辺境でスローライフ?
迫田さんが近くにいたら、「一ヶ月間、ただ生け簀を作っていただけですか」と怒られる? それとも呆れられる? かな。ヴァレリーズさんならどう言うだろう? そもそもヴァレリーズさんがいれば、魔法でドーンなんだろうけど。
そういえば、この世界には魔法がない。魔法という概念はあっても、それを行使したり、あるいはかつて行使したというような事実はないようだ。私が元いた世界に近いと言えるのかも知れない。でも、このドームを維持している旧文明の遺産というのは、私の基準から言ってもオーバーテクノロジーな感じ。ハーラさんたちの話を聞く限り、戦争は銃や大砲が主体というから、第一次世界大戦や第二次世界大戦レベルなのだと考えているのだけれど。
話を元に戻すと、この一ヶ月、生け簀を作っていただけじゃなくて、元の世界に戻る方法もいろいろと調べていた。元の世界へ帰還するための糸口は、“妖精”だと思う。私たちがこの世界に飛ばされたときにいたのは、“巣”って呼ばれていた精霊やら妖精の住処だったわけで、この世界にも似たような場所があるとすれば、そこにヒントみたいなものがあるんじゃないかな。
「精霊の住まう山、と呼ばれる山があったと聞いたな」
土木工事の休憩中に、村長さんに話を振るとそんな答えが返ってきた。
「あぁ、子供の頃に聞いたことがあるね」
「シシス? シーリス? そんな名前じゃなかったか?」
「シェラ山じゃよ。しかし、もはや行くことは叶わぬ場所じゃ」
精霊が住むという山は、タルーアンの支配地域。なので、現状そこに行く手立てはない。地上に出たとしても、シェラ山の場所も判然としないしそこに至る移動手段もない。徒歩で行ける範囲にあればいいけれど、そんなことないよねー。
私としては、情報を集めて機会を伺う? くらいのことしかできないか。
「<書庫>に行けば、何か分かるんじゃないか?」
「<書庫>?」
「旧世界の知識が集められている場所だよ」
名前からすると、図書館のような場所かしら?
「しかし、<解読者>がどう判断するか……」
「あぁ……そうだな……」
<解読者>というのは、バーリアントの指導者たちのことだ。彼らが、遺跡の使い方を解き明かしたことで、バーリアントの人々はなんとか生き残ることができた。その意味では民族の救世主とも言えるのだけれど、かなり独善的というか権威主義というか、エスリー村のような小さな集落のことは後回しにされるらしい。そのせいで、地方では人気がなく、内乱が起きてもおかしくないそうだ。
「ま、叛乱なんか起こしたって、俺たちに未来はないからなぁ」
ともかく、<解読者>と(できれば平和的に)接触し、<書庫>を見せてもらうことが、元の世界に戻る第一歩ということね。
しかし、<解読者>との接触はそう簡単なことではない、と村長はいう。
「彼らがいるという中央都市センタの場所も、ワシらは知らんのじゃ」
ありゃま。中央都市からの指示は、ほかの地下都市を経由するバケツリレー方式で送られてくるらしい。外れにあるエスリー村には、指示が届くまで結構なタイムラグがある。たとえば、戦争で脚を失ったヒェッタさんが、退役して村に戻るという報せより、本人が先に村へ到着したこともあったらしい。
なんにしても、長い道のりになりそうだ。
□□□
その日、ハーラさんたちと一緒に畑仕事をしていると、三ヵ所ある村の入り口のうち、もっとも大きなトンネルの方が騒がしくなった。何かが揉めているようだ。<アテナ>の集音マイクを使えば声が拾えるかな? と思い、マイクのスイッチを入れようと思ったら、騒ぎが起きている方向からルシアが慌てて飛んできた。
「サクラッ! 前、開けてぇ!」
「おわっと!」
ルシアは、いつもの定位置(バックパック上部に括り付けた網籠)ではなく、<アテナ>の胸部プレートと私の間に作った隙間に潜り込んできた。
「何があったの?」
「変な人たちが、ルシアを捕まえようとしたの~みんなが逃げなさいって」
ルシアを捕まえる? 村の中にそんなことをする人はいない……だとすれば、村の外から来た人か。ルシアを珍しがって捕まえようとしたのかな? でも、村の人が逃げろというのは……?
