大精霊ユール
ドン、と軽い衝撃を受けて、私を乗せた小型飛行機は空へ舞い上がった。
「おぉ~」
飛行機とか飛行船とかで空を飛んだことはあったけれど、こんな風に一人乗りの飛行機なんて初めてだ。あ、ひとりじゃないや。
「ルシア、大丈夫?」
「うん、平気だよ」
ルシアは、私の目の前にあるコンソール? 操縦盤? の上にちょこんと座っている。私は、座席の左右にあるレバーみたいなのに、軽く手を載せているだけだ。操縦は、全部自動で<統括>がやってくれている。ちなみに、<アテナ>は座席の後ろに置いてある。
前方のモニターには、高度や速度を示す数字が表示されているだけで、なんだか味気ない。
「外の様子、見ることはできない?」
『可能です。少々お待ちください』
間髪入れずに、腕にはめたリングから声がした。その数秒後、目の前にあったディスプレイが全て消え、外の風景が映し出された。どうやってるの、これ?
『機外の風景をそのまま投影しています』
「ひゃー、すごいー」
ルシアが、大喜びで飛び回って――「あいたっ!」何かにぶつかった。
「ルシア、気をつけて。こっちに来て、私と一緒に見ましょ?」
「うん」
ぶつかった頭を小さな手で撫でながら、ルシアは私の肩に乗った。私は改めて、外の風景を見る。前方には、雪を被った山脈が横たわっている。あそこに目的地の、シェラ山があるのね。そこから視線を落としていくと――大小様々なクレーターや何かが焼けた跡が見えた。さらに、私たちの足下には、同じように荒れ果てた大地。所々から煙が上がっているのも見えた。
「なにこれ……なんで、こんな風に……」
『タルーアンとの戦闘が招いた荒廃です。システムは、戦争中止を提言していましたが、バーリアントの主導部は戦争を止めることはありませんでした』
なんてこと。とりあえず最終兵器の稼働を阻止することは出来たけれど、戦争そのものを終わらせたわけじゃない……私がやるべきことなのかも分からない。
“できることはやったのでしょう?”
脳内で、迫田さんが言う。うぅ、そうなんだけど。
“この世界の人間たちを、信用してはどうだろうか?”
今度はヴァレリーズさんだ。
そうね、ここは前にいた世界でもないし、元々の世界でもない。私にできることは、もうない。私はこの世界のメインキャストではないんだ。
でも――まだ、望みはある。精霊は、世界を守る存在なのだと聞いている。会話は出来なかったけれど、存在を垣間見ることができた禁忌の地にいた大精霊も、あの世界を守っていたのだろう。ならば、この世界の精霊には、戦争を止める力があるかも知れない。本当に、細い細い希望だけれど。
実を言えば、元の世界に戻る方法を精霊が知っているはず、というのも、私の希望的観測というか勘でしかない。会うことができても、戻る方法も戦争を止める方法も分からないままかも知れない。でも、一縷の希望に掛けたいと、私は思っている。
□□□
目的地が近付くと、私を乗せた飛行機は速度を落とした。
『記録にある地形と実測値に齟齬があります』
「それって、まずい?」
『観測結果を用いて補正を掛けるため、低速で飛行することになります。また、不測の事態に備えて、<アテナ>のヘルメットを装着してください』
「わかった」
座席の後ろに置いていた<アテナ>のヘルメットを取りだして被る。速度が落ちたせいか、揺れが強くなった気がする。でも、その分地表はじっくりと観察できるはず。なにか精霊のヒントになるようなものがあればいいのだけれど。
『周囲に人工的な構造物は、見当たりません。観測調査を継続します』
機体が傾いて、ゆっくりと大きな円を描くように飛ぶ。私もヘルメットのフェイスガードを跳ね上げて、目視で地面を調べてみた。けど、何も見つからない。うーん、やっぱり無理があったか。
「サクラ、あっち」
ルシアがヘルメットの端に掴まりながら、左手の方を指さした。でも、そこには何もない。
「あっちって……何かあるの?」
「何か感じるの」
『否定します。計測器は何の反応も検知しておりません』
むむ。<統括>の言葉に嘘はないと思うけど、そもそも精霊って物理的な存在なのか。いや、ルシアには触れられるし会話も出来ているけれど、ファンタジーな存在だしね。ここはひとつ、ルシアに従ってみましょう。
「いいわ。ルシア、案内して。<統括>、少しの間私が操縦するわ。フォローをお願い」
『おまかせください』
途端に、ガクッと機体が大きく揺れた。私は、ぐっとレバーを強く握り、ルシアが指さす方向に機体を向けた。前方には雲と青い空しか見えない。
「あれ?」
何かを感じた。何かの膜を通り抜けたような、奇妙な感覚。そして、目の前に突然、地面が見えた!
咄嗟にレバーを引いて、ブレーキを掛けるとともに機首を上に向ける。それでも、グングンと地面が迫ってきて。
『エンジン停止、重力制御に切り替えます』
ぶつかる! と思ったら、機体がポーンと跳ねた。ゴムまりみたいに。
「きゃぁぁぁぁっ!」
何度も跳ねる機体の中で、私とルシアが揉みくちゃにされる。
□□□
プシュッ。
小さな音を立てて、コクピットが開いた。まだ少しクラクラするけど、なんとか這い出して地面に降り立った。あーひどいめにあった。そうだ、ルシアは?
「ルシア~」
「ルシア、ここ~」
小さな妖精がフラフラと、飛んできた。良かった怪我はないみたい。よし、と気合いを入れて起ち上がる。うぅ、なんとか、よいしょっと。こんな時、もう若くないんだ、無理は出来ないなって改めて思う。そんな考え自体、もう若くない証拠なのかも。
ヘルメットを外し、コクピットに投げ込む。<アテナ>を装着しようか、迷ったけれど止めておく。引っ張り出すのにも体力使いそう。それより、まず、ここがどこなのかを――。
“誰ぞ、我が聖域に侵入せしは? 刃向く者なら、刃にて滅ぼさん”
頭の中に鳴り響いた声。それがこの聖域に住まう大精霊ユールとの、最初の接触だった。




