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異界調整官 ~異世界で官僚、奮戦す~  作者: 水乃流
第四章

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世界を越える

残された人々のお話です。

 上岡“元”一等陸佐は、内装工事が完了していないビルの窓から、建築途中の町並みを見下ろしていた。その建築工事も、あと一ヶ月もすればすべて完了する。街の完成とともに、ここは「エデン」と命名される予定だ。そして、ここはエデン管理官室――上岡の新たな仕事場になる。管理官とは、いささか大形な役名ではあるが、ある程度人口が増えたら行われる市長選挙までのつなぎだと、上岡は認識していた。管理官から退いた後も、市政には(主に保安方面で)協力は惜しまないつもりだ。ただ、今よりももっとゆったりとした生活が、いわゆるスローライフを送ることができるだろう。妻だけでなく、息子夫婦も異界(こちら)に移住してきてくれた。私は幸せ者だ。自然と上岡の唇に笑みが浮かんだ。


「上岡一佐!」


 ドアを騒がしく開けて、制服姿の自衛官が部屋に飛び込んで来た。


「もう一佐じゃないぞ、堀くん」

「し、失礼しました、管理官。<モビィ・ディック>から緊急の入電がありました。急ぎ通信室までお越しください」

「何があった?」

「それが――阿佐見さんが、阿佐見調整官が()()()|とのことです」

「なんだと!?」


□□□


「エデンの上岡さんには、詳細を伝えておきました。本船(モビィ・ディック)も、二日後にエデンへと到着する予定です」

「ありがとう、船長」


 部屋から出て行く吉見船長を見送った田山二佐は、振り返って大きなため息をついた。


「そんな風に落ち込まんでくださいよ、迫田さん」

「いや、落ち込んではいないよ。落ち込んではいないが……何もできないことが悔しいんだ。できれば、自分で探したいくらいだ」

「冷静なあなたらしくもない。なんのために通信網を構築したんですか。大丈夫、かならず見つかりますから、大人しくエデンで待ちましょう」


 大精霊によれば、“世界の狭間”を越えて桜を見つけることができるのは、(ドラゴン)の一族だけらしい。そして、精霊と竜は折り合いが悪いらしく、大精霊が竜を呼び出すことはしたくない、仮に呼び出したとしても来ないだろうと。

 しかたがないので、田山たちは自分たちで探すことにした――吟遊詩人のニブラムを。

 ニブラムを見つけ出し、エデンに連れてくれば、<モビィ・ディック>で禁断の地へと戻る。これが大まかな計画だ。

 待っている間、補給と乗員の交替が行われる。また、王国と帝国から派遣された人々はそれぞれの国へ、ガ=ダルガの人たちも、廃人同然になったデラ・バウを連れて、ガ=ダルガへと帰る。ただし、ヴァレリーズは、帰国せず迫田たちと行動を共にすると明言している。


「しかし、あの吟遊詩人が……いや、未だに信じられません。確かに胡散臭い人物ではありましたが」

帝国(ファシャール)で起きた内乱の頃から、噂になっていましたよ。だから、蓬莱村でもテシュバートでも、重要施設には近づけさせないよう上岡一佐から通達が出ていましたし」

「そうですか……自信なくすな……」


 いや、あなた(迫田さん)は、特定の人に注意を向けすぎなんですよ。田山は、思わずそう言いそうになった言葉をぐっと飲み込んだ。


□□□


ヴェルセン王国のヘルスタット王は、エデン経由で 「阿佐見調整官行方不明」の一報を受けた。


「なんということ」


 王自ら説明を受けたマルナス伯爵夫人は、言葉を失った。


「ヴァレリーズ師からの報告では、サクラの生死は不明なのだと」

「それは……陛下、私どもは何をすれば」

「吟遊詩人のニブラムという者を探し出すのだ。その者が、サクラを見つけ出す唯一の希望なのだと」

「わかりました。すぐに手配いたしましょう」

「うむ……我が王国にとってもサクラの存在は大きい。全力をもってこれにあたれ」

「御意にございます」


□□□


 ファシャール帝国にも、数日の後に連絡が届いた。


「なんとしたことか。早急にニブラムなる吟遊詩人を見つけ出すのじゃ」

「無論でございます、皇后陛下」

「ただし、グードよ。我が君――陛下には、この件内密にな」

「と申しますと?」

「自らサクラを見つけだすといって、飛び出していきかねん」


 ファシャール帝国皇帝夫婦に付き添って長い宰相グードは、苦笑いを浮かべながらもエバ皇后の命令をもっともなことだと承知した。


□□□


 そして、一日、二日、一週間、十日と、事態は何の進展も見せぬまま、時間だけが流れていった。エデンで待機している<モビィ・ディック>のメンバーたちにも、焦りといらだちが見え始めていた。


 十四日目にして、ようやくニブラムの所在が判明した。彼は、遠く離れたガ=ダルガの地にいたのだった。ほっと胸をなで下ろす間もなく、続けて入って来た報せに、一同は驚愕した。


『要請には応えない。“禁断の地”に足を踏み入れるなどまっぴらごめん』


 エデンに用意された仮の執務室で、迫田と田山二佐、ヴァレリーズ、ルートといった遠征隊の主立ったメンバーが、ニブラムの返事を聞かされた。


「なんで、そうなるっ!」

「落ち着きましょう、田山二佐」

「しかし! しかしですよ、迫田さんっ! 一日千秋の思いで待っていたんですよ、我々は! それがこれですよ! 迫田さん、あなたが一番――」

「あぁ、そうだ。だからこそ、落ち着かなければならないのですよ」

 


