蓬莱村、千客万来
妖精たちのおかげで、退屈することがなかった(休まる暇もなかった、とも言う)冬が終わり、暦の統一も無事終えた蓬莱村には、王国や帝国、それに元の世界からの訪問者が増えた。雪が融けて、移動しやすくなったからかな。王国や帝国の貴族なんかがやってくると、私が対応しなくちゃならないので面倒なのよね。でも、業務なので仕方がない。王国では爵位持ちでもあるし。
なんで訪問者が増えたのかといえば、妖精が蓬莱村にいるから。妖精という存在は、どの世界でも伝説上の存在らしい。元の世界でもそうだけど。しかしまぁ、実際身近にいると、神秘性はどんどん薄れていくのよねぇ、可愛くて魅力的なことに変わりはないけれども。妖精たちも、王国や帝国に住めばいいのにと思わなくはない……けれど、精霊さんが指定したのが蓬莱村だけというね。
元の世界からの訪問者に関しては、一時期“穴”がテロの標的になったとかで、出入りが厳しく制限されていたこともあったけれど、今はかなり緩くなったようだ。
巳谷先生曰く、「外圧に弱い、日本の悪いトコロ」が出たのだそうな。確かにねー、そういうとこあるよね、我が国は。まぁ、迫田さんからは『魔石以上の、とてつもない外圧』らしいから、同情する部分もあるけれど。
いずれにせよ、安全が確認できれば、妖精の日本訪問は行われるはずだ。もしかしたら、友好国くらいには挨拶回りすることになるかも。迫田さん、大変だ。
そんなこんなで一時訪問者が増えたため、蓬莱村やエデンへの移住は停止することになった。長い人でも数日とはいえ、異界で過ごしてもらうためには、受入側にも準備が必要になるのよ。異界の人たちに接触する人には、相手の文化・マナーを理解してもらうためのレクチャーが必要になるし、エスコート役の自衛隊員も必要になる。“穴”を通る前にもレクがあるけれど、やっぱり実際に異界を体感してからの方が飲み込みが早い。
訪問者にはシール型の端末を腕に貼ってもらうことになるが、これを使った移動監視にも人員を割く必要がある。以前、外交団の一人がうかつな行動で魔物に攫われた事件があって以来、AIを導入した監視システムを導入しているが、やはり人手に頼る部分は少なからずあって、ギリギリ回している状態。管理者の田山二佐も大変だろう。
今日は、私が訪問者を出迎えることになった。
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「ジョン・スミスです」
「ジミー・ボイドです」
「阿佐見桜です」
“穴”を覆うように建てられている危機管理センターの前で、私は男性ふたりと握手を交わした。ひとりは金髪を後ろでひとつに結んでいる外人さん(異界で外人というのも変だけど)、もうひとりは身長が2メートルはありそうなスキンヘッドの黒人さんだ。ふたりとも、黒いスーツに黒ネクタイ、黒いサングラスをかけている。異世界調査管理機構の調査員と聞いている。そういえば、これまで蓬莱村に来たDIMO関係者も似たような服装だった。制服ってわけでもないだろうが……黒服の男を意識しているのか。
「初めてのご訪問ですか? どのような件で蓬莱村に?」
DIMOの調査は、直前まで伏せられることがほとんどだ。そういう手順だっていうけど、会計監査みたいであまりいい気はしないよね。文科省に入省したばかりの頃、学校法人への補助金関係で監査を受けて、会議室に大量の資料を運んだことが思い出される。右も左も分からない新人にやらせる仕事じゃないわよ。
「異界に伺うのは初めてです。今回は妖精たちの生態調査に参りました」
「妖精の? 確か、2週間ほど前にもDIMOの方々が調査されていたはずですが」
「あー……追加で調べることがありまして、こうして専用の機材も持ってきております」
スミスさんが、足下のトランクを指し示す。金属製の箱で、なにやら重そうだ。ボイドさんの方も、小型のトランクを持っている。
「そうですが。では、調査内容については、事前に詳細をお知らせください。調査の内容によっては、お断りする場合もあります。ご了承ください。それから、担当のものが宿泊施設にご案内しますので、そこで異界での簡単なレクチャーがあります。よろしいですか?」
「はい、もちろんです」
担当の自衛官に伴われてふたりが背を向けた時、ルシアが視界に飛び込んできた。
「サクラ~、お仕事終わったぁ~? あそぼぉよぅ」
「だーめ、まだお仕事中よ。もうちょっと待っていてね」
「んー、わかった。」
立ち去ろうとしていた男たちの足が止まり、肩越しに私たちを見た。サングラスでよく分からないけれど、驚いている雰囲気は伝わってきた。そりゃそうよね。目の前で妖精がふわふわ飛んでいるんだから。
私はにっこりと営業用のスマイルを顔に貼り付けて、その場を後にした。
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妖精の生態については、まだ詳しいことは分かっていない。詩の旦那さん、生物学者のダニー君は、毎日嬉々として観察しているらしいが、家事をおろそかにしがちなので詩は少しお冠だ。子育てについては、経験のない私が口出ししても仕方がないと思うが、村長の家庭がギクシャクすると村の運営にも影響がでるので、なんとかしないと。私より経験者がいいわよねぇ。やっぱり巳谷先生かな。巳谷先生は三人のお子さんいらっしゃると聞いたことがある。ダニー君に的確な忠告ができると思う。
ダニー君の件は置いておくとしても、やっぱりきちんと調査チームを組むべきだったなぁ。そんなことを思いつく前に妖精たちが村に来て、なし崩しで居着いちゃったから、各自がバラバラに報告挙げてきたりするのよ。この際だから、きちんとルールを決めてプロジェクトとして取り組んでもらうか。
あぁでもないこうでもないと、寝室で横になりながら考えていたら、枕元のタブレットがピッと小さく鳴った。定時報告だ。
「えーと……うん。問題なさそうね」
今日も村は無事故。今の所、村の周辺に張り巡らせているセンサーに魔物がひっかかることもなし。うん、最近魔物も大人しい。もっと北側に移動したか、その先の山脈を越えて移動したか。こちらもいずれ調査しないとね。今日、村に来たお客さんは8組27名。全員、大人しく宿舎でお休みのようだ。夜中にフェンスに近付くような、馬鹿な人がいなくてよかったよ。
しかし、27人は多い。貴族な人たちは連れも多いからとはいえ、村としてもキャパオーバーになりかねない。人員を増やすか、規制を強くするか。こっちも考えないと……。
……。
「サクラッ! サクラッ! 起きてっ!」
「ん……んんっ、あぁルシア、オハヨウ」
どうやら寝落ちしてしまったらしい。まだ半覚醒状態で重いまぶたを持ち上げて、小さな妖精を見ると、今までにない張り詰めた表情をしていた。
「なに……か、何かあったの? ルシア?」
ルシアは、私の顔の前で両手を振り回しながら言った。
「ティールがいないの! どこにも! 消えちゃったの!」




