<パム>
“穴”は、危機管理センターの中央にあるおっきなドームの中にある。一部では「|穴のあるホール《Hall with Hole》」と笑われているらしいが、何が面白いのかわからない。“穴”自身は、硬い合金製の扉で塞がれていて、開け閉めはドームの上の方、扉を見下ろす操作室から行うしくみ。これは、万が一に備えてのことだ。そして、ドームから外に出るにも湾曲した長い廊下を歩かなきゃならない。これもセキュリティ上の理由だそう。
ヴァレリーズさんと一緒に指令所を出て、“穴”に向かう。歩きながら、身分証明書とか必要になりそうなものが、鞄に入っていることを確認する。別の世界に飛ばされた経験を活かして(?)、必要最低限のものは常に持ち歩くようにしているのよ。
「よっ。やっと来たわね」
“穴”を囲っているドームの入り口で、私たちを待っていたのは“マッドサイエンティスト”御厨教授だった。
「連れて行きませんよ」
教授を見た瞬間、思わず言ってしまった。そのまま、教授をスルーして、ドームの中に入る。
「んふ。私は行かないよ、大事な研究もあるし、ね♡」
「安心しました。私では御厨教授を抑えられませんから」
「人を危険物みたいにいわんでくれ。だが私の代わりに、役に立つ奴を連れてきたぞ」
「代わり?」
不穏な単語を耳にして教授を問い質そうと振り返ると、教授はニヤリと笑って入って来た入り口の方に向かって声をかけた。
「<パム>、入って来ていいぞ」
ドームの入り口から、入って来たのは。
「え? <アテナ>?」
私の<アテナ>装備そっくりな……いや、私の装備だ。私の装備を着た誰かが、こちらへ歩いてくる。誰だろう?
『初めまして、お母様。<パム>と申します』
「え? えーっ!」
「サ、サクラ、子供がいたのか? いや、私にもいるからそこは問題ではないが、もっとはやくに紹介してくれても……」
「ヴァ、ヴァレリーズさん! 違いますっ! 私、子供産んだことありませんって! 教授、どういうことですかっ!」
御厨教授は、困ったような笑いを浮かべている。
「あー、すまん、すまん。この子は<パム>――分かりやすく言うと<アテナ>を改造して自分で動けるようにしたロボット、いわゆるアンドロイドだよ」
「アンドロイド? 機械なの? 中身も?」
『そうです。私は機械部品で構成されています。お母様』
「“お母様”は止めて。私はあなたの母親じゃないし」
思わず、機械に向けてキツく言ってしまった。よく考えれば、作った本人が悪いに決まっているんだ、と思って教授を睨む。
「んふ、そんな顔で睨まんでくれ。<パム>に搭載されている自律思考型AIは、<統括>とルートの合作だからな。しかも思考パターンのテンプレートは、サクラちゃん、貴女だから“母親”と呼ぶのもしかたあるまい?」
「そんな無責任な……にしても、いろいろと誤解されるので、止めてください」
「じゃぁ、マムにしょう。<パム>、サクラちゃんのことは“マム”と呼ぶように」
『わかりました、教授。では、時間もないことですし、まいりましょう、“マム”』
いまひとつ釈然としないけれど、グダグダ言っている暇はない。連れて行くことにしよう。
「それから、こっちはヴァレ君、きみにだ」
子持ち同士がどうたらとか、父親はどうたらとブツブツ呟いているヴァレリーズさんに御厨教授が小さな機械を渡した。カナルタイプのイヤホンとブローチだ。ブローチ?
「これは?」
「大陸語と日本語の自動翻訳装置だよ。イヤホンとこっちはスピーカーになっている。日本では、大陸語は基本通じないからね」
「すまない、助かる」
ブローチじゃなく、スピーカーだったか。異界と違って、言葉が通じなくなるのをすっかり失念していた。しっかりしろ、私。
「準備、いいですか。では行きましょう」
「みんな、がんばってくれぇ~」
御厨教授が手を振りながらドームから出て行ったのを確認して、私はドーム上部にある操作室に手を振った。担当の自衛隊員が、手を振って応えてくれる。
『扉が開きます。赤い線の内側には入らないでください』
警告アナウンスが流れ、次いでビー、ビーと大きな警告音が響き渡る。ゴーという低音の響き、ゆっくりと扉が開いていく。扉の向こうは、漆黒。“穴”だ。何度見ても慣れない。グッとお腹に力を入れて、私は”穴”に向かって脚を踏み出した。




