この世界の行く末
その声を聞いたとき、最初私は幻聴だと思った。調子に乗りすぎて窮地に陥った自分が、自分で生んだ想像の声。だって、迫田さんがこの世界にいる訳がないもの。
「やれやれ、しっかりしてください。貴女らしくもない」
悔し涙で歪んでいるけど、私の視界の中に入って来たのは、まぎれもなく迫田さんの顔だった。やだ、これも幻覚? でも近いってば。
「ルシア!」
「ルミアッ!」
あれ? やっぱり変だ、ルシアが二人に見える……。
「しっかりしてください、阿佐見さん。私が分かりますか?」
「さ……こ……」
「これは……」
迫田さんが起ち上がって、周囲を見回したと思ったらトーショウ委員長の方を向いて停まった。私は、彼の背中しか見えない……もしかして、妄想じゃなくてホンモノ?
「彼女を――桜さんをこんな風にしたのは、あなたですね?」
「今日は呼ばれもしない客が多い夜だな。お前もそこに跪け」
迫田さんが、ゆっくりと一歩踏み出した。
その時、私の背後から誰かが部屋に駆け込んできた音がした。
「サコタ! サクラ、無事かっ」
「ルート、阿佐見さんの保護を。ヴァレリーズ師は、周りの有象無象を動けないようにしてください」
「私は土魔法が苦手だと、言っているだろう? まったく、仕方ない。土の精霊よ、我が声に応え彼の者らを捉え給え、捕縛」
え、今の声ってヴァレリーズさん? それにルートって言ったよね。
「バイタルは正常のようだね、サクラ」
「ル……ト? それにヴァレ……」
「無理をするな。後は私たちに任せなさい」
ルートが私を抱きかかえて、ドアに向かって下がった。私は、なすがまま迫田さんの背中を見ることしかできない。
「何者だ、お前たちは? そこで停まれ!」
「どうやら、言葉で精神を攻撃する能力のようですね? しかし、残念ながら私に精神攻撃は通用しませんよ、こんな風に」
迫田さんが、霧になって消えた。迫田さんって、私の前だとあまり吸血鬼の能力を見せないのよね。久しぶりに見たけど、知っている私だから霧になったことは分かったけれど、たぶんトーショウ委員長たちは迫田さんが急に消えたように思っただろう。
霧となった迫田さんは、トーショウ委員長の背後に現れると、その首筋に手を当てた。彼の目が光ったような気がした。まるで、血の色のように赤く。
「あ、がっ……」
奇妙な声を漏らしたトーショウ委員長は、その場に膝から崩れ落ちた。
「気絶させただけです。いろいろと聞きたいこともありますしね」
殺してしまったの? 私がそう尋ねようとした矢先に、迫田さんが言った。よかった――と、私の意識はそこで途切れた。
□□□
私の安全を確保しつつ、ルートは<アテナ>を通じて<統括>と通信を行っていたらしい。後から聞いた話だけど。
迫田さん、ヴァレリーズさん、ルート、そしてニブラムは、私とトーショウ委員長を連れて<統括>が用意したVTOL機でもって、タルーアンの首都、クーデラを離れた。妖精たちは大精霊の下へ行きたがったのだけれど、ニブラムが断固としてそれに反対したため<統括>の地下都市へ戻ることになった。
という次第で、私が目覚めたのは<統括>が用意してくれた部屋のベッドの上だった。
「あれ……? ここは?」
「中央都市の病院だ。安全は確保されている。サクラのバイタルも許容値の範囲内だ」
「ルート、なの?」
「いかにも。ルートはサクラによって私に割り当てられた名称だ。<統括>からサクラの覚醒が近いと情報を得て、ここで待機していた。情報不足を補いたいだろう?」
まぁ、いろいろと聞きたいことはある。でも、まず。
「助けに来てくれて、ありがとう」
「礼には及ばない。人間の言い方を借りれば“サクラには借りがある”、だな。それに私だけではない」
「迫田さんとヴァレリーズさん、それにニブラムね。あの人たちは、今どこ?」
「サコタは、ここと大精霊の巣、それにクーデラを行ったり来たりだ。ヴァレリーズ師は、戦闘で痛めつけられた大地の復旧と同時に、バーリアントが生活していけるような基盤の整備を手伝っている。ニブラムはあちこちで歌を歌っているよ。本人曰く『世界を渡るために鋭気を養う必要がある』のだそうだ」
「そう……みんな無事で良かった」
「まだだ。『家に帰るまでが遠足』というのだろう?」
誰が教えた?
