ファーストコンタクト
進むにつれて、私にも声が聞こえてきた。泣き声だ。それも、小さな子供の。誰だか知らないけれど、助けを求めているんだわ。急がないと。
『原住民との接触は慎重に、猪突猛進は感心しないな』
そんな悠長なことを言っている場合? でも、みくりんの言う言葉にも一理ある。
「みくりん、<アテナ>の中にルシアを隠せる場所、あるかな?」
『ルシアとは、<アテナ>の近くにいる小型の生命体のことか? ふむ。呼吸は必要だろうし……よし、少し隙間を作ろう』
両脇でモーターが動く振動がした、と思ったら胸のプレートが少し前方に動いて、私の身体との間にすきまができた。ここに入れろってことね。
「ルシア、狭いけれどここに入っていてくれる?」
「いいよールシア、ここに入る~」
ルシアの身体が、私と胸部プレートとの隙間に収まると、再びプレートが動いてぴったり閉じた。
「苦しくない?」
「ルシア、大丈夫~」
『元々、プレートとの間に十分なスペースがあったからねぇ』
「うるさい」
帰ったら、一発殴ってもいいよね?
□□□
しばらく走っていると、徐々に周囲が明るくなっていった。外に出た訳じゃない。洞窟の壁が、あちらこちらで光っているようだ。
『苔のようなものが光を発しているようだ。興味深い。機会があったら、サンプルを採取して欲しい』
「機会があったらね。もうライトは消していいわ」
<アテナ>のライトが消える。ライトなくても、十分明るい。
『前方で崩落があったようだ。原住民は巻き込まれたのだろう』
洞窟の先の方に、苔の光よりも力強い、でも小さな灯りが見えた。あれだ。泣き声も大きくなっている。
“穴”出現後に設定されたマニュアルの手順に従えば、最初の接触は遠方から相手に敵対しないような手段でと成っているけれど。
「あなた……だいじょうぶ?」
「うぇっ……ひやっ!」
やっぱり驚かせちゃったか。
「ごめんね、おどろかせて。何もしないから、安心して」
そこでハタと気付いた。言葉は、通じるかしら。見た目は、私たちや異界の人たちと変わらない。手脚が二本ずつ、頭があって目、鼻、口。どこから見ても、人間だわ。服の中に尻尾が生えていたりとか……ないわよね?
「うぅ……? おばちゃん、誰?」
「お姉さんは、サクラって言うの。あなた、お名前は?」
「メリラ」
どうやら、この世界でも言葉は通じるらしい。教授の魔素駆動機関が動いた時点で、ここにも魔素が存在することは分かっていたけれど、ちゃんと翻訳もしてくれるようだ。
私は、座り込んで泣いていたメリラの側で腰を屈め、できるだけゆっくりと話かけた。
「そう、メリラっていうのね。ね、メリラ。どうして泣いていたの?」
「う……お母さんが……」
そう言いながらメリラが指さす方向を見ると、崩れた岩の隙間から脚が出ていた。崩落に巻き込まれたのね。
「メリラ、下がっていて」
「でも、お母さんが……」
「ん、わかってる。でも、岩が崩れると危険だから。あなたが怪我をしたら、お母さんも悲しむでしょう?」
「わかった……」
卑怯な言い方だ。少し罪悪感を覚える。でも、小さな子供に、親の死体なんか見せたくないよね。
『メリラの母親は、死んでいないようだぞ』
「え?」
『微かだが、呼吸音が検知できる』
まじか。生きているなら、助け出したい。私にできるだろうか?
崩れた岩に近寄って、じっくりと観察する。岩を動かすことができれば、なんとかなりそう。
「この岩、どかせないかしら」
『どかせばいいだろう? なんのための<アテナ>装備だ?』
忘れていた。<アテナ>は<ハーキュリーズ>と同じ強化外骨格だった。武装はほとんどないけれど、出力は変わっていないはず。うん、やるだけやってみよう。まずは、この上の岩から――。
ゴリゴリゴリ……
「ふんっがっ!」
ドガッ!
