難題を押しつけられる
ずいぶんと間があいてしまいました。
“時は、手の平から零れ落ちる水がごとく。妾は幾星霜、水を止めておくべく務めた……だが、夢かなわず”
「えっとね、がんばったけど、ダメだったんだって」
精霊を探して、なんとこの世界の大精霊を見つけた。見つけたまでは良かったけれど、コミュニケーションに難が……まぁ、元々私たち人間とは異なる存在だから、仕方がないといえば仕方がないことなのかも。
そんな解読が難しい大精霊の言葉を、ルシアが一生懸命翻訳してくれている。意訳しすぎな気もするけれど、ルシアは頑張ってくれているので、私もなんとか理解しようと頑張っている。
そんなこんなで、出会ってからすでに半日くらいたって、ようやく話が見えて来た。この大精霊さん――ユールさんというのだそうだ――は、この世界にたったひとり残ったスピリチュアルな存在だという。本来であれば、後継者となる精霊たちとか眷属たる妖精たちが生まれてくるはずなのに、そうならないのは、ユールさんの力が衰えてしまったことと、この世界が持つ生命力? みたいなものが枯渇しかかっているからだという。どうしてそんなことになったのかといえば、やっぱり人々の争いが原因らしい。
この世界では、<統括>を生み出した文明のほかにも、いくつもの文明が興っては滅んでいった。ユールさんはそれをなんとか食い止めようとしたけれどどうにもならず。もはや諦観、諦めムードのようだ。
「諦めたらそこでゲームオーバーですよ」なんて言える雰囲気ではない。そのくらい、ユールさんは、陰鬱な雰囲気を醸し出されている。ちなみに、彼女(……でいいんだよね?)の姿は、半透明でぼんやりとしている。綺麗な女の人、というイメージはあるんだけど、しっかり見ようとすると、目がチカチカしてくる。ルシアは平気みたい、って当たり前か。そんな雰囲気なので、なかなか切り出しにくかったけれど、やっぱり聞いておかないと。それが目的でここまで来たんだから。
「私たちが来た世界に戻る方法をご存じありませんか?」
「ユールさま。私たちは家に帰りたいの。道、分かる?」
しばらくの沈黙。あぁ、この沈黙がいたたまれない。
“世界を渡る風は強く、我はひとひらの花弁がごとく。されど、禍々しき鱗持つ一族であれば。苦い葉を口にする心持ちではあれども、お主たちにとっては不幸、我にとっては
我とて万能ではあらずなれば”
「無理みたい」
うん、それはなんとなくわかった。けど、何かひっかか……あ。
「あの~、禍々しき鱗持つ一族って、もしかして」
「ルシア知ってるー、ヒトが“竜”って読んでいる、乱暴な人たちのことだよー」
「そうかー、やっぱりかー」
ということは、竜なら世界を移動できるってこと? でも、この世界に竜いるのかな?
“笑うがよい。この世界は、あの忌々しき者共ですら見捨てた”
どうやらいないらしい。うーん。にっちもさっちも。
“小さき者たちよ。この世界への哀れみが、草の葉に落ちた雨粒がごとくにあるのならば。ヒトに世界の行く末を知らしめて欲しい。未来への道を閉ざすは愚か者。そなたたちと言葉を交わし、我も蝶の羽ばたきがごときさざ波が心の中に生まれたなれば”
「ヒトに戦争を止めさせろって」
“然り。もはや飛び立つことも叶わぬ我が身なれど、凪なる水面に波紋をなし、言の葉を伝えることかなうなれば”
「え~っと、ヒトの争いを鎮めれば、元の世界とお話ができるかもって」
………………
大精霊さんはこのか弱い人間に、戦争を止めろとおっしゃる? 少なくとも百年以上は続いていると思われるこの戦争を? いま、“か弱い”のところで笑い声が聞こえたような気がするけど、空耳よね。
まぁ、一時的とはいえバーリアントの管理者ではあるのだから、なんとかならないわけじゃ……なんとかなるの? うぅ、もー頭が痛い。えぇい、こうなりゃヤケよ!
「分かったわよ! 戦争止めて見せようじゃないのっ!」
□□□
【タルーアン前線司令部】
「逃げられた、じゃすまんだろうがっ!」
「申し訳ございません。気が付いた時にはすでに、敵陣は誰一人……」
「言い訳をするな! とっとと行って真相を確かめてこい!」
「は、ははっ!」
慌てて司令部のテントから出て行く部下の背中を見ていた前線司令官は、部下の姿が見えなくなると大きなため息とともに椅子に腰を下ろした。
「なぜだ……」
彼の疑問ももっともだ。敵が負けていたのなら一斉に退却したことも分かる。しかし、戦闘は膠着状態……いや、敵が我が方を押していた。司令官自身、一旦退却して陣を立て直すか否かを悩んでいたのだ。敵が退却する理由がない。
いや、まさか。司令官の脳裏に、嫌な予感がよぎった。数日前、上空を飛行する物体の目撃報告があった。先頃動力飛行に成功した航空兵器が完成したのかと思い、本部に問い合わせたが返答はまだない。もしやあれが、我が方の兵器ではなく敵の兵器であって、その兵器を使うために後方に退避したのでは……そうであれば、一刻も早く退避せねばならない。しかし、もしそうでなかったら。何らかの理由で敵が引いたのであれば、これは追撃の好機なのではないか?
「えぇいっ! 伝令を用意しろ!」
テントの外からの応えを待たず、前線司令官は机の上のタイプライターに似た機械のキーを叩き始めた。どうやら、後方に指示を仰ぐようだ。彼は、失敗しない失敗してもより損害が少ない行動を取ることにした。すなわち、状況が分かるまで待機し、司令部に指示を仰ぐという消極的な行動だ。
そんな彼の行動を、テントの天井付近から小さな甲虫が見ていた。ただし、それは普通の虫ではなく、<統括>の作った盗聴・盗撮機であった。
【<統括>の部屋】
「指示を仰ぐかぁ……ちょうどいいわ。伝令を追っかけることはできる?」
『もちろんです』
「じゃぁ、お願い。タルーアンの本拠地が分かったら教えて」
『はい』
<統括>は、肩の荷を降ろしたかのように、活き活きとしているように思える。機械なのに。その分、こっちに負担が来ているのよね。
「さて、その間にバーリアントの人たちを説得するとしましょうかね」