□□□
「メリラ!」
「サクラーッ! よかった、心配したよー」
しばらくして、私はエスリー村を訪れていた。メリラやエスタさん、村長のヌーリランさん、ハーラさん、ヒェッタさん、ナクレさんたち、村の人たちに会うためだ。
「サクラが連れて行かれて、そのまま帰ってこないんじゃないかと……」
「ごめんね、連絡できれば良かったんだけど、いろいろあってね」
ホントにいろいろあった。この村から半ば脅迫されて連れ出された後、中央都市で<統括>に出会い、管理者になって、大精霊に会いに行って、そしてタルーアンに乗り込んで。ずいぶん長い間留守にしていたような気もするけれど、まだ二週間も経っていない。
「村の皆は無事? 何もなかった?」
「うん。でね、みんなお外で暮らせるんだって!」
つい先日、迫田さんの尽力でバーリアントとタルーアンの停戦協定が結ばれた。それによって、暫定的ではあるものの両国の国境線が引かれ、地下で暮らしていたバーリアントの人たちは太陽の下で生活できることになった。
養生中に聞いた話だけれど、この地下世界は資源がギリギリの状態だったそうだ。<統括>の活動は問題がなくても、人間がいれば食べるものも飲み物も必要になってくるわけで。ルートによれば、一年も経たないうちに崩壊していただろうということだった。
一方、タルーアン側も重くのしかかる軍事費に国民の不満が爆発寸前だったらしい。もちろん、トーショウ委員長による精神支配の影響もあっただろうけれど、指導部の腐敗はかなり進んでいて、もしバーリアントとの戦争に勝ったとしても、膨れあがった軍事費やその関連予算で国の経営は厳しいものになっていっただろうと、こっちは迫田さんの予測ね。
そんなわけで、図らずもこの世界に飛ばされてきた私は、この世界の救世主なんだって……実感はないけど。元の世界に帰りたかっただけだし、救世主なんてガラじゃないわよ。私、何にもしていないし。それに……。
「サクラ、どっか行っちゃうの?」
「うん。私が元いた世界に戻るの」
「もう、会えないの?」
寂しそうな顔のメリラを、そっと抱き寄せた。
「私の世界はね、ここからとっても遠いところなの。だから、しばらくは会えないわ。でも」
私は、メリラの瞳をじっと見つめた。幼い瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだったけれど、唇をキュッと結んで堪えている様子に、こちらも胸が熱くなった。
「きっといつか、メリラに会いに来る」
「……うん。待ってる」
私は、もう一度メリラを抱きしめて、お別れした。
□□□
『出会いは贈り物、別れは未来への布石、再会は至上の喜び』
「そうね、また会いましょう」
なんとなく大精霊さんの言っている意味が分かるようになった……気がする。まぁ、なんとなくでいいのよ、ってルシアたちを見ていて思った。そのルシアたちの言うところによれば、この世界の大精霊ユールさんは、ようやくやる気が出てきたみたい。こちらとしても「戦争を止める」という約束を守ったのだから、ちゃんとしてもらわなければ困る。
そうそう、戦争と言えば、タルーアンのトーショウ委員長――もう委員長じゃないけど――は、私たちと一緒に大精霊の巣にいたりする。迫田さんの迫力? で廃人みたいになって、カリスマ性もなくなっちゃったみたい。とはいえ、いつ前みたいになっても困るから大精霊ユールさんが監視してくれるらしい。彼の持っていた、あの人を支配する力もユールさんには通用しないらしい。うーん、それってどうなの? 確かめもしないで断言するって、裏に何かあるような気がしないでもないけど。ま、今は悩んでも仕方ない。
この世界のことは、この世界の人たちががんばってなんとかしなきゃいけない。怪しいけどユールさんもいるし、<統括>もいる。
『後の事は、おまかせください。幸いなことにルート殿より助言をいただき、私が支配される可能性は限りなくゼロに近くなりました。もちろん、私が人間を支配することもございません』
「私の自我回路を参考に、<総括>に最適化したシステムを構築した。バックアップも十全だ」
なんか、思考機械同士で仲良くなってるし。まっ、仲が良いのは、悪いことじゃない。
「それじゃぁ、そろそろ帰りますか!」
私の言葉に、全員が眉をしかめた。
「阿佐見さん、貴女って人はまったく……」
「サコタの言う通りだよ。サクラ、もう少し慎ましやかにはできないのか」
「第一、君たちを運んで行くのは私なのだよ? まず、私に感謝を」
「いやニブラム、それはおかしい。あなたは自ら志願したはずだ」
「まぁまぁ、ここで争っても仕方ないでしょ? ね?」
「「「君が言うな」」」
はい、すいません。
「サクラ~怒られた~」
「ルシア、そんなことを言ってはいけないわ」
「え~いいじゃ~ん」
「いつからそんな言い方を! ちょっと待ちなさい」
二人の要請が、私を中心にしてグルグルと追いかけっこを始めてしまった。迫田さんやヴァレリーズさんの視線が痛い。私のせいじゃないよぅ。私は苦笑いで誤魔化すしかなかった。
ようやく戻れそうです。最後は難産で、何度も書き直し……。
閑話を挟んで、新しい章を始めたいと考えています。