変な声が出てしまったが、岩をどかすことができた。中を覗くと、女性が倒れている。気を失っているようだ。ここからだと外傷は見当たらない。うまいこと、岩の直撃は避けることができたらしい。よし、後はこっちの岩を、こうして――ぬおっ!
「ねーねー、変な音が聞こえたけど大丈夫?」
「大丈夫よ、ルシア。あなたは苦しくない?」
「だいじょうぶー」
「もうちょっと我慢してね」
メリラママの脚を挟んでいる岩を、ゆっくりと持ち上げる。
「どっせい!」
大きな音を立てて岩が横に転がると、メリラママの全身が見えた。脚の所が少し出血しているみたい。その後、二、三個の岩を持ち上げては横にずらしていって、ようやく彼女を助け出すことができた。
「ママーッ!」
メリラが、母親にしがみついてワンワン泣き出した。
私は、メリラママの脈を確認し、<アテナ>の救急キットから傷薬とガーゼ、包袋を取りだして止血した。骨折している可能性もあるけど、私は医者じゃないのでわからない。少なくとも骨は飛び出していない。触ったら分かるものなのかな?
「メリラ、おうちはどこ? お母さんをお医者さんに見せないと」
「えぐえぐ……あっち」
「わかった。えらいね、もう少しだけ我慢してね」
気を失っている人を運ぶのは、結構大変だ。たとえ力が何倍になっていても。私は、メリラママの身体をそっと持ち上げると、メリラの案内で出口に向かって歩き出した。
□□□
歩き出してすぐに、前方から人の声が聞こえてきた。
“メリラー! エスター!”
“どこだーっ、声を出してくれー”
メリラママは、エスターあるいはエスタという名前らしい。よかった、探しに来た人たちがいる。さて、私はどうしよう。しかし、ここで接触を避けても今更よねぇ。えぇい、虎穴に入らずんば虎児を得ず。別に虎の子供は必要ないけど、飛び込むしかないっ。
「メリラ、誰かがメリラたちを呼んでるわ」
「えっ?」
メリラには、聞こえなかったらしい。<アテナ>のセンサーは優秀だわ。
「もう少しで聞こえると思う。返事してみて」
「うん」
メリラはちっちゃい身体を思いっきり反らし、大きく息を吸って叫んだ。
「ここーっ! わたしは、ここにいるーっ!」
洞窟の中で、メリラの声が木霊する。これなら、きっと聞こえる。その証拠に、メリラたちを呼ぶ声が一瞬、止まった。
“メリラーッ! メリラなのかーっ! 今、そっちに行くから待ってろーっ”
やがて、前方に数人の人影が見えた。慌てて駆け寄ってくる……が、メリラの隣に立っているのが、メリラママではなく私だと気が付いて。
「な、なんだ、キサマはっ!」
「メリラとエスタを放せ!」
「待ってください。こちらには敵対する意思はありません」
杖代わりに使っていたのだろう木の棒や、ツルハシやスコップのような道具を構える男たち。そこへ、「おじさんたち、やめてっ! サクラはママを助けてくれたんだよっ!」と、小さな英雄が立ち塞がった。男たちは五ポイントのダメージ!
「メリラ? 何を言って……?」
「みなさん、どうか落ち着いて。偶然通りかかったので、倒れていた彼女を助けただけです」
偶然というのは、広い目で見れば間違っていないけれど、自分で言っていて胡散臭いなぁ。案の定、男の人たちは半信半疑だ。
「まずは、メリラのお母さん、エスタさんをお医者様に見せないと」
私に抱えられているエスタさんに気が付いたのだろう。男たちの中のリーダーと思われるひとが、「とりあえずエスタの治療が先だ」と言ってくれてその場は収まった。
こうして私は、エスリー村に滞在することとなった。




