<統括>と<解読者>(2)
【中央都市:統括システム内部:桜】
最初は何を言っているのか、理解が追いつかなかったけど、説明を受けてなんとかわかり始めた。
この世界では、地上をタルーアンが支配して、バーリアントがこの旧世界の遺跡(遺跡とは思えないほど活動的だけど)に逃げ込んでいる。そこでお互いに干渉し合わなければいいのに、数百年続いている戦争が生んだ恩讐がそうはさせなかった。
タルーアンたちは、必死になってこの地下都市への侵入方法を見つけようとしていて、<統括>の予測だとおそらくすでに発見されている確率が高いらしい。一方、地下都市の方も資源が枯渇しかかっていて、このままでは保ってあと二、三年というところらしい。少なくとも、中央都市は人数を維持することはできなくなる。その後は、地方のドーム都市に分散して、自給自足で細々と生き延びるしか手はない。
そこで、遺跡を復活させた<解読者>たちは、一発逆転の方法がないか<統括>のデータを調べた。彼らは、データのすべてを調べた訳ではないが、それでもかつて文明を壊滅せしむる要因となった“最終兵器”が存在することを知ってしまった。その使用には、何重にもプロテクトが掛けられているのだが、<解読者>たちは必死にそれを解こうとして、もうかなりの部分解析が終わっている。
「最終兵器って何? もしかして核兵器?」
『核兵器とは、核分裂によるエネルギー放出を主体とする兵器のことか? 否。最終兵器とは、“ブラックホール”』
比喩的な意味のブラックホールではなく、まさにブラックホールを兵器として用いるのだと<統括>は言った。そもそも、二万人足らずとはいえ、バーリアント人の生命を支えているこの遺跡は、ブラックホールから供給されるエネルギーによって稼働しているという。この地下都市の周囲は粒子加速器がぐるりと取り囲んでいて、逐次マイクロブラックホールを作り出している。そのブラックホールを兵器に転用したのが、<統括>がいうところの最終兵器らしい。
「じゃぁ、ブラックホール兵器で前の世界は滅びたってこと?」
『いや、以前文明が滅んだときは、完成はしていなかった。ブラックホール兵器は、崩壊のきっかけを作ったにすぎない。今、<解読者>が使おうとしているのは、完成形のブラックホール兵器だ』
「完成形?」
『ブラックホールを、この惑星の中心核に向けて連続で打ち込む。マイクロブラックホールは蒸発するが、それまでに大量の質量を吸収し、同時にエネルギーを放出する。惑星は不安定になり、構造を維持できなくなる。故に“最終兵器”』
え? それって、この星が内側からなくなるってこと? まずくない?
『タルーアンの侵入がはやいか、<解読者>がプロテクトを解くのがはやいか、そのような状況だ』
いやいやいや、そんな状況、私にどうしろと。
『少なくとも、最終兵器を起動させない方法はある。あなたの協力が不可欠』
□□□
【中央都市:解析ルーム:<解読者>たち】
<解読者>の長にしてバーリアントの指導者たるゴーラン・ウンド・バーリは、三音名の名に恥じぬ功績を残してきたと自負している。聡明な者が民を率いるのは当然だ。かつては<風読み>などという胡乱な連中に任せていたことが、バーリアントを袋小路へと追い詰めてしまった。<解読者>が、いや自分が指導者になったのは、本当にギリギリのタイミングであったとゴーランは考えていた。
<解読者>は、バーリアント軍の暗号解析班が母体となっている組織だ。軍が発見した旧世界の遺跡、そこに眠っていた数々の技術を目覚めさせたことで、バーリアントはこれまで生き残ることができたと言ってもいいだろう。
だが、<解読者>たちは、遺跡のすべてを手にした訳ではなかった。当初は生き残るための技術を優先して解読してきた。ゴーランが指揮を執るようになってからは、タルーアンに対抗できるだけの兵器を入手することにも手を付けた。だが、<統括>はそれをよしとはしないらしい。