 機械の身体を持つルート以外のメンバーには、疲労の様子が色濃く出ていた。


「こうした回答には、何か理由があるはずです。ですから、私が直接会って話してこようと思います」

「ですが、相手はガ=ダルガにいて……」


 その時、迫田の腕に印刷された通信機が小さな音を立てた。


「良いタイミングです。上岡さんからで、<フライ・マンタ>の準備ができたそうです」

「迫田さん、あんた、これを見越して?」

「待っている間、時間がありましたからいろいろとね。さて、外交官としてのスキルが試される時です。みなさんも、いきますか?」


 もちろん、と皆が答えた。


□□□


 <フライ・マンタ>は、音速では飛べない。が、現状この世界ではもっとも速い航空機だ。エデンから無名島を経由してガ=ダルガ本島まで約十時間の旅だった。畿内で十分な休養をとった迫田は、ディナ氏族の協力により無事ニブラムとの面会を果たした。

 ニブラムと二、三言葉を交わしただけで、彼がなぜあのような返事をよこしたのか、その理由の大半に気が付いた。つまり、情報が不足していたのだ。


「ですから、サク――阿佐見さんを救出するには、あなたの力が必要なのですよ」

「なぜそれを早く言わないっ!」


 伝言ゲームの途中で、内容が変化してしまうことはよくあること。今回も、まさしくその事例にあてはまる。おそらく、ニブラムを見つけるまでに、誰かが「阿佐見桜が行方不明」という事実を伏せたのだろう。それは決して悪意からではなく、その情報を聞いた人が不安にならないように。


「すぐに()()よっ! 場所はどこっ!」

「いろいろと突っ込みたいことはあるが、まずは落ち着いて欲しい」


 桜が消えたとき、慌てふためき落ち込んだことを棚に上げ、迫田はニブラムを諫めた。その上で、桜の跡を追うには禁断の地に行かなければならないこと、大精霊が追跡のための方策を(それが何かは知らないが)準備していることを説明した。


「一旦、エデンまで<フライ・マンタ>で飛んで、そこから<モビィ・ディック>で禁断の地へ行くことになる」

「くっ、大精霊たち(あいつら)の言うことを聞くのは癪だが仕方ないな。すぐに行こう」


□□□


「それにしても、実際にこの目で見ても信じられませんよ」


 禁断の地にあるオアシスへと戻る<モビィ・ディック>の窓に映る風景を見ながら、田山二佐は呟いた。


「懐疑的だったのは私の方ですよ?」

「まぁ、あの時は半信半疑というか……」

「ま、実際にこんな風景を見せられたら信じるしかありませんね」


 迫田たちの視線の先には、(ドラゴン)が――陽の光に銀色の鱗を煌めかせた竜が飛んでいた。言うまでもなく、吟遊詩人ニブラム本来の姿だ。ニブラムが人間の姿ではないのかといえば、ニブラム曰く『やつらの影響力が強いこの地では、人化の術が解けてしまう』のだという。<モビィ・ディック>の中で(ドラゴン)に戻られたら大変なので、エデンの飛行場で人の姿から(ドラゴン)に戻ったのだが、周囲は大騒ぎになった。


 報告書やら何やら、これは後で大変だな――だが、今は。今は阿佐見さんを、桜を助ける。迫田は、はやる心を押さえつけていた。


□□□


 オアシスには、先客がいた。


「ルミアです。お世話になります」


 数体の妖精の中から前に出てきた妖精が、自己紹介した。迫田たちは分からなかったが、ルシアによく似た妖精だった。


「ルシアと私は同時期に生まれました。強い絆で結ばれています」

『道案内というわけか。よかろう』


 銀竜の姿となったニブラムの声は、吟遊詩人の時とは違う重厚なものだった。


『急ぐぞ。ヒト族の者も乗るがいい』


 迫田、田山、ルート、そして妖精のルミアが、銀竜の背中に乗った。それだけの人数を乗せても、十分に余裕のある広さだ。


『行くぞ』


 世界を渡る旅が始まった。


□□□


 不思議な風景だった。

 色とりどりの泡が虚空に浮かんでいる。その泡の間を縫うように、銀の矢が突き進む。平時であれば、それは興味深く心惹かれる光景であったかも知れない。だが、今は“サクラを見つける”それだけを願って。


「あちらに」

『我も感じる。ゴクエン(親父)が渡した竜の護りだ――』


 細い、本当に細いわずかな痕跡を、妖精同士の絆で手繰り寄せ、彼らはようやく見つけた。それは、数時間のことだったのか、数日、いや数年のことだったのか。ルートの体内時計さえ役に立たない時空の中で、彼らは見つけた。


『突っ込むぞ、しっかり掴まっておれ』


 ドン、という衝撃とともに、彼らの前に満天の星が広がった。息つく間もなく、ニブラムが急降下を始める。目指すは、あのビル。あの中に、彼女はいる。


「多少乱暴でも構わない、彼女の下へ!」


 グオォォォンッ!


 雄叫びとともに、ニブラムがビルの屋上に突っ込んだ。コンクリートが、まるで石膏ボードのように軽く粉々になる。


「こちらです! すぐそこにルシアの波動を感じます」

「先に行く!」


 黒い蝙蝠の姿に変化した迫田は、銀竜の背から飛び出した妖精に導かれて、素早く通路を通り抜けた。ルミアの後を追って飛び込んだ部屋で、彼はついに彼女の姿を見つけた。さまざまな感情が爆発しそうになったが、自身の口から出たのは、意外にも冷静な言葉だった。


「まったく、貴女という人は、どこに行ってもトラブルに巻き込まれるのだな」



ようやく合流できました。


竜が持つ「世界を渡る力」でいくつもの世界を観察し、精霊はその世界の安寧を護る役割を持ちます。が、すべてが上手く行っているとは限らないということで。

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