ほどなくして、理由が分かった。
「貴様かっ! タルーアンのスパイめ!」
挨拶も無しにいきなり突っかかってきたのは、なんだか高そうな服を着た男だった。その後ろに武装した五人の男たちを連れている。村の人たちは、その男たちを中心に半円を描くように取り囲んでいる。
「自分の名前も名乗らず、いきなりなんですか?」
「ちっ! この私を知らんのかっ? サウサ方面統括代理補佐のアスクス様だ!」
「で、そのアシクサさんが、一体何の用ですか?」
「アスクスだっ! お前をスパイ容疑で逮捕する! 抵抗するならば射殺する」
アシクサ、じゃないアスクスの後ろに控えていた男たちが、拳銃やライフル銃のようなものをこちらに向ける。
「サクラちゃんは、スパイなんかじゃないぞ!」
「そうだ! 村のために生け簀も作ってくれたし、一緒に畑も耕してくれているんだ!」
私たちを取り囲んだ村の人たちから、男たちに罵声が飛ぶ。あぁ、なんだかほっこりする。異世界だからかな、人の情けがありがたいなぁ。でも、大丈夫。
「みなさん、落ち着いて。スパイなんかじゃないことはすぐに分かると思います。ここで抵抗して怪我を刷るのも馬鹿らしいでしょ?」
「しかし……」
「大丈夫。こう見えて、私強いんですよぉ」
「見た目はそうだけど……中身はなぁ」
「えぇいっ! うるさいぞ! いいから、とっとと地面に膝を付けて、手を挙げろ!」
あー、なんか海外ドラマで見た奴だ。犯人捕縛する時の。でもなー。
「いたしません」
「なに?」
いけない、ドラマの見過ぎだわ。
「大人しく付いていってあげるけれど、それは私の意思でいくの。だからこのままで行きます。あぁ、それから村の人たちに指一本でも触れたら、五体満足で帰れるとは思わないでぐださいね」
珍しく脅迫めいた言葉を使ってしまった。ちょっと、イラッとしてるのかな。目の前のアシクサが、高圧的だった昔の上司に似ているからかも。こいつも、相手の立場で態度を変えるんだろうなぁと思ったら、こっちはさらに上から行った方がいいって思っちゃったのよねぇ。
「なにをたわけたことを。ご大層な鎧を着ているようだが、この最新銃の前では紙も同然だぞ」
「なら、撃ってみなさい」
「なに?」
「さっきから、なになに言ってばかりじゃない。ボキャブラリー少ない男ね。ほら、菜心中なんでしょ? 撃ってみなさいよ。その代わり、こっちも反撃するからね」
「ぐぬぬっ、言わせておけばっ! えぇい、口がきければそれでいい。無力化せよっ」
「はっ!」
五つの銃口がこちらを向き、火を噴いた。村人たちの悲鳴が聞こえる。でも、弾は私に届かない。さすが、竜の護り。良い仕事してくれる。本当は、この世界でも動いてくれるか、ちょっとだけ心配だったんだけどね。
「な、にっ」
「じゃ、反撃ね」
手近な一人に、右手を向ける。照準と発射タイミングは、みくりんにおまかせ。ポン、という軽い発射音とともにワイヤー付きニードルが男の胸に刺さると、「グゲェッ」と変な声を出して男が失神した。
「さぁ、どうする? 残りの人たちも、こうなりたい?」
エスリー村の人たちが良い人たちばかりだったので、アスクスの高圧的な態度に我慢がならなかっただけで、桜は決して好戦的な人ではありません。