兵器よりも、農作物を効率的に収穫できる方法や優秀な人材の発掘方法などを提案してくる。もちろん、民族の行く末を考えれば重要なことなのだが、それよりも敵を圧倒できる兵器が必要なのだとゴーランは主張している。強い力があってこそ、<統括>がいう和平交渉とやらも上手く行くのだ。今のバーリアントでは、全滅させられるだけだ。
そのために、一刻も早く“最終兵器”が使えるようにならなければ。だが、自分以外のメンバーは、危機感が足りないとゴーランは思う。実力も足りていないと。ディーガ・ラウ・バーリのような若い<解読者>たちにもっと能力があればとも。
「局長、ウンド局長、た、大変ですっ」
「なんだね、ラウ技師。そんなに慌てて」
思わず出かかった、「みっともない」という言葉を飲み込んだゴーランは、後ろから声を掛けてきた若者を振り返った。その顔は、嫌悪感を隠そうともしていない。しかし、ラウ技師が放った次の言葉に、若輩者に感じていた小さな嫌悪感など吹き飛んでしまった。
「権限が! と、突然、『権限が移行された』と表示され、<システム>にアクセスできなくなりました!」
「なんだとっ!」
彼らは慌てて、<システム>との交信が可能な指令所へと向かった。そこは<解読者>の手によって様々な機器が所狭しと置かれた、雑然とした部屋だった。指令書に飛び込んだゴーランは、飛びつくようにして端末に齧り付くと、自分のアカウントを打ち込んだ。他の<解読者>よりも優先権を高く設定した、彼だけが使えるアカウントだった。しかし。
……許可されていないアカウントです。当該アカウントの権限はすでに移行されました。今後使用することはできません。……
目の前のディスプレイに、驚愕の文字列が踊っている。
「な、なぜだ……」
「局長、我々はどうしたら……」
<システム>へのアクセスが出来なくなれば、最終兵器の使用もできなくなる。
「くそっ、なんとかならんのかっ!」
「一般アカウントであれば<システム>にコンタクトできます」
誰かがそういって、ディスプレイのひとつを指さした。そこには確かに、見慣れた<システム>のシンボルマークと、入力を待つアイコンが光っていた。しかし、一般アカウントは、管理者権限を持たない、システムに質問や要望を伝えることしかできないアカウントだ。それでも、ゴーランは一縷の望みを掛けて、<システム>に質問した。
「管理者権限を持つアカウントがアクセス不能になった。何かトラブルか?」
『権限は移行されました。既存の管理者アカウントは、凍結されます』
「なぜ、我々に相談もなく権限の移行が行われたのだ? 一体、誰に権限が渡ったのだ?」
『権限の付与に関しては、ユーザーへの告知義務は存在しません。また、現在の権限保有者に関しては公開が制限された情報です』
「ふざけるな! 納得できるかっ!」
『質問の内容が抽象的過ぎます』
ダン! 握りしめた拳を机に叩きつけるゴーランだったが、<システム>がそんな脅しに怯むわけがない。ただの八つ当たりだ。
「どこかに権限を委譲された奴がいるはずだ! さがせ、探し出せ!」
「し、しかし、どのように? <システム>へのアクセスが制限されている以上、見つけ出すのは不可能かと……」
「えぇいっ、お前の下半身に付いているのは何だ! 脚を動かして探してこい!」
以前から人を見下す横柄な態度を取ることが多かったゴーランだったが、さすがにこの命令は無茶なものだった。そもそも相手が何者かも分からないのだ。脚を使って探そうにも、誰を探せば良いのかも分からない状況では、探しようがない。戸惑いの空気が流れる部屋に、新たな爆弾が落とされた。
「大変です! 全軍に対し、撤退命令が出されています!」
「なんだとっ!」
「外にいる部隊に対して、“戦闘行為を直ちに中止して、都市へ帰還せよ。人命優先で”という指示が……」
辛うじて小康状態を保っていた前線が崩れれば、奴らがタルーアンの奴らが攻め込んでくるのも時間の問題だ。
「もう……お終いだ……」
誰かの呟きが、司令所に響いた。
いろいろと切羽詰まっていた様子。




