解ください」
「わかっておりますよ、宮崎サン。我が国としては、どのような形であれ“穴”の向こう側と会合を持つことができるのはうれしい限りで……」
そんな会話から、会合は始まった。事前の打ち合わせで、会話の流れは宮崎さんにまかせるとはいったものの、早く本題に入ってと気がはやる。思わず「いいから、犯人を引き渡して!」と叫びたくなる。なんだか、こらえ性が無くなってきたのかしら。やきもきしながら、大使と宮崎さんの会話を聞いていると、ようやく宮崎さんが本題を切り出した。
「……ところで、大使。少し前に、少々よろしくない噂を耳に致しまして」
「ほぅ、どのような?」
「こちらに、罪を犯したものが逃げ込んだとか」
「そのような根も葉もない噂があるのですか? これは驚いた」
宮崎さんの質問を、大使はのらりくらりと交わす。まぁ、素直に教えてくれるわけないかー。こうやって交渉しながら、B国は交換条件を突きつけてくるんだろうなぁ。突拍子もないものでなければ、受け容れる覚悟はあるけれど。
でも、大使と宮崎さんの不毛なやりとりに対して、私以上に苛ついていた人がいた。ヴァレリーズさんだ。
「ミヤザキ、これはいつまで続く?」
宮崎さんも驚いて、「えっ、あっ」と言葉を詰まらせる。打ち合わせでは、ヴァレリーズさんはオブザーバー的な位置で、そこにいるだけ、何も話さない(言質を取らせないため)ということにしていたんだけど。
「このような茶番が、この世界の外交なのかな?」
「いぇ、あの」
「ミヤザキ、君は私の、私たちの世界における精霊・妖精の尊さを理解していない。そもそも魔法は、精霊と心を交わらせることで顕現するのだ。その精霊の眷属である妖精が危機に瀕している今、無駄に潰す時間は、ない」
そういって、ヴァレリーズさんは大使を睨んだ。格好いい人が睨むと、怖さも半端ない。ヴァレリーズさんの圧に押されたのか、大使は少し身体を後ろにのけ反らせた。顔も引き攣っている。
「うっ、ミスター・ミヤザキ、か、彼に説明してないのか、犯罪人引渡条約のことを」
今、大使ったらさらっと犯人を匿っているって認めちゃったみたいなものじゃない?
「ヴァレリーズさん、落ち着いてください。我が国とB国の間には、犯罪人引渡条約が結ばれていません。なので、B国には犯罪者を引き渡す義務がないので――」
つ、とヴァレリーズさんの視線が宮崎さんへと移った。
「そんなことは、関係ない。もう、茶番はうんざりだ。さっさと引き渡すか、否かだ」
「はっ、魔石やら石油やら、少し資源があるからといっても、やはり文明は遅れているのだな。とんだ××国家だ」
突然、大使がとんでもないことを言い出した。ヴァレリーズさんの目力が逸れた安心感からか、でも大使という職にある人間が使って良い言葉じゃない。たまらず非難の言葉を口にしようとした私に、大使が指を突きつけてきた。
「大体この女はなんだ? 私に献上してハニートラップでも仕掛けるつもりか? だったらもっと若くて美しいのを用意しろ。後ろのガキは、若すぎるぞ」
「な――」
――にを言いだすの?
思わず立ち上がって抗議しようとした私を、ヴァレリーズの腕が押しとどめた。驚いてヴァレリーズさんを振り返ると、何か小声で呟く声が聞こえてきた。
「……風の精霊よ。大気を震わせ、震動」
突然、部屋が揺れた。いや、部屋の中に突然、風が吹いた。これは、風属性の魔法?!
「ウギャッ!」
「ぐぇつ」
大使と秘書官が、応接室の壁に押しつけられた。風圧で、顔が歪んでいる。
「精霊の御技により、彼の者に鉄槌を――」
「ヴァレリーズさん、止めて!」
「こいつは、私の前で愚かにもサクラを侮辱した。その罪は償わせる」
「このままでは死んでしまいます! お願いですから」
「……よかろう」
パタッと風が、唐突に止んだ。大使と秘書官は、ずるずると床に落ちた。
「こ、こんなことをして、ただで――」
「陳腐な。では、我が国と戦争するか? 我が魔導大隊が、貴軍のお相手をしよう」
四相六位のヴァレリーズさんなら、ひとりでも国を滅ぼせそう。一方で、B国はヴェルセン王国に攻め入る手段がない。ワンサイドゲームだ。
「わ、わかった、わかったから、もう止めてくれ――ください」
泣きを入れるB国大使。それを呆れた顔で眺める私たちの横で、宮崎さんは頭を抱えていた。




